あの悪魔が伝えた
約束通り、王都所属王国騎士団、総勢数万人の全軍指揮を神父様が執ることになり、現在神父様は王宮に集められた部隊長の騎士たちに嬉々として作戦を説明しているらしい。
一方僕はと言うと……
「ふぅ……こっち終わりました! クレピスさん!」
こうして怪我した人を治療する班の準備を手伝っている。
「あら〜! ありがとうね〜♪」
「あ、あの! 撫でないでください!」
「あら〜ごめんなさいね、つい教会の子供たちと同じふうに接しちゃうのよねぇ〜」
「僕もう子供じゃないです!」
僕にも何か出来ることはないかとガーデンさんに相談したところ、この人、クレピスさんの下で手伝うように指示されたのだ。
クレピスさん。綺麗なピンク色の長い髪をした、いかにも"お姉さん"と言った感じの優しそうな人だ。
ガーデンさんやパキラちゃんが言うには面倒見が良くて頼れる人らしいけど……なんか妙におっとりしてるし、僕を子供扱いしてくるし、後…………
「ん〜? 何かしら〜?」
「い、いえ! 何でもないです!」
……大きいのだ。何がとは言わないけど、とても大きいのだ。
「……あ! こ、これ! 持ってきますね!!」
「行っちゃったわね……よく働いてくれてとっても助かるわ〜」
「はぁ……」
本当、何と言うか……
「心臓に悪い……」
「何がですか?」
「シ!スター……でしたか……」
感情を失っているからか、存在感がまるで無いんだよなぁ……シスターの方が心臓に悪いよ!
「シスターは何でここに? 確かパキラちゃんたちと一緒に神父様の作戦を聞いていたんじゃ……」
「既に終わりました。なので戦闘前にこうして挨拶を」
「……っ」
「グリフ?」
そうだ……今から始まるのは戦争……シスターやパキラちゃんは確かに強いけれど、相手は悪魔。人ならざる化け物たちだ。
シスターたちだって無事に帰ってこられるかどうか分からない。……もしかしたら、これが最後の会話になるのかも……
「……シスター、大丈夫、ですよね? 皆、ちゃんと無事に帰ってきますよね?」
「心配はいりません。敵の戦力はほとんど判明していますし、なにより神父様があの王子の前で誓いました」
『万が一にも、この国の人達を殺させやしないよ』
「あの人は昔から、決して約束は破らない人でした」
「でも、相手は悪魔ですよ?」
「はい。知っています。そしてそれを倒すのが我々
……ダメだな僕は。シスターに助けられた僕がシスターたちの勝利をしんじないでどうするって言うんだ!
「シスター」
「はい」
「ちゃんと帰ってきてくださいね」
「はい。約束します」
いつも通りの無表情でそう告げた。
〜【サンナ王国・王宮】〜
「ここまでしっかり戦闘準備ができたのは本当にラッキーだったけど、奴らにはそんなに自信があるのかね?」
「ロザリオ殿! 報告します! 全軍所定の位置に展開完了しました!」
「ん! ごくろーさん! 君も戻っていーよ」
「はっ! 失礼します!」
「これはこれは、随分と立派に指揮を執られていますねぇ……」
「お、アポロくん! 君のおかげだよ! 君が声をかけてくれたから比較的楽に命令が伝達できた!」
「いえいえ、ワタクシは当然のことをしたまでですよ。……それにしても、これまた面白い戦闘配置ですねぇ。悪魔の主力部隊が陣取る東門を、この二人が守るのですか……」
「こっちの戦力は多く見積っても二千ちょっと。向こうはその倍以上はあると言っていいだろう」
「だからここに戦力を割きすぎるのは避けたい……だから通常の兵士の戦力を減らして、この二人に頑張ってもらうって訳さ!」
「安心しなよ。これなら確実に奴らの戦力を根こそぎ潰せる」
「クククッ! これはこの目で見られないのが残念で仕方ありませんねぇ!」
「君はあくまで指揮監督だから仕方ないさ……っと、それじゃあ始めようか」
「行進を滅茶苦茶にしてやろう」
「ヘルズゲート様! 進軍ノ準備完了シマシタ!」
「皆の者!! これより『
「ウ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ!!!!!」
「進軍開始ィッ!!!」
〜【ブルーティカス東門】〜
正直に、簡潔に、もっと簡潔にして一言で今の状況を言うなら……
最悪。
この一言に尽きるだろう。
おかげでさっきから戦場には舌打ちとため息が行き交っている。
少しは周りの士気とか考えないのかしら? 兵士たちが怯えてるのも見えないのね……
「ほんと最っ悪……」
何度目か数えるのも嫌になるほど、このセリフを吐き捨ててきた。
「それはこっちのセリフだよクソが……」
「何で神父様はこんなやつとアタシを同じ所に所属させたのかしら……」
「オレだってテメェとだけは死んでもゴメンだったのによ!」
「ならここで死んでおくというのはどうかしら? 今なら一発で楽に逝かせてあげるわよ?」
「ハッ! テメェのオモチャみてぇなピストルじゃ傷一つ付けられねぇよ!」
「アンタが背中に背負ってる骨董品みたいな猟銃よりかはマシだと思うけどぉ!?」
「んだとアホ天使!!」
「何!? やろうってのバカ頭巾!!」
「あの…………」
「「あ"あ"!?」」
「そ、そろそろ作戦開始……」
あーあ、またビビらせちゃったじゃない! このバカ頭巾がもう少し自分を客観視できたら……はぁ……
「アンタと口喧嘩するのもそろそろ疲れたわ……」
「誰のせいだと……」
「もういいわ。ここは一つ勝負といきましょう」
「勝負ぅ?」
「えぇ、どっちが悪魔を多く殺れるか。負けた方は勝った方に絶対服従。どう?」
「乗った」
「あ、言っとくけど流れ弾に気をつけてよね。何せ
「テメェもせいぜい
「「…………」」
「弓兵撤退!! 歩兵戦闘準備!! 城門間もなく破られます!!!」
「「…………………………ッッッ!!!!!!!」」
「ギャハハハハァ!!! 人間は一人残らず皆殺──」
「「皆殺しだあああああッ!!!!!」」
「……ハ?」
「敵の本陣にぶつける一般兵士の数を減らす代わりに、パキラとレフィリアちゃんを投入。余った兵士は他の守りに専念してもらう」
「銃天使殿の瞳はとても強力ですねぇ」
「パキラの〖
「しかし恐れながらロザリオ殿、あのお二方の実力は存じておりますが、仲の悪さも承知しております。仲間割れなど、そんなつまらないことは流石にしませんよねぇ?」
「それは大丈夫だと思うよ。二人が仲悪く見えるのは性格の問題だね。二人とも似たもの同士だから、同族嫌悪ってやつだね」
「けど戦闘になると別さ」
「前に一度、仕事でパキラとレフィリアちゃんがブッキングしたことがあるんだけどね、それはもうすごい戦いぶりだったらしいよ」
「ほぉ……」
「だから何も心配はいらない! 僕が保証しよう!」
「あー手が滑っちゃったわー」
「〖
「ギャアアアアアア!!!!」
惜しいッ!! 後ちょっとで当たったのにッ!!
「んのアホ天使……今のオレ狙ってやがったろ……!!」
「死ネヤァクソ女ァ!!!」
「おっとオレも手が滑ったあー!」
「ンナアアアアッ!!??」
銀の斧が悪魔の肉を削ぎながらアタシに向かって飛んでくる。
アタシはそれを間一髪で躱した。
「チッ! 外したか!」
「アンタねぇ! 今完全にアタシ狙って斧投げたでしょ!!」
「そっちが先にぶっ放してきたんだろうが!!」
「ナンダアノ人間……仲間割レカ……?」
「クソ……舐メヤガッテ……! スグニブッ殺シテヤル!」
「油断スルナ! コノ女タチダケデ、ドレダケ仲間ガ殺サレタト思ッテル!」
「コイツラサエ殺セレバ、他ノ鎧ヲ着タ人間ハ雑魚ダ! 全員デ囲メ!!」
「……おい、アホ天使」
「何よバカ頭巾」
「コイツら、どうやらオレとテメェだけをロックオンしたみたいだぜ」
「ふんっ! そんなの見れば分かるわよ!」
アタシたちを囲む大量の悪魔。
今この場にいる悪魔の八割はアタシたちを狙っている。まぁ残りの二割くらいなら一般の兵士だけでも対処出来るはずだから逆に好都合かもね。
「ちょうど良かったわ。これで神父様の作戦の成功率も上がるし」
「こっからはおふざけ無しで頼むぜ」
「はいはい、分かったわよ」
不本意にも程があるけど、今は、今だけは、この気に食わない『赤頭巾』と背中を合わせて共闘する。
「全軍! ソコノ人間ヲブッ殺セェ!!!」
「殺れるもんなら殺ってみろやああああああ!!!!」
「穢らわしい悪魔が!! 身の程ってものを教えてあげるわッ!!!」
〜【ブロッサム教会・救護班】〜
いよいよ『
皆が食い止めているので、僕たち救護班と避難してきた人たちのいるブロッサム教会の近くまでは悪魔たちは攻め入って来てはいない。
しかし、ここに居ても外からは人や悪魔の叫び声が聞こえてくるし、怪我をした人や避難してきた人でこの場は溢れかえっている。
クローバーさんや教会の
医療の心得がない僕は、怪我をした街の人を教会に案内したり、親とはぐれた子供を避難させたりと、とにかく王都中を駆け回っている。
「はぁ……はぁ……なんか僕……ここの所、走ってばっかな気がする…………」
それでも今は、僕に出来ることを。
「ん……あれって……っ!?」
空から飛来してくる無数の物体。
「まずい……!!」
走り疲れた体にムチ打って、僕は全速力で教会へと引き返す。
間違いない……あれは……!
「悪魔……! 城壁を飛び越えてきたんだ!!」
走りながら周りを確認すると、四方八方から同じように羽の生えた黒い物体がこちらへ飛んでくる。
おそらくあの悪魔の目的地はこの国の中心部。
「ブロッサム教会……!」
このまま走って間に合うか? いや、そんなこと考えるな。
ただ走ることだけ考えるんだ。
「大丈夫……! このまま走れば僕の方が先に教会に着く! 間に合う! 何とかなる!!」
そう自らに言い聞かせるのは、やはり悪魔への恐怖からだろうか? けれど不思議と足はすくまない。
やることはハッキリしている。やれることは限られている。何を恥じる必要がある? 何を悔しがる必要がある?
例え無力な僕には、力のある皆にこの脅威を知らせることしかできないとしても……
「……ッ!!」
行き場のない無力感と焦燥感を振り払うように、僕は走った。
もう、すぐそこまで悪魔が来ている。
「ギャハハハハハハ!! ドンダケテメェラガ強カロウガ、戦ワナケリャア良イダケノ話ダロウガヨォ!!」
「おいアホ天使!! 空に逃げられんぞ!! 早く撃ち落とせ!!」
「…………ふふっ」
「聞こえてんのか!! おいッ!!!」
「うるさいわね、そんな大きな声出さなくても聞こえてるわよ」
アタシの抑えきれずにこぼれた笑みを見て、バカみたいな顔でこちらを見てくる……あぁ、こいつはもともとバカか。
「ふふふっ……! いいんじゃない? 空だろうが何だろうが、戦いたくない奴はさっさと飛んでいけばいい」
「何言ってんだお前! 王都に侵入されちまうぞ!!」
「だから行きたい奴は行けばいいわ」
「は……?」
どうでしょうね? きっとコイツらはここでアタシたちに殺された方が幸せだったって思うかしら?
そうね……きっとそう。
「あの人の庭に、穢れたアンタたちが土足で踏み込めば……」
「そこから先は、ただの地獄よ」
「精々栄養分にでもなってちょうだい」
「あと……ちょっと…………!!」
教会が見えてきた。
足がもう限界に近い。
走る速度が落ちてきているのが、自分でも分かる。
それでも気力で前へと進む。
「悪魔たちは………………え?」
きっとすぐ後ろまで、少なくとも肉眼で捉えられる位置まで迫ってきているに違いない。
そう思って後ろを振り向いたのだったが……
悪魔がいない。
一匹たりとも、だ。
空を見上げても、ただ雲の切れ間から青空が見えるだけである。悪魔なんてどこにもいない。
「…………」
その代わりと言っていいのか、悪魔ではない別の何かがいる。
民家と同じくらいの大きさの生物。
「いや……植物?」
ツタが寄り集まって形成された足のような部分に、触手のように伸びた無数のツタ、身体の倍はあろう横に広がる緑色の大きな口。
それはまるで村にあった図鑑で見た、虫を誘い出して食べる植物の様だった。
「何か食べてる…………ってまさか!?」
「オ? アンナトコニ人間ノガ──」
僕の予想は、空から舞い降りてきた悪魔によって証明された。
いや、空から舞い降りる
悪魔の足が地面に着く直前、物凄いスピードで飛んできたツタに全身を絡め取られ、叫び声一つ上げずに悪魔はその植物型モンスターに食べられた。
「へ……?」
何あれ……いやホントに何あれ!?
「悪魔食べてる……」
その長い触手を器用に扱い、空を飛ぶ悪魔たちを捕まえては口に運び、目につく悪魔を全て喰らっていく。
「何ナンダヨ! コノバケモノハ!!」
「好キ放題食イヤガッテ!! ブッ殺シテヤアアアアアアア!!!???」
「バカヤロオ!! 距離ヲトッテ戦アアアアアアア!!!!!」
「全員退避シロオオオ!!!」
僕はその光景に、ただただ立ち尽くしていた。
本来人間を襲うはずの悪魔が、一方的に捕食されるという何とも不思議な光景は、僕の思考を停止させるには十分すぎる。
「というかこれ……大丈夫なのか? 僕も食べられたりしない?」
「その心配はありませんよ」
一体の植物型モンスターの頭上から人の声がしたので、見上げてみるとやはりガーデンさんが見下ろしていた。
「ガーデンさん!」
「そんな所にいると危ないですよ。こちらへどうぞ」
そう言うと、僕は植物型モンスターの触手にガーデンさんの元まで抱え上げられた。
ガーデンさんと僕が立っているのはこの生き物の頭上。やはり高い。
「ガーデンさん、この生き物は……」
「これは悪魔を喰らう植物、食魔植物と言います」
「名を〖
悪魔を食べる植物……?
「これも加護の力なんですか?」
「えぇ、そうです」
確かガーデンさんの加護の力は、植物を操ることだったはず。けどこんな植物がこの世にいるなんて……
「〖
「え?」
「聖なる力を流し込んだ植物を自在に操る、私が授かった神の加護の名前です」
「今、このブルーティカスの地下には植物の根が無数に張り巡らされています。そしてそれらは全て私の支配下」
「ブルーティカスは既に、私の庭です」
王都が庭って……怒られないか?
「そういえば皆は大丈夫ですか? レフさんもパキラちゃんも戦ってるんですよね?」
「えぇ、二人は協力して東門にいる悪魔を殲滅しています」
「きょ、協力…………」
「……言わんとすることは分かります」
あの二人が協力してるとこなんて全然想像つかないぞ? どさくさに紛れて互いを攻撃し合う方がまだしっくり来る。
「ですがこれも全てロザリオの指示ですから」
「神父様の?」
「あの人は確かにいつもヘラヘラしています。しかしこれは悪魔との戦争、しかも人の命が懸かっているとなれば、ロザリオも本気でしょう」
「信用してるんですね。神父様のこと」
「長い付き合いですから」
あの少女の姿をした神父は、やはり周りから絶大な信頼を得ているようだ。
人は見かけによらない、というのはどうやら本当らしい。
「悪魔の主力部隊を東門で二人が殲滅。北、西、南門からの悪魔と空からの悪魔は王国騎士団と〖
「なるほど…………ってあれ? そういえばシスターは?」
ガーデンさんの話では東門にはいないみたいだけど……
「あそこに山が見えるでしょう?」
「え? あ、はい……」
確かにガーデンさんの指差す先には山が見える。城壁の向こう、かなりの距離だ。
「兵士達の情報によれば、あそこに謎の建築物が確認出来るそうです」
「建築物?」
「パキラの〖
「へー…………ってまさか」
ガーデンさんは小さく頷いた後、こう続けた。
「奇襲というのは少数で行うのが基本です。というよりあの娘の場合、一人の方が力を発揮できます」
「……一人で?」
「一人で、です」
「…………」
シスター……案外メチャクチャだよね……
〜【ヘルズゲート軍・本拠点】〜
「東門ノ主力部隊ハホボ全滅……他ノ門カラノ地上部隊ト飛行部隊モ壊滅状態……」
「クソッ! 小賢シイ人間ドモガ!!」
「ヤハリ、アノブロッサム教会ノ連中ガ邪魔カ……」
「ヘルズゲート様、如何シマショウ?」
「なに、案ずることは無い。全ては計画通りだ」
「低級がいくら死んだ所で何も問題は無い。全ては
「ブロッサム教会。確かに厄介だが手は既に打った。今頃は
「オォォ……流石ハヘルズゲート様! 悪魔ヲ統ベルオ方!」
「ふっ……何を当然のことを」
「ヘルズゲート様ッ!!」
「何だ、何事だ?」
「テ、敵襲デス!!」
「敵襲だと!? ここにか!?」
「敵の数は!?」
「
「何だと!?」
「【Gott ist tot】」
「祈る必要はありません」
「神は既に死んでいますから」