音を辿った先では、二人の人物が対峙していた。
片方は僕と同じ制服を着ている。……あっ、いや。僕はスカートを穿いてないから、同じとは言えないか。
見慣れた制服姿で剣を握る少女が一人、アレクシアだ。
もう一人はくすんだ赤髪の男だ。チャラチャラしていて、黒いローブを纏っている。
うん。あの男、結構やるね。アレクシアも強くはなってるけど、完全に遊ばれている。
「くっ、強い……! あなた、何者なの?」
一度大きく後ろに跳び、アレクシアが言った。
男はくつくつと不快な笑い声を上げた。
「俺はレックス。『叛逆遊戯』のレックス様だ」
「『叛逆遊戯』? センスを感じない子供っぽいあだ名ね。どこの飼い犬なのかしら?」
そう言っている間も、アレクシアはレックスと名乗った男から目を離さない。
レックスはカカカ、と笑う。
「そりゃ言えねぇな」
「そう、残念だわ。……ところで、飼い主さんはかなり怖いのかしら?」
「ククッ、ああ怖いぜ? 今回なんて、
「教団、ね。そう、ありがとう」
「なっ!?」
アレクシアにしてやられたレックスは驚きに目を見開く。けれどすぐに剣を肩に乗せ、笑う。
「まぁいいか。どうせお前はここで死ぬんだ」
「私を殺す目的はなに? また血が欲しいの?」
「へへっ、喋り過ぎたな。もうお口チャックだぜ」
レックスの目つきが一段と鋭くなる。アレクシアも腰を低くして構えた。
……これって、実力者プレイをするチャンスなのでは……?
そう思った僕は、早速スライムボディースーツを着用した。
□□□
「──ッ!」
つばぜり合いになったものの、アレクシアは何とかレックスを押し返す。
アレクシアの額に一筋の汗が流れ、荒い呼吸と激しい鼓動がやけに頭に響く。
レックスとアレクシアとの差は歴然だ。レックスは力も、速さも、経験もアレクシアの上を行く。勝てる見込みなんてなかった。
「───」
それでも、アレクシアは剣を握る。強く握りしめ、決して放さない。
いつか夢見た、そして間近で見た剣の頂きへ登るその時まで。
剣と剣がぶつかり合い、夜闇にチリチリと火花が舞う。
攻勢に出れず、何とか相手の攻撃を防いでいる状況だ。
「へへっ、もう終わりか?」
「シッ!!」
「おぉ、怖い怖い」
「──!?」
レックスはケラケラ笑いながら、アレクシアの剣を受け止める。そして、前蹴りでアレクシアを吹き飛ばした。
「がっ、はッ」
アレクシアはゴロゴロと地面を転がる。視界が目まぐるしく回転し、体のあちこちに擦り傷ができる。
壁にぶつかりようやく止まった。口の中には嫌な酸味が広がる。袖で口の端を拭えば、血と何らかの体液が付着した。
コツコツとブーツの足音が近付いてくる。
頭を打ったのか、明滅する視界では、その足音の主を見ることはできない。それでも、自身の死が歩いて来ていることだけは分かった。
ぐっと右手を握る。大丈夫。剣はまだ持っている。
思うように動かない体で、アレクシアは音が近付いてくるのを待った。
それは、アレクシアが覚悟を決めたのとほとんど同時だった。不意に音もなく、三人目の気配が降り立ったのだ。
その気配は、アレクシアを庇うように立つ。歩いてくる音はなくなった。
「お前……何もんだ?」
レックスが言う。未だ視界の歪むアレクシアは、黙って成り行きを見守る。
「……我が名はシャドウ。貴様、教団の者か?」
「しゃ、ドウ……!」
アレクシアは息を呑む。だいぶ視界が戻って来た。
「カカカ、どうやらお目当てのやつらしいな」
レックスは目を細めて笑う。笑っているが、纏う雰囲気がさっきとは違った。
それは、言うなれば濃密な殺気だ。肌に触れるだけで汗が吹き出し、血の気の失せるような殺気だ。
そんな殺気を真正面から受けてもシャドウは平然としていた。自分が負ける可能性をまるで考えていないようにも見える。
いや、実際そうなのであろう。
あれだけの剣、あれだけの魔力があるのだ。自分は疎か、レックスでさえも赤子同然なのかもしれない。
「ふふっ」
アレクシアが小さく笑う。それは自嘲しているようでもあった。
「ピリピリするこの感覚。相当やるな、お前」
「貴様ら、何が目的だ?」
「そんなん一々覚えちゃいねぇよ。俺は殺せって言われた奴を殺るだけ、だっ!」
先に仕掛けたのはレックスだった。
急に姿が霞んだかと思えば、次の瞬間にはシャドウの目の前にいた。そして、剣を薙ぐ。
しかし、シャドウの姿が霞むように消えた。その消えた跡を剣は通り過ぎる。
「なっ、どこいきやがった!?」
レックスが慌てて周囲を見回す。けれども倒れるアレクシアしか見当たらない。
「後は任せた……」
それなのに、声だけが響く。
そして、カツカツとブーツの音が聞こえた。
「かしこまりました。シャドウ様」
女性の声だった。一定のリズムでその女性は足音を刻んだ。
「まだ意識があるようね」
足音はアレクシアの傍らで止まる。そして、そんな声が降ってきた。
アレクシアが声の主の顔を見る前に、強い衝撃が頭を襲う。あるいはそれは、首の辺りだったかもしれない。
「あ、ぅ……」
いずれにせよ、その衝撃によりアレクシアの意識は刈り取られた。
「レックスだったか。楽に死ねると思うなよ」
ぼんやりと淡い闇の中、その言葉が強く印象的だった。
□□□
「ここは……?」
目が覚めて飛び込んで来た景色は、見慣れた天井だった。
「起きたのね、アレクシア」
「姉さま……」
聞き慣れた声にアレクシアは安堵の息を漏らす。そして再び眠りに……
「ちょっと! アレクシア起きなさい!」
「姉さま、私はまだ眠いのです」
「駄目です。もう昼過ぎなのですよ」
そうして、しばらく睨み合っていたが、先に折れたのはアレクシアだった。
アレクシアが体を起こす。アイリスは深刻そうな顔をした。
「昨日あそこで、何があったの?」
「それは──」
アレクシアは昨日あったことを包み隠さず話した。黙って聞いていたアイリスの眉間のしわがどんどん深くなる。
「人斬り事件は『教団』の仕業なのね」
「はい。レックスと名乗った男はそう言ってました」
「そうですか」
だいぶ喋ったので喉が乾いた。アレクシアは扉の近くにいるメイドにコーヒーを頼む。
「姉さま、どうされました?」
「私、最近流行っているこーひーというものが苦手なのよ」
「砂糖とミルクを入れると、飲めると思いますよ。多分」
アレクシア的には、その飲み方は邪道なのだが。
アイリスは早速自分の分もメイドに頼んだ。
「あの路地にはあなたの他に、血痕がありました。相当傷を負っていたようで、検視官の見立てでは、死んでいてもおかしくないと」
「そうですか」
アレクシアは相づちを打つ。
「あの血痕は、そのレックスという男のものなのでしょうか?」
「分かりません。少なくとも、私の剣は一度もあいつには届きませんでした」
平坦な声で言った。平坦な声で言ったつもりだった。
俯いて、歯を噛み合わせ、拳を握る。シーツがしわくちゃになって、耳の下が熱くなる。
「アレクシア……」
アイリスが手を伸ばす。しかし、伸ばした手は何にも触れることはなかった。
と、そこで、頼んでいたコーヒーがやってきた。白い湯気がほとほとと立ち上っている。
アレクシアはブラックで、アイリスはコーヒー牛乳で飲んだ。
「良い味ね」
「おいしい……!」
そして同時に、大体同じ感想を零す。
「もう一つ」
「何でしょう、姉さま」
しばらく無言が続いてから、アイリスが話す。
「『紅の騎士団』の予算が通らないのよ」
「内部にも『教団』が?」
「恐らく……」
『教団』は、思っていたよりも強大なようだ。
二人は眉を寄せて黙り込んだ。
「……それでは、私は公務に戻ります」
アイリスはそう言って立ち上がる。そしてさり際に「ちゃんと寝てなさい」とだけ言った。
アレクシアは窓の外を見ながら、残りのコーヒーを飲んだ。
□□□
チョコを買った翌日の放課後。僕は校舎内を歩いていた。隣には二年生の制服を来た隠れ美人さんがいた。ニューだ。
「昨晩の報告を致します」
「ふむ」
ニューは色々語った。どうせ全部設定なんだろうけど、かなり詳細を詰めているようだ。
曰く、教団は学園襲撃を企てている。
曰く、『痩騎士』がその指揮を執っている。
曰く、その襲撃には"特別なアーティファクト"を用いる。
そんな感じの内容だった。
「──というのが、レックスから得た情報です」
「ふむ……」
学園襲撃イベント……! なんて愉快なことを考えるんだ!
冷静を装う態度とは裏腹に、僕の心はわくわくしていた。今から、どんなムーブをしようかと妄想が膨らむ。
「いかが致しますか?」
「ふむ……まだ何もするな」
「かしこまりました」
変に邪魔をして、折角の襲撃イベントがなくなってしまっては元も子もない。
僕はそんな思いからそう言った。
「さて、僕はもう帰るよ」
僕は校門の方向へ進路を変える。
ニューがなにかを言いたそうに口を動かした。
「どうしたの、ニュー」
「いえ、なんでもありません……」
「そう」
僕は一度立ち止まり、振り返る。
「そうだ。駅まで一緒に行かない?」
びくっ、とニューの肩が震える。
「よろしいのでしょうか?」
「ヒョロもジャガも今日はいないからね。丁度喋り相手が欲しかった」
襲撃イベントの設定も詰めないといけないしね。
ニューはごくりと息を飲むと、小走りで僕の隣に並んだ。
二つの影が夕日に照らされ、長く伸びていた。
シドくんを意識しない分、アレクシアは剣の強さに重きを置いています。また、『シャドーガーデン』が表に出ず、派手な事件はなかったので、ミドガル姉妹はまだ少しだけギクシャクしています。