昔々あるところに、それはそれは不幸な少年がいました。
少年は生まれた時から不幸で、とある理由で実の親には棄てられ、生まれた国から遠く離れた、見ず知らずの貧しい老人に拾われて育てられました。
それでも少年は自分の境遇を、不幸だと嘆くことはありませんでした。
それどころか、自分が拾われたことを、今日も命があることを、毎日神に感謝していました。
そんなある日、少年の育ての親だった老人が、病に倒れてしまいました。
貧しかった老人には医者に診てもらうお金はありません。
少年はとても悲しみ、老人の手を握って彼の回復を神に祈り続けました。
すると少年の想いに応えるように、老人の身体が光り輝き始めました。
すると、先程まで顔色も悪く、息も絶え絶えだった老人が、すっかり元気になっているのです。
少年は驚き、そして喜び、これは神の奇跡だと老人と共に神に感謝しました。
そう、少年は神の加護を授かったのです。
傷を癒し、病を治し、人の命を救う力を。
これが少年の、不幸の始まりでした。
「変わりないようで何よりだよ救急箱。それに銃天使。私を覚えているかね?」
「…………ッ」
クローバーさんが握る拳から血が滴っている。
「クローバーさん、大丈夫ですか?」
「…………あぁ」
僕がクローバーさんの拳に手を添えると、クローバーさんは少し力を弛めたが、それでも目の前にいる悪魔に向けた眼光の鋭さは消えなかった。
「あの人は一体誰なんですか?」
「…………俺を、買っていた、奴隷として、縛り付けていた、男……!」
「何でこいつがここに…………それにこの魔法は……アンタ人間じゃなかったの!?」
「人間? そんな下等なもの、とうに捨ててやったわ」
人間を捨てたって……
「悪魔憑き……」
「そんな矮小な存在と同じにするなッ!」
「っ!?」
そいつは僕に向かって大声で怒鳴った。
悪魔憑きじゃない? でも人間じゃなくなったって……
「我々は悪魔憑きなどではない! 自らの意思で動き、下級の悪魔なんぞ話にならない力を身につけた新たなる存在!」
「『新世代』だ」
「新……世代……」
上級でも下級でもない、『新世代』って一体何なんだ?
「その『新世代』とやらが、単身ここに突っ込んできて、一体何の用かしら!?」
「そんなもの、決まっているだろう」
男が指を鳴らすと、目の前に黒い机と、同じく黒い椅子が二脚現れた。
「復讐だよ。銃天使」
「お前への復讐の為に、私は人間を捨てたのさ」
その言葉が開戦の合図だったのか、少ししてパキラちゃんと悪魔は向かい合って椅子に座った。
真っ黒な机の上には、それと対比するように真っ白なパキラちゃんの銃が乗っている。
「ルールは単純。あの時と同じく、お前の銃に銀の弾を一発だけ込め、互いに向かって一発ずつ撃ち合う。相手に銃を渡す前にリボルバーを回転させてな」
「把握したわ」
「但し! 加護の力の使用を禁ずる!」
悪魔がそう大声で宣言する。
「私の魔法、『
「お前がこのルールを破ればそこでお前の死は確定する……いいか銃天使、あの時と同じようにはいかんぞ……!」
「何をそんなに興奮しているのか、さっぱり分からないわね」
目を血走らせる悪魔に、パキラちゃんは顔色ひとつ変えずに返した。
「…………まぁいい。そして次に、このギャンブルの勝利条件は"相手が死んだら"だ」
……? 相手が死んだら勝ちって……何でそんな……
「痛めつけたいのよ。アタシを。少なくとも一発当てただけで終わらせる気は無いみたいね」
疑問が顔に出てた僕に、パキラちゃんは何でもないかのように言う。
「よく分かってるじゃないか」
「どうでもいいから早く始めましょう。ルールはそれで全部?」
「いや、あと一つ。ギャンブル中の他の人間の介入を禁ずる」
悪魔は僕を、クローバーさんを見て言う。
「そこの
「……この子の名前は"クローバー"よ」
落ち着きを取り戻しつつあったパキラちゃんの怒りが、静かに再燃した。
「二人とも、手出ししないでよ」
「姉さん……」
「分かってるわ。クローバー、お守りはちゃんと持ってる?」
『お守り』。そう言ったパキラちゃんの目はとても真剣で、クローバーさんがほんの少し驚いた気がした。
「…………うん」
「ならよし。そこでグリフと一緒に大人しく見てなさい」
「アンタの仇、今度こそ蜂の巣にしてあげるから」
そこから先、パキラちゃんがこちらを振り向くことは無かった。
「クローバーさん、『仇』ってどういうことですか? それにあの悪魔は……クローバーさんの知り合いなんですか?」
「グリフになら……友達になら……話しても、いいのかも、しれない」
そして、クローバーさんは目線を二人から離さないまま、僕へ語り始めた。
クローバーさんとパキラちゃんの出会い、そしてあの悪魔との因縁を。
「銃の確認は終わったかしら?」
「あぁ、今度こそ不正は無いな」
「それじゃ、始めましょうか」
加護の力を手に入れた少年は、それを人の為に使うことを決めました。
どんな病気も、どんな怪我も、少年の加護の力でたちどころに治ってしまう。
人々はそんな少年の力に感謝し、そしてそれ以上に恐怖しました。
例え不治の病だとしても、どれだけ命に関わる重症だったとしても、人々は死ねないのです。
少年が死なせてはくれない。
いつしか少年の周りに住む人々は、不死者の集団と言われ、周囲の村々から恐れられるようになりました。
そして人々は、人を超えた力を操る少年を、自分達を救ってくれたはずの少年を、次第にこう呼ぶようになっていきました。
「悪魔」と。
そうして徐々に人々は少年から離れていき、育ての親であった老人でさえも、少年を遠ざけました。
他人を救う少年の力が、少年自身を苦しめていたのです。
少年は再び、孤独になってしまいました。
今まで救ってきた人に見放され、孤独な少年は宛もなく彷徨い続けました。
どれくらい時間が経ったでしょう、歩き疲れた少年がふと目線を上げると、そこに人が立っていました。
それが人攫いだとすぐに気がつけない程、少年の心は疲れ果てていました。
抵抗もむなしく、少年は奴隷として売り飛ばされました。
『人智を超えた力を持つ少年』
欲深い人間達が、少年を見逃すはずがありません。
人でも悪魔でもない、ただの"モノ"になった少年は、絶望の淵でこう思いました。
この世で最も不幸なのは、きっと自分だろう、と。