陰のボスになりたくて!   作:若林布吉

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前の話にも追記したのですが、マルコさんはもう少し優しい感じにしました。投稿してからの変更は良くありません。改めて、お詫び申し上げます。


感謝と未練と絶望と

 僕たちは静かな廊下を通って、副学園長室に辿り着く。その間、一度も襲撃者と遭遇することはなかった。

 ……まぁ、実際は僕がこっそり排除してたんだけどね。だってあの二人、気配を消す気がないのかと思うくらい、酷い動きだったから。

 あ、そうそう。何人か『ミツゴシ商会』の人がいて、彼女たちも盗賊退治をやっていた。『ミツゴシ商会』はそんなことまでやってるんだね。

 

「疲れたー」

 

 僕はソファに身を投げ出す。うん、ふかふかだ。

 

「カゲノー君、休むのはいいけど気を抜かないように。ここはまだ、彼らが彷徨っているからね」

「はい……」

 

 完全に寝そべっていた僕は、姿勢を正し、深く座る程度に留める。

 

「あった!」

 

 机の向こうから喜びの声が聞こえる。シェリーだ。

 いくらかの資料を抱えて来て、僕の目の前にある応接セットのテーブルにそれらを並べる。

 こっちのテーブルの方が広いからね。

 僕は広げられた資料を眺める。

 

「……なにこれ」

 

 それが僕の正直な感想。文字とか、数式とか、図形とか、全く意味が分からない。

 

「これはなんですか?」

 

 テーブルの横から覗き込むマルコが言った。良かった。僕以外にも分からない人がいて。

 

「えーとですね───」

 

 シェリーが絵などを交えながら説明してくれる。ふむ。 

 シェリーの説明によれば、魔力の使えない今の状況は『強欲の瞳』というアーティファクトが原因らしい。そのアーティファクトは、強い魔力や微細な魔力は無理だが、大方の魔力を吸収できるとのことだ。

 

「───このアーティファクトは以前私が研究、解明したものです。危険性も考えて、国で保管してもらっていたのですが……」

 

 シェリーはそこで言葉尻を濁した。

 

「同型のものがあったか、盗まれたかだね」

「……!」

 

 そこまで黙って話を聞いていたマルコが、はっと息を呑んだ。心当たりでもあるのかな。

 

「……横から失礼します。恐らくはそのアーティファクト、先日の火事の際に盗まれたものの一つだと思われます」

「それって依頼のときアイリス王女も言っていた……?」

「そうです」

 

 なるほど。ならこの『強欲の瞳』は盗まれたものってことだ。

 

「騎士団の実力不足でこのような惨事が……」

「そ、そんなことありませんよ」

 

 マルコは悔やんで唇を噛む。シェリーはオロオロしていた。

 

「ところで、何か対処法はないの?」

「……あります」

 

 シェリーは頷いて、大きめのペンダントを取り出した。結構汚い。

 

「それは……!」

「はい。調査依頼をされていたアーティファクトです。そして、これが『強欲の瞳』の制御装置だと思われます」

「ふむ」

「詳細は合わせて研究しないと分かりませんが、この装置で『強欲の瞳』を一時的に無効化できると思います」

「なるほど。その隙に大講堂の生徒を解放するというわけですか」

「はい」

 

 ふむ。

 

「それって、今すぐできる感じ?」

「いえ……まだこのアーティファクトの解読が済んでいないのです」

 

 そう言ってシェリーはペンダントの表面を撫でる。

 僕はほっと胸を撫で下ろした。まだこのイベントが終わるには早いからね。

 

「なので、まずは解読を優先します」

「それで?」

「その後は、このアーティファクトを『強欲の瞳』に近付けます」

「どうやって?」

「えっと……地上は警戒されているので、地下から行こうかと」

 

 シェリーが壁に並んだ本をいくつか抜き取ると、本棚が回転して階段が現れる。

 こういうの大好き。

 階段には埃が積もっていて、しばらく使われてないことが分かる。それを見てか、シェリーの瞳に悲しみの色が浮かんだ。

 

「お義父様、大丈夫でしょうか」

「お義父様って、ルスラン副学園長だっけ?」

「はい。母を亡くした私を引き取り、娘同然に育ててくれたんです」

「良い人だね」

「はい……いつも助けてもらってばかりですけど、今回は私が助けるんです」

「頑張ってね」

 

 決意固い表情でシェリーが言う。僕はいつもの生返事ではなく、幾分の本心を込めてエールを送った。

 と、そこで扉の前に誰かの気配を感じた。

 僕はソファから立ち上がる。

 

「シド君どうしました?」

「ちょっとお花を積みにね」

「お花……? 花壇にでも行くんですか」

「バーネット様、恐らくは違う意味かと思われます……」

 

 僕はそのまま出口へ向かう。

 

「あ、そうだ。何か欲しいものがあったら取ってくるけど?」

「えっと、じゃあ……」

 

 シェリーが手近な紙にいくつかの単語を書き込む。

 

「これをお願いします。私の研究室にあるはずですから」

「うん、オッケー」

 

 僕は扉を開け退室する。それに合わせて例の気配も移動した。

 

「───」

 

 その僕の後ろ姿を、あるいはもっと別のなにかを見てマルコが呟いた。けれどその単語の意味は分からなかった。人の名前っぽいけど、僕はその人のことは知らないだろうしね。どうでもいい。

 

「またせたね、ニュー」

 

 僕は虚空に向かって呟く。すると、柱の陰から素朴な美人さんが出てくる。制服を着ていた。

 

「結構雰囲気変わるね。いつもより幼く見える」

「はい。いつもは化粧で実年齢よりも上に見せていますので」

 

 そのまま僕たちは並んで歩く。とりあえず、屋上にでも行こうかな。僕は高いところが好きなのだ。

 

「報告を致します。現在はイプシロン様の指揮の下、一部の戦える者で敵戦力の逓減作戦を実行中です。既に大講堂から離れた部分のいくつかは制圧済みであり、ガーデンの拠点として使用しています」

「ふむ……」

「また、イータ様と『悲憤慷慨』のカースが戦闘中であり、救援にカイが向かっています」

「ふむ……」

 

 イータは戦闘が得意じゃないからなぁ。それに、この状況下じゃ中々全力も出せないしね。

 

「シェリー・バーネットの護衛にはオメガの部隊が現在当たっており、今のところは異常はないようです」

「ふむ……」

「決戦はいつにしましょうか。指示が無ければ、夜の帳が下りた頃にとガンマ様はおっしゃっていましたが」

「そうだな……」

 

 シェリーの解読には今しばらくかかるらしい。そしてもう夕暮れだ。

 それに、僕は形も結構大事にするタイプなのだ。黒のロングコートは夜しかあり得ない。

 

「シェリー先輩がアーティファクトを無効化する。それを合図に作戦開始といこう」

「はっ、そのように伝えます」

 

 遠くで爆発音がする。派手にやってるあれはイータかな。

 できれば僕も参加したいところだけど、ここはぐっと我慢する。その内、最高の舞台が整うのだ。それまでは陰に潜んでいよう。

 

「シャドウ様。一つ、よろしいでしょうか」

「ん? なに?」

 

 ニューが意を決したように言う。なんだろう。

 

「マルコ・グレンジャー……シェリー・バーネットといた男はどんな様子でしたか?」

「うーん。いつもの様子は知らないけど、特に変わった様子はなかったかな。でも、どうして?」

「彼は……許嫁だったんです」

「まだ未練がある感じ?」

「いえ、そのようなことは……」

 

 何があったのかは知らないが、結構重そうな話だ。こういうときは話を逸らそう。

 

「ところで、例のものの用意はできているか?」

 

 唐突なシャドウモードで話す。ニューはびくっと肩を震わした。

 そんなに怯えなくても、話を合わせてくれればいいんだけど。

 

「はい。ただ今構成員の一人が取りに行っています。距離的にもそこまで時間は掛からないでしょう」

「そうか……」

 

 何かは分からないけど、用意があるらしい。この前の反省を活かしてかな。

 それなら、僕は屋上でスナイパーの真似事でもして待っていようかな。

 

「それでは私はイプシロン様に報告をしてきます」

 

 そう言ってニューは消えた。僕は屋上に向かう……前に、頼まれていたものを取りに行こうかな。

 研究室は……あっちだ。

 僕は機嫌よくスキップ気味にシェリーの研究室へ向かった。

 

□□□

 

 664番はニューに言われたものを取りに行くべく廊下を走っていた。

 魔力がほとんど封印され、思うように速度が出ない。微かに頬が紅潮し、息が上がっている。

 

「えっと、こっち?」

 

 事前に頭に叩き込んだ地図を思い出し、廊下を駆ける。

 今日が664番にとって、初めての作戦だ。かねてよりの訓練の成果を見せる絶好の機会でもある。

 そう考えて、しかしここまで何もできなかった。その思いが、664番の足を更に早めた。

 

「ここを曲がれば……」

 

 右手に件の研究室が見えるはずだ。

 

「───っ!」

 

 トップスピードをほとんど落とさずに曲がったその瞬間、眼前を猛スピードで影が通り過ぎた。

 ピッと頬に赤い線が走る。

 

「なにが……」

 

 恐る恐る664番が研究室を覗けば、そこには人知を超えた光景が広がっていた。

 

 幾本もの漆黒の槍が床や壁を問わず、縦横無尽に突き出ては消える。その槍の速さは目で追うのがやっとだ。

 だが、驚嘆すべきはその数だろう。664番には突き出る槍の残像しか視認できないが、ざっと見ても三十は下らないだろう。

 それらが幾重にも重なり合い、まるで巨大な影が蠢動しているかのようだった。

 そして、そんな魔境の中を重力なんて感じていないかのように飛び回る男がいた。

 

「嗚呼ッ嗚呼ッ! すごいですね、凄まじいですね、恨めしいですねぇ」

 

 その男は胸を内から腐食させるような、本能的に忌避感を抱く笑い声を上げている。その体には無数の裂傷が見受けられたが、特に気にした様子もなかった。

 

「ちょこちょこ、鬱陶しい……」

 

 茶髪の気だるげな表情の少女が言う。その声は今の状況に合わず平坦であった。

 664番は直接会ったことはないが、数々の情報の断片を繋ぎ合わせて、その人物が『七陰』のイータであることに思い至る。

 

「こんなの、人じゃ……ない」

 

 絶望感からか、664番はその場に立ち尽くす。

 『シャドーガーデン』に入ったとき、救われた気がした。いや、実際にそうなのだろう。

 〈悪魔憑き〉になってからは親に捨てられ、里を追われ、死の淵まで転がり落ちて。そこから『シャドーガーデン』は引っ張り上げてくれたのだ。

 そこで厳しい訓練を耐え抜き、ようやく貢献できると思っていた。だが、それはなんと傲慢な考えであったのだろうか。

 こんなの、人の領域での戦いではない。神話やおとぎ話で語られるような光景だ。

 自分は、ここに踏み込めない。

 自分は、この組織に必要なのだろうか。

 自分は、何のためにここにいるのだろう。

 

「嗚呼ッ、全く持って遺憾の限りですが、ここでは分が悪い。ここは一旦引かせて頂きましょうか!」

 

 男が窓ガラスを割り外へ飛び出す。

 

「あっ……情報源が」

 

 遅れてイータもいなくなった。

 

 誰もいなくなった研究室にて、664番は呆然と立っているばかりだった。

 




664番などの、原作で過去が語られなさそうな人物は勝手に捏造していきたいと思っています。
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