陰のボスになりたくて!   作:若林布吉

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ちょっと長めです。


いざ聖域へ!

 ローズに運ばれて僕は医務室のベッドで寝ていた。

 

「お体は大丈夫ですか」

「大丈夫、大丈夫」

 

 ローズが心配そうに僕の顔を覗く。

 そんなに心配しなくても、ちゃんと急所は外したから大丈夫なんだけどね。

 

「シド君、リンゴの皮をむいてあげますね」

「いや別にいいよ」

「何か欲しいものはありますか? あるなら取り寄せますが」

「ないから平気」

「それではシド君───」

 

 なんかすごい圧力を感じる。馬車で感じたそれと同じだ。

 ローズはベッドで寝る僕の側で色々世話を焼いてくれる。うん。意外と皮むき上手だね。

 

「どうでしょう」

「上手いね」

「美味いね……それは私がむいたから余計にということでしょうか」

 

 この人は何を言ってるんだろう。そう思ったけど、僕は基本的に女性には恥をかかせない方針で生きてるのでスルーする。

 それからはしばらく世間話のような会話をした。話題は、最初の方は突然乱入してきたシャドウについてのものだったけど、次第に全く関係ないものへとシフトしていく。学園のこと、ミツゴシの新商品、最近新しくできた友達のこと。そんな感じの話だった。

 

「……あっ、もうこんな時間ですね」

「そうだね」

「名残惜しくはありますが、私は来賓席に戻ります。来賓として招かれている以上長く席を空けるわけにはいきませんから」

「大変だね」

「それ以上は言われなくても分かりますわ。私も同じ気持ちです」

 

 もしかして、ローズも温泉に入りたいのかな。僕はシャドウとして頑張ったから汗を流したいんだけど。

 

「今は我慢しなきゃね」

 

 来賓として呼ばれるのも大変だね。温泉に入りたくても入れないなんて。

 

「はい、そうですね…………それでは……」

 

 何故か目に涙を浮かべたローズは一礼して、医務室を後にする。

 残った僕は一人ぼーっと天井を眺めた。

 

「帰るか、寝るか」

 

 モブらしさを追い求めるならば、ここを動くのは得策ではない。というのも、腹に風穴が空いたのに動き回るモブなんていないからだ。

 でも、本音としては帰りたい。だってここ、やることないから暇だし。

 

「うーん、悩ましいね」

「なにが?」

「うん?」

 

 僕がそうして唸っていると、不意に声が掛けられる。聞き覚えのある声が、()()()降ってきた。

 

「もしかしてずっといた?」

 

 シュタッと華麗に影が着地する。黒いボディースーツの上に同色のローブを着たエルフの少女だ。ピンクの髪は長く、腰の辺りまでは伸びていて、口元は襟に隠れていた。

 シータだ。

 

「今来たとこ。シャドーがオリアナ王女とイチャイチャしてるとこは見た」

「イチャイチャはしてないかな」

 

 僕は宗教には関わらないようにしているんだ。もし、深く関わることがあるとしたら、それは僕が教祖となるときだけだろうね。

 

「そう……」

「そういえば、アルファたちは?」

 

 登場をずっと待ってたんだけど、結局現れなかった。何してるんだろう。

 

「もうすぐ門が開く」

「門?」

「『聖域』への門。それが開くのを待ってる」

「へー」

 

 なんか面白そう。僕も参加したいな。

 

「シータは行かなくていいの?」

 

 ピンク髪の少女は少し目を逸らして首肯した。

 うん。何か後ろめたいことがあるときの反応だ。目が泳いでる。

 

「本当に?」

「来いとは、言われてない」

「ならいっか」

「そう、いいの」

 

 シータは手近な椅子をベッドに寄せて座る。

 

「怪我は大丈夫?」

「大したことないよ。やろうと思えばすぐ治せるし」

 

 それをしないのは、モブ道を貫くためだ。

 

「……シャドーは、ここまでのことは全部読み切ってた?」

 

 シータの雰囲気が少し変わる。言うなれば、より暗く、重くなった感じだ。

 プレイのスイッチが入ったのかな。なら、

 

「勿論」

 

 僕は頷く。だって、『陰の実力者』に知らないことはないのだから。

 

「これからのことも?」

「勿論」

 

 シータは考え込むように黙る。

 

「じゃあ…………分かった」

 

 そして、覚悟を決めたような顔つきになり、目を細めた。ゼータがよくやるやつだ。

 

「ゼータが言ってた。シャドーは優しいって。故に、自分からは最善を選べないって」

「ふむ……」

「だからこそ、自分が全部を背負うって。悲劇の罪も、混乱を招いたという悪名も、そして組織からの裏切りのレッテルも」

「ふむ……」

「その先は……なんだっけ。まぁ、気になるならゼータ自身に聞いて」

 

 シータは疲れたと言わんばかりに「んー」と声を出して、伸びをする。

 ゼータの覚悟は分かった。何の覚悟かは分からないけど、まぁ、多分設定だしいいでしょ。

 

「そうか。ならば、その覚悟を無駄にはするまい」

「うん。そうして」

 

 そうして、話は一段落ついた。それから訪れるのは、お互いに話すことがなくなったための沈黙だった。

 でも、その沈黙はそこまで苦痛ではなかった。お互いが話題を探しているのが分かると何だかほっこりするのだ。

 それに、シータは元々あまり喋らない。今日は沢山話したけど、会ってから一日ずっと話さないことだってあった。だから、慣れてるといえば慣れてる。

 そんな秒針と同じ歩調で進むような時間は、唐突に終わった。

 

「なにこれ」

 

 ベッドの脇、シータの隣に突然変な扉が現れたのだ。薄汚れていて、みすぼらしい扉だけど、よく見ればどす黒い跡がある。多分乾いた血かな。

 

「ん。来た」

 

 シータは来ることが分かっていたのか、特別驚かずに、ドアノブに手をかけ、開ける。そしてそのまま中へと入っていった。

 

「うーん、どうしよう」

 

 僕も追うべきだろうか。でも、アルファたちの方も面白そうだし……。

 

「まぁいいや」

 

 僕は少し考えてから、シータの跡を追って中へと入る。

 まだ起こっていない、あるか分からないイベントよりも、目の前のイベントの方が大事だよね。

 吸い込まれるようにして入った中には、深い闇が広がっていた。

 

□□□

 

 アレクシアはだいぶ混乱も落ち着いてきた会場の来賓席に座っていた。あれから、半刻くらいは経っただろうか。

 

「あとどのくらい待てばいいかしら?」

「既に会場も落ち着いてきております。今しばらくお待ち下さい、王女」

 

 その言葉はもう三回目くらいだ。

 

「分かりました」

 

 憮然とした態度などは見せずにアレクシアは答える。

 直後、控えていたネルソンの部下がネルソンに耳打ちをする。

 

「そんな馬鹿な……」

 

 彼のその表情から、それが朗報でないことはすぐに察せる。探りを入れるならば、今がチャンスかもしれない。

 そう思い立ち、アレクシアが席を立ったそのときだった。

 

 眩いほどに真っ白な光が視界を覆う。熱さなどは感じられないただの光だ。それが全ての光景を塗りつぶし、ただ一色に染め上げる。

 

「何が起こったの……?」

 

 やがてその強い光は収束する。

 突如として起こった変事に会場は静まり返る。

 未だ明滅する視界であるが、アレクシアは目を開け、光の差した方を見る。

 

「扉……?」

 

 そこにあったのは白く大きな扉だ。チリチリとする視界はぼやけて見えないが、淡く輝いているようにも思える。

 その扉はただそこに静止するのではなく、徐々に開いていた。

 

「聖域が、応えたのか……」

 

 ネルソンの驚嘆の声が聞こえる。

 

「それは、どういう意味なのかしら?」

「今日は聖域の扉が開く年に一度の日。あの扉が何の扉かまでは分かりかねますが、誰かが聖域に干渉し、聖域はそれに応じたのでしょう」

 

 誰かとは誰だろうか。アレクシアの脳裏をよぎるのは漆黒のロングコートを纏った男だ。

 しかし、彼は既に目的を達してどこかへ消えてしまった。よもや、忘れ物を取りに来たのでもなければ、戻ってくることはないだろう。

 

「こうなっては『女神の試練』は続けられない。観客を避難させなさい」

「はっ」

 

 ネルソンがそう部下に命じる。

 

「アレクシア王女も非常事態である故、すぐに退避を───」

 

 ネルソンが言い終わる前に、アレクシアは剣を抜く。さらに、周囲を注意深く見回す。そうすれば、もうアレクシアたちは包囲されていることに気が付いた。

 一人ひとりから強者特有の圧迫感がひしひしと伝わってくる。

 

「悪いけれど、扉が閉まるまで大人しくしていて頂戴」

 

 そんな緊張感の中で、鈴が鳴ったかのような美しい声が響いた。

 声の主はコツコツとブーツを鳴らし、扉へと近付いていく。包囲する者は全員黒のボディースーツに身を包んでいるが、その声の主だけは黒いドレスのようなローブを着ていた。美しい金髪が風でなびく。

 

「貴様ら、何者だ」

 

 声の強張った調子でネルソンが言う。

 だが、アルファはその問いには答えずに、後ろ人物に話しかけ、扉の中へと消えていった。

 そのとき、一度だけ目が合ったアレクシアは確信する。

 強い……!

 その瞳から発せられる圧力は今まで経験したことのないものだった。アレクシアにとって最強はシャドウだが、その足元には及んでいるように思える。

 

「お前たちは扉が閉まるまで、そこで大人しくしていればいい」

 

 水色の髪の女はそう言って、ネルソンに剣を向ける。

 

「ひっ……」

「お前はついてこい」

「きゃー、助けてくださーい!」

 

 剣を向けられたネルソンは息を呑む。それと、何故かナツメも捕まっていた。

 

「あれは見捨てても大丈夫そうね」

 

 見るからに胡散臭い女だ。あの胸も盛っているのではないだろうか。

 

「貴様、今何か言ったか?」

「いえ、何も言ってないわ」

 

 水色の髪の女が何故か睨んでくる。本当に睨まれる理由が分からない。

 

「まぁいい」

 

 女は部下だろう人物たちにネルソンとナツメを連行させ、歩き出す。

 

「放せっ!」

 

 その瞬間、ネルソンが激しく抵抗する。が、体型からも分かる通り、普段運動してない彼はすぐにねじ伏せられた。

 

「命が欲しいなら、余計なことはするな」

 

 そうして、女の注意が逸れたときだった。

 どこからともなく現れた黒い影が女を切り裂く。

 

「よくやった! 『処刑人』ヴェノムよ!」

 

 それを見たネルソンが歓喜の声を上げた。

 

「───ッ!!」

 

 女は血を吹き出させながら倒れ……はしなかった。それどころか、傷一つ負っていないように思える。

 そして、気づいたら『処刑人』は細切れになっていた。

 

「見たか……?」

 

 女がネルソンに聞く。

 顔を真っ青にしたネルソンは全力で首を振っていた。

 

「見たか?」

 

 続いて女はアレクシアに問う。

 アレクシアも首を横に振った。

 

「ならいい」

 

 そう言って、地に伏したままのネルソンの頭頂部に手を伸ばす。髪を掴んで引きずっていこうとしているのだろう。

 だが、その手は宙を切ることになる。なぜなら、そこにはもう、()()()()()()がなかったからだ。

 

「チッ」

 

 舌打ちした女は未だ辛うじて残る髪に手を伸ばす。

 

「や、やめろ! 大事にすればまだ……」

 

 ネルソンは喚くが、結局女に連れ去られて、扉の中へと消える。ナツメも一緒にいなくなった。

 扉は徐々に閉まっていく。

 

「これは……行くしかないわね」

 

 決断すれば一直線。アレクシアは飛び出して閉まりゆく隙間に体を滑らせる。

 かなり危ないことをしている自覚はあるが、今行かないと何かが手遅れになる気がしたのだ。

 

 そして、アレクシアには一つだけとても気になることがあった。

 それは、あの水色の髪の女が切られたのをアレクシアは確かに見たのだ。その胸に刃が突き刺さるのを。

 だが、女は無傷であるかのような振る舞いをしていた。

 

「凄まじいまでの回復力……魔力制御がそれほど卓越しているのかしら?」

 

 もしあれだけの回復力があるのなら、戦闘でどれ程有利になるだろうか。

 アーティファクトの可能性もある。

 その秘密も分かればいいなぁ、とアレクシアは思った。

 




アレクシア視点の最初でネルソンに耳打ちされた内容が『処刑人』が死んだという内容でした。なのに、彼は登場してしまってますね(うっかり)。どうせ細切れになるので、まぁいいやとそのまま投稿しました。
因みに、ローズ先輩は聖域突入に間に合いませんでした。
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