神父様を中心にテキパキと、けれど落ち着いて物事が回っていく。
僕にも何かやれることは……
「あの……神父さ──」
「これはこれは! 皆様お揃いのようで!」
「!?」
神父様に声をかけようとした僕の真後ろから、男の人の声が突然聞こえてきた。
振り返ると白と赤で彩られた軍服に身を包んだ男性が立っていた。
「ん? おやおやすみません、驚かせてしまいましたか?」
「あ、いえ大丈夫です……」
僕よりも背の高いその人は、少し屈んで目を合わせてから丁寧に謝罪をした。
オレンジ色の髪を額が出るように上にあげ、その細い目からはどこか見覚えのある黄色の目が覗いている。
「ちょっとグリフ! こっち来なさい!」
「え、パキラちゃん!? 聖堂に行ったはずじゃ──」
「いいから来なさい!!」
パキラちゃんに手を引かれ、何故かとてもつもない勢いでその人から距離を取らされた。
「どうしたんですか急に!」
「あいつは危険なの! すっっっごい怪しいのよ!」
「えぇ!?」
細い目でこちらを見る彼は、確かに不自然なくらいニコニコとしているけど……
「ククク……相変わらず『銃天使』様はワタクシの事がお嫌いのようで。ワタクシ傷ついてしまいます」
「思ってもないことをペラペラと……!」
表情を笑顔から一切変えずに話すその姿には、どこかシスターに似たものを感じるような……
「ククク……」
「ッ……! あんたねぇ……そのにやけ顔やめなさいよ!!」
「パキラちゃん落ち着いて!」
「離しなさい!!」
暴れるパキラちゃんを羽交い締めにして、今度は僕が距離を取らせる。
「お、アポロくんじゃないか! ちょうど良かった。僕の方から行こうと思ってたとこだよ」
「神父様、この人と知り合いなんですか?」
「うん、紹介するよ。こちらサンナ王国第一王子のアポロ・サンナくん。仲良くしてあげてね」
「よろしくお願いいたします」
「あ、よろしくおね……」
……? 今なんて……
「第一王子!!??」
「はい、第一王子です」
見ると教会の外には荘厳な甲冑を身につけた兵士たちがズラっと整列している。
「え、えぇ…………?」
「ククク……またまた驚かせてしまったみたいですねぇ」
ニコニコ……いやニヤニヤとした笑顔で笑うこの人が第一王子とは……申し訳ないけど何か裏があるように見えなくもない。
「ほらね! グリフも怪しいって重いでしょ!?」
「パキラちゃん、この人王子ですよね?」
「知ってるわよ!!」
「じゃあ国のトップに暴言吐くのはやめた方がいいと思います」
こんな態度でよく怒らないな……いや、実は怒りを笑顔で隠しているだけだったりして……
「これはまた面白い方が加わったようですねぇ、ロザリオ殿?」
「グリフくんは教会の子じゃないんだけどね」
「おや、ではあちらの見慣れない
「あぁ……この子は──」
「お初にお目にかかりますアポロ王子。私の名前はシスター・スオンと申します。以後お見知りおきを」
神父様から紹介されるよりも前に、シスターはいつも以上に丁寧に頭を下げた。
「これはこれは、ご丁寧にどうもありがとうございます」
「そして妹の非礼を謝罪します。申し訳ありませんでした」
「お姉様!? そんな奴に頭を下げる必要は──!」
「パキラ、少し黙ってなさい」
「ん!? んんんんんーーッッッ!!!」
ガーデンさんの加護、植物のツタで口と動きを封じられたパキラちゃんは、必死の形相で暴れ回っている。怖い。
「はぁ……お見苦しいところをお見せしました」
「お気になさらずガーデン殿。それではそろそろ本題に入りましょうか」
「うん、そうしてくれると助かるよ」
どうやら神父様はこの人を信頼しているらしい。だから本当に悪い人ではないんだろうけど……
「ダール」
アポロ王子がそう呼ぶと、他の騎士よりも派手な甲冑を身にまとった、どこか不機嫌そうな大男がやってきた。
「なんでこんな花臭い教会なんぞに……」
「彼はワタクシの側近で、王国騎士団の団長をしている者です。ダール、王命を」
「…………承知しました」
その男は明らかに嫌そうに、しかし高らかに王の勅命らしき文書を読み始めた。
「つい先程、王都に悪魔の侵入を確認した! その魔物の言葉によると──」
「あぁ、それなら僕らもさっき聞いたよ」
「…………チッ」
……なんだろう、このダールとかいう人、とても感じが悪い。僕らを下に見ているような、そんな気がする。
「それで王からの命令ってなんだい?」
「ダール」
「……よって! 貴殿らブロッサム教会には、我ら王国騎士団と共にブルーティカスに進行する悪魔の討伐を命じる! これは王命である! 謹んで承れ!!」
「りょーかーい」
「っ……!」
この場にいる全ての人が思っただろう。
「(返事軽っ……!!)」
「ま、まぁ、ロザリオは国王とも何度か顔を合わせていますし、もともとああいう性格ですし…………」
ガーデンさんは自分にそう言い聞かせたあと、深くため息をついた。
ガーデンさんも大変だな……
「んじゃ、こっちの条件を言うね」
「じょ、条件だと!?」
「えぇ、ぜひお聞かせ願いたい」
アポロ王子が満面の笑みで部下を遮り、神父様が屈託のない笑みで指を三本立てた。
「まず一つ。僕たちはこの教会を市民の避難所として、ついでに怪我をした人の治療所として開放するつもりなんだよ」
「
「承知しました。最高級の薬品と、医学に通じる者たちを派遣しましょう」
満足そうに頷いてから、神父様は続ける。
「二つ目。それに関してここの警護をお願いしたい。僕やパキラが前線に出ている間に強襲されたら敵わないからね」
「承知しました……ですが悪魔たちがここを襲う動機はないのでは? 王都の中央に位置し、なによりあの『悪魔神父』に『銃天使』に『花園の守護者』がいる、悪魔にとっては最悪の教会です。奴らも戦闘になるのは避けるのでは?」
「いや、確実にここまで攻め入ってくるだろうね」
「その理由は?」
「奴らの狙いがブロッサム教会だからだよ」
「!?」
「簡単な話さ。目的がここじゃなかったらわざわざ僕らの所にまで宣戦布告しに来ないでしょ?」
「た、確かに……」
何でもないかのようにそう告げる神父様だったが、僕を含め、他の皆は呆気に取られていた。
「それで最後の三つ目ね」
「全軍指揮を僕に執らせて」
「貴様ッ! ただの聖職者風情が!! あまり調子に──」
「やめろダール」
怒鳴るダールさんを強い口調で静止し、アポロ王子は神父様に問いかける。
「全軍指揮……それはつまり我々王国騎士団の指揮も、ということでしょうか?」
「もちろん!」
まるで母親からお菓子をねだるように、この少女の姿をした
「恐ろしい人だ、と思っていますね」
「分かりますかシスター」
「えぇ、でも神父様は昔からずっとあんな感じなので慣れるしかありませんよ」
「はは……」
笑うしか無かった。
「……ロザリオ殿、分かっているとは思いますが全軍の指揮を執るというのは責任が発生します。それも王国騎士団ともなるとそれ相応の」
「もし仮に、万が一にもこの悪魔との戦争に負ければ、大勢の国民が命を落とすでしょうねぇ……」
笑顔は一切崩さず、神父様に詰め寄る。
「貴殿にその命が背負えますか?」
辛うじて笑みを保ってはいるものの、その細い目の奥から光る眼光は真剣そのものだった。
少しの沈黙の後、神父様が答える。
「僕を誰だと思ってるんだい?」
少女のようなあどけない容姿で、神父のような慈愛に満ちた声で、悪魔のように。
「十字架なら、嫌という程背負っているさ」
悪魔神父は笑った。
「ククク……どうやら愚問でしたねぇ、お詫び致します」
「安心しなよ、万が一にも奴らにこの街の人を殺させやしないからさ」
僕はこの人に出会って間もない。だからこの人のことをよく知っている訳でも、よく見てきた訳でもない。
けれどこれだけは断言出来る。
この人は信頼出来る人間だ。
「それでは先程おっしゃった三つの条件、全て承諾する旨を国王へ報告します」
「王子!!」
先程より穏やかな雰囲気で帰ろうとするアポロさんを、ダールさんが制する。
「王子いいのですか!? こんな教会の神父気取りの小娘に、我らの全軍指揮を執らせるとは! 正気とは思えません!!!」
「……ッ!」
「口を慎みなさいダール」
あの人がどれほど偉い人なのかは知らないけど、今の言葉が決定的だったのは違いない。
「あの野郎……殺していいわよね……?」
いつの間にかガーデンさんの拘束を解かれたパキラちゃんの殺気が、僕の背中を鋭く刺してくる。
「(その質問は僕に対してじゃないよね……!?)」
パキラちゃん、レフさんと同じくらい口悪いよ……
今度はチラリと横のガーデンさんを伺う。
「…………!!」
「(すっごい怒ってる……!!)」
見なきゃ良かった。
「アッハッハッハッハッ!! 言っとくけど僕は男だよ?」
「王子! どうか考えを改めて下さい!!」
「あっ、そう。無視するのね」
神父様だけは普段とあんまり変わんない、冷静なままなのか……
「……ダール、ロザリオ殿は男性ですし、剣の実力も足元にも及びませんよ」
「私がですか? はっ、ご冗談を!」
「なら試してみるかい?」
「ロザリオ殿」
「いいっていいって。これも
「……っ! 申し訳ありません……それではよろしくお願い致します」
一瞬言葉に詰まったように見えたが、すぐにアポロさんは二人から距離を取った。
「それじゃあ王子様の許可も取れたし、早速始めようか!」
そう言った神父様の顔はこれ以上ないほど眩しい笑顔だったけれど、どこか不気味さを感じるものでもあった。
「たかが教会の神父風情が……あまり舐めた口を聞くなよッ!!!」
神父様を脅すようにダールさんが腰のロングソードを抜く。
「ガーデン! 僕にもけn──」
「僕にも剣をちょうだい」と言い終わるよりも前に、ガーデンさんから細い木の枝を放り投げられた。
「その程度の騎士ならそれで十分でしょう?」
ニヤリと口を歪める。
……パキラちゃんの口が悪いのって、もしかしてガーデンさんの影響だったりする?
「どいつもこいつも……王国騎士を舐め腐りやがって……!!」
「
「後悔してももう遅いぞぉぉッ!!」
猛々しく剣を振りかぶり、神父様へと襲いかかる!
「だああああッッッ!!!!」
頭上に振り下ろされた剣、それを神父様は木の枝で軽く受け止めた。
「なっ……!?」
「レフィリアちゃんの三分の一……もないかな」
「クソがあああああ!!!!」
何度も何度も振り下ろされる剣撃を、まるで鬱陶しいハエを払うようにいなしていく。
「昔はいい剣士だったんだね…………ごめん」
「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ッ!!!!」
「もういいよ」
そう神父様が言った直後、轟音を立ててダールさんの身につけていた甲冑が粉砕した。
「……え!?」
攻撃の瞬間も見えなかった。それに言うまでもなく、向こうが身につけていたのは金属製の鎧だ。それを木の棒で粉々に砕いた……?
あまりの衝撃に、白目を剥いて気絶したダールさんは神父様に抱えられアポロさんの部下へと引き渡された。
「重いけどよろしくね!」
「え、あ、はい!!」
まさか自分たちのトップが、こんな小さな女の子に負けたとは思えなかったのだろう。目を白黒させてダールさんを運んで行った。
「数々の非礼、重ねてお詫び致します」
申し訳なさそうな顔にはとても見えない、いい笑顔でアポロさんは謝った。
「いいってこと! んじゃ! 後のことはよろしく頼むよ、アポロくん」
「お任せください」
「それじゃあ僕らも準備を始めようか!」
その呼び掛けに応えるように、僕を含めた教会の皆が神父様に続いていく。
こうして王都中を巻き込む悪魔対人間の戦争、『
「………………っ! こ、ここは……!?」
「おや、目覚めましたかダール」
「王子! 私は一体……それにここは!」
「ご存知の通り城の地下牢ですよ」
「なぜ私がこんな所に!」
「なぜって……自分が一番分かっているでしょう? 貴方はこのワタクシに恥をかかせ過ぎた」
「ククク……後でロザリオ殿にはたっぷり
「お、王子……何を言って……」
「これはこれは、貴方の処遇をまだ伝えておりませんでした」
「拷問官、徹底的にやりなさい」
「な、なんだコイツら! どこから出てきた!?」
「おや知りませんでしたか? 彼らはこの地下牢を統べる拷問官。これから貴方がお世話になる人たちですよ」
「やめろ! 私に何をするつもりだッ!! 王子ッ!!!」
「無駄ですよ。既に手足はこの特注の鎖で拘束済みです。それに拷問官たちの羽織っているローブにも特殊な加工を施しておきました。貴方がここから出るのは不可能、と言っておきましょうか?」
「キ、キサマァッ!!!」
「それじゃあ後はお願いします」
「来るなぁぁぁ!! ま、待て!! 待ってクレ─
「さて……スタンピード、悪魔の行進ですか……クククッ!! 柄にもなくワクワクしてきましたよ……!」
【アポロ】
オレンジ色の髪に細目のサンナ王国第一王子。
笑い方に少し癖がある。