陰のボスになりたくて!   作:若林布吉

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話は5ミリくらい進みます。多分。


幕間 イータの一日

 日の出と共に、陽光が窓から差し込んでくる。イータの朝は早いのだ。

 

「眠い……」

 

 いや、そもそも寝ていないので早いも何もないだろう。

 目の下に大きな隈を作りながら、イータは机に向かう。机の上には何やら金属製の破片が散らばっていた。

 

「ここが一緒で……こっちはここで……」

 

 それらを上手く組み合わせて少しずつ形を作る。途方もない作業だ。

 

 どのくらい経ったか、全体の一割くらいは終わったかもしれない。未だ原型すら分からない塊を机の上に置く。

 

「眠い……少し、寝よう」

 

 そう言って、イータは研究室に備え付けのベッドに潜り込む。

 既に朝焼けもなくなり、青い空になっていた。今日は快晴だ。

 イータがベッドの中でうとうとする。すると、扉がノックされる。そして、許可もしてないのに誰かが入ってきた。

 

「ちょっとイータ起きなさい! いつまで寝ているのよ!」

 

 イプシロンだ。

 彼女は小言を言いながら、ほうきとちり取り片手に部屋の掃除を開始する。落ちてるゴミは持参した袋に詰め込んでいた。

 

「さっきまで、起きてた」

「今寝てるじゃない……って、あなたまた徹夜したの?」

「……」

 

 イータは答えずに、頭を枕の下に潜らせる。枕で耳を塞いだ形である。大きい声は頭に響くのだ。

 

「もう……」

 

 粗方掃除を終えたイプシロンは掃除道具を片付ける。そして、ゴミ袋を持って部屋を出ていった。

 

「グゥー、スピー」

 

 ようやく静かになった部屋でイータは眠りにつく。気持ち良さそうな寝息を立てていた。

 そして、眠りについたはずなのに、突然むくりと起き上がった。

 

「スピー」

 

 イータは目は閉じたまま、のっそりと歩く。扉に手をかけ、部屋を出た。

 

「スピー」

「あっ、ちょっとイータ!」

 

 そこを偶然見かけたイプシロンがイータに声をかける。当然、返事はない。

 

「まったく、寝相が悪いんだから……」

 

 やれやれと肩を竦めてイプシロンが片手でイータを抱える。反対の手にはいくつか皿の乗ったお盆があった。

 イプシロンはイータをベッドに寝かせて布団をかける。そして、傍らの台にお盆を置く。

 

「ちゃんと食べなさいよ、と」

 

 置き手紙を残し、イプシロンは退室する。

 イータの幸せそうな寝息が部屋に響いていた。

 

□□□

 

「イータ。ねぇイータ起きて」

「うん……?」

 

 名前を呼ばれてイータは目を覚ます。何故か起きなければいけない気がしたのだ。

 腫れぼったい目をこすり、チカチカとする視界に再び目を瞑る。そのまま落ちていくように夢の世界へ───

 

「悪いけど二度寝は後にしてちょうだい。イータ」

「うん……」

 

 ───行くことは許されずに、体を揺すられ目を覚ます。重い瞼を開ければ、イータを見下ろすアルファの顔が見えた。

 

「アルファ様……何か用?」

 

 既に日は落ちかけ、空には夕焼けが広がっていた。研究室の中は赤く染め上げられている。

 

「この前の学園での報告を聞きたいのだけれど。あなただけ、まだ報告を出していないでしょう?」

「ん……面倒」

「研究費を削るわ」

「報告書、用意しておく……」

 

 その返答に、アルファは首を振る。

 

「その必要はないわ。口頭でお願い」

「どうして……?」

 

 イータは首を傾げる。対してアルファははぁとため息を吐いた。

 

「あなたの報告書、ほとんど中身がないから」

「質より量……マスターも言ってた」

「時と場合によるとも言ってたわね」

「うぅ……」

 

 やはりアルファには敵わない。イータの逃げ道を確実に潰している。

 

「それで、あなたが学園で戦ったネームドチルドレンは相当な強さだったようね」

「まぁまぁ、だった。本気出せば、あそこまで時間は、かからなかった」

「それはあの魔力阻害が原因ということ?」

 

 イータは首を横に振る。

 

「違う……殺すと、情報、貰えなかったから……」

 

 イータがそう言うと、アルファは目を丸くした。

 

「教団の情報を集めようとしていたの?」

「違う……魔力、阻害するアーティファクトの在り処、知りたかった」

「えっ?」

 

 アルファが再び目を丸くする。

 

「それは事前の会議で話したでしょう」

「……」

「聞いてなかったの?」

「……」

 

 アルファの顔から視線を逸らす。泳いだ視線の先には冷たくなったパンとスープがあった。

 

「お腹空いた……」

「イータ聞いてるかしら?」

「いいえう(聞いてる)」

 

 イータはパンを頬張り、それをスープで一気に流し込んだ。

 

「ゲホッゲホッ」

「もう、そんなに一気に食べたらむせるでしょう」

 

 アルファはそう言いながら、ハンカチでイータの口元を拭う。

 

「最も効率的な、栄養補給…………あれ、栄養素だけ抽出すれば、もっと効率的かも……?」

「はいはい。今は報告に集中してちょうだい」

 

 何か閃いたイータだったが、手を叩く音によりその想像は霧散する。

 

「まぁ、いいか」

「回収したアーティファクトの破片はどうしてる?」

「復元作業中……マスターが壊すから……」

「彼には何か考えがあるかもしれないわ」

「アーティファクト、壊す意味、なに?」

「……」

 

 アルファが口を噤む。彼女にも分からないのだろう。

 

「……復元はできそう?」

「完全には、無理。でも、メカニズムの解明には、繋がるかも」

「そう。それなら、あなたを行かせた甲斐もあったということね」

「ブイ」

 

 納得したように頷くアルファにVサイン。

 

「分かったわ。もう報告することはないわね?」

 

 イータがこくこくと首を立てに振る。

 

「お邪魔したわ。体調には気をつけるように」

「了」

 

 アルファが出ていく様を見届け、イータは再度ベッドに潜った。

 

□□□

 

「ちょっといい? イータ」

「うん……」

 

 それからしばらくして、またしてもイータを呼ぶ声に目が覚めた。

 もう外は真っ暗で、満月に少し足りない月が空高く昇っている。

 

「ゼータ……何か用?」

 

 だいぶ寝たためか、アルファのときよりもすんなり目が覚める。だが、頭はぼーっとしていた。

 

「頼んでたアレ、できた?」

 

 頼んでたアレとは、新型魔力フライヤーのことだろうか。

 

「それなら、あっちに……」

 

 研究室の奥を指差す。そこにはゴミだかガラクタが積まれた山があった。

 

「えっ、どこ……?」

「もう……」

 

 イータは気怠げにベッドから下りて、ゴミのような山に手を突っ込む。そして中から、箱型の物体を引っ張り出す。その際に、ガシャンガシャンと物凄い物音が響いた。

 

「これ」

「おー! ありがと、イータ」

 

 ゼータは嬉しそうにその物体を受け取った。イータは使い方を説明する。

 

「───で、そこを上げると……」

「火力が上がるわけね。なるほど」

 

 ゼータはその説明を楽しそうに聞く。尻尾がゆらりゆらりと揺れていた。

 

「……じゃあ、使ってみた感想のレポート、よろしく」

「あい分かったよ……そういえばさ」

 

 機嫌良さそうに新型のフライヤーを眺めていたゼータが、ふと思い出したような声を出す。

 

「この前の学園での事件、何があったの?」

「説明、面倒。他の人に、聞いて」

「すぐ出ちゃうからね。そんな時間ないよ」

「む……」

 

 イータはいつも使ってる椅子に腰掛ける。そして、アーティファクトの復旧作業を始める。

 

「まぁ、色々あった」

「その色々の部分が聞きたいんだけど」

「むむ……」

 

 仕方がないので、作業の手は止めずに話す。拙い説明ではあるが、ゼータもそれを分かっているので根気強く質問などをして理解を深める。

 

「───とまぁ、こんな感じ」

「なるほどね。でも、流石はシャドウだね」

「うん……マスターの頭の中、見てみたい」

「そこまでは言ってないかな」

 

 ゼータが苦笑を浮かべる。

 

「あっ、そういえば、変な笑い方の人が言ってた」

「チルドレン1stの? なんて?」

「王都の何処かに、右腕が封印されてるらしい」

「右腕って、ディアボロスの?」

「そう」

 

 ピクリとゼータの耳が動く。

 

「場所とか具体的なことは言ってた?」

「一番大きい拠点としか、言ってない」

「王都で一番……フェンリル派の本拠地かな」

「分からない」

 

 ゼータは立ち上がる。もう行くのだろうか。

 

「さっきの話、アルファ様に報告してない。しといて……」

「時間がないって言ったでしょ。自分でやって」

「えー」

 

 イータが不満げに頬を膨らました。

 

「私も報告サボってるから何か言われそうだし……」

「ゼータ、何か言った?」

「いいや、なんにも……あっそうだ、イータ」

「ん、なに?」

「ちょっと作って欲しいものがあるんだけど」

「また?」

「また」

「……内容に、よる」

「作って欲しいのは───」

 

 ゼータが紙に必要な機能を書く。その紙をイータに渡した。

 

「多分その内必要になるから。急がなくていいよ」

「うん。しばらくは復元作業があるから」

 

 ゼータが窓を開ける。すると、涼しい風が吹き込んできた。

 

「それじゃ、バイバイ」

「うん……」

 

 ゼータは窓から飛び出し姿を消した。イータはすぐに窓を閉めて、復元作業に戻る。

 

 結局、その作業は明け方まで続いた。

 




次回から3章となります。
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