間桐雁夜はどこまでも魔術師である   作:百目鬼猫

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1990年の時計塔

「理想こそ美しく崇高だが、それを実現するための手段と過程は醜悪極まる。お前の一族は魔術刻印の代わりにそんな歪みを受け継いできたんだろう」

 

 初老の女性はキャンバスを筆で撫でながら、研究室を出ていこうとしていた弟子の男にそう語りかけた。その口調はぶっきらぼうで厳しく批評しているようでありながらも、どこか優しい色が混ざったものであった。少なくとも、語りかけられた弟子、間桐雁夜はそう感じた。

 

「卒業する生徒への手向けとしては、ちょっと手厳しすぎるお言葉じゃないですかね、先生」

 

「ふん、いつまでたっても卒業できなかった不出来な弟子を追い出す時の台詞としては、これ以上ないくらいに優しさに包まれてるよ」

 

 師の言葉に雁夜は言い返せずに、苦笑した。

 

「何だったらオレが卒業祝いに肖像画でも一枚描いてやろうか」

 

「うへぇ……それは勘弁願いますよ、先生。 自分にはちょっと身に余りすぎる光栄で…」

 

「……まったく。 それで、これからどうするつもりだ? 魔術使いにでもなるなんて宣ったらぶっ殺すが」

 

「なりませんって。 まぁ、橙子さんに借金返すために魔術使い紛いの下働きはちょっとしなきゃいけませんけど」

 

「よりにもよってトウコを債権者に選ぶとは、お前も度し難い馬鹿だな。 素直にアラヤあたりに無心すればいいものを」

 

「荒耶さんやコルネリウスに貸しを作るととんでもない悪巧みに駆り出されそうで怖いんですよ…」

 

「魔術師など悪巧みしてなんぼのもんだろうが」

 

「そりゃそうだ」

 

 雁夜はそう笑い、すぐに真剣な眼差しを師に向けた。

 

「────当面は、父親を殺すための下準備に専念しようと思います」

 

「そうか」

 

 親類殺しを宣言した生徒に、その師はなんてことの無いつまらない予定を聞いた時のような、平坦な返事をした。

 

「極東の田舎魔術師とは言え、魔道に身も魂も費やした魔人に、お前程度がどう対抗する気だ?」

 

「まぁ、そこら辺は事後報告でお願いします。 そっちの方が面白いでしょう?」

 

「確かに、出来もしない退屈な理想をつらつらと聞かされるよりはマシだな。 お前が五年前、研究室にやってきたときみたいに、ね」

 

「あはは…」

 

 苦く青い思い出が雁夜の脳裏を走った。少し恥ずかしくなる、ある意味で黒歴史とも言えるような記憶だ。

 

「次に顔を見せる時は魔術刻印を引っさげてきますよ」

 

「ああ。マトウの魔術刻印がどれほど醜悪か、今から楽しみにして待ってやるぜ。 精々、足掻いてきな」

 

 弟子はその言葉を激励として受け取り、その研究室を去った。 師は去りゆく弟子の背中を一瞥すらせずに、混沌と色がせめぎあうキャンバスへと心を完全に沈めた。

 

 

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