陰のボスになりたくて!   作:若林布吉

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2章ラスト!


行き先は

 僕はぼーっと橋の上から、川面を眺めていた。この川はそれなりに大きい。

 小さな船が橋を通過する。その後ろを一匹のカモがついていく。

 

「中々良いプレイだった」

 

 つい先日の学園襲撃イベントを回顧し、僕は思わずニヤけてしまう。

 

「『風が泣いている』はずっと言いたかったんだよね」

 

 他にも、強大な組織を指揮するボスだとか、全ての罪を背負う実力者だとか、結構やりたいことはできた。

 ただまぁ、反省すべき点もある。

 僕がモブとして最初に切られたとき、僕がローズ先輩を庇う形になってしまったんだ。それは、モブからは少し離れているだろう。

 やっぱり、最近モブ式トレーニングをサボっていたからかな。

 そんなわけで、これからは、もっと『モブらしく』をモットーに研鑽を積んでいこうと思う。

 

「あの……!」

 

 そうして、ある程度の方針が固まった頃、横合いから声が投げかけられた。聞き覚えのある声だった。

 僕は声のした方を見る。

 

「あぁ、ごめんごめん。ぼーっとしてた。どうしたの?」

 

 シェリーだった。

 僕が問いかければ、彼女は少しもじもじする。

 

「少し、お話ししたいことがあって……」

「うん」

 

 俯いていた彼女が意を決したように、顔を上げる。そして、真っ直ぐと僕の瞳を見つめた。

 

「先日は、色々ありがとうございました。おかげでアーティファクトの調整も無事できました」

「どういたしまして? 僕は特に何もしてないけど」

 

 やったことと言えば、いくつか必要なものを取りに行ったくらいだ。

 

「お礼なら、一緒にいた……」

 

 あれ、名前何だっけ。

 

「マルコ・グレンジャーさんですか?」

「そ、そう。マルコさんに言えばいいと思うよ」

 

 シェリーはゆるゆると首を振る。

 

「マルコさんにお礼はもうしました。グレンさんにも」

「そうなんだ」

「それで、もう一つ……実は報告したいことがございまして」

「なに?」

 

 シェリーは手に持つ荷物をぎゅっと握った。

 

「あの、私、留学することにしました」

「あぁ、だからその荷物」

「はい」

 

 遠く川の向こうから風が吹き抜ける。僕らの髪は流され、横になびいた。

 

「今から、馬車に乗ってラワガスまで行きます」

「遠いね」

「遠いです。簡単に帰って来れないくらいには」

「そうだね」

「それでも、私にはやりたいことがあるんです」

 

 シェリーはそこで言葉を切った。少しの沈黙が訪れる。

 ここは僕から聞いた方がいいのかな。

 

「それは?」

「私はどうしても知りたいんです」

「なにを?」

「…………お義父様は先日の一件で命を落としました。恐らく、襲撃者にやられたというのが、アイリス王女の見解です」

「うん」

「ですが、あのとき彼は言ったんです。『罪の清算は済んだ』、『そして背負おう、全ての罪を』と」

「うん」

「私はその言葉の意味を知りたい。そして、お義父様の死の真相についても───裏に何かある気がするんです」

「なるほどね」

 

 ただの直感ですけどね、と彼女は苦笑する。

 

「それを知るには、今の知識じゃ足りない。もっと、もっと世界を知る必要があるんです」

 

 シェリーがふと振り返る。その方角には学園があった。

 

「シド君とはもっとお話ししたかったんですけど……」

「うん。またいつか会おう」

「はい。またいつか……」

 

 そこで会話は途切れる。僕はもう帰ろうと思い、彼女に背を向ける。

 

「シド君!」

「ん、なに?」

「シド君……私たち、友達ですよね?」

「そうだね」

「もし、何もかも無事に終わってまた会えたら───きゃっ!」

「うわっ」

 

 突然、周りにバサバサとハトが集まってくる。見れば近くにはパンくずが撒かれていた。

 

「すまんのぉ、パン撒きすぎたわ。ハッハッハ」

 

 袋を持ったおじいちゃんが言った。

 

「……ぷっ」

 

 唖然としていた僕らは互いに顔を見合わせて吹き出した。

 それから僕らはしばらく笑う。シェリーが目に浮かんだ涙を拭う。

 

「それで、何の話だっけ?」

「いえ、何でもありません」

「そっか」

 

 僕は背を向けて今度こそ、その場から去る。

 夏の始まりも近い今日は少し暑い。川から吹く冷たく涼しい風ではなく、モワッとした風が吹いてくる。夏特有の香りと一緒に、何か花のような匂いが僕の鼻をくすぐった。

 そんな中に混じって彼女が呟いた言葉は確かに僕の耳に届いていた。

 

「またこんな風に笑えたらいいですね、か」

 

 僕がそれから、振り返ることはなかった。

 

□□□

 

 664番は少し膨らんだリュックを背負う。

 

「どこ行くのぉ?」

 

 すると、同室の665番が部屋の奥から声をかけた。 

 

「ちょっとね」

「あ、ちょっとぉー……」

 

 それだけ言って664番は部屋を出た。

 

 今日は664番にとって久しぶりの休日である。『ミツゴシ商会』で働き始めてからは初めての休みだ。前々からどう使うか悩んでいたのだが、街へ打って出ることにしたのだった。

 因みに、665番は部屋でゴロゴロしているそうだ。

 

「えっと、ここを右に」

 

 地図を頼りに王都内を歩く。

 いくつもの有名店が並ぶ大通りには、多くの人や馬車が行き交う。その流れが止まることはなく、また、喧騒もなくなる気配はない。慣れ親しんだ夜の街が嘘のようだった。

 

「んっと、もうそろそろかな」

 

 小さな通りに入れば、そこは別空間だった。家を挟んで隣から聞こえる物音が遠い世界のもののように思える。きらびやかな表通りとは裏腹に、ここは随分と寂れていた。

 そんな路地をいくつか抜けて、再び大通りへと戻る。そうすれば、目の前には目的地があった。

 ───ミドガル魔剣士学園。

 王都にある、周辺国でも有数の学園だ。王国だけでなく、諸外国からも入学をする者もいる。

 現在は先日の襲撃事件により、校舎が半焼している。それでも、授業があるのか生徒がちらほら入っていく。

 道に迷ったために、予定より到着が遅れた。もうほとんどの生徒が登校したのだろう。走っている生徒を除いて、人はいなかった。

 

「はぁ……」

 

 今日、664番はお礼を言いに来たのだ。あの絶望の縁から立ち直れたのは、きっと彼のおかげだから。

 664番はそこでしばらく待つが待ち人は来なかった。抱きしめたリュックに顔を埋める。

 

「……また午後に来よう」

 

 664番は学園の門を背に、再び喧騒の海へと舞い戻った。

 

□□□

 

 授業も終わり、ローズは寮へ戻ろうと校門を出る。本当は、あの少年と共に帰りたかったが、ローズが教室に行ったときにはもういなかったのだ。

 

「何か大事な用事があったのでしょうか……」

 

 実は、怪我の完治祝いを用意していたのだが、無駄になってしまった。

 だが、ローズには分かる。あの少年が泣く泣くローズを待たずに帰ったのだということが。

 胸の前で拳を握り、その不運を嘆く。

 きっと彼の行く道は苦難に満ちているだろう。もしかしたら、折れそうになるときが来るかもしれない。そのときは、ローズがあの少年を支えよう。

 

「大丈夫、あなたは一人じゃないから……あら」

 

 ふと、校門の壁に寄りかかる少女が目に入った。恐らく、自分よりは年下だ。リュックを抱えて座り込み、眠りこけている。

 誰か待ち人でもいるのだろうか。

 

「起きてください。大丈夫ですか」

 

 少女の肩を揺する。濃い藍色の髪が揺れた。

 

「んぅ……」

 

 少女が呻くような声を上げて目を覚ます。

 

「大丈夫ですか?」

「うぅ……うん?」

 

 ぱちぱちと瞬きをし、少女が周囲をぐるりと見回した。それから、未だ虚ろな目でローズの顔を見る。

 すると、彼女の顔はハトが豆鉄砲を喰らったようになる。

 

「ろ、ローズ・オリアナ……王女」

「あら、私のことをご存知で」

 

 少女はすぐに立ち上がる。

 

「これは、とんだご無礼を───」

「いえ、気にしてませんわ」

 

 ローズはそう言って、少し緊張した風の少女を宥める。

 少女は未だ萎縮しているが、最初の衝撃からは逃れられたようだった。

 

「それで、こんなところで何をしていたのですか?」

「人を、待っていまして……」

「人……それは生徒ですか?」

「えぇはい。恐らくは」

「名前はなんとおっしゃるのでしょうか?」

「それは……分かりません」

「……では、どんな外見でしょうか」

 

 少女は少し考えてから答えた。

 

「髪は黒色で、何というか、平凡な少年です」

「それは……」

 

 ほとんど候補が絞れない。

 

「他には何かありませんか? 例えば───」

 

 黒髪の平凡な少年。その言葉を聞いたローズの脳裏には、とある少年の姿が浮かんでいた。

 

「───一見すれば平凡な少年でも、何か秘めたる意志を感じたり、よく見れば爪や筋肉の付き方が綺麗であったり、のようなことなどは」

「後者はよく分かりませんが、確かに、前者のようなものは感じました」

「なるほど……」

 

 外見的な指標とはならないものの、その条件ならば数は絞れそうだ。

 ローズは該当しそうな生徒を考えつつ、間をもたせる。

 

「因みに、どんな要件か聞いてもよろしいでしょうか?」

「それは、はい。実は、お礼をしたいんです。その人に」

「お礼、ですか」

 

 ぱっと考えてみたが、あの少年以外に思いつく人はいなかった。

 よもや、あの少年がその人であることはあるまい。

 

「つい先日の話なんですけれども、とある事情により、私はかなり落ち込んでいたんです。そんな私を励まして……とは少し違うかもしれませんが、とにかく元気付けてくれたんです」

 

 少女が懐かしむようにリュックを抱く。その口元には少し喜色が見える。

 

「なるほど。そのお礼というわけですか」

「はい」

 

 ローズは少女の話を聞き、胸が温かくなる。同時に、この学校の生徒の行いに鼻が高い思いだ。

 ローズは校門の近くにあるベンチに腰を下ろす。

 

「えっ?」

 

 そして、手招きをする。

 

「どうやら、私では力になれそうにありません」

「あの、別に、その……」

「なので、暇つぶしにお話でもしましょう」

 

 ローズは少しばかりこの少女のことを気に入った。馬が合う、というわけではないが、どこか親しみを覚えたのだ。

 

「分かりました」

 

 少女がローズの隣に腰掛ける。

 

「そういえば、まだ名前を聞いていませんね」

「名前、ですか」

「えぇ」

 

 向こうはローズのことを知っていたが、ローズは彼女のことを知らない。友達への一歩は互いを知ることからだ。

 

「66よ……じゃなくて」

「……すみません、聞き取れませんでした。もう一度よろしいでしょうか」

「えーっと、り、リズ。リズ・トーカです」

「トーカさん……いえ、リズさんとお呼びしても?」

「も、勿論です」

 

 日は既に傾き、沢山の生徒が下校する。その集団を眺めながらも、二人の会話は控え目に、しかし確実に弾んでいた。

 




664番とローズの話をやるためだけに、丸々一話分くらいを消費してイータVSカースなどを書きました。664番の偽名に深い意味はありません。
シェリー先輩は闇落ち回避か。
幕間を挟んで3章に入ります。
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