それってどこの特戦隊?
僕は今、騒然と湧く街を見下ろしていた。
様々な人種や国籍、文化を持つ人々が入り乱れる王都。けれど、そんな彼らでも、確かに"『ブシン祭』を楽しむ"という目的だけは一致していた。
今後とも決して交わることのない人々と、奇妙な一体感が生まれていたのだ。
僕はこの雰囲気は好きだ。何かありそうな感じがする。
「ふっ……約束の時間だな」
僕は薄い笑みを張り付け、群衆の中へと紛れ込んだ。
□□□
「お待ちしておりました。主さま」
「ふむ……」
『ミツゴシ商会』王都支店を訪れた僕は、何やかんやであの玉座の間に通される。すると、そこにはガンマがいた。
因みに、約束していた時間より五分だけ遅れてしまった。
「すまない。遅れた……」
「いえっ! 主さまにも何か事情があったことはお察しいたします!」
「ふむ……そうか」
特に事情はなかったけど、そういうことにしておこう。こういうときに、実力者の設定は役に立つ。
僕は玉座に座り足を組む。前見たときと同じように、ガンマと美女が跪いていた。
いいね。何度見ても良い光景だ。
「例のものは?」
「準備はできております」
ガンマがパンパンと二度手を打つと、扉が開き、何やらカートに乗ったそれが運ばれてきた。
「主さまの『陰の叡智』を参考に、改良を施したスライムです。魔力を流すと本物の肌と遜色ない質感に変わります」
「へぇー」
僕はそのスライムを顔に付けて、薄く伸ばす。何だか、顔に粘土を貼り付けただけって感じだ。
「失礼します」
そんな感想を抱いていると、ニューの声がした。彼女は彫刻刀のようなナイフを取り出し、
「どのような顔にいたしましょう?」
どうやら、彼女がメイクしてくれるみたいだ。確か、前に会ったときメイクが得意だと言っていた気がする。
「そうだね……」
僕は思案する。
ぶっちゃけてしまえば、僕は僕以外の人物に成り切れればいいのだ。『ブシン祭』にシドとして出るのは勿論、シャドウとして出るのもなんか違う気がするからね。
けど、『ブシン祭』には出たい。『ブシン祭』に出て、「何だあいつは!?」的なムーブがやりたいのだ。
そんな僕は、頭をフル回転させて考える。どうすれば、より楽しいかを。
「あっ」
「……? どうかしましたか」
「ふむ……いや、何でもない」
そんなとき、天啓が舞い降りた。『女神の試練』以来二度目の天啓だ。……ずいぶんスパンが短いね。
「あまり強くなさそうな感じで頼む」
「強くなさそう、ですか。承りました」
「それと、男じゃなくて女にしてほしい」
「ぶっ!?」
ガンマが突然コケる。歩いていないのにコケるなんて、なんて器用なんだ。
むくりと起き上がったガンマは鼻から血を出していた。
「主さまが、女装されるのですか!?」
「……あぁ」
イメージしてみたんだけど、うん。かなり良いと思う。
───国中が注目する大会に、突如として現れた不気味な仮面の戦士。その戦士は全身を漆黒のコートに包み、性別さえ分からない。だが、圧倒的な強さを持っていた。
その戦士が、決勝でマスクを取ると、なんと女だった!
……といった感じだ。
この世界じゃ、女性が強いことは珍しくはないけど、それでもインパクトはあると思う。なんなら、マスクを取るまでは男っぽい声にしてみるのもアリだ。
「女性役が必要だというのなら、ガーデンの構成員が……なんでしたら、私、ガンマもおります!」
「それは分かっている。だが……すまない」
「主さま……分かりました」
僕が全てを悟ったような低い声で謝れば、ガンマも何かを悟ったように息を呑む。
何も分かりあえてはいないけど、言葉にしなくても伝わる思考。僕は高い所と、このシリーズが好きだ。
「……それでしたら、スライムを使わずとも可能だと思いますが」
そうやって訪れた静寂を破ったのは、そこまで沈黙を守っていたニューだった。
「ほう……」
「シャドウ様は素材がとてもよろしいので、ウィッグと多少のメイクで、かなり美人になれると思います」
マスクを外せば下は美女……これもアリだね。むしろいい。
「だけど、それでは毎回メイクが必要になるでしょう?」
「それは、そうですが……」
「まぁ、いいんじゃない? 僕も多少はメイクできるし」
変装は『陰の実力者』の必須技能だ。これを会得することで、実力者は神出鬼没の称号を手にできるのだから。
「ですが、声は……」
「───これでどうだ?」
「───っ!?」
僕は声帯をイジって声を変える。若干姉さんの声に似ている気がする。
「これで、どうかしら?」
「……流石です。主さま」
ニューも頷いていた。
「よし。ならば、これで行こう……いいえ、行くことにするわ」
それから僕は、ニューにメイクを教わった。
□□□
『ブシン祭』参加受付の前にはそこそこ長い列ができていた。筋骨隆々の歴戦の猛者のような者もいれば、最近剣を持ったばかりだろう若者もいる。
アンネローゼ・フシアナスも、先程まではその内の一人だった。
「何かしら?」
後ろの方がざわついている。
既に受け付けを終え、帰路についていたアンネローゼは踵を返す。
「やんのか、このヤローッ!」
「テメー、誰に喧嘩売ってんだ? あぁ?」
人が集まり円となった中心で、二人の男が睨み合っていた。掴みかかりそうな雰囲気だ。
「まったく……」
どこへ行っても、このような手合いはいるのだ。大抵は、大して力を持たない弱者同士であることが多いが、偶に実力者も混ざっていたりする。
死人が出る前に止めようと思い、アンネローゼは見物する。
周囲からは歓声や野次が飛び交う。
「いけいけーぇ!」だの、「やれやれーぇ!」だの、無責任にも程がある。
そして、とうとう睨み合っていた男の片方が手を出した。
「いたっ、やったなこのヤローッ!」
そうなれば殴り合いが始まるのは必然。周囲の賑わいはさらに増す。
「……素人ね」
キレのない動き、次がない途切れ途切れの攻撃、過度な回避。精錬さなど一切感じられない。
「そろそろ止めよう」
だが、そんな戦い……いや、喧嘩でも決着はつく。最初に殴りかかった男は、立つこともできなくなったのか、膝から崩れ落ちる。
しかし、その状態になってももう一人は止まろうとしなかった。馬乗りになって尚も攻撃しようとしている。
「ちょっと、そこまでに……」
「───邪魔」
その声が響いたのは、アンネローゼが出たのとほとんど同時だった。
真っ黒な衣装に全身を包み、顔には狐の仮面をした人物が円の中心に割って入る。仮面のせいでくぐもっていたのか、その性別の判断さえできない。
「何だお前は!」
水を差された男は、気分を害されたのか声を荒らげて立ち上がる。
「邪魔」
「うるせぇなぁ!」
そして、血まみれになった拳を仮面の人物に叩きつけた……はずだった。
「あっ?」
だが、その拳は宙を切る。何が起こったのか分からず、動けない男の横を、仮面の人物は悠々と通り過ぎる。まるで、何事もなかったかのような様子だ。
「くそっ、何だお前ッ」
男は通り過ぎた仮面の人物の背後から殴りかかる。けれど、それも同様に空振ってしまった。
「一体何が起こってるんだ……」
ギャラリーの誰かが呟いた。
先程まで過度な興奮状態にあった男も、気が抜かれたように大人しくなっている。
仮面の人物の前方で円が割れる。誰も、この不気味な人物に関わりたくないのだろう。
だが、アンネローゼには分かる。
彼の人物は、男が殴る直前で半歩だけ横にズレたのだ。そして、絶妙な歩法であたかも歩いているようにしながら、パンチの軌道上から逃れたのだ。
「待って!」
アンネローゼは声を上げた。
ギャラリーの視線がアンネローゼに集まる。それは好奇の目であり、不安の目であり、いずれもが固唾を呑むのが分かった。
仮面の人物はゆっくりと振り返る。
「アナタ、名前はなんて言うのよ」
「……ギニュー・モリータ」
「ギニュー……」
ギニューはそれだけ言って立ち去った。
もう、喧嘩をするような雰囲気ではなかった。
□□□
無事受け付けを済ませた僕は、ルンルン気分で帰宅していた。帰りに『まぐろなるど』に寄ったので、僕の手にはサンドが二つある。
「そういえば、さっきの人凄かったなぁ」
『まぐろなるど』での出来事だが、袋いっぱいにサンドを買うエルフがいたのだ。大食い選手かな。
それはともかく、今日は大成功だった。
僕が受け付けに行くと、丁度喧嘩をやっていたみたいだった。乱入しないで行くか迷ったけど、結局頃合いを見計らって乗り込んだ。
結果は上々。
周囲の人々は、僕が去った後、「何だあいつは!?」と賑わっていた。
「本戦が楽しみだ」
本戦をより盛り上げるために、帰ってからイメトレをしなければ。
「油断大敵ですよ、シド君」
「……ローズ先輩か」
僕の首筋に冷たい感触がある。多分、練習用の細剣だ。殺気を感じなかったから、反応しなかったのだ。
「やぁ、練習かい?」
「えぇ、少し時間ができたので剣を振りに。『まぐろなるど』の行ったのですか?」
「うん。あそこの店長さんとは知り合いでね」
「そうなんですか」
僕は食べ終わったサンドの包みをポケットにしまう。
「ごめんなさい。名残惜しいですが、そろそろ時間なので失礼します」
ローズはそう言ってお辞儀する。辺りはもう、薄闇に包まれていた。
「うん、またね」
「……あの」
失礼すると言ったのに、ローズは何か言いたそうだった。
「どうかした?」
「……これから、お父さまと会います。そこで、婚約者が紹介されるそうです」
「そうなんだ……おめでとう、とは言わないでおくよ」
彼女はそれを望んでいないように思えたから。
「私はオリアナ王国の王女です。王女として多くの期待を背負い、生きてきました。ですが、私はそれをワガママで裏切りました」
「うん」
「もしかしたら、私はまた多くの期待を裏切るかもしれません」
「うん」
ローズは悲しげな表情で微笑んだ。
「ですが、今度は私のワガママではありません……いえ、どうでしょうか……」
彼女はゆるゆると首を振る。
「もし……もし、何かあったら、シド君は私のことを信じてくれますか?」
「分かった。信じるよ」
彼女はほっとしたように、息を吐く。
「あなたに信じていただけるなら、私はそれ以上は望みません。また、こうやって話せることを願っています」
ローズは顔を隠すように俯いて、そのまま立ち去ろうとする。
「ねぇ」
僕は彼女を呼び止めて、持っていたもう一つのサンドを投げた。
「これは……」
「あげるよ」
「……ありがとう」
ローズは柔らかく微笑んだ。
シドくんはジミナではなく、ギニューとなりました。因みに、漢字表記は「偽乳」です。ゆったりしたコートで隠してはいますが、ばっちり盛ってます。
イプシロン「───!?」
ノリだけで書きました。