僕には兄弟がいないから分からないけど、きっと妹をあやすというのはとても疲れるんだろう。
「ぐす……お姉様がいなくて、アタシがどれだけ寂しい思いをしたか…………」
「すみません」
「仕事もアタシに沢山まわってくるし……ずっとひとりで大変だったんですよ……」
「ごめんなさい」
「他の
「申し訳ありませんでした」
「どうじでいなぐなっぢゃっだんでずがあああああ!!!!!」
「泣かないでください」
「おねえさまのばがああああああああああああ!!! でもすきぃぃぃぃぃいいいいいい!!!」
「…………」
「こっち見んなグリ坊」
こんなやり取りを繰り返して約二時間。心なしかシスターの顔に疲れの色が出てきた。
「アレ、一体いつまで続くんですか?」
「知るかよ。けどアホ天使がずっとあんな調子じゃ、教会に戻ろうにも戻れねぇ」
けどいつまでもここにいたら、流石に街の人たちの視線が……
「ずっとシスターにしがみついて動こうとしませんからね……」
「待ってんのも疲れたろ、ほれ」
レフさんは僕に串に刺さった焼き鶏肉を差し出した。
「ありがとうございます! あ、お金」
「ガキが気使ってんじゃねぇよ」
「あ……ありがとうございます」
別に忘れてたって訳じゃないけど、レフさんってたまに大人だよな……
「じゃあ……いただきます」
王都の景色にはしゃぎすぎたからか、すっかり空腹だった僕は、思い切り焼きたての肉にかぶりついた。
「あっつ! けど美味しい!」
「がっついて喉につまらせんなよ」
「はふ……んん……これ本当に美味しいですね! なんていう鳥ですか?」
「スカイブルー、さっきアホ天使が撃ち落としてた鳥だよ」
「んぐっ!? ゴホッゴホッ!!」
「言ったそばからつまらせてんじゃねぇよバカ」
これが……さっきの鳥!?
「言っとくが同じ種族ってだけで、さっきの撃ち落としたやつらは全員灰になって消えたよ」
「あ、あぁそういう……」
「スカイブルーってのは大人しい鳥で、普通の人間にも簡単に捕まえれて味も美味いから人気なんだよ。知らなかったのか?」
「まぁ僕の村では見ない鳥で…………ん?」
今のレフさんの説明、何か変じゃないか?
『大人しくて、普通の人間にも簡単に捕まえられる』?
「やっぱ気づいたかグリ坊」
「…………」
レフさんは以前、核を持っている上級の悪魔が他の生物に取り憑くことはほとんどないと言っていた。
強すぎるが故、下級の悪魔のように他の生物に擬態する必要が無い。
僕の村、セルトグラヘにいた悪魔は全部下級で、人間に悪魔だとバレないように皆の肉体を奪っていた。
決して許せないが、肉体を奪う理由がある。
じゃあ迷いの森にいたあの大木の悪魔は?
あの悪魔は森の中心にあった大木に取り憑くことで、森全体のあらゆる植物を操っていた。
……それは果たして、
それに今回の鳥……
「レフさん、悪魔って自力で飛べますよね?」
「断言はできねぇが……オレが今までぶっ殺してきた悪魔は、どんだけ下級の雑魚でも再生能力と飛行能力くらいはあった、と思う」
「レフ、私もお腹が空きました」
「知るかよ。テメェで買ってこい」
「ケチケチしないでさっさとお姉様に買ってきなさいよ!!」
「誰のせいでこんなとこで足止めくらってると思ってんだよアホ天使!! そんなに食いたきゃグリ坊の食いやがれ!!」
悪魔が他の生物に取り憑くのは自らの正体を隠すためだとするなら、あの鳥の悪魔は明らかに変じゃないか?
僕はレフさんやシスターのように悪魔の専門家ではない。彼らの存在を認識したのもつい最近だ。
けど…………そうだ。
これもレフさんから聞いた。悪魔はもとい、上級ともなればその知能の高さからかなりの饒舌になると。
「分かりました。グリフ、一口ください」
「ダメですお姉様! 関節キスになってしまいます!! こんな何処の馬の骨とも分からないようなガキと……」
「私は気にしません」
「とにかく! ダメったらダメなんです!!」
あの木の悪魔は? 僕らを攻撃したときはおろかシスターに核を貫かれるまで一言も発してはいなかった。
あの鳥の悪魔は……近くでは見えなかったが、少なくとも知能があったようには見えなかった。
「グリフ、あなたも気にしませんよね」
「…………そう……」
「ほら」
「えぇ!?」
「コイツ集中すると周り見えなくなるんだな」
そうだ……そうだよ……!
セルトグラヘの悪魔たちは下級だったけどあれだけ喋ってたじゃないか!
だとしたら僕らが出会ってきた核を持っている悪魔は……
「…………あれ、僕の焼き鳥」
「ごちそうさまでした」
「え!? 食べたんですかシスター!?」
「グリフが食べていいと言ったので」
「言ってな……ていうか、か、か、関節キ……///」
「こんのガキ……ッ!!」
「なんで!?」
「あーあ、せっかくの集中が途切れちまったな」
気づけば僕の手元には鳥が刺さっていた串しか残っていなかった。
「グリ坊、何か分かったか?」
「……僕は悪魔に詳しくないので、なんとも」
「オレはテメェをかってるんだよ。遠慮なんかすんな」
「…………」
「……悪ぃ、流石に期待をかけすぎたな」
僕みたいな素人が下手に口出して、レフさんを余計混乱させてもいけない。ここは何も言わない方がいい。
「じゃあそろそろ教会に戻るか」
「……はい」
〜【ブロッサム教会】〜
「やあああっっと帰ってこれたぁ……」
そう言ってパキラさんは心底疲れた溜息をもらした。
「つかよ、テメェ今までどこ行ってたんだよ」
「なんでアタシがアンタに教えなきゃいけないわけ?」
「パキラ、一体どこに行っていたんですか?」
「神父様のお願いで東の国まで行ってきたんです!」
「…………」
「無言でこっち見ないでくださいレフさん」
本当、なんでこんなに仲悪いんだろう……?
「東の国……ですか」
「東には何かあるんですか?」
「まぁね。最初は訳も分からず神父様に言われたままに行ってみたけれど…………多分神父様が望んでたものを見つけられたと思うわ」
神父様が望んでたことって……
「とにかく早く中に入りましょ。もうクタクタだわ」
「あー! パキラねぇちゃんだー!!」
「クタクタだって言ったばかりなのに……」
パキラさんを見つけた子どもたちが、笑顔で教会の中から駆け出してくる。
「おかえりパキラねぇちゃん!」
「あーはいはい、ただいま」
「どこにいってきたの? ねぇどこどこ??」
「とおーいとおーい国よ」
「おはなしきかせて!!」
「あ! ぼくもぼくも!」
「わたしも!」
あっという間に子どもたちに囲まれてしまった。
「すごい人気ですね」
「それもそうさ。パキラはいまや皆のお姉さんだからね」
「神父様!? いつの間に!?」
気配なく背後に忍び寄られると心臓に悪い。
「神父様、シスター・パキラただいま戻りました」
深々と頭を下げるパキラさんの頭を、ニコニコしながら撫でる神父様。
「お疲れ様、ゆっくり休んで……と言いたいとこだけど、どうやら面白い情報を掴んできたみたいだね」
「面白いかどうかは分かりませんが……」
「まぁいい、とりあえず中で話を聞こうか。ちょうどガーデンがクッキーを焼いた所だしね」
あの人がクッキーを? 意外、でもないかな。
「シスター・ガーデンのクッキー!?」
「ど、どうしたんですか? 急に興奮して……」
「シスター・ガーデンのクッキーよ!? これが興奮しないわけないじゃない!」
若干、目が血走ってる。
「パキラ、グリフはブロッサム教会の人間ではないので何のことか分からないかと」
「あら、そうなんですね。てっきり私が遠出している間にまた神父様が連れ込んだのかと思いました」
「連れ込んだなんて、人聞きが悪いなぁ」
「パキラの言うことは事実です」
「……何の話でしたっけ?」
「シスター・ガーデンのクッキーが美味しいって話よ!!」
グイッとパキラさんとの距離を縮められる。
「ちょ、顔近っ……」
「口に入れた途端にホロっと崩れるちょうどいい硬さ! くどくない甘さ! 鼻から抜ける花の香り! 一度あれを食べたら二度と市販のやつなんか食べる気になれないわ!」
「あの! 近い! すごい近いから!!」
「とにかく! シスター・ガーデンのクッキーを──しかも焼きたてを食べられるなんてとっても運がいいってことよ!! 分かった!?」
「分かりました! 分かりましたから離れてください!!」
間近にあったパキラさんの顔を引き離す。
「ブロッサム教会の人たちは皆距離感がおかしいのか……」
「私の顔に何か付いてますか?」
「……いいえ」
シスターにその自覚は……無いよなぁ……
「はっはっは! 君も大変だねぇ!」
「笑い事じゃないですよ!」
「とにかく君たちも入りたまえ。ロゼはともかく、レフィリアちゃんには関係のある話かもしれないからね」
「オレに……つかおいクソ神父」
「あぁごめんごめん。レフちゃんには関係のある話かもしれないから」
「ちゃん付けもやめやがれ!」
やっぱりレフさんがちゃん付けされてるのって不思議な感じがする。神父様にいいように遊ばれてるようだ
それにレフィリアという名前も……
「レフィリア……」
「あ? 何だグリ坊、オレの名前に文句でもあんのか?」
「あ、いや…………いいと思います! 可愛らしくて!」
「あ」
神父様、その『あ』って何ですか?
「……グリ坊、どうやら一回死にてぇらしいな」
「なんでですか!?」
人は本当に怒りを覚えると笑顔を浮かべる。
そんなことを昔本で読んだことがある気がするけれど、今それを思い出したのは、目の前にいるレフさんが笑顔でこちらを見てくるからだろう。
「『赤頭巾』に"可愛らしい"は禁句だよ。グリフくん」
「そんなの知りませんよ!」
「ちょうどいい、ちょっとオレのストレス発散に付き合えよ」
「パキラさんへのストレスを僕で解消しようとしないでください!!」
「騒がしいですね……何事ですか?」
そんなやり取りを続けていると、教会の中からガーデンさんが現れた。
「パキラ、戻っていましたか」
「ただいま帰りました、シスター・ガーデン」
ロザリオ神父の時と同様に深くお辞儀をする。
「いつまでも外にいないで、早く中へ入っていらっしゃい」
「はーい」
「ふぅ……助かった……」
ガーデンさんに従い教会の中へ入っていく。
その途中、僕はある人の視線に気づいた。
「クローバーさん?」
教会の入口を抜けた先、聖堂へと続く大きな庭からクローバーさんがこちらを覗いている。
「グリフ、どうかしましたか?」
「シスターたちは先に行っててください! 僕も後から追いつきますので!」
「おい! グリ坊……チッ、あの野郎どこ行く気だ?」
「仲良くしてくれると助かるよ、グリフくん」
「あ? なんか言ったかクソ神父」
「いや? なんでもないよ」
「というかアンタ、神父様に向かって失礼すぎよ!」
「チッ……うっせぇなアホ天使」
「アンタねぇ……!」
「まぁまぁ、こっちも久しぶりの再会なんだ。二人とも仲良くしようじゃないか」
「「絶ッ対無理!!!」」
「ははっ、息ピッタリ」