陰のボスになりたくて!   作:若林布吉

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話は五ミリくらい進みます。


幕間 釣りに行こう!

 その日は穏やかな波が打ち寄せていた。

 遠目に見える波の綾は形を変え、キラキラと光る。そして、木々のざわめくが如く潮騒が聞こえた。

 

「やっと着いたね」

 

 さんさんと照りつける太陽。その日差しを浴びて海がキラキラと宝石のように輝いていた。

 その眩しさにゼータは目を細める。

 

「岩場、あっち」

 

 そう言ってシータが歩き出す。

 砂に足を取られてよちよちと危なっかしい。

 

「荷物持つよ」

「うん、ありがとう」

 

 ゼータはクーラーボックスと釣り竿をシータから受け取る。

 そして、鼻歌混じりに尻尾を揺らして、先頭を行く。

 

「その鼻歌、シャドーも歌ってた」

「そう。教えて貰ったんだ」

 

 二人は岩場に着く。ゴツゴツとした岩がところ狭しと並び、波が打ち寄せ、潮が舞う。

 岩場にできた小さな水たまりには、小さな魚と蟹がいた。

 

「ここら辺でいいかな」

 

 ゼータは岩の上に座って、海を見る。

 

「悪くないね」

 

 だいぶ穏やかな海だ。泳いでみるのも良いかもしれない。

 

「水着は持ってきてないけど」

「ゼータ、泳ぐの?」

「ううん。そうしても気持ち良さそうって話」

「そ……」

 

 ゼータはお気に入りの釣り竿にウニョウニョしたミミズのような餌を付ける。

 シータも隣に陣取り、海へ竿を投げた。

 

「あっ……」

「あちゃー……」

 

 そう、竿を投げたのだ。

 

「滑った……」

「まぁ、予備あるから」

 

 ゼータがシータに竿を渡す。因みにリールは付いていない。

 シータはその竿を受け取り、今度こそ、海へ糸を垂らした。

 

「……それ、餌付けてないよね。ルアーも」

「うん……でも、こうすれば魚に邪魔されないで、ぼーっとできる」

「もうそれ、釣りじゃなくてもいいよね……?」

 

 そんな感じで、二人の釣りは始まった。

 

□□□

 

 釣りを始めてしばらく、戦果は上々だった。

 

「そろそろ昼にしようか」

 

 そう言って、ゼータはクーラーボックスを開ける。

 

「あれ……? 私のイワシがない……」

 

 さっき釣ったはずのイワシの姿が見当たらない。確かに入れたはずなのに。

 となれば、犯人は一人しかいない。

 

「さっき昼ご飯食べた」

「なんか良い匂いすると思ったら……」

 

 見れば、魔力で動くイータ手製フライヤーの使われた痕跡がある。

 ゼータはため息を吐いて、頭に手をやった。

 そんなゼータにシータが包みを渡す。

 

「これは?」

「ゼータの分」

 

 包みを開ければ、中にはパンに挟まれた揚げイワシがあった。イワシサンドだ。

 

「ソースそっち」

「おぉ、ありがと」

 

 降下しかけた気分が元に戻る。

 ゼータはイワシサンドに食らいついた。

 

「うん、やっぱりフライにはタルタルソースだね」

 

 口元にタルタルソースを付けながら、ゼータが笑う。

 相変わらずシータは、海に糸を垂らしているだけだった。

 

「ガンマたちとの釣りを思い出すね」

 

 『まぐろなるど』設立の起源たる釣り。ガンマ、イータと行ったのだが、あれは酷かった。

 

「なにかあったの?」

 

 海を眺めたままシータが聞く。

 

「もう散々だったよ。イータは海を爆破するし、ガンマは商売のことばかり。釣りの醍醐味を分かってない」

「へー」

 

 その観点から言えば、シータも分かってないと言えるかもしれない。なにせ、糸を垂らすだけでは釣りとは呼べないのだから。

 

「まぁ、無害だしいいか」

「……ゼータは──」

 

 一人そう納得していると、シータが何かを言った。後半部分は波音にかき消されてしまう。

 

「ごめん。聞こえなかった」

「ゼータは、釣りは飽きたりしないの?」

 

 ゼータは自分が非常に飽きっぽい性格だと自覚している。

 ゼータは少し考えた。

 

「そうだね。スパイの任務とかは時々飽きたりするけど、釣りだけは何故だか飽きないんだよね」

「ふーん」

 

 それっきり、沈黙が訪れる。遠くからカモメの鳴く声が聞こえてきた。

 

□□□

 

「シータはさ」

「うん?」

 

 穏やかな昼下り。潮もだんだん満ちてきた。

 ゼータはピクピクと耳を動かす。

 

「シャドウ──主のことはどう思ってる?」

「命の恩人。アルファ様も」

「そっか……」

 

 遠く水平線ではいくつもの船が浮かんでいた。まるで、同一平面上に存在しているかのようなそれらは交錯し、一つの点となっては分裂する。

 

「もし、主やアルファ様に死ね……いや、死ぬかもしれない任務が与えられたとして、どう思う?」

「どうだろう……」

 

 無表情に、シータは海を眺める。

 

「特になにも感じないと思う。多分」

「そっか」

「ゼータはどう?」

「私? 私は──」

 

 ゼータは自分が質問されて、初めてそれが愚問であったことに気付く。

 言葉を選び、少しだけ時間を空けて、ゼータは答えた。

 

「──私は、主に拾われたちっぽけな小猫」

「……」

「たとえ、世界全ての罪を背負うことになっても、主が望むなら何でもするよ」

 

 ゼータは薄く笑う。

 そして、半年くらい前の遺跡での出来事を思い出す。

 あのときにも誓ったことだ。

 

「ゼータ極端」

「そうかな? ……そうかもね。」

 

 あのときの話をゼータは誰にもしていない。

 アルファは優しすぎるのだ。いや、アルファだけじゃない。ベータもガンマもイプシロンも、そうだ。

 話せばきっと、何かが狂ってしまう。あるいは、未来でなら話せるのかもしれない。

 しかし、今は話せないのだと、ゼータは感じていた。

 

「……」

「……」

 

 それは途方もなく孤独なことであった。仲間の内にあり、話せない大事なことを隠し続ける。

 キツくゼータは胸を握る。

 

「父様……主……」

 

 ふと、寂寥の感がゼータを包む。それはゆっくりと心に浸透して、少しずつ心を満たしていく。

 主のためなら何でもすると誓ったのに、そんなことで心を乱す自分が情けない。『天賦』のゼータと呼ばれてはいるが、心を操る術までは知らない。

 足りない強さが欲しい。主のように孤高に生きられる強さが欲しい。

 思えば、〈悪魔憑き〉となって追われた日から、ゼータはずっと力を欲していた。

 

「ゼータ……」

「……ん、なに?」

 

 そうして、弱さの渦流に呑み込まれそうになったとき、シータに声を掛けられる。

 

「ぼーっと海を眺めてると、色々な考えが浮かぶ」

「そうだね」

「岩に当たってできる潮の泡みたいに、浮かんでは、消える」

 

 普段は余り喋らないシータが、饒舌に、詩に書いてありそうなことを言う。

 

「深い海の底に何があるかは分からない。深く青すぎて見えないから」

「……」

「多分冷たくて、きっと真っ暗で、ずっと遠くて」

「何が言いたいの?」

 

 シータはゼータを一瞥してから、垂らした糸を見る。

 

「海の底は孤独。きっとそう」

「……そうだね」

 

 ゼータには、シータの言っていることが、イマイチ判然としない。

 海の底は誰にも見られないから孤独なのだろうか。それとも、深くて遠いから孤独なのだろうか。

 そう考えていると、ふとおかしな気持ちになる。ゼータはふふっと笑った。

 

「陰に潜む私たちは、さながら海の底で生きる蟹みたいだね」

「……たしかに」

 

 シータは両手でピースをする。蟹の真似だろうか。

 ゼータはうんと伸びをして、岩の上にバタンと大の字になる。

 空には大きな白い雲があった。

 

「シータはさ。主のためなら何でもできる?」

 

 それはさっきもした質問だった。答えは分かってる。それでも、もう一度聞きたかったのだ。

 シータは何も言わずに頷いた。

 それを見て、ゼータは深いため息を吐く。海の底まで届きそうな、深い深いため息だ。

 

「もし今、私が『シャドーガーデン』を裏切ったとして、シータはどうする?」

「……質問の意図、なに?」

「いいから」

 

 シータはつまらなそうに、頬杖を付く。

 

「状況による」

「というと?」

「『シャドーガーデン』はシャドーのための組織。シャドーのためになるなら、裏切りもしょうがない。と思う」

 

 ゼータはそれを聞いて笑った。共犯者を得た気分だ。

 

「じゃあさ──」

 

 少しだけ、いつもより弾んだ声で、ゼータ話をしたのだった。

 

 それからしばらくして、激しい夕立ちが降る。海が荒れるまで、ゼータは話した。

 




マスターオブガーデンをやっていたら書きたくなりました。
毎章の終わりにこういった日常回(?)を書こうと思うのですが、ネタを募集中です。こんな組み合わせ、シチュエーションが見たい! ということがあれば是非感想に。
尚、作者の息抜きなので、話が進まないこともあります。あしからず。
次回から二章に入ります。
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