Rest In Peace   作:砂糖ノ塊

2 / 16
2:旅立ちと雨上がり

 「あなたの欲しいものは何でもあげる!」

 

 「だからお願い!」

 

 「あの子を生き返らせて!!」

 

 少女のそんな願いは、神に祈るにはあまりに愚かで、

 

 悪魔に祈るにはあまりに無垢でした。

 

 

 

 

 

「グリフ、その人から離れ──ッ」

 

 シスターは人のものとは思えない力に吹き飛ばされ、家の壁に叩きつけられた。

 

 シスターを吹き飛ばしたのは……

 

「おい! もう誤魔化すのは無理だ!!」

「キャンベラおばさん……? 一体何を……」

「仕方ねぇ。ガキの方は少し惜しいが女諸共ここで殺すか……」

 

 え?

 

 殺す? 誰を?

 

 ……僕を?

 

 ミゲルさんは何を言ってるの?

 

 キャンベラおばさんも、何でそんなに怖い顔をしてるの?

 

 あれ? あれ?

 

「二人とも……どうしちゃったの……?」

「まだ分かんねぇのかこのガキは!?」

「それもまぁ仕方ないねぇ〜」

「う、うそだ……ねぇ! ミゲルさん! キャンベラおばさん!」

 

 今までの二人とはまるで別人のようなその雰囲気に、僕は二人の名前を叫ぶしかなかった。

 

 まさか……二人がシスターの言ってた……

 

「"悪魔憑き"ですね」

「あ? …………ぶぇッ」

「あなたも邪魔です」

「がっ……!」

 

 ミゲルさんは後ろから蹴り飛ばされ、キャンベラおばさんも自分がされたように壁まで叩きつけられた。

 

「シスター……」

 

 そこにはさっき吹き飛ばされたはずのシスターが何も無かったかのような顔で立っている。

 

「一度退きますよ」

「えっ」

 

 そう言うとシスターは僕の首根っこを掴んで、とてつもない力で引っ張っていった。

 

「うわあああああああ!!!」

「静かにしてください」

 

 速い! 速すぎる!! というか僕どこに連れていかれるの!?

 

「っ……外……!?」

 

 シスターに引っ張られたまま僕は雨の降る外へと飛び出した。

 

「大丈夫ですか、グリフ」

「そ、それよりどういうことなんですか! あの二人が悪魔なんて!!」

「正確に言えば彼らは"悪魔憑き"です。人間の肉体に悪魔が取り憑いている状態のことを言って──」

「……? シスター?」

「……どうやら、想定していた最悪の事態が起きているようです」

 

 周りを見るといつの間にか村の人達全員に取り囲まれていた。

 

 こんなに雨が降っているのに誰一人傘も差していない。

 

 それどころか全員ミゲルさんやキャンベラおばさんと同じ、別人のような目をしている。

 

「先程私が言った考えられる可能性の二つ目」

「皆……おかしくなっちゃったの……?」

「話が早くて助かります」

 

 "悪魔憑き"……村の全員が悪魔に取り憑かれている……?

 

 もう、皆は優しかった皆じゃないってこと?

 

 そんなの……そんなのって……!

 

「そんなのってないよ神様ッ!!!」

 

「僕達が一体何したっていうんだ!!」

 

「普通に生きてきただけなのに! なんで!! どうして!!!」

 

 空に向かって叫んでも一層強くなった雨があざ笑うように降りつけるだけ。

 

 そんな僕をニヤニヤと嫌な笑みを浮かべ見つめる村の皆(悪魔達)

 

「無駄ダゼ〜? グリフ〜」

「っ!」

 

 腕や足が変な方向に折れ曲がった、ミゲルさんの姿をした悪魔が僕に話しかけてくる。

 

 話し方も、雰囲気も、もう完全に僕の知っているミゲルさんじゃなくなっていた。

 

「テメェラハ二人トモ、俺ラニ殺サレテココデ死ヌンダヨ!」

 

「イクラ泣キ喚イテモ、コンナ辺境ノ村ニハ誰モ助ケニハ来ネェ……」

 

「ソレニナァ……グリフ!!」

 

「神様ナンテコノ世ニイネェンダヨォ!!!」

 

ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!

 

「…………うそ……だ……こんなの……」

 

 こんなの……何かの間違いだ……そうに決まっている……

 

「グリフ、一つ言っておきます」

「…………」

「あいつらの言う通り、この世に神なんていません」

「え……?」

「ギャハハハ!!! オイオイ! シスターガソンナコト言ッテイイノカヨ!?」

 

 

 

「残念ですが、神は既に死んでいます」

 

 

 

 そう言うとシスターは首にかかった真っ黒な十字架を両手で握って祈りを捧げた。

 

「【Gott ist tot】」

 

「ギャハハ……ハ?」

「なに……これ……?」

 

 すると、どこからともなく吹いてきた黒い風が、シスターを取り囲むように吹いてくる

 

 そうしてその黒い風は徐々に"何か"を形作っていった。

 

「ハ……ハァ!?」

 

 それは…………人だった。

 

 人。真っ黒な骨の人。

 

「骸骨……」

 

 それも僕らの大きさを遥かに超える、この雨雲に届きそうなほど巨大な骸骨。

 

「骸骨の……神様」

 

 なぜだがは僕にも分からない。けれど、それを僕は『神様』と呼んだ。

 

「ナ、ナンナンダヨ! テメェハ!!」

修道女(シスター)ですよ。……あなた達悪魔に全てを奪われた、ただの愚かな人間です」

「カマワネェ! グリフモロトモブッ殺セェ!!」

 

 悪魔達が僕らに向かって一斉に襲いかかってくる。

 

制裁(ザンクツィオーン)

 

 シスターがそう唱えると、その骸骨の神様はその巨大な腕を悪魔達へ振り下ろした。

 

 轟音とともに悪魔達が吹き飛ばされていく。

 

「ンギャァァアアアァアア!!!」

「オレノカラダガアアアア!!!」

「あなたの身体では無いでしょう」

 

 腕を一振りするたびに、皆の身体が黒い灰に変わっていく。

 

「一体……何がどうなって……」

「悪魔に身体を奪われ、魂までも完全に呑み込まれたら、もはや救う方法はありません。このように肉体を破壊しても灰となって消えるだけです」

 

 そう言ってまたシスターは悪魔達を灰へと変えていく。

 

「ヤ、ヤハリオマエノソノチカラ……"神ノ加護"カ……!」

「"神の加護"……?」

「私達修道女(シスター)が使う力、その名の通り神から賜った力のことです」

「この力なら、悪魔を消し去ることができます」

 

 そして、その悪魔に取り憑かれた彼らの肉体も。

 

 そうシスターは付け加えた。

 

「待っていてください。すぐに開放してあげますから」

「ソノ禍々シイ加護ノ力……ッ! マサカオマエハ!!」

 

 

 

()()()ガ言ッテイタ、『骸ノ修道女(シスター)』シスター・ローズ!?」

 

 

 

「骸の修道女……」

 

 シスター・ローズ? え、でも確かシスターの名前は……

 

「何ですかそのおかしな呼び方」

「オ、オカシナ!?」

「私はそんなおかしな呼ばれ方をされた覚えはありません」

 

「それに、シスター・ローズはあの日、死にました」

 

「今の私は(スオン)

 

「奪われたものは、必ず取り戻す」

 

 骸骨の目が光り出し、周囲の空気がより一層重くなった。

 

「ナ、ナンカヤベェゾ……!」

「カラダヲステロ! ジャマニナル!」

「空ダ! 空ヘニゲロ!!」

 

 皆の身体から、羽をはやした異形の姿をした化け物が空に向かって逃げていく。

 

天罰(ネーメズィス)

 

 シスターがそう唱えると、空中へ逃げていく悪魔達へ向けて、骸骨の口から黒い光線が放たれた。

 

「エ─

 

 その黒い光は悪魔達を飲み込み、そして、

 

「ぁ……」

 

 この曇天の空をも突き抜けていった。

 

 そこから差し込む太陽の光は暖かくて、優しくて、

 

「グリフ、なぜ泣いてるのですか」

 

 なぜだか涙が溢れて止まらなくなった。

 

「ありがとう……ございます……」

 

 このとき、これは運命だと僕は本気でそう思った。

 

 きっと神様が僕達を出会わせてくれたんだと。

 

 愚かな僕はそう信じていた。

 

 神様なんていないと、本当は分かっていたはずなのに。

 

 

 

 

 

「これで最後ですね」

「本当、何から何までありがとうございました」

「構いませんよ」

 

「死者を弔うのも、我々修道女(シスター)の仕事ですから」

 

 あの後、僕はシスターと共に村の皆の身体を出来る限り集めて埋めた。

 

 黒い灰になった人達。

 

 悪魔が脱ぎ捨てていった肉体。

 

 判別がつく人は全て僕の知っている人達だったけれど、そこに生きている人は一人もいなかった。

 

「悪魔に取り憑かれた時点で、人の魂は消滅してします」

 

 シスターの力を借りてお墓も建てた。

 

 簡易的だけど、眠れる場所があったほうが皆だって嬉しいはずだ。

 

「シスター」

「なんですか」

「シスターはどうして皆が悪魔に憑かれているって分かったんですか?」

「例の教会から何者かにつけられていたことは知っていました」

 

 ……僕は全然気づかなかった。

 

「それが人間である可能性もありましたが、私達の後に家へ入ってきた彼を見て確信しました」

「ミゲルさんを?」

「ええ、私達を追っていたのは間違いなく彼でしょう」

 

 やっぱり、ミゲルさん……の肉体に取り憑いていた悪魔は、シスターを警戒していたんだ。

 

「そして家に入ってきた彼の身体は明らかに不自然でした」

「…………?」

「彼の身体が綺麗すぎたんですよ」

「あ……」

「あの雨の中私達はずぶ濡れになりました。でも彼は違った」

「濡れてないだけならまだしも、足元にも泥の汚れが全くありませんでした」

 

 シスターが気にしていたのはミゲルさんだったのか……

 

「そのことについてあの女性も触れなかったことからこの村に悪魔が、それも複数いるということを推測しただけです」

「……じゃあもしかして僕のことも疑っていたんですか?」

「いいえ、最初からグリフは悪魔ではないと分かっていました」

「え?」

 

 何で僕だけ?

 

「悪魔が神に祈りを捧げるなんて話は聞いた事ありません」

「み、見てたんですか……」

「はい」

 

 何でもないかのように淡々と根拠を告げていく彼女は、やはりどこか現実感が喪失しているようで、人と話している感覚が薄れていく。

 

「…………」

「浮かない顔ですね。まだ何か不安なことでもあるんですか」

「えぇ……まぁ……」

 

「今まで……僕が記憶を失くしてからの七年間だけですけど、村の皆にはとてもお世話になったんです」

 

「記憶も無い僕にとって……皆は家族同然だった」

 

「キャンベラおばさんもミゲルさんも、まるで本当の親みたいで……って言っても二人の方が親子なんですけどね! あはは!」

「…………」

「は……はは……」

 

 僕の空元気を見破ってかは分からないが、シスターは何も言わずに真っ直ぐこちらを見つめている。

 

「だから……今まで僕を育ててくれた皆が人間じゃなかったって分かって……今までの皆は最初から偽物だったんだなぁって。そう思って悲しくなっただけです」

「そうでもないみたいですよ」

「……? どういうことですか?」

「つい先程、悪魔に話を聞きました」

「え! それ大丈夫なんですか!?」

「はい。消滅寸前だったので。今は完全に灰になりました」

 

 危機感が微塵も感じられない話し方だ……

 

「……それで、その悪魔が何か言ったんですか?」

「その悪魔曰く、『最初から村の人間に憑いていた訳ではない』と」

「え……!」

「どうやらバレないよう徐々に時間をかけて村人達に取り憑いていたようです。村人全員が"悪魔憑き"になったのもつい最近だと言っていました」

 

「つまり、教会で倒れていたグリフを助け、村で引き取って育てる決断をしたのは、紛れもなく村の"人間"達だったということです」

 

「…………」

 

 そう……だったんだ……

 

 僕は……僕は確かにこの村の人達に助けられたんだ……

 

「ありがとう……皆……」

 

 どうか安らかに。

 

「…………」

 

 

 

 

 

『あなた、まだ意識がありますね』

『ナ……ンダ、オマエ……』

『少し質問があります。消滅する前に答えなさい』

『ケッ……嫌ナコ……ッタ』

『先程あなた達の仲間が言っていた"あの方"というのは一体誰のことですか』

『知ラ、ネェ……』

『そうですか。では次の質問です』

『無駄ダゼ……? シスターサンヨ……オレタチ悪魔が人間ノ言ウコトナンテ聞クワケ……』

『あなた達の中には低級の悪魔しかいませんでした。なのになぜ七年間も雨を降らせるような魔法を操れたのですか』

『聞ケヨクソ女ァ……!!』

『答えなさい』

『……シラネェ……ヨ……』

『そうですか。なら最後の質問です』

『(コイツ、バカナノカ……?)』

 

『なぜあのグリフという少年だけは悪魔に憑かれていなかったのですか』

 

『…………』

『答えなさい』

『ケ……ケケ……』

 

『オレタチハナ…………スイヨセラレタンダヨ』

 

『吸い寄せられたとは』

『アノガキニハ……オレタチヲヒキツケル……()()()ガ……アルンダヨ……!』

『オレタチハ……ソレニ……ヒキヨセラレテ……ココヘアツマッテキタノサ……!』

『それはどういう意味ですか』

『ケケケ……セイゼイキヲツケロヨ、ムクロノシスター……』

 

『アノカタハ……イマモオマエヲ………………』

 

 

 

 

 

「シスター? 聞いてます?」

「……すみません、少し考え事をしていました。もう一度お願いします」

「えっと……改めてありがとうございました。皆を助けてくれて」

「……彼らを、真の意味で救えたかは分かりません」

「それでも、シスターは悪魔から皆を開放してくれました」

 

 それだけで、いくら感謝してもしきれないくらいだ。

 

「それで、シスターはこれからどうするつもりなんですか?」

「私は旅を続けます。悪魔から奪われた物を取り返すために」

「……シスターは、悪魔に何を奪われたんですか?」

「私の……大切なものです」

 

 

 

「感情と、そして家族を奪われました」

 

 

 

「それを取り戻すまで私は旅を続けます」

 

 この人は感情が表に出ない人だと思っていた。

 

 でも違った。

 

 感情を出さないんじゃなくて、出す感情それ自体が欠落している。

 

 この人には感情が無いんだ。

 

「信じられませんか」

「そんなことは! ……少し、納得しただけです」

 

 話し方や表情に生気を感じられなかったりしたのも当たり前だ。

 

 人間から感情を取り除いたら、それこそ人形と変わりないじゃないか。

 

「グリフ、あなたこそこれからどうするんですか」

「え、僕ですか?」

 

 もうこの村には僕以外誰もいなくなってしまったし、かと言って他にやりたいことも……

 

「シスター」

 

 いや、本当はある。やりたいこと。

 

「僕、一緒について行きたいです」

「…………」

「ダメ、ですか……?」

「理由を聞かせてください」

「……僕は今日、初めて悪魔という存在をこの目で見ました。とても怖かったけど、それ以上の"何か"を感じたんです」

「その"何か"とは?」

「上手く言えないですけど……どこか懐かしい感じがしたんです。……多分それは、僕の失くした記憶に関係がある」

 

 何の確証も無い、ただの妄想。

 

「だからお願いします! 僕も連れていってください!」

 

 だけど縋らずにはいられない。

 

 だって……僕にはもうそれしか無いから。

 

 もしも僕の失くした記憶が、この村の悪魔達に関係があるとしたら……

 

 なぜ僕だけが悪魔に憑かれなかったのか、

 

 なぜ僕だけが生き残ったのか、

 

 僕を助け、そして生かしてくれた村の皆のためにも。

 

「僕は知らなきゃいけないんです!」

 

 もう、祈ってばかりじゃいられない。

 

 少しだけ考えるような素振りを見せたあと、無感情に告げた。

 

「分かりました」

「……!」

「私も、あなたの過去には興味がありますので」

「……え? シスターが、ですか?」

「はい」

「…………」

「どうかしましたか」

「……何でもないです」

 

 ダメだ。この人が何を考えてるかは顔を見ても分からない。

 

「私はすぐにでもこの村を発ちます。ついてくるなら準備をしてください」

「も、もう行くんですか!?」

「はい、もうこの村でやることはありませんので」

「ちょ、ちょっと待っててください! すぐに準備してきますから!」

 

 雨上がりの空の下、僕達は旅立つ。

 

 感情を失ったシスターと、記憶を失った僕。

 

 得たものは少なく、失ったものは多く、

 

 けれど僕らは前に進み、

 

 ……そして安らかに眠るまでの物語だ。

 

 

 

 

 

 気がついたときには、少女から感情が抜け落ちていました。

 

 これであの子が生き返るという喜びも、

 

 人知を超えた存在に対する驚きも、

 

 悪魔に全てを捧げる恐怖も、

 

 悪魔への嫌悪も、

 

 感情が奪われた悲しみも、

 

 ()()()()()()()()()()悪魔への怒りさえも、

 

 もう少女にはありませんでした。




【スオン】
性別:女 推定年齢:20歳
灰色の長髪と瞳をし、人形の様に整った顔立ちの修道女。
悪魔に奪われた感情を取り戻すため旅をしている。

【グリフ】
性別:男 推定年齢:12歳
茶髪青眼の少年。背が低く、幼く見えることがコンプレックス。
7年前より以前の記憶を無くしている。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。