〜【迷いの森・深部】〜
「おいガキ、お前が探してる奴とはどこではぐれたんだ?」
「それが、気づいたらいなくなっていたというか」
「なるほどなぁ……」
「あ、でもこんな森の奥深くじゃなかったと思います」
「だろうな」
「だろうなって……一緒に探してくれるんじゃなかったんですか?」
今、僕……というかこの人は森の奥深くへと迷うことなく進んでいっている。
"迷うことなく"というのも、彼女は道を通らず、木を斧で傷つけながら、その間を縫うようにして進んでいっている。
「バカお前、先にこの面倒くせぇ森の元凶ぶっ潰す方が早ぇだろ」
「それは確かにそうかもしれませんけど。その元凶がどこにいるか分かるんですか?」
「あぁ、この森の中から悪魔の気配を感じるんだよ」
「……そういうのって分かるもんなんですか?」
「奴ら悪魔は言うまでもねぇが人間とは全く違う存在だ。人知を超えた生命力、それに加えて"魔法"なんてもんを使う奴らだっている」
魔法……僕の故郷、セルトグラへに七年間雨を降らせ続けた悪魔が使っていたっていう……
「じゃあこの森にいる悪魔も……」
「使ってるだろうな、魔法」
「しかもこんな森全体を操るデケェ魔法なんて、そんなん上級の悪魔くらいしかできねぇ」
「ビシビシ感じるぜ……この森の奥から、クソ悪魔のどす黒い気配が」
不敵な笑みを浮かべながら、彼女は邪魔な木の枝を銀の斧で切り落として道を開いていく。
「な、なんだかどんどん周りが暗くなってきてませんか……?」
「それだけ奥に進んでるってことだろ。離れんじゃねぇぞ」
「はい……!」
僕はより強く彼女の赤いフードを握りしめた。
「…………おい」
「な、なんですか……?」
「『離れんな』って、別に『ずっと掴んでろ』って意味じゃねぇからな」
「で、でも! さっきは真後ろに付いていったのにいつの間にかはぐれたんです!」
「チッ……クソガキが……」
「……歩きにくいですか?」
「まぁいい。好きにしろ」
この人、口は悪いけどそんなに悪い人じゃないのかな……シスターを探すのだって協力してくれるみたいだし……
「あれ……?」
「あ? んだよ、何かあったのか?」
「あ! いや何でもないです!」
この人、何でこの森に来たんだろう?
悪魔がいるって分かってるのに、わざわざ……
『どっかのクソ悪魔が裏で操ってやがんだ。んでオレがそれを討伐しに来たってわけだ』
悪魔退治……? この人も
いや、でもシスターとは格好も喋り方も全く違うし……
「何見てんだよ」
僕の視線に気づいたのか、こちらを振り返ってきた。
「斧…………」
「あ?」
やば……声に出てた……
「その斧、何であんな場所に刺さってたんですか?」
「あんな場所?」
「僕を襲ったあの木に刺さってたんですよ。それで僕が斧を抜いたら急に襲われたんです」
「ほーん」
「……その斧、普通の斧じゃないんですか?」
「なかなか鋭いじゃねぇか。この斧は特別製…………」
「……?」
「悪ぃなガキ。その話はまた後だ」
歩き始めて数十分、僕たちは森の奥の開けた場所へとたどり着いた。
不自然なくらい広い空間の中央に、他の木より一際大きい木が一本だけそびえ立っている。
「いかにもって感じだな……」
あれが……元凶……?
そう思ってその大木に一歩近づいたその時、
「ッ! ガキッ!!」
「え?」
僕は後方思いっきり突き飛ばされ、地面に倒れてしまう。
「なにを…………!?」
「ボサッとすんな!! さっさと邪魔にならねぇとこに逃げやがれ!!」
彼女の方を見ると既に無数の木の根に囲まれていた。
それだけじゃない。さっきまで何もなかった地面から、木の根が大量に生えてきている。
「だ、大丈夫ですか!?」
「テメェは自分の心配だけしてろ!!」
そう吐き捨てると、彼女は両手に持った二丁の銀色の斧で自分に纏わりつく根を切り始めた。
「ウゼぇんだよ! クソ植物がッ!!」
「すごい……」
彼女の斬撃は、素早く、そして荒々しく根を切り落としていく。
しかし……
「ッ! キリが無ぇ!!」
切り落としても、切り落としても、次から次から根が生えてくる。
やはり大元を叩かなければ……
「……! あの木、光ってる……!」
大木の中心部分から紫色の光が漏れている。
「やっぱりこの根っこはあの木のか!」
「おいガキ!! 何ボーッとしてやがる!!」
「あの大きな木の中央!」
「あ!?」
「あそこだけ変に光ってます!!」
「……ハッ! やっぱり核持ちかよ……!」
"核持ち"? ……よく分からないけど多分それを壊せばこの木は止まるってことか!?
「よく見つけたガキ! 後は任せ──」
『後は任せろ』そんな彼女のセリフが言い終わらない内に、大木の根が一斉に襲いかかってきた。
「……ッ!?」
「ガキ!!」
僕に。
「なんのッ……!!」
思いっきり横に飛び退く……というより受け身を取らずに地面へと倒れた。
顔が地面に擦り付けられて痛いが、今度は掴まれる前に間一髪避けることができたようだ。
「油断すんな! すぐに立て!!」
「うわっ!!」
続けて二回、三回と木の根が僕に向かって伸びてくる。
この木の根のスピード、僕を縛り付けるというよりそのまま貫く気だ……!
「うわあああああ!!!」
やばい! やばい!! やばいぃ!!
捕まったら死ぬ! いや、捕まらなくても死ぬ!!
「おいおい……何で急にガキを狙い始めやがった……」
「来ないでえええ!!!」
「そのまま死なずに逃げてろ!」
「無茶言わないでください!!」
いくら山奥の村で育ったからって無茶だ!!
「オレはその隙に核を……ッ!」
追撃。しかし僕にではない。
「二人に同時に攻撃してる!?」
「そりゃ人間じゃなくて木だからな!
「この木! やっぱり悪魔が取り憑いてるんですか!?」
「100%悪魔憑きだ!! ったく……面倒くせぇ物に憑きやがって……!」
「ハァ……ハァ……僕はどうすればいいですか!?」
やば……もう体力が…………
「チッ……喋ってねぇで足を動かせ!!」
「(どうする……このままじゃジリ貧だぜ……かと言ってここから銃で狙おうにも木の根で斜線切りやがる……)」
何とかしてあの木まで彼女の攻撃を届かせないと、逃げてばっかりじゃ僕たち二人ともここで死ぬ……
だけどあの木に近づけば近づくほど根の攻撃は強まる……
圧倒的に絶望的。
神に祈りたくなるほどに。
でも僕は祈らない。
だって……
『残念ですが、神は既に死んでいます』
「スウゥゥゥゥゥ…………」
「……? あのガキ、何を──」
「シスタアアアアアアア!!!!!」
僕が祈るのは"神に"ではない。
"人間に"だ。
「【Gott ist tot】」
「シスター!」
「な……なんじゃありゃあああああ!?」
千切れんばかりの僕の叫び、それに応えるようにシスターが飛び出してきた。
「【
暗く、黒い骸骨の拳が、突如現れたシスターを迎撃しようと伸びてきた根ごと、大木の中心部に光る核を貫いた。
「ありがとうございますシスター!」
「どこに行ったのかと思っていましたが、こんなところにいたのですかグリフ」
「ご、ごめんなさい……怒ってます?」
「怒っていません。"怒り"も私の中にはありませんので」
なんか、安定の棒読みと無表情で安心するなぁ……
「それで、この人はどちら様ですか」
「えっと……この人は僕を助けてくれた人で……」
あれ、そういえばまだ名前を聞いてなかったっけ……
「オレのことはレフでいい」
「レフ……さん。僕はグリフと言います。さっきは助けてくれてありがとうございました!」
「はじめまして。私の名前はシスター・スオン。以後お見知りおきを」
僕を助けてくれた赤いフードのレフさんに、丁寧にお辞儀をするシスター。
「んなことはどうでもいいんだよ。おい骨女」
「ほ、骨?」
「…………私、ですか」
「テメェ以外にいねぇだろ」
確かにシスターの"神の加護"は骸骨のような形だけど……普通、初対面の人にそんなこと言う?
「さっきのは一体何だ? 見た感じテメェ、
「はい、私はシスターで、先程使ったのは"神の加護"の力です」
「バカ言うな! あんな邪悪の根源みてぇな神がいるかよ!?」
「そう言われましても、今はあれが私の加護の力です」
高圧的なレフさんの質問に、無表情で淡々と返すシスター。
怯えたり嫌悪感を一切示さないシスターに、レフさんは少しだけ怯んだようだった。
「…………なんかお前、気持ちわりぃな」
「そうでしょうか」
「ちょっと、流石に言いすぎじゃ……」
「だってよ、人間と話してる感じがしねぇ」
「それはおそらく私の"感情"が無いからだと思われます」
「はぁ?」
「シスターは……その……」
僕はレフさんにシスターが悪魔に感情を奪われたこと、それを取り返すために旅をしていることを伝えた。
「なるほどなぁ……悪魔に感情を、ねぇ……」
「はい」
「おい骨女」
「スオンです」
「テメェから感情を奪った悪魔ってのはどんなのだ?」
「え?」
何でレフさんはそんなことを?
「……よく覚えていません。私の前に現れた悪魔は名乗りませんでした。それに──」
「
「…………え?」
七年前?
「シスター……」
「はい、グリフの記憶が失くなったのと同じ時期です。……てっきりそれを知っててついてきたのかと思っていました」
「いや! 全く知りませんでしたよ!」
シスターが感情を奪われたのと、僕が記憶を失くした年が一緒……
「単なる偶然……?」
「にしては出来すぎだぜ」
「レフさん?」
「オレも悪魔に目の前で家族をぶっ殺されてる。
レフさんの苦々しい表情は、それが勘違いや嘘の類ではないことを物語っていた。
シスターが感情を奪われ、僕が記憶を失くし、そしてレフさんの家族が殺された七年前。
「やっぱり同じ悪魔の仕業ってことなんでしょうか?」
レフさんの言った通り、偶然にしては有り得ないくらい出来すぎだ。
「さぁな、とりあえずお前ら、オレと一緒に来い」
「どこへですか?」
「この近くに街がある。オレのギルドがある街だ」
「ギルド?」
「やはりあなた
「まぁな」
「エク……なんですかそれ」
「話はギルドについてからしてやる。とにかくこんな森からはさっさと出ようぜ」
「待ってください」
レフさんをシスターが呼び止めた。
「なぜあなたは私達にそこまでするんですか」
「…………別に、大した理由はねぇよ」
「テメェらには世話になっちまったからな。あの木を殺した"報酬"として色々教えてやる……オレも、お前から感情を奪ったっていう悪魔について、色々聞きてぇし──」
「?」
少し言葉を濁したレフさんは苦々しくこう続けた。
「オレは家族を殺した悪魔を、死んでもぶっ殺さなきゃならねぇんだ。それに少しでも繋がるってんなら、喜んで協力するぜ」
「……どうしますシスター? この人、ちょっと怖いですけど悪い人じゃ……」
「分かりました。案内をお願いします」
そ、即決……
「よし、じゃあついて来な」
僕たちは迷いの森でレフと名乗る赤頭巾の狩人と出会った。
悪魔を殺すことに異常なまでの執着を見せる彼女。
彼女の物語もまた、僕とシスターの物語に交錯し、複雑に絡み合っていく。
が、その前にまず……
「あ!!」
僕がカバンを森の中に忘れてきたのに気づいたのは、レフさんの案内で街に着いた後だった。
【レフ】
性別:女 推定年齢:20歳
ベージュ色のボサボサの長髪をした赤い瞳とフードの狩人。銀の両刃斧と猟銃を愛用している。言葉遣いが荒い。
7年前に家族を悪魔に惨殺された。