陰のボスになりたくて!   作:若林布吉

23 / 96
ふりがなは、そちらの方が文章のテンポ的に読みやすいと思い振っています。違和感があれば他の読み方でどうぞ


ただひとつの輝き

 

「これは……」

 

 カイは感嘆の息を漏らす。

 既に日は暮れ周囲には夜の帳が下りている。元は景観の美しかっただろう中庭は荒れ果てて、象徴であった噴水は見るも無惨な程に破壊されていた。

 そんな中庭の中心には、赤い水たまりが広がっていた。

 

「嗚呼……」

 

 その中心には二人。腹に風穴を空け両膝をつく男と、それを見下ろすイータだった。

 男は全身に裂傷を負い痛々しい。歴戦の戦士でさえ、その様には思わず目を背けてしまいそうだ。

 対して、イータにそこまで深い傷は見受けられなかった。

 

「素晴らしい……」

 

 男は口の端からだらだらと血を零しながらも笑う。掠れて絶え絶えな笑い声が虚しく木霊する。

 

「魔力を制限され、それでも私を越える。どれだけの修練を……! はたまた才能なのか。だとすれば嗚呼……やはりこの世は嘆かわしい」

「うるさい……いいから、情報……早く。死んじゃう前に……」

 

 イータが男に詰め寄る。その様は無防備であり、男にその気があったなら、簡単に傷を負わせられただろう。

 だが、男は気色の悪い笑みを浮かべるばかりで、行動は起こさなかった。

 

「いいでしょう。冥土の土産に何か一つお教えしましょう。何か知りたいことは?」

「冥土に行くのは、私じゃない……」

「ならば、冥土からの土産としましょうか───」

 

 そこで、カースがゴボッと血の塊を吐く。

 

「失敬。残りの時間が少ないようです」

「……アーティファクトの場所は?」

「それなら、桃色髪の娘が持っています」

「そっちじゃ、ない…………魔力を、封じてた方」

「あぁ……」

 

 得心がいったという風に、カースが頷く。

 

「あれは『痩騎士』さんが持っているので、私は知りません」

「え……」

 

 イータは目を見開いて固まる。

 

「他には何か?」

「じゃあ……もういい」

 

 もう興味を失くしたのか、イータは男に背を向ける。

 地面に広がる赤い水面(みなも)には、二つの波紋が生まれ、それらは互いに干渉しては何事もなかったように通り過ぎる。

 

「それなら、こんな話はどうでしょう」

「……」

 

 イータは背を向けたまま動かない。それを見て、男はニヤリと笑う。

 

「王都には、いくつも教団の拠点があります。その内、最も大きな拠点にはディアボロスの右腕が封印されています」

「それが?」

「それがどうということはありませんよ。ですが、もしあなた方がこの先も闇に抗い続けるならば、この情報は役に立つでしょう」

「そう……」

 

 今度こそ、イータは興味を失くしたのだろう。何も言わずに立ち去った。向かう先は今も大炎に包まれる校舎だ。

 我に返ったカイは部下に指示を出し、イータの護衛をさせる。

 

「嗚呼、ままならないものですね」

 

 部下は去り、カイは一人この場に残る。

 男は最早焦点の合っていない瞳で呟いた。そこにあの気色悪い笑みはない。

 

「あれだけの苦痛を、別れを、限界を乗り越え、辿り着くのがここですか。嗚呼……やはり無常……」

 

 その独白を聞いていたカイは男に近寄る。

 

「お前、何故教団の情報を話した?」

 

 男は声を掛けられて、初めてカイの存在に気が付いたようだ。ニッと薄笑いを浮かべる。

 

「抗うに足る力を持たない私の、最期の抵抗ですよ」

 

 段々と男の言葉に抑揚がなくなっていく。呂律も怪しくなり始め、聞き取りにくい。

 ゆっくりと確実に命の灯火が小さくなりながらも、カースは喋る。

 

「教団は大きい。ちっぽけな一人が抗うには、強大過ぎる。私はとうに、反逆も復讐も諦めました」

「……」

「そんな中で、彼女に、あなた方に出会えた。さながら、闇夜を照らす光明を得た心地です。惜しむらくは、私はここで退場するということです」

 

 男は震える腕を空高く伸ばす。そして、星を拾うように、ぐっと握りしめた。

 

「いつだって、世界は非情で無常で腹立たしい。けれども、最後の最後であなた方に会えたこれは、まさに幸運……」

 

 男は笑った。声にならない声を絞り出し、苦しそうに笑った。

 

「嗚呼やはり……やはり、嘆かわしくも美しい」

 

 そして、瞳が曇った。そのまま男は動かなくなる。

 

「……憐れ」

 

 カイは未だ腕を伸ばしたままの男から目を逸らす。

 

「限界を勝手に決めて絶望し、諦めて、挙げ句世を儚んで散る……」

 

 そして、イータの護衛に向かった部下の後を追う。

 

「勝手に光を決めるな。我らの光は唯一(ただひとつ)だ」

 

 そうして、荒々しく破壊された中庭には誰もいなくなる。どこからともなく風が吹いてきても、涼しいと感じる者も、寒いと感じる者もいない。ただ暗い闇夜に明るい月が浮かぶばかりだった。

 

□□□

 

「なるほど……」

 

 グレンからの報告を聞いたアイリスは眉間にシワを寄せる。内容は勿論、先の襲撃事件だ。

 

「目的も襲撃者の正体も不明ですか」

「はい。力が及ばず申し訳ない」

 

 グレンは深く頭を下げる。その頭には包帯が巻いてあった。

 

「それで、あなたが戦った男……」

「カースと名乗っていました」

「相当な手練だったようですね」

 

 グレンが頷く。

 

「魔力を封じられた私では手も足も出ませんでした。恐らく、魔力を使えていたとしても……」

「それほど……」

 

 報告書にもそのことは書いてあったが、改めて本人の口から聞き、驚嘆する。

 

「では、魔力が封じられた中でもその男と対等に渡り合った少女は……」

「尋常ならざる力を持っていると言えるでしょう」

 

 アイリスの眉間のシワが更に深くなる。

 

「報告によれば、新たに別の黒装束の集団が襲撃者を壊滅させたとありますが、その少女とは無関係ではないでしょう」

 

 はぁ、とため息を吐いて窓の外を見る。その視線の先にあるのは、昔自分もそこで学び、今は妹が通っている学園だった。

 現在は火事で校舎が焼失し、修理をするため夏休みが前倒しになっている。

 

「死人はいなかったらしいですね……」

「アイリス王女? いかがされましたか」

「いえ、怪我の方は大丈夫かなと」

 

 グレンは一瞬虚を突かれたように目を丸くし、すぐに目を細めて笑う。

 

「この程度、なんてことはないですよ。食べて寝れば治ります」

「……そうですか」

「マルコの方も大した怪我もないようで、羨ましい限りですな」

 

 髭をしごきながら、愉快そうにグレンは笑い声を上げる。

 

「さて、それでは私はここで。まだ片付けなければいけない仕事が多いので」

「そうですか。ですが、今は傷を負っている身。あまり無理をなさらないように」

「ええ、できる限り善処しましょう」

 

 扉に手をかけたグレンは、ふと何かを思い出したかのように振り向いた。

 

「重要な調査には『紅の騎士団』を当てていただきたい」

「……? それはどうして」

「どうやら、騎士団の方に怪しい動きがあるようでして」

「怪しい動き……」

「はい。あくまで確証はありませんが、何か隠していると思われます」

「分かりました。なるべくそうなるよう掛け合ってみましょう」

「ありがとうございます」

 

 グレンは一礼して退出する。

 残されたアイリスは椅子に深く座りふぅーと長く息を吐いた。

 

□□□

 

 サーテライトは暗い廊下を歩いていた。

 

「はぁ……いつも思うけど、この廊下は長すぎよ」

 

 そんな呟きが静かな空間に響く。

 そして、そこから更にしばらく歩き、ようやく足を止めた。

 目の前には質素だがいい素材の扉がある。サーテライトはそれを開けて、中に入る。

 

「ようやく来ましたか」

「えぇ、ようやく着いたわ」

 

 二人は微妙にニュアンスの異なる挨拶を交す。

 中にいたのは男だった。髪は黒く、綺麗に切りそろえられ、丸いサングラスを掛けている。

 

「それで、首尾はどうでした?」

「上々、と言いたいとこだけど、あまり期待しないでほしいわね」

 

 そう言って、サーテライトは報告をする。

 

「なるほど……やはり、かなりの戦闘力を擁しているようですね。()の組織は」

「そうみたい───ペトス様」

 

 ペトスと呼ばれた男は嫌らしい笑みを浮かべた。

 




カースの話し方は静かな方が素です。
次回はシェリー先輩です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。