〜【ヘルズゲート軍・本拠点】〜
「あなたが『ヘルズゲート』ですか……確かにこれは偽物ですね」
「キサマッ! ヘルズゲート様二何──」
"怒り"。
それも、私には無い感情ですね。
「【
「ガアアアアア!!!???」
たかる羽虫を払うように、辺りの悪魔を薙ぎ払っていく。
「貴様、その禍々しい加護の力は……」
「知る必要はありません」
そう、必要ない。この悪魔は本物じゃないから。
「【
完全に捉えた…………ように見えたけれど。
あの悪魔は無傷だ。躱した?
「……外しましたか」
「助かったぞ。モフク」
「これ程早く死なれては、我々も困ってしまいます」
この悪魔、どこから現れたのでしょうか?
「ヘルズゲート様はどうぞお逃げ下さい。ここは私が引き受けましょうぞ」
「フッ、頼もしいことだ」
「老体をあまり当てにされても困りますが」
「逃げるのですか」
「戦争においてはな、王を取られたら負けなんだよ」
「あなたは本物の王ではないでしょう」
「この女……ッ」
また"怒り"……
「モフク、殺せ」
「御意のままに」
「【
二人まとめて拳を叩き込んだ、はずだ。
「消えた……」
攻撃は命中せず、ヘルズゲートを名乗る悪魔と、途中から乱入してきた謎の悪魔は私の目の前から姿を消した。
途中から乱入してきたあの悪魔。彼の仕業なのは間違いないでしょうが、何をしたのかが分からない以上、手の出しようがありません。
「こちらですよ。お嬢さん」
「【
背後から声が聞こえる。それと同時に拳を叩き込む。
「おっと危ない危ない……普通、気配なく背後に回られたら驚きませんか?」
「私には"驚く"こともできませんので」
「…………おや、まさかお嬢さん──」
「【
間髪入れずに攻撃を入れるが、ヒラリと身を翻し、またも躱される。
「やれやれ、少しは耳をお貸し頂けませんか?」
「お断りします」
「そうですか……残念です。『骸の修道女』シスター・ローズさん」
この悪魔……私を知っている?
「…………」
「どうですか? 話、聞く気になりましたか?」
「……私の名前は、スオンです。ローズというのは既に死んだ人間の名です」
「そうでしたか、それは失礼致しました」
一呼吸置いて、その悪魔は名乗る。
「それではシスター・スオン殿。改めまして、
上下を黒のスーツで揃え、同じく黒のシルクハットに、顔にはひび割れた奇妙な仮面を着けている。
人間に取り付いた悪魔……何かが引っかかる。
「シスター・スオンです。今からあなたを殺します」
「それは何とも恐ろしい……ご覧の通り、私は既に老体の身。戦闘も不得手でして、どちらかと言うと逃亡の方が得意なんです」
饒舌、かつ謎の魔法を使う。噂の"他とは違った上級"かもしれない。
「それに私が殺されると、色々困るのです。ひいては主人の損失に繋がりかねません」
「主人とはあの悪魔のことですか」
「フッ……アレに価値が無いということはお嬢さんもお分かりでしょう?」
悪趣味な笑顔の仮面で表情は見えない。が、どうやら仮面の下も笑顔のようだった。
『アレに価値が無い』? それはつまり……あの悪魔が本物のヘルズゲートではないことを知っている?
「……あなた、まさか」
「初めに言ったはずですよ。私は
この悪魔は本物のヘルズゲートに繋がっている……そう考えるのが自然。
「やはり殺すのは辞めます。あなたは生け捕りにして教会に引きずり出します」
「それも困りますな。それでは皆さんが逃げる時間も十分稼げたことですし、私も逃げさせていただきます」
「皆さん……?」
そういえば周りにいた悪魔達がやけに静か……
「誰もいない…………あなた何を──」
消えていたのは周りの悪魔だけではない。
モフクと名乗ったあの悪魔も、私の目の前から消えていた。
そういえばあのモフクという悪魔は何も無いところから突然現れ、そしてヘルズゲートを名乗るあの悪魔も、今のように突然消えた。
ここにいた悪魔達だって、逃げようとする素振りを見せたら追撃は十分可能だったのに。
「瞬間移動……いや」
『それでは皆さんが逃げる時間も十分稼げたことですし──』
あの悪魔の口振りからして、ここにいた悪魔が逃げるのには時間がかかる。
考えられる可能性は…………
「【
拳を一点集中ではなく、この空間全体を薙ぐように繰り出す。
「グッ──」
拳が何かに当たった。
流石は『骸の修道女』……よく分かりましたね……」
「考えてみれば簡単な事です」
何も無い空間から、徐々にモフクの姿が明らかになっていく。
「『逃げる時間を十分に稼ぐ』必要があるということは、あなたの魔法は瞬間移動の類では無さそう……あと考えられるのは"透明化"くらいでしたから」
「それだけの理由で、ですか?」
「半分、当たればいいな程度で振り回しました」
「…………フフフフフフッ」
突然笑いだしたけれど、何がそんなに面白いのだろう?
私にも"喜び"があれば分かるのだろうか?
「ご明察、と言っておきましょうか。いくら当てずっぽうで私を攻撃できたと言ってもね」
「【
「それが私の魔法です。能力は先程お嬢さんが言った『透明化』と言った所でしょうか」
こう見えてもかくれんぼは得意なんですよと、無邪気に笑う。
……彼は何がそんなに楽しいのだろう?
「この力は自分だけではなく、他者にも有効な魔法でしてね。周りにいた悪魔達を透明化させて逃がしました」
「随分能力について話してくれるんですね」
「えぇ、余裕がありますので。それでは、かくれんぼの第二ラウンドと行きましょうか」
「遊びに付き合っている時間はありません」
「つれませんね、骸のお嬢さん
先程よりもゆっくりと、自慢の魔法を見せびらかすように、モフクの身体が薄くなっていく。
「【
さて……どうやって捕まえましょうか。
〜【ブルーティカス東門】〜
疲れた。
その一言に尽きる。
悪魔を殺しまくって興奮した脳みそに反して、もう身体がガッタガタだ。
婆ちゃんの形見の斧も血でドロドロだぜ……
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「あー……くっそ…………」
俺の隣のアホ天使も酷ぇ面してやがる。コイツの生命力ってのも、どうやら限界超えずに済んだみてぇだな。
「うそ……だろ…………」
「あの数を……たった二人で……」
ハッ、ヒヨっ子騎士団共が……何ビビってやがんだよ…………
「アタシの……勝ちね…………」
「あ"?」
「忘れたわけ……? 始まる前に言った勝負のことよ……」
「アタシが200、アンタが150ちょっとかしら……惜しかったわねぇ……?」
こんのクソガキ……ッ! いっつも勝負事になると要らねぇ意地はりやがる……!!
「ボケてんじゃねぇよアホ天使……オレが150だぁ? 200対250でオレの勝ちに決まってんだろうが……!」
「アンタこそ、悪魔にやられてボケたんじゃないでしょうね?」
「無傷だクソ野郎!!」
「無傷なわけないでしょ!?」
「な、何で二人は喧嘩してるんだ……?」
「さぁ……」
「ならアタシは300よ! 300対250!」
「ならオレは400だ!」
「500!!」
「600!!」
「900!!!」
「999!!! そんでテメェを記念すべき1000匹目にしてやらぁぁああッ!!!」
「上等よ! 返り討ちにして完膚なきまでにアタシの勝ちにしてやるわバーカバーカ!」
「じ、銃天使様!」
「何よ!?」
アホ天使が兵士の呼び掛けに気を取られた! 今がチャンス!!
「オラ死ねぇ!」
「悪魔達の様子が変ですッ!!!」
思わず斧を振り下ろす手を止める。
「ン……だと……?」
「見てください! この悪魔達の死体を!」
「…………?」
殺しに殺しまくった悪魔達の死体はその辺に転がっている。これの何が変な──
「「……は?」」
オレとアホ天使の間抜けな声が重なってしまった。
いや、そんなことより気にしなければならない異常事態が、目の前で起こっている。
「おい、アホ天使」
「最悪ね……アンタと同じこと気づくなんて」
心底嫌だという顔で、転がっている悪魔の死体を睨む。きっとオレも似たような顔してやがるな。
オレたちの視線の先には悪魔の死体がある。
血塗れになり、首やら腕やらがぶった切られ、頭も心臓も蜂の巣になって、
「悪魔ってのは銀武器や神の加護でしか殺せねぇ……」
「そして死んだ悪魔の身体は灰となって消える……」
「だったらよ」
「なら」
「「なんでこいつらは消えない……!?」」
嫌な予感がオレの脳内を駆け巡る。
その時だ。
「な、何だ!?」
「これは……」
悪魔達の死体、散乱しているそれらが集まって、真っ黒い一つの球体に変化した。
そしてここらにあった悪魔の死体を全て吸収し終わった後、その球体はブルーティカス内部へと向かって行く。
「〖
すぐさまアホ天使が球体に狙いを定め撃つ。が……
「弾かれた……!?」
続けざまに何発か撃ったがその全てが弾かれ、銃の残弾も無くなってしまった。
「逃がすかッ! 〖
「アホ天使! テメェどこ行く気だ!!」
「決まってんでしょ!? アレを追いかけんのよ!!」
「追いかけるつったって……」
「レ、レフ殿!」
「今度は何──っておいアホ天使!!」
兵士の一人がオレの言葉を遮り、その間にアホは走り去ってしまった。
「んのアホが……ッ!」
「レフ殿あれを!!」
「だから何だよ…………ッ!」
兵士の指差す方向には更に悪魔の軍勢が……
「援軍……だと!?」
「援軍、とは少し違うな」
周囲の空気すら凍らせるような冷たい声と、自分の心臓が飛び跳ねる音が聞こえた。
背筋を駆け上がっていく……これは一体何だ?
「"恐怖"だ。人間」
「アガッ!?」
「アオオオアアオアアッ!!!」
「ヴヴヴゥゥゥッ!!」
「何だ? 一体何が──」
そして呻く悪魔達は、いつかのように首を吹き飛ばされ、その灰は集まって黒い球体へと変貌する。
だがそれよりも、オレの視線はもっと別のヤツに引き付けられた。
「ひっ!?」
「な、何だあいつは!!」
「おいおい……随分お早い再会だな」
この寒くもねぇ日に、黒いコートとマフラーを着た白髪の悪魔。
ったく……マジで勘弁してくれよ……
「レフ殿……」
「テメェら……オレが時間を稼ぐから、さっさとブルーティカスに逃げろ。アレはテメェらが束になっても止められやしねぇ……」
「ですが!」
「いいかッ!! 一秒でも長く時間を稼ぐ! 死ぬ気で逃げて悪魔神父に伝えろッ!!」
「
さて……どうやって遊んでやろうか?