生徒が奮起してから、荒れ狂う大波のように、熱気が呻りを上げる。相当数の生徒が剣を持ち、持たざる者は生徒を解放する。その解放された生徒が落ちてる剣を拾い、また戦力が増える。
奇襲攻撃が功を奏し、生徒側が一挙に流れを掴んだのだ。
「はぁぁっ!」
ローズは流麗な動きで剣を振る。死体が血飛沫を上げ、顔に返り血がべったりと付くが気にしない。今は一人でも多くの敵を切らねばならないのだ。
今、この攻勢の中心にいるのが生徒会長たる自分であるとローズは自覚している。そのローズの動きが止まれば、この攻勢自体が躓くかもしれないのだ。
それは、命を賭してローズを庇ったあの少年への裏切りだ。ローズは誓って、そのような真似はしない。
「……ッ!」
ローズの攻撃の隙を突いて、黒装束の刃が迫る。そのままローズの右腕を切り裂いた。
「くっ……」
浅くない傷だ。もう随分前に痛みは消えたが、力の入らない右腕がその傷の深さを物語っている。
最早、ここまでなのだろうか。
「……いえ、まだだわ」
シャツの袖を引き裂き、傷口に巻く。そして剣を左手に持ち替えた。
数人の黒装束がローズを囲む。ジリジリと包囲の円が狭まっていく。
嫌な汗が背中を伝う。こんなに体は火照っているのに、寒いくらいに冷たい。
そんな中でも、ローズは考えてしまう。あの少年がこの場にいたなら、共に背中を預けて戦えたならどれほど心強かっただろうか、と。
空気が変わる。それは黒装束たちの攻撃が近いことを意味していた。
いくらローズでもこの数、しかも負傷し体力も底をついた状態では助からない。ならば、一人でも多くを道連れにしよう。
覚悟を決め、ローズはその時を待った。
「───」
そして、黒装束の一人が微かに動き出したときだった。
その黒装束は何の前触れもなく、真っ二つになる。
それだけではない。周囲にいた黒装束の全てが赤い花を咲かせていた。
「な、にが……?」
視界の端に漆黒のコートが揺れる。敵かと思ってローズは振り向く。
「あなたは……?」
漆黒のロングコートを纏った男。自然に、あるがままにそこにいた。
その男が持つ剣からは赤い雫が滴っている。
「───風が、泣いている」
その声は哀傷を孕んだものだった。
「お前……ッ!」
黒装束の一人が男に斬りかかる。だが、男はその場からほとんど動かずに黒装束を両断した。
「……!」
その太刀筋はただ美しかった。技術だけで出来上がった完成された剣だ。
そして、"あの日"のことを彷彿とさせる剣だ。
「まさか、す、スレイ───」
「敵を討て……我が配下たちよ」
男の合図と共に、黒ずくめの一団が現れる。彼ら……いや、彼女らは電撃的に黒装束たちを斬り伏せ、葬る。
その光景を、ローズは呆然と見ていた。
「ここは我らに任せろ……」
「あ、待って……!」
カツカツとブーツを踏み鳴らし、男は歩き出す。
「死にたくなくば逃げるがいい……」
「あなたは……」
「我が名はシャドウ。陰に潜み、陰を狩る者……」
「あっ……」
瞬きをした直後、シャドウと名乗った男は消えた。
「……今は、生徒の安全を」
あの男のことも気になるが、今はそれが最優先だ。
ローズは自分の責任を果たすべく、声を上げた。
□□□
アーティファクトを投げ込んだシェリーは大講堂から聞こえる喧騒に震えていた。魔剣士学園の生徒が戦っているのだろうか。
もう少しすれば騎士団が来るだろう。それまで無事でいてくれればいいが……。
「バーネット様。そろそろここも危ういかもしれません。一度戻りましょう」
「はい……」
マルコに連れられて、シェリーは抜け道を歩く。
何やら嫌な胸騒ぎがする。それが先の生徒の反抗を招いたことへの罪悪感に起因するのか、はたまた別の要素が原因なのかは不明だ。
薄暗い抜け道は迷路のように学園中に広がっている。一つ一つ目印を確認して、シェリーたちは進んだ。目指すのは最も正門に近い場所だ。
二階から降りて、一階へ。見える景色に大した違いはない。
「ここを、右みたいです」
もう何度目かの曲がり角を曲がる。もう随分遠くまで歩いてきた。とうに大講堂の方向などは分からない。
沈黙と静寂の中に、無機質な音が規則正しく鳴り響いた。
シェリーたちは歩みを止めず、ひたすらに出口を目指す。幸いなことに、襲撃者はこの通路を知らないらしい。一度の遭遇戦もなかった。
「バーネット様。出口が近いようです」
前を行くマルコがそう告げるが、特に周りの景色に変化はない。
不思議に思ったシェリーは首を傾げる。それを見たマルコは唇に手を当て、静かにとジェスチャーした。
「風の音が聞こえます」
「な、なるほど……」
言われてみれば、そんな気もする。本当に小さな音で確証はないが、彼が言うのならそうなのだろう。
それから少し進んで、行き止まりに当たった。
「壁の向こうから風が吹いています」
「はい」
シェリーはどこかに壁を開ける仕掛けがあるのでは、と探してみる。一つ一つレンガをチェックし、床も念入りに観察する。
だが、仕掛けは中々見つからなかった。
「バーネット様、少し離れてください」
「えっ?」
言われるがままシェリーは離れる。マルコは剣を振りかぶった。
「ええっ?」
それを、まさかという思いで見守る。だが、案の定と言うべきか、マルコは想像通りに剣を振り下ろした。
「ええ……」
僅か一振りで、壁は見事に破られた。砂ぼこりを巻き上げ、壁が崩れ去る。
これが魔剣士の力なのか。
「さぁ行きましょう」
「あっ、はい!」
□□□
出た場所は校門のすぐ側にある校舎の一室だった。あまり使われていないようで埃っぽく、様々なものが乱雑に置かれていた。
鍵が閉まっていて、扉は開きそうにない。仕方がないので、窓を割って外に出る。緊急避難的措置だ。
「申し訳ありません……」
学校のものを壊したことにシェリーは罪悪感を覚える。後で、ルスランに報告しておこう。
「バーネット様、こちらへ」
周囲に敵がいないかを探りながら、マルコがシェリーを呼ぶ。マルコの隣に並べば、校門が見えた。人影は見当たらない。
「……は?」
じっと周囲の様子を伺っていたマルコは、突然間の抜けた声を上げた。
「どうしました?」
「いえ……あちらの方が……」
「───?」
マルコの指差す方を見る。そこにはなんと、夜空をも赤く染め上げる大炎があるではないか。あの場所は───
「大講堂……」
先程までシェリーがいた場所だ。その炎は既に手の付けられない程の勢いがある。
「バーネット様……」
「はい……分かっています」
シェリーが行ったところで、何もできない。それが分からない程、シェリーは物分りが悪くはない。
そう、シェリーは決して、物分りは悪くないのだ。
「───」
はっと息を呑む音がした。それが自分のものであることに、シェリーは気が付かない。
「すみません!」
「あ、バーネット様!?」
マルコの制止を振り切り、シェリーは駆け出す。
改めて言うのならば、シェリーは物分りは悪くないのだ。
だが、それでも行かないといけない気がした。たとえ何もできないと分かっていても、シェリーには行かねばならない理由がある気がした。
「お義父様……」
□□□
「落ち着いてください! バーネット様!」
結局、シェリーは校舎に入る手前でマルコに捕まってしまう。そもそもの身体能力が違ったのだ。
それでも、シェリーはもがく。ジタバタと不器用に、けれど力いっぱいに体を動かす。ビクともしない腕を振り解こうと、前へ前へと足を伸ばす。
「いや───」
大講堂以外にも燃えている場所がある。先程までシェリーもいた副学園長室だ。
「お義父様───」
何故だか涙がこぼれる。
冷静に考えて、あそこにルスランがいるはずがない。理性では分かっている。
これはそう、予感だ。湿った風のようにじっとりと体に纏わり、肌を逆撫でする不吉な予感。
苦しい圧迫感が気持ち悪い。激しい焦燥感が気持ち悪い。
気持ち悪くて、しかしどうしようもなくて。どんどん苛立ちを募らせる。
「あっ───」
そのとき、その影は突然現れた。否、影ではなく人だ。漆黒のロングコートを纏い、同色の剣を持った男だった。
「星が降る……」
漆黒の男が呟いた。酷く悲しげで儚げな声だ。
シェリーが空を見上げてみれば、星が降ってきていた。
パラパラと朱色の光が瞬き落ちてくる。その様はある種幻想的で、神秘的だった。
地に落ちた星々は弾けて、砕けて、散らばる。
「───罪の清算は済んだ」
やがて星も落ち切った頃、漆黒の男が言った。
「そして背負おう……全ての罪を」
「一体何の話を───」
漆黒の男は、シェリーの問いには答えずに立ち去った。
あとには、朱色に照らされた黒紅色が残るばかりだった。
さて、あとはイータVSカースと後日談だけです。二章の終わりも近いですね。