間桐雁夜はどこまでも魔術師である   作:百目鬼猫

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嘲笑と鼻歌

「どうした雁夜よ。 あれほど桜は己が救うと息巻いていたのに。 その有様とは、自分が情けなくて仕方がなくないか?」

 

 目の前で、死にかけている息子を眺めてくつくつと魔人は笑う。その顔には親の情など欠片もなく、他者を虐げることに対する愉悦しか浮かんでいない。

 

「まだ聖杯戦争は始まってすらないぞ? 」

 

「……グ……ァ……」

 

 蟲に身体を蝕まれ、父に精神を弄ばれ、その結果、間桐雁夜と設定された男は完全に摩耗していた。

 

「カッカッカッ。 安心せい、お前のために聖遺物はとびきり良いのを用意しておる。 親の情に感謝せい」

 

 臓硯はそう言って雁夜の足に杖を突き立てた。雁夜が無様に悲鳴を上げ、それを見た臓硯はまた面白そうに笑う。

 

 臓硯は気晴らしとばかりに息子を虐めながら、雁夜の令呪の発現が予想よりもかなり早かったことに対して考えを巡らせていた。

 

 というのも、当初の予想だと令呪が発現するとしても聖杯戦争のギリギリであるという目算であったからだ。

 

 一切の研鑽をしていない雁夜がたった一年の期間で聖杯に選出されるほどに仕上げるためには、刻印虫による改造が必要であった。

 そのような外法を用いても、雁夜程度の実力では間に合うか間に合わないかはかなり微妙なところであった。そのはずだというのに、

 

 聖杯戦争を二ヶ月後に控えた段階で、雁夜の手に令呪が刻まれたのだ。

 これは臓硯にとっては全く予想外の事象だったと言っていい。

 

 聖杯はなぜあの段階で雁夜を選出した? 御三家という要素を考慮しても、雁夜の魔術師としての格を踏まえれば、やはり早すぎる。

 

 まさか桜を救うという気概が評価された? まさか。 それはありえない。冬木聖杯がそのような崇高な理由でマスターを選出するわけが無い。なぜならば、あの聖杯はアインツベルンの失策によりどうしようもなく汚染されているからだ。

 

 考えても分からない。分からないから考えてしまう。

 だが、目の前で無様に転がっている愚息が汚染された聖杯の琴線に触れた理由は、いくら考えても見つけることが出来なかった。

 

 結局、臓硯は雁夜の選出理由についてそれ以上の考察を打ち切りにすることにした。

 考察材料が少なすぎるというのもあったが、なによりも目の前で転がっている矮小な愚息が自身を脅かすとは毛ほども思えないから、というのがなによりもの理由だった。

 

「今宵、召喚の儀を執り行う。 それまで精々、死なぬよう安静にしておくのだな、雁夜よ。 カッカッカッ」

 

「クソ……ッ!」

 

 背後で呻く息子を背に、臓硯は愉悦に顔を歪めながら部屋を後にした。

 

 間桐臓硯はまだ気がついていない。

 己が相対している息子がまったくの偽物であることを。

 

 間桐臓硯はまだ気がついていない。

 自身の臓腑とも言える蟲蔵で極めて静かに行われている侵食行為を。

 

 間桐臓硯はまだ気がついていない。

 

────自身を喰らわんと潜伏していた狡猾な同種が動き始めたことを。

 

 

 自身の野望において大きな節目を迎えつつある魔術師・間桐雁夜は呑気に拠点近くのコーヒーショップでアメリカーノを片手に下手くそな鼻歌を口ずさんでいた。

 無論、フードを被って顔を隠してはいるが、逆にそれが悪目立ちをさせている。

 

「ふーんふんふん、ふーんふんふん、ふーんふふん♪」

 

 彼はご機嫌に下手くそで不快な音を店内に提供している。曲名は「もう恋なんてしない」である。雁夜が英国から帰国して最初に耳にした曲だ。

 

 彼は初恋の女性を思い浮かべながら、心を込めて音色を編む。雁夜の表情はどこか切なげだ。

 

 店内にいる何人か迷惑そうに雁夜の方に目を向けているが、男・間桐雁夜は一切気にせずに、音を奏でることを止めない。というか、周りからの視線など一切気がついてない。

 

 サビパートに差し掛かったあたりで、突如として雁夜の座っていた椅子が蹴り付けられ、雁夜は勢いよく床に転げ落ちた。それともに半分ほど残っていたアメリカーノは雁夜の自慢のパーカーに吸い込まれていった。

 

「あぢぢぢぢ────!!! ?」

 

 先程までご機嫌に鼻歌を奏でていた雁夜は一転して情けのない悲鳴をあげた。

 雁夜はひとしきり悶え苦しんだあと、すぐに下手人を見上げた。そこには極めて不機嫌そうにこちらを睨んでいる、白人らしき青年だった。

 

「お前、うるさいんだよ!!」

 

 青年は英語でそう吐き捨てると、雁夜の隣の席に座り直した。

 どうやら、大学生かなにかのようで机の上に筆記用具と原稿用紙を広げている。筆記用具がやや古風なのが気になったが、コーヒーが熱いやら周りからの視線が痛いやらでそれどころでは無い。

 

「君、酷いじゃないか! 見ず知らずの他人を蹴りつけるだなんて!!」

 

 どうにか立ち上がった雁夜は英語で青年を非難すると、やや驚いたように青年が雁夜に目を向けた。まさか、アホな鼻歌で店内に不快をお届けしていた成人男性が流暢な英語話者(イングリッシュスピーカー)であるとは予想していなかったのであろう。

 

「下手くそな鼻歌を垂れ流してる方がよっぽど酷いだろ! おっさん!!!」

 

「おっさ──ッ!? 君、ちょっと失礼すぎやしないか!?」

 

「おっさんにおっさんって言って何が悪いんだよ! 」

 

「なんだと!? このクソガキ!!」

 

「ハァ!? クソガキって言ったな! この僕に向かって!!」

 

「クソガキにクソガキって言って何が悪いんだ、このバーーーーーカ!!」

 

「〜~~~~ッ!!! 言ったなぁ!!」

 

 汚いスラング混じりの言い合いは、とうとう殴り合い寸前にまで発展した。

 しかし、すんでのところで当人たちよりも怒髪衝天の店長が介入して、二人諸共、店から叩き出したところで事態は収束し、店内には静寂が齎された。

 

 しかし、追い出された二人の喧嘩はまだまだ終わりが見えず、二人で道行きながら言い合いを続けていた。

 

「おっさんのせいで追い出されちゃったじゃないか!! どう責任をとってくれるんだよ!」

 

「はぁ!? 最近のクソガキはすぐに責任転嫁するんだな!」

 

 生意気なクソガキと大人気ないオッサンの応酬は最早、千日手になりそうな勢いで進行していた。どちらも譲渡するつもりがないのだから当然である。

 

 このままいけば、日すら跨ぎそうだ。 と二人がそれに思い至ったところで、同時に黙った。

 今日に限って目の前のクソガキ(オッサン)に時間を取られるのは不味いと、互いに判断したのだ。

 

「……まぁ、()()()()は今日ちょっと用事があるからお説教はこれくらいにしてあげるけどさぁ」

 

「……奇遇だね、おっさん。 僕も今日はみすぼらしいやつに構ってる場合じゃないんだった」

 

 言い終わってしばし、互いに熾烈な睨み合いをする。

 が、それもすぐに終わり同時に嘆息を漏らした。

 

「とりあえず、君の住所を教えてくれるかな? 外国人が住んでる場所というと冬木教会の近くとかか?」

 

「────なっ、なんでそれを…」

 

 青年がどこか驚愕したかのように身じろいだ。雁夜は首を傾げる。

 

「……? いやだって外国人が住んでる場所って言ったらあそこら辺しかないだろ」

 

 雁夜が言うように冬木教会周辺は外国人の住宅が集中している地域である。それは冬木に根を張る者であれば常識の範疇であり、目の前の青年の反応はどこか引っかかるものであった。

 

「あっ、いや。…………そうだよ、あそこら辺にいま宿泊している」

 

「……? 宿泊ってことは、親戚の家にでも泊めてもらってるのか? ……まぁいいか。 後日、クリーニング代を請求しに行くから正確な住所を教えて貰えるかい?」

 

 どの国でも長期休みとしてはやや早い時期なのに親戚の家に滞在しているという目の前の青年にやや不信感を覚えながらも、雁夜は懐からペンとメモを取り出して手渡した。

 

 受け取った青年はなぜか警戒するような目つきで雁夜を観察したあと、しばしの逡巡ののちに、メモに住所を書いて手渡した。

 

 雁夜はそれを満足気に受け取り、ほんの少しの小言と共にその場を後にしようとした。 青年の方も、舌打ちをしてその場を後にしようと身を翻す。

 

「あ。 そうだ、名前を聞いてなかった。 おい! 君、なんて言うんだ!」

 

 呼び止められた青年は不機嫌そうに振り向き、しばらく言うか迷うような素振りを見せたあと、不服そうに答えた。

 

「僕は、ウェイバー・ベルベットだよ。 おっさんの方はなんて言うんだ」

 

 ウェイバーと名乗った青年は、聞きながらどこか興味無さそうにしている。雁夜は一言言ってやろうかと考えたがやめにして素直に答えることにした。

 

「藤田カフカ……フリーのカメラマンさ!」

 

 雁夜はドヤ顔交じりに自身を親指で指しながらそう名乗った。

 ウェイバーはしばらく呆れたような表情を浮かべたあと、口を開いた。

 

「……絶対偽名だろ、それ」

 

 ウェイバーがそう呟いたことがきっかけとなり、そこからまた一時間ほど醜い言い争いが起こったことをここに記しておく。

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