他の話も気が向いたときに直していこうかと思います。
ブシン祭選抜大会の日からもう一週間が経つ。ローズは今でもあの日の光景を鮮明に思い出すことができる。
ローズは頬を撫でる。そこにはもう傷は残ってはいなかった。
ガラガラと扉を開け、教室に入る。今日は生徒会選挙の演説があるのだ。ローズはその候補者の応援演説をすることになっている。
教卓の前に立ち、机に座る面々を見回した。
「───」
そして、そこにいたとある少年を見つけ、少しだけ動きが止まる。
黒髪の平凡な少年、シド・カゲノー。人並み外れた力があるわけでも、秀でた才能があるわけでも、特別家柄がいいわけでもない。少し前のローズは、その存在を認識さえしていなかった。数多に埋もれる内の一人にしか思っていなかった。
だが、その胸の内で燃える意志の強さはいかばかりか。それはローズにさえ分からない。
恐らく、ローズの剣にかける思いの強さと同じくらい───いや、ひょっとしたらそれ以上なのかもしれない。
彼は何のために剣を振るうのか、何故何度も立ち上がるのか。きっと、何か大きな使命や志があるのだろう。
実力はローズに到底及ばない。しかし、その思いの強さだけで、彼はローズに一矢報いたのだ。
取るに足らない相手だと、試合前は思っていた。しかし、それは酷い勘違いであり、醜い侮蔑であると今なら思う。
ローズはあの日の対戦相手として、一国の王女として、また、一人の人間として彼に謝罪をしたいと思っていた。
件の少年はつまらなそうに頬杖を付いて、話を聞いていた。
その少年がふと、何かに気付いたかのように、窓の外を見る。そして、微かに口元が動いた。
『来たか……』
音こそ聞こえなかったが、確かにそう口が動いた。
何が、と思いローズが窓を見るのと、それは同時に起こった。
突如として、窓から人が飛び込んで来る。窓の割れる高い耳障りな音が鳴り、悲鳴が教室内に木霊する。
「全員動くなッ! 今より我らがこの学園を占拠するッ!」
黒ずくめの男は抜剣し、そう言った。男の仲間も抜剣している。
誰もが動けないでいる中、ローズの心には燃え盛る炎のような怒りが湧いていた。
なんという不届き者なのだろう! そして、なんと考えの足りてないことだろう!
自分の中の正義が叫ぶがまま、ローズは一歩前に出て抜剣する。
「魔剣士学園を占拠するなんて、正気の沙汰とは思えませんわ!」
静かな教室にローズの声が響いた。ローズは主犯格と思われる男を睨む。
だが、その眼差しを受けても男は顔色一つ変えずに笑みを浮かべた。
「武器を捨てろ。小娘」
「断ります」
「ふっ……まぁ丁度いい見せしめだ──死ねッ!」
男が鋭い踏み込みで、一息にローズとの距離を詰める。流石に魔剣士学園を占拠すると宣うだけの実力はあるようだ。
だが、ローズからして、この程度の実力では練習相手としてだって不足する。
役者が違うのだ。
そう判断しローズが剣を弾き飛ばそうと、魔力を練ったときだった。
「うそっ!? 魔力が……!」
「ようやく気付いたか! だがもう遅いッ!」
「クッ!」
男の横薙ぎを辛うじて剣で受ける。しかし、出力で圧倒的に敵わず、ローズは吹っ飛んだ。
「がはッ!!」
背中から勢いよく壁にぶつかる。肺の中の空気が突風のように口から漏れた。
「さっさと死ね」
一息つく間もなく、ローズの前に男が立つ。振り上げられた剣を見て、死を覚悟した。
そして、剣が振り下ろされる。
「やめろーッ!!」
そこで、横合いから人影が飛び込んできた。聞き覚えのある誰かの声だ。
その人影はローズと男の中間、剣の軌道上に体をねじ込む。
赤く暗い、しかし鮮やかな花が咲く。べちゃっと顔に生温かいものが付いた。遅れてどさりと重いものがローズに重なる。
「あなたは……」
何が起きたのか掴めず混乱する中、目に飛び込んできた顔を見て呟いた。
見覚えがある。当たり前だ。忘れたくとも、一生忘れられないだろう。
「シド、カゲノー君……どうして、私を庇ったの……?」
ローズは少年を抱きかかえる。その体がずっしりと重く感じるのは、魔力が使えないからか、もしくは少年の体に力が入っていないからか。
「良かった……」
満足そうに少年が笑う。その笑顔にローズは戸惑った。
少年には、何か使命が、志があったのではないのだろうか。それを、自分を助けるためなんかに投げ出したというのか。
「死ぬのが、僕で良かった……」
「……!!」
その言葉を最期に、本当に少年の体から力が抜ける。脈が止まり、呼吸はなく、青白い。僅かに残る温かさだけが、彼が生きていたことを示していた。
ローズは彼の遺体を抱きしめた。冷めないように、強く、強く抱きしめた。
ローズは理解してしまったのだ。彼のここまでの行動を通して、分かってしまったのだ。何故彼が剣を振るのか。何故彼がローズを庇うのか。それらの意味が分かったのだ。
幼い頃から数々の告白を、愛の言葉をローズは聞いてきた。だが、未だかつてこれ程情熱的に、全てを懸けて思いを伝えられたことはあっただろうか。
あの試合での、彼の最後の剣。いや、あれだけではない。あの日の彼の全てがローズへの思いをぶつけたものだったのだ。
「いい見せしめになったな」
「……」
「まだ歯向かうか?」
「…………。……いえ、従います」
彼の思いには永遠に応えられない。ならば、彼の死を無駄にすることだけは避けなければならない。
じっと、耐えるのだ。チャンスが来るそのときまで。
男たちに連れられて、教室を後にするローズは最後に一度だけ振り返る。
「ありがとう……」
熱くなる目頭を押さえ、頭を振る。悔やむのも、悲しむのも全ては解決した後だ。
ローズは大きく深呼吸をして、教室から出ていった。
□□□
グレンはその騒がしさから、学園で何かが起きていることを察していた。
「どうだった?」
外の状況を見に行っていた部下のマルコに聞く。
「何者かが学園を襲撃しています」
グレンは腕を組み、たくましい髭を触る。
「魔力が使えんとなると、下手に動けんな」
ちらりと研究に没頭する少女を見る。こちらの会話は疎か、外の喧騒にも気付いていないのだろう。寸刻前と変わらない様子で、アーティファクトの解読をしている。
「とりあえず、様子見だ。折を見て、一先ず校長室か職員室に移動する」
「はい」
マルコの力強い返事を聞いてグレンは頷く。
まずは何より、この非常事態を未だ研究に没頭する少女に伝えなくては。
「バーネット嬢───」
グレンが声をかけたその時だった。
「嗚呼ッ、なんという悲劇なんでしょう」
「──ッ!? 誰だ!」
その声は窓の方から聞こえた。剣を抜いて構えつつ、グレンは見た。
「『紅の騎士団』副団長殿に、その騎士団の構成員殿。そして、学園一の頭脳バーネット嬢」
窓辺には男が座っていた。
深い紺色の髪は乱れ汚れていて、髪と同色の瞳の男だ。顔色が悪く、口元に薄く浮かんだ笑みが気味悪い。黒い装束に身を包んでいた。
「嗚呼、嘆かわしい。こんなにも未来溢るる人材の失われるこの世の中が。実に、腹立たしい。誰も救ってくれないこの世の中が」
まるで歌うかのように男は言った。
「貴様、何者だ?」
「『悲憤慷慨』のカースです──」
カースと名乗った男は腰を折り、礼をする。
「──私と知り合った幸運を是非、嘆き悲しみ憤ってください」
そう言って、カースは笑った。
分かると思いますが、『悲憤慷慨』はオリキャラです。一応。