「お久しぶりです。主さま」
そう言って、ガンマが歩いてくる。優雅なモデルみたいな歩き方だ。カツ、カツとヒールを鳴らしている。
ガンマは頭がいい。なんて言っても『シャドーガーデン』の頭脳と呼ばれているからね。
けど、そんなガンマは大きな欠点を抱えているんだ。
ガンマは絶望的なまでに運動神経が悪い。付いた二つ名は『最弱』。運動センスも、戦闘センスも、全くと言っていいほどない。
『七陰』の中で最もセンスが良いのがデルタなら、悪いのはガンマだ。けど、僕はこの二人は同類だと思ってる。
僕は二人に剣を教える内に二つのことを学んだ。
一つ、いくらセンスが良かろうと、バカに何言っても無駄ということ。
二つ、いくら頭が良かろうと、センスがない奴に何を言っても無駄ということ。
だから僕は、二人に同じ指導をした。
『魔力をいっぱい込めて叩き斬れ』
僕は僕にとって許し難い、苦い思い出に顔を顰める。
「いかがなさいましたか。主さ──ぺぎゃっ!」
そんな僕を見て、不安そうに声をかけるガンマはコケた。何もないところで、だ。
「ひ、ヒールが高いわね……」
そして、ヒールのせいにした。
周りのお姉さんがさっきのよりも低いヒールを用意し、ガンマの鼻血を拭う。
何も成長していない。
「そ、それで、何かご不満な点でもございましたか?」
「相変わらずだね。ガンマ」
ガンマは恥ずかしそうに顔を伏せる。
「コホン。と、とりあえず、こちらにどうぞ」
ガンマに案内されるがまま、巨大な椅子に座る。
「ふふっ」
いい……! いいぞ、この眺め……!
巨大な吹き抜けに、天窓から降り注ぐ陽光、レッドカーペットの脇に跪く美女たち。
裏社会のボスになったみたいだ。
ガンマもよく、こんなに金のかかりそうなセットを用意してくれた。
僕の心は感動に震えた。
そして、足を組み、左手で頬杖をつき、右手を掲げた。
「褒美だ。受け取れ……」
僕の右手から青紫の魔力が天空へ放たれる。そして、青紫の光の雨がガンマ含めた彼女たちに、当たる。
まぁ、褒美って言っても、大した効果はないんだけどね。
「今日という日を、生涯の宝に致します」
震える声でガンマが言った。よく見れば、後ろに控える彼女たちも体を震わせていた。
演技指導も完璧みたいだ。それとも、やっぱりエキストラなのかな。
どっちでもいいや。
「ところでガンマ。この商会について聞きたいんだけど」
「なんなりとお聞きください」
僕はその言葉に甘えて色々質問した。それで分かったことは二つ。
一つ目は、僕の前世の知識でボロ儲けしていること。
二つ目は、僕がハブられていたことだ。
「へ、へー」
分かるよ。女性の輪に男の僕は入れづらいって。
僕はどこか悟ったような、少しセンチな気持ちになった。
「主さまが本日来訪された理由は察しております。当然、例の事件についてでしょう」
「……あぁ」
例の事件ってなんだ? けど、『陰の実力者』に知らないことはないのだ。
僕は全てを知っている演技をする。
「例の事件には恐らく教団が絡んでいるものかと」
「ほう……」
「また、先日ネームドのチルドレン1st『叛逆遊戯』のレックスが確認されました。奴らがこの王都で何か企んでいるのは間違いないでしょう」
「ふむ……」
チルドレンってなんだろう。
分からないから、とりあえず僕は頷き、窓から見える空を眺めた。
□□□
「ふむ……」
そう言ったきり、シャドウは黙ってしまった。遥か先までを見据えて、思案しているのだろう。
「ガンマ」
「はい、なんでしょう。主さま」
「一応聞いておくが、"例の事件"なんだな?」
その質問に一体どんな意味があるのだろうか。ガンマのその明晰な頭脳でも、その意図は測れない。
分からないのなら、何も考えず、求められる答えを返した方がマシだ。
ガンマはキュッと口を結ぶ。
「……はい、主さま。例の人斬り事件です」
「人斬り……か」
そうして彼は虚空を見つめる。その目には何が見えているのだろうか。ガンマには全く想像ができない。
「こちらでも、少し探ってみよう」
「……!」
彼が動くということは、すなわちその問題の解決を意味する。
ガンマは羞恥と歓喜の入り混じった心境で、頭を下げた。
「ニュー、来なさい」
彼をここまで案内したダークブラウンの髪の女性を呼ぶ。
「この子はニュー。十三番目のナンバーズです」
「ほう」
彼が目を細めて、ニューを見る。きっと、力量からなにまで、全て見透かされているのだろう。
「ニューです。よろしくお願いします」
緊張で震える声だった。ニューはペコリと頭を下げる。
「彼女は入ったばかりですが、実力は折り紙付きです。ご自由にお使いください」
彼は頷いた。
「用ができたら呼ぶ」
「ニュー、下がりなさい」
ニューは再び礼をして、下がった。
「さて、そろそろ帰ろうかな」
彼は立ち上がる。
「あ、そうだ。チョコ買いたいんだけど、友達割引で安くなったりしない?」
「最高級のチョコを直ちに用意しなさい」
ガンマが部下に言う。
「それって因みに、いくらくらい?」
「友達割引で十割引きでございます」
「それってタダじゃん! ラッキー! ……あ、なら三人分欲しいな」
「かしこまりました」
一般人のシド・カゲノーになりきる彼を、ガンマは微笑ましく思った。
そして、ガンマは気が付かなかった。シャドウから伸びたスライムが、部屋の端にある金貨の山から、数枚の金貨を持っていったことに。
□□□
「やべーぞ、門限に間に合わねー」
「もう、シド君が遅いからですよ!」
「ごめんって、チョコあげたじゃん」
僕たちは夜闇に包まれた街の中を走っていた。門限まであと少ししかないのだ。
「まぁ、本気を出せば一瞬で着くんだけどね」
「なに寝ぼけたこと言ってるんですか、シド君!」
そんな会話をしていると、不意に甲高い音が聞こえた。
「ねぇ、今なにか聞こえなかった?」
僕は立ち止まり、周囲を見回す。
「はぁ? 何も聞こえなかったぞ」
「ですね」
そんな僕に苛立たしそうに二人が言う。
気のせいだったのかな。
僕がそう思って駆け出そうとしたとき、再び例の音が聞こえた。
甲高い、金属と金属がぶつかり合う音だ。誰か戦ってるのかな。その音は路地裏の方からしていた。
うん、イベント発生の匂いがする。これは乗るしかないね。
「先に行ってくれ……」
僕はお腹を押さえて、苦しそうに呻く。
それを見た二人の顔色が変わった。
「シド君、どうしたんですか」
僕はえずき、口元を押さえた。
「先に行ってくれ」
僕は再びそう言った。口の端から流れる唾液を袖で拭う。
「体調が悪いのか?」
「大丈夫。ちょっと路地裏で吐けば良くなるから……」
「シド君……辛いなら、自分とヒョロ君が微力ながら力になりますよ」
「いいんだっ!!」
僕は大きな声で叫んだ。少ないながらも、道行く人が振り返る。
「僕の介抱なんてしてちゃ、門限に間に合わないだろっ!!」
「つれないこと言うなよ。俺たち友達だろ?」
ヒョロがニヤリといった風に笑みを浮かべる。
「ヒョロ君の言う通りです」
ジャガが僕の肩に手を置いた。
「ありがとう……でも」
僕は涙を浮かべて、ジャガの手をどける。
「もう、手遅れなんだ」
「シド君……?」
「既に、下からは……」
僕は尻に手を当てて俯く。二人は後退った。
「頼む……これ以上は見られたくないんだ」
涙ながらの訴えに、更に二人はたじろいだ。
「尊厳のために、門限は諦めるということですね」
「……」
「大丈夫だ。このことは三人の秘密だ! 誰にも言わねぇからな!」
「二人とも……ありがとう」
二人は涙ながらに駆け出した。
「さて……」
僕はそれを見届けて、路地裏へ入る。
激しい金属音はまだ鳴り響いていた。
あっ、因みに漏らしてはいないよ。本当に。
原作と同じ展開はどうなんだと思い、色々苦心したのですが、元が面白すぎたのでぱっとしませんね。原作ジャガ君の「門限か尊厳かの問題ですね」というセリフ、いいですよね。
レックスの名前は少し前倒しで出ています。