僕の素っ頓狂な絶叫が教会中に響き渡った。
「女の子ぉ!?」
どう見ても僕と同い年かそれより下の女の子にしか……いや、でも確かに神父って……
「ロザリオ神父は男性ですよ、グリフ」
「えぇ!?」
華奢な身体、整った顔立ち、金色の大きな瞳、肩の辺りまでで綺麗に切り揃えられた艷やかな黒い髪。
やはり、どこをどう切り取っても"悪魔"と呼ばれる神父の面影はない。というより男性でもない!?
「付け加えますと、この人は私と同い年です」
「ハッ、珍しく面白くもねぇジョーク言うじゃねえかバァさん」
「…………」
「……は? マジ?」
ガーデンさんしれっと凄いこと言わなかった!?
「はっはっは! やっぱり驚かせてしまったか」
「えっと……」
「なんなら今ここで見せようか?」
「何をッ!?」
「やめろクソ神父!!」
「ははっ! ただのジョークさ!」
冗談めかして笑うその人の笑顔は、どこか少年じみたものを感じさせる笑顔だった。
「でもまぁ、僕が男ってのは冗談でもなんでもないから。こんな姿をしているが、これでも君より数段長く生きている大人の男さ」
ロザリオ神父はやれやれといったふうに肩をすくめてみせた。
「信じてくれるかい?」
「信じます……というよりごめんなさい。僕、驚いて失礼なこと言っちゃって」
「気にしないでいい。もう慣れてる」
満面の笑みで肩をポンポンと叩かれる。
この人が僕より年上の男の人というのも驚きだが、やっぱりこんな曇りのない笑顔をする人が、『悪魔神父』なんて物騒な二つ名で呼ばれてるのも不思議で仕方ない。
「さて、自己紹介も済んだことだし、話の続きに戻ってくれていいよ!」
「あー……オレたち何の話してたっけか」
「私の記憶が正しければ、ロゼの破門についてだったかと」
「あ、あの……」
「ん? なんだいグリフくん?」
せっかくこの教会の神父様に会えたんだ。前々から気になっていたことを聞いてみよう。
「その『ロゼ』って……」
「あぁ! 君の言う『シスター・スオン』というのは彼女の作った偽名でね。本名はローズ・ブロッサム、だからロゼって呼んでいたのさ」
『骸ノ修道女、シスター・ローズ』
ん? ローズ……
「ブロッサム……教会?」
「そ、ロゼは僕の子供だよ」
「え、えぇっ!?」
シスターが神父様の子供!?
思わずシスターを見る。
人形みたいに白い肌、腰まで伸びた白銀色の髪、くすんだ灰色の瞳、全く動かない表情筋……
「全然似てない……!」
「ハッハッハ!!」
「血は繋がっていないので当たり前です。というより、不用意に驚かせて反応を楽しむのはやめなさい」
「ごめんごめん! グリフくんがいいリアクションするからつい、ね」
ガーデンさんから親切な注釈が入った。
えっと……血は繋がっていなくて、でも神父様の娘……? ということは?
「ここにいる子たちはロゼを含めてほとんど全員孤児なんだよ。だからここの責任者である僕が義理の父親ってわけ」
「ここにいる子たちと言うと……」
するとガーデンさんが入ってきた扉から背の高い青年が入ってきた。
「わああ! たかああい!」
「ずる〜い! わたしもわたしも!」
「あ! しんぷさまここにいたんだ!」
「…………ロザリオ神父」
両腕に小さな男の子と女の子、そして肩の上にもう一人女の子を乗せた異様な青年が。
肩の上の少女の隙間から、目までかかった羊のようにモコモコした黒髪と、気だるそうな黄色の瞳がこちらを覗いている。
ケガでもしているのか、その頭には使い古された包帯が巻かれていた。
「やぁ! クローバー、みんなと遊んでくれてたんだね!」
「ちがうよ!」
「わたしたちがクローバーとあそんであげてたのよ!」
「そうだそうだ!」
「…………違う」
『クローバー』と呼ばれたその人は、とても苦々しい表情で否定した。
「はっはっは! 今日も仲が良くてよろしい!」
「(あれは仲良いのか……?)」
「紹介するよ。こっちの小さい女の子がコスモス、もう一人がアイリス、男の子の方がロータス。あとこの大きいのがクローバーだ」
「しんぷさまこのひとたちだれー?」
「みんなのお姉さんのお友だちだよ〜」
コスモスにアイリスにロータスにクローバー……あとローズ。
「この教会は孤児院としての役割も担っているんです」
三人の子供のうち寄ってきた一人を相手にしながら、ガーデンさんは僕に説明をしてくれる。
「子供たち素敵な名前ですね。皆花の名前だ」
「ここに引き取られる子供たちの中には名前がない子や、過去にトラウマを植え付けられたも子も多いので、あの人が一人一人新しい名前をつけているんですよ。『家族の証だ』と言って」
優しく頭を撫でる慈愛に満ちたその笑顔には、『母親』という言葉がシックリくる。
「そうなんですね……」
きっと、僕のこの『グリフ』という名前にも、両親が込めた思いがあったのだろう。
全てを忘れてしまっても、残っている特別な思いが。
「……会ってみたいなぁ」
僕を産んだ人たちは、どんなことを考えてこの名前をつけたのか。
……どんなことを考えて、僕をあの村の教会に置いていったのか。
会って、話してみたい。
「いつか会えますよ」
「ですね……って聞いてたんですか!?」
「はい。聞いてました」
顔色一つ変えずにシスターが言う。
もしシスターに感情があったなら、今どんな顔して言ったのだろうか?
「ん?」
ふと僕の服の袖が引っ張られる。
視線をやると、そこにはこちらに興味津々な男の子がいた。
「さっきいた子……じゃない」
さっきの──クローバーさんの周りに纏わりついていた三人の中のどの子とも違う。
じゃあこの子は?
「へ?」
気づけば僕とシスターを囲むように大勢の子供たちが集まってきている。
子供たちに紛れて修道服を来た人たちもちらほら見える。
総勢およそ四十、五十、いやそれ以上……!?
「あなたたちだれ?」
「どこからきたのー?」
「あそんであそんで!!」
「これは……私がいた頃よりも多いですね……」
「ちょ! 神父さま!?」
見ると神父様は僕たちよりもっと多くの子供に囲まれていた。
「呼んだあー!?」
「(埋もれてる……というか流されてる!)」
そりゃあ背の高い男の子に囲まれたら、神父様の身長じゃそうなるか!
「この子たちは何なんですか!?」
「んーとねえ! この子はアベリアで、この子はガーベラでー!」
「いや! 名前じゃなくて!! この子たちも──ッ!」
あっちこっちから押されたり引っ張られたりするから体のバランスが!!
「あーあ、流されてやんの」
遠く離れた所に避難していたレフさんに助けを求める。
「レフさん!!」
「嫌だ」
「まだ何も言ってないですよ!?」
拒否された。こうなったらレフさんしか頼れないと思ったのに……!
「ガキは好きじゃねぇ。だから自分で何とかしろ」
「そんなぁ……」
子供たちは皆キラキラした目でこちらへ押し寄せてくる。
「シスターは……」
「初めまして。私の名前はスオンと申します。以後お見知りおきを」
「おみしりおき?」
「なにそれ?」
「さあ?」
「……どう説明したらいいでしょうか」
こっちはこっちで大変(?)なことに!!
「なあなあ! おまえあそんでくれよ!」
「あなたどこからきたの!?」
「皆、お、落ち着いて……!」
あーもうどうすればいいんだ!?
「いい加減にしなさいッ!」
その一声で教会の中は一気に静まり返った。
声の主は誰であろう、この教会の
「まったく……気持ちは分かりますがはしゃぎすぎです! もう少し落ち着きを持ちなさい!!」
すごっ……見事に全員静かになった……
「申し訳ありません。子供たちが失礼を……」
「い、いえ! 僕なら大丈夫ですから!」
「ほら貴方達も! 謝りなさい!」
「ごめんなさい……」
「ごめん……」
ガーデンさんの一声で嘘みたいに落ち着きを取り戻す子供たち。
「まぁまぁ、そんなに怒らないで、ね?」
「元はと言えば教会の代表である貴方が子供たちを教え導くものでしょう!? 大体貴方は昔から適当すぎるんです! もっとここの神父である自覚を……!!」
「あ、はい、ごめんなさい」
少年のようにシュンと落ち込んでしまった悪魔神父。
何となくだけど、この教会のパワーバランスみたいなものが分かってきてきた。
言うなれば……そう。
「なんつーか……母は強しってことなのかもな……」
「僕もそう思います」
ガーデンさんに説教される子供たちと神父様を眺めながら、僕とレフさんはそう思った。
「…………あの」
「はい?」
振り向くと、僕の後ろには既に子供たちを肩から下ろしたクローバーさんが。
「…………」
……? 何故黙る……?
「どうかしました?」
「怪我……」
「怪我?」
「怪我、ない、か?」
「あぁ! 大丈夫ですよ。流石に子供たちに押されたりしたくらいじゃ怪我しません!」
「そう、じゃなくて」
「へ?」
こちらに何かを伝えようとしているのは分かる。けれどそれが何かがイマイチ分からない。
緊張している……とは少し違うような、上手く言葉が出てこないような、そんな不思議な話し方をする人だ。
「この教会運ばれてときには、君たち怪我してたからね。彼がその治療をしてくれたんだよ」
ガーデンさんのお説教から解放された神父様の説明に、クローバーさんは深く頷いた。
「そうだったんですか……ありがとうございます。でももう大丈夫です!」
「それなら、よかった」
「これからも怪我したら彼を頼るといい。彼の持つ加護の力は、人を救う力だから」
人を救う加護の力……?
「神父様、いろいろ気になってることが多いんですけど……
「子供のあやし方とか?」
「いや、それは別に……」
「コツは目を合わせて笑顔で語りかけることさ」
「……ロザリオ」
「嫌だなあガーデン! ほんのジョークだよ! だからそんなに怖い顔しないで!!」
「あの、そ、その前、に」
ガーデンさんの怒りを遮るように、クローバーさんが切り出した。
「そろそろ、帰ってくる」
「帰ってくる?」
一体誰が? って、普通に考えればこの教会の人間か。
「そういや、あのアホ天使がいねぇな」
「姉さんは、出張。だから、子供たちの、お世話、ほとんど俺」
「ふーん……テメェも大変だな。黒モジャ」
「黒モジャ、じゃない。それに、他の、
「そうかよ……ったく、どいつもこいつもオレが折角つけてやったあだ名を嫌がりやがって……」
黒モジャに、アホ天使……どこか悪意を感じるあだ名だ。
「んーそうだなぁ……よし! ロゼとグリフくん、あとレフィリアちゃん。悪いけどあの子を迎えにいってくれないかい?」
「え、いいんですか?」
「はぁ!? なんでオレがあのアホ天使の迎えに行かなきゃいけねぇんだよ!!」
「久しぶりの再開だし……てか君たち互いにあーだこーだ言ってるけど、実は結構仲良いでしょ」
「なわけあるかクソ神父ッ!!!」
レフさんの大絶叫が教会中にこだました。
というかレフさんって本当はレフィリアって名前なんだ……結構可愛い名前……
「あと僕が行くよりロゼが行った方があの子も喜ぶからね」
「……? それには何か理由があったりするんですか?」
「この教会にいる孤児たちは全員が家族で兄弟みたいなものなんだ。その中でも特にあの子は、ロゼを本当の姉のように慕っていたから……」
「ロゼが破門になったときも、あの子だけは最後まで反対していました。教会を出ていく時も泣きながら引き止めていましたし」
そこまで慕われてたんだシスター……あれ?
「そういえばシスターは……」
「こんな感じでしょうか」
「たかーい! けどクローバーのほうがたかい!!」
「すみません」
「ねえちゃんおれもおれも!!」
「私の肩の上は一人が限界です」
「じゃあうでだ!」
「おっと……」
「あたしはこっち!」
……クローバーさんがもう一人出来そうになっていた。
「はいそこまでー、そのお姉ちゃんは今からパキラ姉ちゃんを迎えに行くからみんな離れて離れて」
「えー?」
「パキラねぇ帰ってくるの!? やったあ!!」
パキラ……それがレフさんの言う『アホ天使』か……
「パキラ……懐かしい名前です」
「シスターと仲が良かったんですよね?」
「最後に会ったのは二年も前です。向こうは私の名前すら忘れているでしょう」
……なんか、神父様とガーデンさんとクローバーさんが凄い首を横に振ってるんだけど……
「……とにかく! とりあえず迎えに行きましょうよ、ね?」
「グリフがそこまで言うなら」
「つーか、グリ坊は何でそこまで乗り気なんだよ」
そんなの、決まっている。
【クローバー】
性別:男 推定年齢:18歳
黒い羊のような髪と黄色の瞳をした無口な青年。途切れ途切れの言葉で話す。
頭に包帯を巻いているが怪我はしていない。
【ロザリオ】
性別:男? 推定年齢:10代
肩まである伸ばした黒髪と金色の瞳が特徴的な幼女の姿をしている。
ブロッサム教会の神父。あまりの強さから「悪魔神父」と呼ばれ、一部の人間から恐れられている。