ありがとうございます。これからも、本作を楽しんで頂ければ幸いです。
「……」
僕は半ば呆然と医務室のベッドに横たわっていた。
グルグルと体のあちこちに包帯が巻かれていて、動きにくい。半ば思考停止状態で天井の染みの数を数える。
「751、752、753……」
あぁ。どうして僕はあんなことを……モブとして失格だ。
主役級キャラに傷を付けるモブが存在するだろうか。
答えは否。断じて否だ。
「754、755、756……」
何故あんな結果──ローズの頬に傷を付ける結果になってしまったのか。
直接的な要因を挙げるなら、やはり地面のでっぱりに足を取られたことだ。それに偶然が重なって、僕の剣はローズに届いた。届いてしまったのだ。
「757、758、759……」
だけど、僕はそれだけが原因だとは思わない。もう一つ、間接的な要因があるのだ。
それが何かと言えば、僕は浮かれ過ぎていたということだ。近々ある学園襲撃イベントに、今まで修めて来た数々の『モブ式奥義』の披露。僕が浮かれる要因は多々あった。
「760、760……あっ間違えた。761……」
僕は今、全身に傷を負っている。試合中の怪我はなかったけど、医務室に運び込まれるに当たって、自分の体を切り刻んだのだ。
そうしないと、僕が無傷ってバレちゃうからね。
だから、僕の包帯はそこそこ赤く染まっている。ぱっと見かなり痛々しい。
というか、普通に痛い。僕はこの痛みを今回の戒めとすることにした。
「762、763……いや、ここら辺はもう数えたか。じゃあ戻って、751、752……っと」
僕が反省しながら天井の染みの数を数えていると、医務室の扉が開いた。
「えっとー、シド・カゲノー君はいらっしゃいますか?」
そこに立っていたのは、桃色の髪の美人さんだった。
「いるけど」
僕は横たわったまま、首だけ向ける。血まみれで起き上がるモブはいないからね。
桃色さんはどこかほっとしたような顔をして、僕のベッドの側に来る。
「お怪我は……大丈夫ではなさそうですね」
「まぁね。見ての通り重症だよ」
僕は半分マジの、痛い演技をする。
「だ、大丈夫ですか!?」
ちょっと演技が上手すぎたかな。役者の才能があるかもしれない。
「大丈夫、大丈夫だから」
そう言ってしばらく宥めていると、桃色さんはようやく納得してくれたようだった。
「良かった……あの! 試合見てました! それで、えっと……かっこよかったです!」
「そ、そう。かっこよかったの?」
「はい。かっこよかったです」
桃色さんは頬を染めて頷いた。
「あ、ありがとう」
モブにかっこよさを感じるなんて、変わった子だ。
まぁ、観客は沢山いたし、中にはそういった人もいるでしょ。
「試合、惜しかったですね」
「そうかな」
できれば、この話はもうしたくない。自分の失敗した話をずっとするのは中々に心に来るのだ。
「今日はいい天気だね」
というわけで、話題を変えようと思う。こういうときは、天気の話を振っておけばオッケー。
「そ、そうですか? 今日は青空が見えませんけど……」
「あっ……」
しまった。今日は曇りだった。
「あの、これ……」
桃色さんは少し恥ずかしそうにもじもじして、小さな包みを差し出した。
「クッキー焼きました。あの、お返しに……」
「お返し? あぁ……」
良い試合を見せて貰ったことに対してかな。折角だし、貰っておこう。
「ありがと」
桃色さんは嬉しそうに微笑んだ。そして意を決したように、
「も、もしよろしければ、お友達からお願いしますっ!」
「うん? 友達? いいよ」
桃色さんは飛び跳ねる勢いで喜んだ。
それからしばらく、僕らは話をした。その結果、彼女がシェリー・バーネットだということに、僕は遅まきながら気が付いた。
彼女は学術学園のネームドキャラだ。
僕はそんな人物とあろうことか、友達となってしまったのだ。
僕は胸の傷を押さえる。
「だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫、大丈夫」
やっぱりこの痛みは戒めとして、しばらく体に刻んでおこう。
□□□
僕は怪我の療養ということで、五日間の休みを貰った。今日は五日目で、怪我は完治している。
「さて、と」
僕は例の如く『陰の実力者』セットを用意する。今回は新しく手に入れた幻の彫刻『ミロのジュピター』も飾っておく。
「よし」
満足のいった僕は頷き、椅子に座って待った。
待った……。
待ち構えた……!
そして、そのときがやってくる。
「来たか……」
僕の後ろで誰かが跪く気配がする。
「……シャドウ様。報告に参りました」
□□□
ニューが指定された部屋に足を踏み入れると、そこは暗闇だった。
まだ夜は深く、彼女らにとっては慣れ親しんだ時間帯だ。夜の帳はいつだって彼女らの味方をする。
ニューは明かりの漏れる奥の部屋へと向かう。
「来たか……」
その声は低く深く、威厳に満ちた声だった。
ニューは即座に跪く。
「……シャドウ様。報告に参りました」
緊張からか、舌の回りが悪い。彼が全てを分かっているとは言っても、報告が正しくできないのは問題だ。
ニューは一度大きく深呼吸をする。
「例の件についてです」
「学園襲撃イベ……んんっ! の件か」
「左様です」
ニューは瞑目し、報告に集中する。
「ここ数日、王都にある教団の拠点に、続々と人員が集まっています。その多くは3rdですが、2ndもかなりいるようです」
「ふむ……」
「また、チルドレン1stが二人確認されています。一人はネームドではありませんが、もう一人は『
「ふむ……」
そこで話を一旦区切る。そして、乾いた唇を舌で湿らす。
「次に日時ですが、恐らく明日か明後日辺りだと思われます」
「ふむ」
先程よりも強い相づちだった。その理由が分からないニューは報告を続ける。
「こちらの戦力ですが、合計63名。総指揮はガンマ様が、現場指揮はイプシロン様が執られます」
「ふむ……」
「それとは別に、今回の作戦にはイータ様も加わるようです」
「ふむ……ん? イータが?」
「はい。何でも、今回教団が使うだろうアーティファクトに興味があるようでして──」
ガンマが、今思い出しても、彼女が参加すると言ったときの衝撃は忘れられないと言っていた。鬼気迫る勢いでアルファに直談判していたらしい。
「──アーティファクトの調査、回収をするようです。また、イータ様の部隊は並行して、学園に持ち込まれているアーティファクトの護衛も致します」
「ふむ……」
そこまで報告を終えて、ニューの肩の荷が下りる。それでもまだ、彼の前なので気は抜けない。
「報告は以上ですが、何か質問などはありますか?」
「ふむ……ところで、"アレ"の用意はできているか?」
「"アレ"、でございますか」
「"アレ"だ」
一体どれのことだろうか。ニューは必死に思考を巡らせ、該当するものを探すが見当たらない。
己の無能を晒すようで恥ずかしいが、ここは彼に聞くしかないだろう。
「失礼ながらシャドウ様。"アレ"とは一体……」
「ふむ……ならばまだいい。必要になってから言おう」
「……かしこまりました」
失望されただろうか。ニューの心胆が冷える。
「それでは失礼致します」
ニューは最後まで頭を下げたまま退室しようとしたとき、不意に声が掛けられた。
「ニュー」
「はっ」
「飲んでいくか?」
ニューが顔を上げると、テーブルの上にはグラスが二つあり、彼の手にはワインのボトルがあった。
それは酒を嗜む者なら誰もが知っている程の一級品。平民なら一本で半年は暮らせるだろう。
「よろしいのですか?」
「あぁ」
ごくりと喉が鳴る。
俯いていて今まで気が付かなかったが、この部屋には一級品しかない。絵画や調度品は勿論、グラスにテーブル、タンスなども名のある名工が作ったものだった。
その光景にニューは圧倒される。
「ではありがたく……」
この日の夜は、ニューにとって随分短く感じられたのだった。
ニューの報告→お供の流れが多過ぎですね。自重します。
因みに、『悲憤慷慨』は「世情や自分の運命などに対していきどおり、嘆き悲しむこと。」(コトバンク)です。