Rest In Peace   作:砂糖ノ塊

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15.天使と再会

 〜【ブロッサム教会・聖堂】〜

 

「グリフ、おかえり」

「クローバーさん!」

 

 ガーデンさんに連れられ、僕はブロッサム教会に戻ってきた。

 

「シスター・ガーデンも、おかえり」

「ただいま戻りました」

 

 あの悪魔を食べる植物、〖悪魔喰(ベルゼイーター)〗は自動的に悪魔を捉えて捕食するらしいので、ある程度は放っておいてもいいのだそうだ。なのでガーデンさんも一緒に戻ってきている。

 

「そちらはどう……とは、言うまでもないですかね」

「うん、忙しい」

 

 悪魔との戦いで負傷した兵士、逃げる際に怪我を負った街の人、そしてそれらの手当てをするクレピスさんたち教会の聖職者と、王都の医学に詳しい人で教会の中はいっぱいだった。

 

「クローバーさん! 急患です!」

 

 そう叫ぶクレピスさんには、少し前のおっとりとした雰囲気など微塵も感じさせない、切羽詰まった様子が簡単に見て取れる。

 

 クローバーさんは無言でクレピスさんの方へ向かい、手持ち無沙汰な僕も一緒に着いて行った。

 

 そこで僕が目にしたのは一人の兵士だった。

 

「この人……腕が……」

 

 床に倒れ弱々しく呻くその兵士には、右腕が無かった。

 

 もっと正確に言えば右腕、右肩、さらに胸にかけてグチャグチャに吹き飛ばされている。

 

 鼻の奥をつく強烈な血の匂いと、目の前の惨状で、僕は思い出す。

 

「そうだ…………」

「グリフくんは見ちゃダメ!!」

 

 怒気のこもった声でクレピスさんに咎められるが、僕はその光景から目が離せなかった。

 

 そうだよ。とっくに分かっていたはずだ。

 

 僕らをブルーティカスまで連れてきてくれた御者さんも、あの悪魔に一瞬で殺された。

 

 さっきまで普通に喋って動いていた人間が、あっという間にただの肉の塊になる。

 

「……っ!」

 

 目を逸らすな。

 

 これが現実。

 

 残酷な、現実だ。

 

「心配、ない。俺が、助ける」

「クローバーさん……」

「皆は、離れてて」

 

 クローバーさんは強い瞳で、今にも死んでしまいそうなその兵士に手をかざした。

 

「あれは……」

 

 クローバーさんの手からは、柔らかく温かい光が溢れだし、兵士を包み込んでいく。

 

「あれがクローバーが授かった加護の力です」

 

『この教会運ばれてときには、君たち怪我してたからね。彼がその治療をしてくれたんだよ』

 

 神父様の話によれば、クローバーさんも神の加護を受けた聖職者。

 

 人を癒す加護の力を、この人は持っている。

 

「〖命を与える幸福の花(ラブクローバー)〗」

 

 光が一層強くなったかと思うと、兵士の傷がみるみるうちに治っていく。

 

「うそ……」

 

 損傷した部位は綺麗に修復され、大量に出血したことで真っ青だった兵士の顔には生気が戻り、腕も元通り生えてきた。

 

「はい、終わり」

「人間業じゃない……」

「それが神の加護です」

 

 これは、本当にすごい……いや、すごいなんてものじゃない……

 

 これが神の加護……とんでもない力だぞ! これは!

 

「いや〜ほんとーに助かりましたよ〜! 私一人じゃどうしようもなかったので〜」

「クレピス、この人、安静に、させておいて」

「了解で〜す♪」

 

 クレピスさんがあののんびりした口調に戻ったということは、どうやらもう心配はないらしい。

 

「治ったんですよね……良かったぁ」

「…………」

「クローバーさん?」

 

 なぜかクローバーさんの表情が暗い。一体どうし──

 

「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ぁぁぁぁ!!!???」

「っ!?」

 

 教会に響き渡ったのは怒号に近い悲鳴。誰あろう、先程クローバーさんが治した兵士その人のものだった。

 

「大丈夫ですからね〜怪我は綺麗さっぱり治りましたよ〜」

「悪魔があああ!! やめてくれぇぇぇ! 殺さないでくれぇぇええええ!!!!!」

「もう悪魔はいませんよ〜大丈夫ですからね〜」

 

 大丈夫と何度も声を掛けられながら、錯乱した兵士はクレピスさんに付き添われてどこかへ行ってしまった。

 

「俺の、加護の力は、傷を、治せる。瀕死の重症も、完璧に」

 

「けど、死にかけた人の、心の傷は、癒せない」

 

 パキラちゃんに巻いてもらったという頭の包帯に手を当てて、クローバーさんは苦々しくそう言った。

 

 僕だけじゃない。誰もがきっと、心に傷を負っている。

 

 クローバーさんにも、消せない何かがあるんだろう。

 

「……あの人も、もうダメ。心が、壊れてしまった…………俺は、また、救えなかった……」

「……そんな事ないですよ」

 

 『救えなかった』

 

 その言葉が、僕の中で意味を持ちつつある。

 

 セルトグラヘで誰一人救えなかった僕を縛る、重い鎖のような意味を。

 

「クローバーさんのおかげで、今もあの人は生きてます。……生きてさえいれば、心の傷もいつかは治りますよ」

 

 これは慰めになっているのだろうか? ……それ以前に、僕はこれを誰に言っているんだ?

 

 クローバーさんか? それとも……

 

「……ありがとう」

「…………なんで頭撫でるんですか」

「そこに、頭が、あった、から?」

「僕に聞かないでくださいよ!」

 

 何でここの人たちは僕を子供扱いするんでしょうね!?

 

「それでは、ここの様子も確認できましたし、私はもう行きますね」

「あの、ガーデンさん。僕は……」

「グリフさんのお陰で、街の人々の避難はほとんど完了しました」

 

 なんとか避難が間に合ったみたいで良かった……

 

「ですが悪魔の数も増え、東以外の門からも徐々に悪魔が突破してきています。危険ですのでグリフさんは医療班の支援を」

「分かりました!」

「クローバー、教会は任せましたよ」

「了解」

 

 僕とクローバーさんの返事を聞き終えたガーデンさんは、再び悪魔のいる戦場へと向かった。

 

「…………」

「グリフ?」

 

 羨ましいと、純粋にそう思った。

 

 戦場に出られる力があることを、皆を守れるだけの力があることを。

 

「クローバーさん! 僕は何をすれば!?」

 

 その力がない僕は、僕に出来ることをするしかない。

 

「グリフ」

「はい!」

「クレピスに、聞いてくれ」

「……はい」

 

 それじゃあクレピスさんに──

 

「神父様ッ!!」

「パ、パキラちゃん!?」

 

 突如教会内に響き渡るパキラちゃんの叫び声。

 

 見ると全身血だらけで、息も荒い。もしかして、パキラちゃんが守っている東門で何かあったのか!?

 

「どうしたの!? すごい血だよ! すぐにクローバーさんを!」

「神父様はどこ!?」

「え、神父様?」

 

 神父様なら王宮で指揮を執ってるは……ず…………

 

「っ!!」

 

 その時、急に全身に悪寒が走った。

 

「ちょっとグリフ! 一大事なの! 悪魔達が何か企んでて! でも私じゃどうに……も…………」

 

 顔面蒼白な僕を見てか、それとも僕と同じ悪寒を感じたのか、パキラちゃんの動きが止まる。

 

「…………いる」

 

 僕はこの悪寒を……空気すら凍りつかせるような恐怖を、僕は知っている。

 

『"恐怖"しているな、人間』

 

「フィア・ヘルズゲート……!」

「っ!!」

 

 震えが、止まらない。

 

 脳の奥深く、最も深い場所にあの光景が刻み込まれている。

 

 視界を染める真っ赤な血。

 

 圧倒的な、絶望。

 

「なん……で……ここに…………」

「グリフ! 落ち着きなさい!!」

「ふぐっ!?」

 

 勢いよくパキラちゃんが僕の顔を両手で挟み込んだ。

 

 無理やり僕の視線を奪い、パキラちゃんはまるで弟達に諭すように話し始めた。

 

「今、悪魔達が何か企んでいるわ。多分アタシ一人じゃどうにも出来ないことを」

「ふぁひふぁひゃん、ふぁあひへふふぁふぁひ……」

「パニックになるのも分かる。よーく分かるわ。けどね、悪魔達は待っちゃくれないのよ」

 

「死にたくなかったら、死ぬ気で冷静を保ちなさい。それがアンタに今出来る最大のこと。いい?」

 

「ふぁい……」

 

 僕の肯定が伝わったらしく、パキラちゃんは手を離した。

 

「安心しなさい。アンタ達の命はアタシが守ってあげるわ」

 

 そう断言する彼女の姿は、素直にとても頼もしかった。

 

 歳は一つしか違わないけれど、僕と彼女には圧倒的な差があるのが嫌でも分かる。

 

 ……眩しいな、この人は。天使と呼ばれるのも納得出来るくらいに。

 

「それで神父様はどこ? 異常事態だからあの人の力が要るんだけど」

「神父様なら王宮にいるはずですけど……一体何があったんですか?」

「それが……私にもよく分かんないのよ。殺した悪魔の死体が消えないと思ったら急に──」

「グリフ、姉さん」

「……クローバーさん?」

 

 声がした方を見ると、クローバーさんがこちらを睨んでいる。

 

 いや、僕とパキラちゃんの、その向こう側を……

 

「…………ッ! 全員! 怪我人を連れて今すぐここを離れなさい!!」

 

 パキラちゃんの号令が飛ぶのとほぼ同時、そいつは突然僕らの目の前に姿を現した。

 

「ふむ……どうやらモフクの【逃避行(ハイドアンドシーク)】が切れてしまったようだな。あれには射程距離があるのか?」

「っ!!」

 

 そこに居たのは背の低い小太りの中年男性だった。顔には悪趣味なピエロの仮面を着け──

 

「下がりなさいグリフ!!」

「なっ!?」

 

 パキラちゃんに突き飛ばされ、僕は思いっきり後ろへ尻もちをついた。

 

 パキラちゃんは僕を突き飛ばすとほぼ同時に拳銃を抜き、すぐさま照準を定め、僕の身体が地面に到達するよりも早く引き金を引いた。

 

「〖天使の回転式拳銃(エンジェリックリボルバー)〗!」

「無駄だ」

 

 パキラちゃんの銃から放たれた銀弾が着弾することはなかった。

 

 吸収……いや、消滅したのだ。その男に当たる直前に。

 

「嘘……パキラちゃんの加護の力が……」

「クソが……どいつもこいつもアタシの弾丸を簡単に……!!」

 

 パキラ……ちゃん……? 口がレフさんぐらい悪くなってるよ……?

 

賭博場(カジノ)で暴力は御法度だろ? 銃天使さん」

「寝言は寝て言いなさいよ。上級か何だか知らないけど、アンタがいるのはブロッサム教会。アンタら悪魔の天敵の巣窟よ!」

「いいや、ここはたった今カジノになった」

「パ、パキラちゃん……!」

 

 僕は突如目の前に広がった異様な光景に、声をかけずにはいられなかった。

 

「何…………よ?」

 

 こちらに振り向き、パキラちゃんもその異変に気づいた。

 

「教会が……!」

 

 備え付けられたステンドグラスや、等間隔に並べられた椅子は全て消え去り、温かくて神々しい雰囲気だった聖堂は悪趣味な空間へと変わっていく。

 

 こんなことが可能なのは悪魔の使う魔法だけだ。

 

「転移……いや違う。アンタ! 一体何をしたの!?」

「そう興奮するなよ、銃天使さん」

 

 不気味なピエロの面が、こちらを嘲笑う。その口調には、言いようもない不快感があった。

 

「ゲームはこれからなんだから」

 

 突然変化した教会の内装、それにゲーム……? この悪魔、何を考えているんだ?

 

「クローバー、あんたもグリフ連れて奥に逃げなさい」

 

 パキラちゃんが小声でそう言った。周りを見回してみるとほぼ全ての人達が聖堂の奥へと避難している。

 

「こいつはアタシが何とかするから、絶対に他の皆を近づけさせるんじゃないわよ。分かった?」

「姉さん……」

 

 クローバーさんの顔から悔しさが滲み出ている。姉を置いて逃げたくないのだろう。

 

「その必要はない」

 

 パキラちゃんの提案を断ったのは、なんとあの悪魔だった。

 

「このゲーム──いや、ギャンブルは人が多い方が有利になる……特にお前達にとっては」

「アイツの言葉に耳を貸しちゃダメ! 早く行きなさい!」

「……あぁ、そうだった」

 

()()のお前には、誰も救えやしなかったなぁ!」

 

 今……なんて言った……?

 

「……ど…………れい……」

 

 奴隷? 奴隷って言ったのか?

 

 誰に?

 

「クローバー……さん…………」

 

『"奴隷"……確かサンナ王国の南にある国で今でも容認されてるっていう……』

『そう、俺は、昔奴隷だった』

 

 何で……この悪魔がそれを……

 

「何でアンタがそれを知ってんのよッ!!」

 

 それは悲鳴に近い、怒りの叫びだった。

 

 これ程までに怒ったパキラちゃんは初めて見る……

 

「何故? 教えてやろうか」

 

 その男がピエロの面を取ると、嫌味な顔をした髭面の太った中年の顔が現れた。

 

 普通の人間……なのか……?

 

「うそ……でしょ……」

 

 そいつはパキラちゃんとクローバーさんの驚いた顔を見て、満足そうに笑った。

 

「お、まえ……ッ!!」

「久しぶりだな()()()。この教会でも道具のように使われているのか?」

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