放課後、アレクシア・ミドガルは屋上にいた。
夕日で空は赤く染まり、帰宅する生徒たちが列を成していた。
まだ夏は始まったばかりだが、今日は暑かった。涼しい風がアレクシアの肌を撫ぜる。
今回の一件は表沙汰にしないこととなった。それは国の面子を考えてのことであり、幸いにして、結婚のことはまだ公表していない。
ゼノン・グリフィは病気の療養という理由で、剣術指南役と教師の両方を辞めたということになった。
アレクシアの婚約の噂は、既に学内に広まっていたが、先のこともあり、自然消滅した。
まるで、何かに操られたかのように、綺麗に丸く収まってしまった。
「気持ち悪いわ……」
思い出すのはシャドウと名乗った男と、彼の属していると思われる『シャドーガーデン』という組織のことだ。
公的な記録にはそんな名称の組織はない。何もかもが不明だ。
恐らくは、アンダーグラウンドの組織なのだろう。そんな組織はどうやら"教団"という組織と敵対しているようだった。
「シャドウ……」
美しき『凡人の剣』を振る男。この国の頂点、アイリス・ミドガルにすら比肩するゼノンを易々と一蹴するほどの力。
その目的は分からない。
だが、シャドウと会ったあの日、同時多発的に事件が起こっていた。
アレクシアの話を受け、アイリス、その他騎士団が調査に乗り出した。するとどうだろう。惨殺された死体が各所で見つかったのだ。
いずれも一刀で斬り伏せられ、抵抗した形跡もほとんどない。圧倒的な戦力差があったのだろう。
そして、その事件が起きた場所は、いずれもその存在が秘匿されていたのだ。
ある場所は、酒場のカウンター裏にある隠し通路から入れる隠し部屋。
またある場所は、実際の名義と異なる用途で使われていた施設。
どこも凄惨なもので、血の匂いに満ちていた。
「シャドウに、『シャドーガーデン』……油断ならないわ」
この事件の調査のために、アイリスは『紅の騎士団』を創設した。
アレクシアも協力したかったのだが、結局、許してはもらえなかった。
冷たい風が吹く。少し体も冷えてきた。
「そろそろ帰ろうかしら」
そう思い、バックを持つ。
そのとき、屋上の扉が開いた。
「あっ」
「えっ」
出てきたのはごくごく平凡な少年だった。
──シド・カゲノー。
豪胆にも、アレクシアに告白してきた男だ。それも、疑うらくは罰ゲームで。
「ごきげんよう」
つまらなそうに、アレクシアは言う。
「いい天気だね」
少年もつまらなそうに言った。
「もう陽が沈むわ」
「僕は星の見える夜も嫌いじゃないから」
少年が柵にもたれかかり、空を見上げた。まだ空は赤い。
アレクシアはバックを持ったまま、柵に体重を預ける。
「ポチ……じゃなくて」
これは昔飼っていた犬の名前だ。
「シドくんだったかしら?」
「なんか今、すごい失礼なこと言われた気がする」
「気のせいよ」
アレクシアは咳払いした。
「ありがとうと、言っておくわ」
「……? 何のお礼?」
赤い陽光に照らされ、影が長く伸びる。
アレクシアは一度目を瞑った。
「私の剣を、前に好きって言ってくれたでしょ。そのお礼よ」
「なるほどね」
「『凡人の剣』、私も好きになったわ。あなたのおかげじゃないけど」
「それは良かったね。一言余計だけど」
それっきり沈黙が訪れる。その沈黙が何とも居心地が悪い。
もう話す内容はない。アレクシアはその場を立ち去ろうとした。
「君はきっと強くなるよ」
少年が空を見たまま言う。
アレクシアは振り向いて、けれどすぐに前を見る。
「そう。ありがとう」
ひらひらと手を振って、アレクシアは屋上を去る。
屋上を去ったアレクシアは知らないが、この後、この少年は一人で『かっこいいポーズ』とそのセリフの練習をしていたらしい。
これで、アレクシアが連続通り魔殺人の犯人と疑われることはなくなりました。
原作と違うようで大体同じ。運命の大きな分岐はもう少し先でしょう。
一章が終わったので後で章分けしておきます。