扉に入った僕の視界に広がっていたのは、白い空間だった。地平線の彼方へと無限に続いてるかと思えるようなここには、一つの扉と、一人の拘束された女性がいた。
ヴァイオレットさんだ。
「あれ、シータは?」
「ここ」
扉の後ろからシータがひょこりと姿を現す。
「何してたの?」
「ちょっと探索。いいものないかなって」
その気持ちはよく分かる。僕はシータの言葉に共感した。
僕も、町を歩いているときは、銅貨や銀貨が落ちていないかと割と探していたりする。というのも、『陰の実力者』プレイにはお金がかかるから欲しいし、銅貨を見つけてはしゃぐのはとてもモブっぽい。小銭探しは僕にとっては、まさに一石二鳥なんだ。
「何か見つかった?」
「扉が一つ」
「あるね。僕も見つけたよ」
というか、ここに来て最初に見つけたね。
「ちょっといいかしら?」
とそこで、ヴァイオレットさんが口を挟む。少し虫の居所が悪いようだ。
「何かは分からないけど、ごめん」
とりあえず謝っとけばいいの精神で、僕は謝る。
「謝罪はいらないのだけれど……」
ヴァイオレットさんは、こほんと一つ咳払いをする。
「……さっきぶりね」
「今初めて会った」
「あなたじゃないわ。そっちの少年の方よ」
「そうだね。さっきは楽しかったよ」
「私も楽しかったわ。そして、私の不完全な記憶の中では、あなたが一番強かった」
「光栄だね」
僕の知る限りにおいて、ヴァイオレットさんより強い人は勿論いる。けど、彼女が本気を出したらその誰よりも強い気がする。多分。
僕はデルタとは違って戦闘狂ではない。
でも、対話は好きだ。だから、僕は本気の彼女と戦ってみたかった。
「それで、どうしてあなたたちはここに?」
「急に現れた扉に入ったらここだったんだよね」
僕の隣でシータも頷く。
「出る方法知らない?」
「……出るだけなら、"穴"を作れば出られる」
「どうやって?」
「イプシロンたちが解読中」
つまり、待っていれば出る糸口も見つかるってわけだ。
「イプシロンたちからの連絡は?」
「……ない。そして、取れない」
訂正。待ってても埒が明かないみたいだ。
「何か知らない?」
僕はヴァイオレットさんに聞いてみる。
「分からないわ」
「さっき僕と戦ったけど」
「気付いたらあそこにいたのよ」
「そうなんだ。困ったな」
僕は頭の後ろに手をやる。
さて、どうしたものか……
「……困ったの?」
「そうだね。外に出られないのは大変だ」
「なら、聖域の核を破壊すれば、出れると思う」
「聖域の核?」
シータは首肯する。
「聖域の中心には、魔力の核がある。それを壊せばいい」
「へー、それってどこにあるの?」
シータは手のひらで魔力を練る。しかし、それはすぐに、ほどけるようにして消えた。
「魔力が吸われてる先、多分」
「なるほど。吸われた魔力を追跡するのか。頭いいね」
そうと決まれば、さっさと中心を目指そう。
まぁ、早く帰らなければいけない理由はないんだけどね。
僕が褒めると、シータは胸を張って得意げにする。
「えっへん。あと、そこには───左腕も、ある」
「へー、左腕ねぇ」
物騒な話だ。人体コレクションが趣味の人でもいるのだろうか。
「まぁいいや。とりあえず行こう」
「───あなたたちの目の前に、四肢を拘束された美女がいます」
僕たちの方針が決まった頃、ヴァイオレットさんが口を挟んだ。やっぱり、虫の居所が悪いようだ。口の先が尖っている。
「いるね」
「とりあえず、助けてはみない?」
「あぁ、ごめん。修業してるのかと思った」
「なぜ」
「僕も昔、そうやって修業したからね」
魔力を探すために手段は選んでられなかったんだ。それに、実際魔力を発見してるのだから、効果はあったんだろう。
「でも、もうあれだけの魔力を持ってるんだから、その修業はいらなくない?」
「ちょっと何言っているか分からないわ」
僕は学園支給の安物の剣で拘束を断ち切る。
すると、突然視界は真っ暗になる。
「ありがと、久しぶりの自由だわ」
んー、と気持ち良さそうに伸びをする声がする。
「シータ、その手をどけてくれない?」
「ダメ。あれは目に毒」
僕の両目を塞いだまま、シータは答える。
それから少しして、ようやくシータの手がどき、僕の視界が戻ってくる。
「うん。さっきぶりの自由だ」
「ずいぶん早くていいわね」
そう言って微笑んだのは、薄いローブを纏ったヴァイオレットさんだった。さっき戦ったときの服と同じである。
「いつの間に着替えたの?」
「あなたが目を塞がれてるときにね。これが私服なのよ」
「へー」
ヴァイオレットさんは艷やかな髪を右耳にかける。それが彼女のスタイルみたいだ。
「さて、私たちの目的は一致している」
「というと?」
「聖域の核を壊すの」
「驚いた。てっきり、君はそれを止める側かと思ってた」
「何故そうなるのよ。私は解放されたいだけ」
「いいの? ここを壊して」
「いいわ。困らないもの。それに───」
ヴァイオレットさんは目を伏せる。
「───ここは少し辛過ぎる」
「なら、いっか。僕は壊すのが得意なんだ」
「あら、頼もしいわね。因みに私、魔力が使えないとか弱い乙女よ。一度ナイト様に守られてみたかったの」
彼女はそう言って微笑む。小悪魔のようないたずらっぽい笑みだ。
「因みに、君は解放されたらどうなるの?」
「消えてなくなるわ。ただの記憶だもの」
彼女はそれだけ言って歩き出す。
僕とシータは互いに顔を見合わせて、その後ろに続いた。
□□□
あの白い空間にあった扉に入ると、その先は早朝の森の中だった。木々の隙間から陽光が降り注ぎ、どこからともなく鳥の鳴き声が響く。
見覚えのないそこで、僕は辺りを見回してみた。
「ここは記憶の中よ」
「見覚えはないけど」
「シータも」
「そう……」
ヴァイオレットさんは振り向かずに進む。
「君の記憶?」
「さぁ、どうだったかしら。見覚えはあるのだけれど」
そんな会話をしつつ、静かな森の中を歩く。しばらく進めば、突然開けた広場に出る。さんさんと太陽が照りつけるその真ん中には、少女が膝を抱えて座り込んでいた。
黒髪の少女だ。
「泣いてるね」
「そうね」
ヴァイオレットさんは少女に歩み寄る。僕らはそれに続いた。
「君にそっくりだ」
近くまで寄って見ると、幼いヴァイオレットさんのようにも見える。ちゃんと瞳もヴァイオレットだ。
「似ているだけよ」
「なんで泣いてるの?」
「ママに怒られたんじゃない?」
「どうして?」
「オネショでもしたのよ」
少女は泣いていた。その体には痣がいくつもある。
「先に進むには、記憶を終わらせるのよ」
「つまり?」
「───泣いていても、何も変わらないわ」
ペチンと高い音が鳴る。
「酷いね」
「いいのよ。自分だし」
「……認めるんだ」
僕らの言葉には耳も貸さずに、ヴァイオレットさんは少女を見下ろす。
そして、世界は割れた。鏡が割れるように、空間そのものが破片のように粉々になる。やがて残ったのは、深い暗闇だった。
そんな何もない空間に、僕らはろうそくの炎のようにぼんやりと浮かび上がる。
「行きましょう」
「分かった」
「ん」
僕らは何もない暗闇の中を、魔力が吸い取られる方向に進んだ。
吸い取られる感覚以外はないんだ。
「ちょっと、何してるの」
「いや、できるかなって」
「覗かないでね」
「覗かないよ」
だから、上下を逆にして歩いてみたんだけど、意外といけた。
シータも僕の真似をして逆さまに歩く。
「……白」
「何か言ったかしら」
「んー……何も」
そして、しばらく進むと僕らは茜色の光に包まれた。
「いたっ」
「いてっ」
「遊んでいるからよ」
そこは、戦場だった。死屍累々といった体で、地平線の果てまで荒廃した大地が広がり、赤く染まっていた。
その大地の上では、血のような真っ赤な太陽が輝いている。
ヴァイオレットさんは目的地が分かっているかのように、黙々と歩く。
死体を踏んで、ぐちょりとした液体が付くのもお構いなしで歩いた。
「いいね」
いつか、僕もこんなに暴れてみたいものだ。
更に進んでみると、戦場の中心に血濡れの少女が座って泣いていた。顔を見なくても分かる。ヴァイオレットさんだ。
「また泣いてる……」
「泣き虫だったのよ。剣貸してくれる?」
「ん」
シータが腰に差していた鉄の短剣を渡す。
「なんでそんなの持ってるの?」
スライムソードの方が便利なのに。
「ん、まぁ、色々」
「ふーん」
ヴァイオレットさんは剣を構え少女の前に立つ。その顔に表情はなく、どこか別のところへ感情を追いやっているように見えた。
ヴァイオレットさんはそのまま剣を振り下ろした。
その瞬間、僕は動いた。僕はヴァイオレットさんを抱きかかえる。
「死体が……」
「動いたっ!?」
彼女も気付いたようで、目を丸くしている。
突如として動き出した死体が僕たちに襲いかかってくる。
「聖域が拒んでいる……厄介ね」
「ところで、君はここで死ぬとどうなるの?」
「始めの部屋に戻されるんじゃないかしら」
「それは面倒だ」
僕は腰の剣を抜き、迫りくるゾンビたちを斬り伏せる。その隣では、ヴァイオレットさんが蹴倒したゾンビの喉元に短剣を突き刺していた。
「圧倒的ね」
「そういう君は、魔力がないと微妙だ」
「言ったでしょう? 魔力がないと私はか弱い乙女だって」
僕はまとめて目の前のゾンビをなぐ。そして、右から手を伸ばすゾンビを蹴っ飛ばした。
「子どもを相手にしてる大人のようだわ」
「もっとマシな例えがいいかな」
「じゃあ、魔力を使えないゴリラ選手権大会なら優勝できそうね」
「せめて人にしてほしかった」
そんな軽口を交わしつつ、ゾンビを殲滅する。けど、倒した
「そういえば、あの子は? 私が短剣持っているんだけど」
「シータ? シータなら大丈夫だと思うけど……」
と、そこで、背後にいたゾンビの群れが衝撃で吹き飛んだ。その衝撃の中心にいたのは、シータだった。
「そうみたいね」
僕の言葉に、ヴァイオレットさんが同意したように頷いた。
「やっぱり訂正。ちょっとまずいかも」
一瞬空いた空白は、すぐにゾンビたちによって埋め尽くされる。やってくるゾンビをシータは蹴りや肘打ちなどで捌き、壊している。
シータの戦い方は僕や『七陰』の誰にも似てない。強いて言うなら、デルタとベータを足して、そこからデルタとベータを引いた感じだ。
シータは超至近距離での戦いを好む。故に、手に武器は持っていない。あるいは、持っていても短剣くらいだ。
僕は彼女の戦い方を『ゼロ距離戦闘術』と呼んでいる。そう呼べる程距離が近いのだ。
「おっと」
しばらく傍観していた僕をゾンビが襲う。攻撃の当たる
「全然大変そうには見えないけれど?」
ヴァイオレットさんが不思議そうに尋ねる。
今もシータはゾンビたちを屠り続けている。
「いや、そろそろだね」
僕がそういうや否や、突然シータの動きが鈍くなる。例えるなら、ガソリンのなくなった車のようだ。
そう、シータは瞬発力はピカイチだが、驚く程持久力がないのだ。
僕の『圧縮すれば魔力八百倍理論』に基づく驚異的な突進は、いかなる相手であってもその懐まで潜り込んでしまう。こちらが躱そうと動いても、どうやっているのか、スピードは殺さずについてくるのだ。
武器には、それぞれ間合いがある。いや、ここは"戦うのに適正な距離"と言おうか。それより内側でも、外側でも、武器の能力は半分以下になってしまうのだ。
シータの『ゼロ距離戦闘術』では、あらゆる武器の適正な距離の内側に入り込んで戦う。体術で戦おうにも、彼女は僕と数秒程度なら打ち合えるくらい強いから普通は大抵やられる。
僕の場合はまぁ、結局、体力切れで僕が勝つんだけどね。
そんなわけで、シータの鈍くなった動きではゾンビに対処しきれそうにない。
「僕もずっとはもたないしね」
だから、終わらせることにしよう。
僕は強引にゾンビ集団を突っ切る。
「ごめんね」
そして、未だ泣いたままでいる少女を斬った。
直後、世界は粉々に砕けて、僕らは再び闇に降り立った。
アウロラさんのシーンはアニメ版に寄せました。小説版だと、白い空間ではなく、石の空間でしたね。
アニメ見ていない方に補足をしますと、アウロラは拘束を解かれた直後は全裸です。