僕は14歳になった。姉さんも学園に行ってしまい、モブとしての平坦な日々が続いていた。
「出てきていいよ」
「うん」
夜、屋敷のみんなが寝静まる頃。
僕は僕以外誰もいないはずの部屋で呟いた。
鍵の掛かっていない窓が開き、金色の尻尾が揺れる。遅れて、黒いボディスーツに見を包んだ猫系獣人が入ってきた。
「やぁ主。良い夜だね」
「やぁゼータ。うん、良い夜だ」
『七陰』第六席『天賦』のゼータ。
二つ名の通り、器用に大抵のことはこなしてしまう天才肌の金豹族の少女だ。ただし、飽きっぽいため何かを極めることができない。
ゼータはその瞳でじっと僕のことを見つめていた。
「諜報任務の方はいいの?」
「うん。今は休暇中」
ゼータは僕のベッドに腰掛ける。
「マーキングしないでね?」
「…………。……うん」
「それで、何かあったの? 今日はベータの当番じゃなかった?」
ゼータは機嫌良さそうに尻尾を揺らす。
「ベータはイータの特製ドリンクで倒れてるよ。アルファ様は怒って説教中だし、ガンマとデルタはいない。イプシロンは部屋に籠もってたから、私が来たってわけ」
イプシロンは……スライムの研究かな。『緻密』のイプシロンの魔力操作技術は、ある方面では最早僕以上かもしれない。
「そうなんだね。最近調子はどう?」
「調子? あぁ、バッチリだよ。今は北の遺跡の調査してる」
「北の遺跡……」
「主?」
遺跡とは……中々心躍るワードかもしれない。
かつては栄華を極めた都の朽ち果てた姿。失われた古代技術が眠る施設。超常的な何かとの交信をした祭壇──
「うん。どれもロマンがあるね」
よし決めた。
「ゼータ。今からその遺跡に案内してくれる?」
「今から? いや、主が望むなら」
そう言って、ゼータは立ち上がる。それから、窓に足をかけて、
「外で待ってる」
と言って出て行った。
だが、僕はその際の余計な行動を見逃さなかった。
「マーキングはするなと言ったのに」
カーテンに付いた金色の毛を僕ははたき落とした。
□□□
闇夜の中を僕らは疾走していた。
うん。やっぱり黒のロングコートは夜に限る。TPOは大事なのだ。
「主ストップ」
気持ち良く走っていると、突然ゼータが静止した。
気のせいだろうか、若干殺気が漂っている気がする。
「うん? あぁ、なるほどね」
その理由を僕は遅れ遊ばせながら気付いた。
まるで獣のように野を駆ける気配。これは──
「ボスー!! 会いたかったのです!」
「デルタか」
デルタが走ってきた勢いのまま飛び込んで来る。尻尾がぶんぶんと凄い勢いだ。
「む? ボス! メス猫の臭いがするのです」
「やめろ。マーキングするな」
僕はマッスルでデルタを押し返す。
と、そこで、怒りに震えていたゼータがさっきより数段低い声音で言った。
「なんでここにワンちゃんがいるの?」
妙に"ワンちゃん"にアクセントが付いている。
「メス猫こそ、どうしてボスといるのです?」
デルタがガルルッ、と唸り声を上げて威嚇する。
普段なら僕は見守るところなのだが、今日はこの先に用事があるのだ。
僕は二人の間に割って入る。
「デルタはどうしてここにいるの?」
「ボス! デルタと狩りに行くのです!」
「狩りをしてたの?」
「そう! アルファ様に言われた! 一緒に狩りに行くのです!」
「何を狩ってたの?」
「アルファ様はきょーだん? って言ってたけど、多分盗賊なのです! 一緒に狩りに行くのです!」
「へー、盗賊かぁ! けど、僕は今やらなくちゃいけないことがあるんだ」
僕がそう言うと、デルタはシュンと尻尾を下げる。
「あ、そうだ!」
「うん?」
デルタはずっと握り締めていた手を開ける。中には透明な球体の水晶があった。
「これは?」
「アルファ様が、盗賊から奪ったらボスに渡せって!」
「アルファが?」
何だろう。僕の『陰の実力者』セットの資金源かな。
ありがたく頂戴しよう。
「アルファ様は、ボスが欲しがってたものって言ってたのです! それは何なのです?」
「さぁ、なんだろう。覚えてないな」
本当に覚えがないので二人で首を傾げる。
「主、もう行く」
我慢の限界を迎えたのか、ゼータが僕の腕を引っ張る。後ろでデルタの「あ! メス猫!」と叫ぶ声が聞こえるが、結局追っては来なかった。
□□□
「マーキングはやめろ」
今日何度目かのそのセリフを口にする。
「でも、主。犬の臭いがする」
「いいんだ」
ゼータは口を尖らせるが、一応は引き下がる。
「主こっち」
そこから、ゼータの案内で森を進むと、半刻と絶たずに件の遺跡が見えた。
「ここ」
そこはミステリーサークルと言える場所だった。
中央には台座のようなものがある。石の灯籠のような形ではあるが、上の部分はない。青空灯籠だ。
その灯籠を中心に、大小六つの石版が等間隔で円状に配置されていた。
「ふむ」
僕は中央の灯籠を観察する。何か球体のようなものを設置できそうな窪みがある。
「ま、やるだけなら損はないしね」
「主?」
僕はデルタから貰った水晶を嵌め込んでみる。丁度ぴったりだ。
「満月……」
ぼそりとゼータが呟いた。
「さぁ、悠久の歴史を見せてみよ」
僕は意味深に呟いた。
すると、水晶が淡く光り出す。
おぉ! これは……!
淡い光が水晶から飛び出て一つの場所に集まる。その集合体はやがて輪郭を帯び、ドアとなった。
「主これは?」
事態が飲み込めていない様子のゼータが聞く。
大丈夫。僕もなにも分かってないから。
「ふっ、行けば分かるさ」
僕はそう言って、扉の中へと入った。
□□□
中は何の変哲もない石造りの通路であった。放置されてからかなりの歳月が経ったのだろう。所々にひびが入り、そのひびを埋めるが如く苔が生え、つたが伸びていた。
ゼータは前を行くシャドウの背中を見ながら歩く。
元々、ゼータは猫系獣人なので夜目が利く。だからシャドウの姿はよく見えた。しかし、シャドウは人間だ。種族的にそのような特性はないのに、シャドウの歩みに迷いはない。
あるいは、この地のことを最初から知っていたかのようだ。
「主。主はここのこと知ってたの?」
シャドウは振り向かずに答える。
「あぁ」
それは短いものだったが、絶対の自信を感じられる響きだった。
改めてゼータは、シャドウの知識に舌を巻く。
思えば、今ここにいることは全てシャドウの想定通りだったのかもしれない。
アルファに水晶を回収するように言い、デルタに託す。鼻の良いデルタなら、離れてるシャドウの位置も分かるだろう。ゼータは道案内として──
「いや、私の役目は他にある……?」
その想定には無理があると、ゼータは思った。
もし、そこまで見抜いているなら、この場所のことは知っているはずだ。なら、ゼータを連れてきたのは他に何かしらの意味があるのではないだろうか。
ならば、ゼータの役目とは何だろう?
ゼータが『七陰』の中で秀でたものと言えば、釣りと潜入くらいだ。それ以外もそれなりにできるが、一芸として極めたと言える程ではない。
「主──」
「ゼータ」
ゼータは何かを言いかけて、けれど何と言おうとしたかは分からなくて。
そんなゼータの言葉に被せるようにシャドウがゼータの名を呼んだ。
シャドウはただ腕を組んで前方を見据えていた。
「主?」
ゼータの尻尾が揺れる。
シャドウの隣に並び、ゼータも同じ景色を見る。
そこには両開きの扉があった。片方は既に朽ち果て、もう片方も原形は留めているものの、最早その機能は失われていた。
そして、その奥は玉座の間だろう。少し高い所に玉座が見える。
ゼータは玉座の間へと入った。
中はただ広かった。広い広い空間にポツンと玉座があるだけだった。
「永遠の栄華などあり得ぬ。人が人である限りな」
それは悲哀に満ちた声だった。
シャドウは優しい。こんな名の知れぬ衰退にまで悲しみを覚えるのだから。
「これは……?」
ゼータは玉座の裏に回り込む。そこには古代文字が彫られたプレートがあった。
所々擦れて読めないが、ゼータはその内容に目を通す。
「英雄─の死……人々の──……これは、争い? 暴動……離反……これ以上は……読めないね」
けれど、何となく分かった。
この国はきっと、内部の腐敗で内から滅んだのだ。きっかけは英雄、あるいは王の死。権力闘争に民衆が巻き込まれたかは不明だが──
「王は、負けたみたいだね」
わざわざ玉座に貼ったプレートに離反なんて書いてあったのだ。王の陣営に裏切りが出たのだろう。
それに、この部屋には玉座以外何もない。いくら風化してようと、調度品などの、その残骸くらいは残る筈なのに。
「時の王は最期に玉座で何を思ったか」
気付けばシャドウは玉座に腰掛け足を組んでいた。
「それは──」
己の無力さを嘆いたか、滅びゆく国の行く末を案じたか。ゼータはそう答えようとして口を噤んだ。
ゼータはシャドウの言い回しに違和感を覚える。
何故シャドウは"最後の王"ではなく"時の王"と言ったのか。
ゼータは考え、そしてはたと気が付いた。
「主は私にこれを伝えたかったから私を連れてきた……?」
ゼータはシャドウの前に回り込む。
「主。主はもしかして──」
□□□
うん。昨晩は中々悪くないプレイだった。
僕は日が昇り始めた空を見て思う。
太古の昔に滅びた文明、その国の玉座で哀愁に暮れる『陰の実力者』。普段とちょっと趣向が違って新鮮だった。
僕はベッドに身を投げ出すようにして寝転がる。時々僕はどうしてもやるせない気持ちになるのだ。
「あぁ、どうして寿命があるんだろう」
永遠の命、憧れるね。
僕は少し愉快な気持ちのまま、微睡みの中に身を浸した。
子供のゼータと大人のゼータ、口調が少し違いますよね。今回はマスターオブガーデンのゼータを参考にしたので、書籍版のゼータよりも緩い口調になってます。