ガンマのセリフを一部修正しました。
動き出す歯車
「そろそろブシン祭の季節ですねぇ。二人はもう、選抜大会にエントリーしましたか?」
休み時間。僕とジャガ、ヒョロはモブらしく廊下で話をしていた。
そのとき、ジャガがそんな風に話を切り出した。
「当たり前だろ。良いとこ見せて、かわいい女の子持ち帰るぜ」
「そうですね。二、三人は固いです……三人相手はちょっと大変ですね」
と、二人は怪しい笑いをこぼす。二人とも、ちな童。
「シド、お前エントリーしてなかったよな?」
ヒョロが一枚の紙切れを出す。
「いや、僕は出な──」
「俺が代わりにエントリーしといてやったから感謝し──ブフゥッ!!」
ヒョロは突然腹を押さえて悶絶する。
僕はぎゅっと右手を握りしめていた。恐ろしく速いあれだ。
「ヒ、ヒョロ君!? 急にどうしたのですか!」
ふっ、やっぱり僕でなきゃ見逃しちゃうみたいだね。
「おいおいヒョロ。まるでストマックを右ボディフックで打ち抜かれたみたいに倒れてどうしたんだ?」
「や、やけに具体的ですね、シド君」
僕は右拳を解き、ヒョロを支える。
「駄目だ、完全に失神してるな。一緒に保険室に運んでくれ……そういえば、選抜大会のエントリーってキャンセルできたっけ?」
「さぁ、どうでしたっけ?」
僕はヒョロの持っていた紙切れを取る。
「あっ、無理みたい」
まぁ、僕の鍛錬の成果を見せられるし、結果オーライということで。
突然の発作ということで、僕らはヒョロを保険室に運ぶ。先生の許可もちゃんと貰った。
その道中。
「なにあれ?」
校舎へ入っていく物々しい集団を指して僕は言った。
「あれは……アイリス王女もいますね」
あと、アレクシアもいた。アレクシアは僕らの方は見ずに、入っていった。
そういえば、アレクシアは最近剣の腕を上げているみたいだ。何かあったのかな。
「そういえば、アイリス王女からミドガル学術学園の方に何か調査の依頼をしているとか聞きましたね」
「へー」
興味を失った僕は、ヒョロを連れて保険室に行った。
□□□
広い応接間では、ごく少人数で話し合いが行われていた。本来いるはずの護衛なども含めて、人払いがされている。
「王国随一と名高いあなたに、このアーティファクトの解読を頼みたい」
そう言って、アイリスは大きなペンダントのようなものを差し出す。
「ですが、私はまだ学生です」
ペンダント型のアーティファクトを見て、シェリー・バーネットは断った。
しかし、アイリスは真っ直ぐとシェリーを見つめる。
「あなたの研究成果は国内外に広く知られている。この分野であなたに勝る研究者などいないでしょう」
アイリスの真摯な説得に、シェリーは「ですが……」と渋る。
そんなシェリーにまた別の声がかけられた。
「いい機会だ。受けてみてはどうかね」
「ルスラン・バーネット副学園長……」
「父と呼んでくれても構わんのだぞ」
初老の男、ルスラン・バーネットは笑って言う。
シェリーは困ったように微笑みを返した。
「シェリー、君ならやれる。自信を持ちなさい。これは君にしかできない仕事なんだ」
ルスランはシェリーの細い肩に手を置いた。
「分かりました……」
二人の説得に、気乗りしない様子でシェリーは折れた。
アイリスからアーティファクトを受け取る。そして、じっくりと眺めてみた。
「古代文字ですか。それも暗号化されている」
「それは先日あった事件の現場──仮に"教団"としましょう。その"教団"の施設と思われる場所で発見された」
アイリスは一口紅茶を飲む。
「詳細は分かりませんが、恐らく、古代文明の研究をしていたのでしょう。暗号も古代文明と関連があるはず」
「確かに、私向けの依頼ですね」
シェリーは興味深そうにアーティファクトを眺める。
アイリスは改めて、向き直った。
「それで、アーティファクトの警備に騎士団から人を出したい」
「警備……?」
その言葉にルスランが反応する。
「実は、このアーティファクトは例の"教団"、あるいはそれと敵対する組織から狙われているのです」
「それは物騒な話ですな」
ルスランの瞳が鋭くなる。
「元々、このアーティファクト以外にも様々な資料、物品を"教団"の施設から押収し、保管していました」
アイリスは「お恥ずかしい話ですが」と前置きをする。
「押収して程なく、何者かの手により保管庫が焼失、このアーティファクト以外失われてしまったのです」
「あぁ、この前の火事ですか。そう言えば、アイリス様が新たに騎士団を設立したのはその後でしたね」
アイリスは頷いた。
「本日もその騎士団……『紅の騎士団』でのご来訪ですね」
「えぇ」
「それほど、既存の騎士団は信用できませんか」
アイリスは答えない。ただ黙って、ルスランを見ていた。
「いいでしょう。二人までなら許可します」
「二人ですか……」
アイリスは顎に手を当て考え込む。
「分かりました」
そう言って、背後に控える大柄の騎士の名を呼ぶ。その男の頬には大きな切り傷があった。
「グレン。警備はあなたに一任します」
「はっ、お任せ下さい」
話が一段落したところで、アレクシアが口を挟む。
「姉さま、私にも協力させてください」
続けてアレクシアは言う。
「警備に人数を割くなら、先日の事件に対応する人が減るはずです」
アイリスは何も言わない。
「『紅の騎士団』はまだまだ人手不足です。それに、私は
「アレクシア。ですがあなたはまだ……」
「学生です。しかし姉さまは、学生でも実力があれば関係ないと言っていました」
アイリスの言葉を遮って早口に捲し立てる。
「そんなこと言ってません」
アイリスはあくまで諭すように言った。
だが、アレクシアは引かない。
「似たようなことをシェリーさんに言ってました」
アイリスはむっとし、アレクシアは余裕の笑みだ。
「昔はあんなに可愛かったのに……」という呟きが聞こえる。
それからもしばしのアレクシアの説得を聞き、アイリスはようやく折れる。
「分かりました。学業に支障の出ない範囲で、かつ危険の少ない範囲でのみ、協力を要請します」
「ありがとうございます」
アレクシアは微笑み、頭を下げる。
「アーティファクトの件、よろしくお願いします」
アイリスはため息を吐いて、シェリーに言った。
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放課後。
僕たちは色々あって、長い列に並んでいた。
「いやぁ、凄い列ですね。門限には何とか間に合いそうで良かったです」
ジャガは列を見て感嘆の息を漏らす。
「えー、これに並ぶの?」
「それだけ良いもんが揃ってるってことだろ。『ミツゴシ商会』には」
ヒョロがニヤリと笑って、僕の背を押す。うん。悪人面がよく似合ってるよ。
僕たちは大人しく最後尾に並ぶ。最後尾には、プラカードを持った制服姿のお姉さんが立っていて、そこには『八十分待ち』と書いてあった。
「でも、やっぱり最近は物騒ですし、買ったらすぐに帰りましょう」
少し震えながらジャガが言った。
「あー、人斬りの話か」
「人斬り?」
なんだ、その胸躍る単語は。
「知らねぇのか。最近王都では人斬りが出てんだよ」
「騎士団の人もやられてるみたいですね」
「……へー」
僕は口元を綻ばせる。
人斬りイベントなんて絶対楽しい。できれば参加したいものだ。
「それにしても、上客っぽい人が多いね」
列に並ぶ面々を見て僕は言う。
というのも、みんな身なりが良いのだ。貴族の関係者なんだと思う。もしくは金持ちなのかな。
ヒョロは鼻で小馬鹿にしたように笑う。
「そりゃ、どう見ても高級店だからな」
「ですね」
「でも、学生とか主婦っぽい人も結構いるよ」
「一般人にも買えるくらい安いんだろ」
「ですね」
僕は「へー」と相づちを打っておく。
僕がもう少し列に並ぶ人々を観察していると、ヒョロがプラカードのお姉さんに話しかけていた。
「お、お姉さん、き、綺麗ですね。ご趣味は?」
お姉さんは完璧な営業スマイルでスルーする。
続けてジャガが話しかけた。
「お、おねぇひゃんっ! スリーサイズはいくつですかっ!?」
ジャガの鼻息が荒い。
お姉さんの額に青筋が浮かんだ気がする。けど、すぐに戻った。見間違いだったかもしれない。
これは僕もナンパの波に乗るべきなのだろうか。
僕がそうして悩んでいると、何故だかお姉さんが僕の方を見てニッコリしていた。
「お客様。少しお時間をいただけますか?」
「えっ、僕?」
「はい。すぐに終わりますので、アンケートにご協力お願いします」
そんなわけで、お姉さんに連れられ、僕はミツゴシ商会の店内に入る。
長い列の脇を通り過ぎるとき、すごいジロジロ見られた。それに、後ろのヒョロとジャガがうるさかった。
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僕らはやけにモダンな店内を行く。
チョコとかコーヒー以外にも、服や靴、下着などもある。それらのデザインは洗練されていて、かつ目新しい。
この商会はいつか覇権を握る。僕は確信した。
やがて店内を抜け、従業員用出入り口に差し掛かる。そこも更に越えると、映画とかでしか見たことのない、絢爛な空間に出た。
赤いカーペットに豪華な階段、大きなシャンデリア。そして、調度品の数々。
それらが一堂に会して、しかし、嫌味臭くない雅さがあった。
美しい彫刻の掘られた扉の前にいた女性二人が、礼をする。そして、ゆっくりと扉を開けた。
ギリシャ神殿のような円柱が並び、大理石の床は輝いている。
そして、奥へと続くレッドカーペットの左右に美しい女性たちがずらりと並んでいた。
「えっ」
僕が一歩部屋に入れば、彼女たちは一斉に跪く。
「えっと、アンケートは……?」
この部屋の最奥には、まるで芸術品のような巨大な椅子があった。
僕の疑問を余所に、その椅子から一人の女性が歩いてくる。
藍色の髪の美しいエルフだ。モデルのようなスタイルに、妖艶な黒いドレスを纏っている。
「ガンマ……」
「永らくお待ちしておりました。主さま」
そう言って、彼女──『七陰』第三席ガンマは微笑んだ。