陰のボスになりたくて!   作:若林布吉

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次は本気でやろう

 僕は闘いとは対話だと思っている。

 剣先の揺れ、視線、呼吸、立ち姿、間合い。それらには必ず意味が存在し、その意味を汲み取り、より良い解答を互いに出し合う。だから対話なのだ。

 僕らはしばらく見つめ合ったまま動かない。因みに、僕が吹き飛ばされた場所にはスライムで作った僕が置かれている。突貫工事にしては中々のできで、遠目に見れば僕に見えると思う。近くでみれば、変な人形なんだけどね。

 

「ふむ……」

 

 この感覚は久しぶりだ。それがとても嬉しい。

 ヴァイオレットの瞳をした彼女は、微笑みながら僕のことを見てくれている。剣先も視線も呼吸も立ち姿も、彼女は見てくれている。

 これは、この感覚は、僕たちお互いが高い対話能力を持っていることを証明している。

 対話のない闘いは結果しか残らない。結果しか残らないなら、ジャンケンかコイントスで勝敗を決めた方がいい。その方が効率的だ。ねぇ、デルタ?

 

「貴様の名は?」

「……」

 

 ヴァイオレットの瞳の彼女は何も答えない。うん。じゃあ、彼女のことはヴァイオレットさんと呼ぶことにしよう。親愛なるヴァイオレットさんだ。

 僕らは見つめ合って、少しずつお互いのことが分かる。彼女は距離を離して戦うスタイルみたいだ。そして僕は相手に合わせて戦うスタイル。いつもは対話能力の差からグーで殴る形だけど、決してそれが本来のスタイルではない。

 僕は本当は、デルタのような戦い方は不本意なんだ。

 さっき僕を吹き飛ばしたような赤い槍が何本もヴァイオレットさんの周りに生み出される。

 僕は半歩右足を引き、半身になる。

 直後、地面から目の前にある赤い槍と同じものが突き出てきた。

 

「ふん……」

 

 足を狙うとは合理的だ。そして、早々に赤い槍を出してそちらに注意を向けさせる手も上手い。人はどうしても、目に見えるものばかりを追っちゃうからね。それに、最初に見せた攻撃はどうしても頭に残ってる。

 僕はしばらく見ることに徹する。赤い槍の速さや威力、操作性を見極めるのだ。

 赤い槍は分裂と合体を繰り返し、あらゆる方向から僕を刺さんとする。その槍を一歩で躱した次には半歩で、そのまた次には更にその半分の移動で避ける。

 そうやって、僕は守りの中で少しずつ優勢になっていく。でも、それが少しだけ寂しく感じられた。

 

「無念だ……」

 

 対話の能力が高いと、少し剣を交わしただけで互いの力量が分かってしまう。そして僕は悟ってしまった。彼女の抱える制限を。

 さんざん場内を駆け回った僕は、最初の位置、距離でヴァイオレットさんと向き合う。すると、彼女は攻撃の手を止めた。

 

「記憶の牢獄にて囚われし者よ……」

 

 僕は無造作に歩き出す。

 

「今宵、千年の呪縛から……」

 

 何本もの大木のような太さの槍が伸びる。合わせて細い槍も僕を襲う。それらは自在に形を変え、喰らいついてくる。

 

「我が解き放とうぞ」

 

 そんな槍たちを僕は体に当たるスレスレで躱す。前から来ようが、後ろから来ようが関係ない。もうさんざん見てきたのだから。

 僕がそうしてどんどん近づけど、彼女は同じような攻撃ばかりを繰り返す。だから、僕の歩む速度は変わらない。

 

「今度は──」

 

 そして、もう目と鼻の先まで来たところで、いつの間にかヴァイオレットさんは大鎌を振りかぶっていた。

 初めて見る攻撃だ。だが、遅い。ここはもう、僕の射程範囲だ。

 

「───本気の君と戦いたいよ」

 

 彼女にだけ聞こえる声で僕は言った。

 それを聞いたヴァイオレットさんはただ微笑むばかりだった。

 

□□□

 

 凄まじい。その一言に尽きる戦いはゆっくりと鳥が木の枝に留まるようにして終わった。

 会場の中心に赤く美しい花が咲いたかと思えば、次の瞬間にはアウロラは白い光の粒子となって消えてしまう。

 その光の粒子を漆黒のロングコートを纏った男───シャドウは名残惜しそうに、見つめていた。そして、それら全てが無くなった頃、コートを翻して消えた。

 

「な、何をしている! 早くあの男を追えっ!」

 

 終始混乱したようだったネルソンはようやく我に返ったのか、声を荒らげて部下に命令する。

 

「シド君っ!」

 

 そして、あまりに激しい戦いのため、手出しができなかったローズが来賓席から飛び降りる。

 会場全体はこの異常事態に徐々に湧き立ち、そのうねりは大きな波となって更にここにいる他の人々にも伝播する。どんどん勢いを増す中で、アレクシアはじっと戦いが行われていた場所を見つめていた。

 

「シャドウ……あれ程遠かっただなんて……」

 

 それがあの戦いを見たアレクシアの感想だ。

 対ゼノン戦のときにも、感じた圧倒的な差。あれから幾分とアレクシアは強くなったが、その差は埋まるどころか、むしろ開いているようにも感じられた。

 

「シャドウ……あなたの目的は何なの……? その力を一体何に使うの……?」

 

 アレクシアから見て、シャドウは一つの武の極みとして完成されているように思えた。そして、その完成形が彼女自身の剣のその先にあるものだということも分かる。

 分からないのは彼のことだ。

 彼は一体どこから来て、どうやってあの力を身に着けて、何がしたいのか。そして、彼の属する組織についても得体が知れない。

 シャドウと会ったあの日から、アレクシアは独自に調べ回ってはいるものの、それらの手がかりは一切見つからなかった。

 

「はぁ……やることは山積みね」

 

 一向に減る気配のない問題にアレクシアはため息を吐いた。

 

「ネルソン大司教代理、『女神の試練』はどうされますの?」

「……幸いにして、侵入者は追い払えました。会場の警備を固めつつ、続行しましょう」

「そうですか」

 

 追い払えたというよりは、目的を達して引いたように見えたのはアレクシアの気のせいだろうか。

 

「混乱を鎮めるため、しばらく休憩時間としますので、どうぞ楽にしていてください」

「えぇ、そうさせてもらうわ」

 

 アレクシアはそう言って深く椅子に座った。

 会場を包む喧騒はしばらく止みそうにはなかった。

 

「そういえば、彼は無事なのかしら?」

 

□□□

 

 「シド君! お怪我はありませんか!?」

 

 ローズが鬼気迫る様子で奇跡的に一命を取り留めた僕に話しかけてくる。

 僕はシャドウとして姿を消した後、シドスライムと交代して倒れていた。勿論、服を血まみれにするのも忘れない。

 ローズが僕のことを抱きかかえる。

 

「生きていてくれて良かったです……」

「あんまり強くされると痛いんだけど……」

「ごめんなさい……まさかこんなことになるなんて」

「いや、だから痛いって」

「私はシド君のために良かれと思ってやったのですが、あのような相手が出現するなんて」

「うん、もういいや」

 

 というか、どうしてこれが僕のためなのだろう。

 

「いえでも、シド君の不屈の精神に反応して彼女は呼び出されたのでしょう」

「それは多分違うかな」

「これでお父様にも良い報告ができそうです」

「報告?」

「はい」

 

 やはり宗教関連なのではないだろうか。ローズのギラついた目が怖い。

 

「とにかく、まずは医務室へ行きましょう」

「え? いや、僕はほら、奇跡的に一命を取り留めたから大丈夫だよ」

「それだけ出血をしているのです。早く診てもらわないと死んでしまうかもしれません」

「いやでも……」

 

 僕のささやかな抵抗も虚しく、僕は医務室へ連れて行かれた。僕が自分の体に穴を空けたのは言うまでもない。

 ……前にも、こんなことなかったかな。

 

□□□

 

 二人の少女が、一連の騒動を陰に紛れて眺めていた。

 

「あれが『災厄の魔女』……」

「本気は見られなかったけど、伝承通りの力はありそうだね」

「本当にやるの?」

「必要なことだからね」

「……人員の交代を求む」

「いや、敵には勿論、ガーデンにも知られるわけにはいかないから無理。人手が足りない」

「バレたら、アルファ様に怒られる」

「シャドウの狙い……主がここまでやったんだから。やるしかないよ」

「それは……分かった」

 

 背の低い方の少女が仕方なさげに首肯する。

 

「それに、私たちがどう動こうと坂を転がり始めた石は止まらないから」

「……そっちは何するの?」

「私? 私はそうだね。ちょっと面白い情報が入ったから探りに行ってみる」

「面白い情報?」

「ん。ガーデンの目がここに向いている今がチャンスでもある」

「どこ行くの?」

「ちょっと学園までね。……じゃあ、目的物の回収は任せたよ」

「うん、任された。出来る限りの善処はする」

「なんか緊張感に欠けるなぁ……まぁいいや」

 

 背の高い方の少女は頭を欠いてぼやく。けれど、すぐに頭を振ってその場からかき消えるようにいなくなった。そのとき揺れた金色の尻尾が月光を反射して煌めく。だが、それに気付く者はどこにもいない。

 程なくして、背の低い少女も立ち去り、後には寂しい夜闇だけが残る。

 

 陰に潜む彼らのことは、陰に住む者たちでさえ見つけられない。

 

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