陰のボスになりたくて!   作:若林布吉

15 / 96
心躍るね

 音を辿った先では、二人の人物が対峙していた。

 片方は僕と同じ制服を着ている。……あっ、いや。僕はスカートを穿いてないから、同じとは言えないか。

 見慣れた制服姿で剣を握る少女が一人、アレクシアだ。

 もう一人はくすんだ赤髪の男だ。チャラチャラしていて、黒いローブを纏っている。

 うん。あの男、結構やるね。アレクシアも強くはなってるけど、完全に遊ばれている。

 

「くっ、強い……! あなた、何者なの?」

 

 一度大きく後ろに跳び、アレクシアが言った。

 男はくつくつと不快な笑い声を上げた。

 

「俺はレックス。『叛逆遊戯』のレックス様だ」

「『叛逆遊戯』? センスを感じない子供っぽいあだ名ね。どこの飼い犬なのかしら?」

 

 そう言っている間も、アレクシアはレックスと名乗った男から目を離さない。

 レックスはカカカ、と笑う。

 

「そりゃ言えねぇな」

「そう、残念だわ。……ところで、飼い主さんはかなり怖いのかしら?」

「ククッ、ああ怖いぜ? 今回なんて、()()の名前を出したら殺すとまで言われてるんだからな」

「教団、ね。そう、ありがとう」

「なっ!?」

 

 アレクシアにしてやられたレックスは驚きに目を見開く。けれどすぐに剣を肩に乗せ、笑う。

 

「まぁいいか。どうせお前はここで死ぬんだ」

「私を殺す目的はなに? また血が欲しいの?」

「へへっ、喋り過ぎたな。もうお口チャックだぜ」

 

 レックスの目つきが一段と鋭くなる。アレクシアも腰を低くして構えた。

 ……これって、実力者プレイをするチャンスなのでは……?

 そう思った僕は、早速スライムボディースーツを着用した。

 

□□□

 

「──ッ!」

 

 つばぜり合いになったものの、アレクシアは何とかレックスを押し返す。

 アレクシアの額に一筋の汗が流れ、荒い呼吸と激しい鼓動がやけに頭に響く。

 レックスとアレクシアとの差は歴然だ。レックスは力も、速さも、経験もアレクシアの上を行く。勝てる見込みなんてなかった。

 

「───」

 

 それでも、アレクシアは剣を握る。強く握りしめ、決して放さない。

 いつか夢見た、そして間近で見た剣の頂きへ登るその時まで。

 

 剣と剣がぶつかり合い、夜闇にチリチリと火花が舞う。

 攻勢に出れず、何とか相手の攻撃を防いでいる状況だ。

 

「へへっ、もう終わりか?」

「シッ!!」

「おぉ、怖い怖い」

「──!?」

 

 レックスはケラケラ笑いながら、アレクシアの剣を受け止める。そして、前蹴りでアレクシアを吹き飛ばした。

 

「がっ、はッ」

 

 アレクシアはゴロゴロと地面を転がる。視界が目まぐるしく回転し、体のあちこちに擦り傷ができる。

 壁にぶつかりようやく止まった。口の中には嫌な酸味が広がる。袖で口の端を拭えば、血と何らかの体液が付着した。

 コツコツとブーツの足音が近付いてくる。

 頭を打ったのか、明滅する視界では、その足音の主を見ることはできない。それでも、自身の死が歩いて来ていることだけは分かった。

 ぐっと右手を握る。大丈夫。剣はまだ持っている。

 思うように動かない体で、アレクシアは音が近付いてくるのを待った。

 

 それは、アレクシアが覚悟を決めたのとほとんど同時だった。不意に音もなく、三人目の気配が降り立ったのだ。

 その気配は、アレクシアを庇うように立つ。歩いてくる音はなくなった。

 

「お前……何もんだ?」

 

 レックスが言う。未だ視界の歪むアレクシアは、黙って成り行きを見守る。

 

「……我が名はシャドウ。貴様、教団の者か?」

「しゃ、ドウ……!」

 

 アレクシアは息を呑む。だいぶ視界が戻って来た。

 

「カカカ、どうやらお目当てのやつらしいな」

 

 レックスは目を細めて笑う。笑っているが、纏う雰囲気がさっきとは違った。

 それは、言うなれば濃密な殺気だ。肌に触れるだけで汗が吹き出し、血の気の失せるような殺気だ。

 そんな殺気を真正面から受けてもシャドウは平然としていた。自分が負ける可能性をまるで考えていないようにも見える。

 いや、実際そうなのであろう。

 あれだけの剣、あれだけの魔力があるのだ。自分は疎か、レックスでさえも赤子同然なのかもしれない。

 

「ふふっ」

 

 アレクシアが小さく笑う。それは自嘲しているようでもあった。

 

「ピリピリするこの感覚。相当やるな、お前」

「貴様ら、何が目的だ?」

「そんなん一々覚えちゃいねぇよ。俺は殺せって言われた奴を殺るだけ、だっ!」

 

 先に仕掛けたのはレックスだった。

 急に姿が霞んだかと思えば、次の瞬間にはシャドウの目の前にいた。そして、剣を薙ぐ。

 しかし、シャドウの姿が霞むように消えた。その消えた跡を剣は通り過ぎる。

 

「なっ、どこいきやがった!?」

 

 レックスが慌てて周囲を見回す。けれども倒れるアレクシアしか見当たらない。

 

「後は任せた……」

 

 それなのに、声だけが響く。

 そして、カツカツとブーツの音が聞こえた。

 

「かしこまりました。シャドウ様」

 

 女性の声だった。一定のリズムでその女性は足音を刻んだ。

 

「まだ意識があるようね」

 

 足音はアレクシアの傍らで止まる。そして、そんな声が降ってきた。

 アレクシアが声の主の顔を見る前に、強い衝撃が頭を襲う。あるいはそれは、首の辺りだったかもしれない。

 

「あ、ぅ……」

 

 いずれにせよ、その衝撃によりアレクシアの意識は刈り取られた。

 

「レックスだったか。楽に死ねると思うなよ」

 

 ぼんやりと淡い闇の中、その言葉が強く印象的だった。

 

□□□

 

「ここは……?」

 

 目が覚めて飛び込んで来た景色は、見慣れた天井だった。

 

「起きたのね、アレクシア」

「姉さま……」

 

 聞き慣れた声にアレクシアは安堵の息を漏らす。そして再び眠りに……

 

「ちょっと! アレクシア起きなさい!」

「姉さま、私はまだ眠いのです」

「駄目です。もう昼過ぎなのですよ」

 

 そうして、しばらく睨み合っていたが、先に折れたのはアレクシアだった。

 アレクシアが体を起こす。アイリスは深刻そうな顔をした。

 

「昨日あそこで、何があったの?」

「それは──」

 

 アレクシアは昨日あったことを包み隠さず話した。黙って聞いていたアイリスの眉間のしわがどんどん深くなる。

 

「人斬り事件は『教団』の仕業なのね」

「はい。レックスと名乗った男はそう言ってました」

「そうですか」

 

 だいぶ喋ったので喉が乾いた。アレクシアは扉の近くにいるメイドにコーヒーを頼む。

 

「姉さま、どうされました?」

「私、最近流行っているこーひーというものが苦手なのよ」

「砂糖とミルクを入れると、飲めると思いますよ。多分」

 

 アレクシア的には、その飲み方は邪道なのだが。

 アイリスは早速自分の分もメイドに頼んだ。

 

「あの路地にはあなたの他に、血痕がありました。相当傷を負っていたようで、検視官の見立てでは、死んでいてもおかしくないと」

「そうですか」

 

 アレクシアは相づちを打つ。

 

「あの血痕は、そのレックスという男のものなのでしょうか?」

「分かりません。少なくとも、私の剣は一度もあいつには届きませんでした」

 

 平坦な声で言った。平坦な声で言ったつもりだった。

 俯いて、歯を噛み合わせ、拳を握る。シーツがしわくちゃになって、耳の下が熱くなる。

 

「アレクシア……」

 

 アイリスが手を伸ばす。しかし、伸ばした手は何にも触れることはなかった。

 と、そこで、頼んでいたコーヒーがやってきた。白い湯気がほとほとと立ち上っている。

 アレクシアはブラックで、アイリスはコーヒー牛乳で飲んだ。

 

「良い味ね」

「おいしい……!」

 

 そして同時に、大体同じ感想を零す。

 

「もう一つ」

「何でしょう、姉さま」

 

 しばらく無言が続いてから、アイリスが話す。

 

「『紅の騎士団』の予算が通らないのよ」

「内部にも『教団』が?」

「恐らく……」

 

 『教団』は、思っていたよりも強大なようだ。

 二人は眉を寄せて黙り込んだ。

 

「……それでは、私は公務に戻ります」

 

 アイリスはそう言って立ち上がる。そしてさり際に「ちゃんと寝てなさい」とだけ言った。

 アレクシアは窓の外を見ながら、残りのコーヒーを飲んだ。

 

□□□

 

 チョコを買った翌日の放課後。僕は校舎内を歩いていた。隣には二年生の制服を来た隠れ美人さんがいた。ニューだ。

 

「昨晩の報告を致します」

「ふむ」

 

 ニューは色々語った。どうせ全部設定なんだろうけど、かなり詳細を詰めているようだ。

 曰く、教団は学園襲撃を企てている。

 曰く、『痩騎士』がその指揮を執っている。

 曰く、その襲撃には"特別なアーティファクト"を用いる。

 そんな感じの内容だった。

 

「──というのが、レックスから得た情報です」

「ふむ……」

 

 学園襲撃イベント……! なんて愉快なことを考えるんだ!

 冷静を装う態度とは裏腹に、僕の心はわくわくしていた。今から、どんなムーブをしようかと妄想が膨らむ。

 

「いかが致しますか?」

「ふむ……まだ何もするな」

「かしこまりました」

 

 変に邪魔をして、折角の襲撃イベントがなくなってしまっては元も子もない。

 僕はそんな思いからそう言った。

 

「さて、僕はもう帰るよ」

 

 僕は校門の方向へ進路を変える。

 ニューがなにかを言いたそうに口を動かした。

 

「どうしたの、ニュー」

「いえ、なんでもありません……」

「そう」

 

 僕は一度立ち止まり、振り返る。

 

「そうだ。駅まで一緒に行かない?」

 

 びくっ、とニューの肩が震える。

 

「よろしいのでしょうか?」

「ヒョロもジャガも今日はいないからね。丁度喋り相手が欲しかった」

 

 襲撃イベントの設定も詰めないといけないしね。

 ニューはごくりと息を飲むと、小走りで僕の隣に並んだ。

 二つの影が夕日に照らされ、長く伸びていた。

 




シドくんを意識しない分、アレクシアは剣の強さに重きを置いています。また、『シャドーガーデン』が表に出ず、派手な事件はなかったので、ミドガル姉妹はまだ少しだけギクシャクしています。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。