陰のボスになりたくて!   作:若林布吉

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緩い話が多くなりそうとか言いましたが、がっつり真面目な話が入りました。


嘘は良くないと思うんだ

 結局、『ブシン祭』の決勝にて、クイントンはギニューに完敗した。やりたいことは何もさせてもらえずに、あっという間にやられてしまったのだ。

 その一報に、闘技場マニアたちは大いに湧いた。

 だが、それと同時に困惑もしていた。なぜならば、ギニューの試合は全てたったの一撃で終わってしまうからだ。

 クイントンに代表される歴戦の猛者たちを次々と破ったことから実力は保証されている。

 では、その底はどの程度なのか。果たして、現王国最強のアイリス・ミドガルや、かつて名を馳せた『武神』ベアトリクスに匹敵し得るのか。

 マニアたちの間で熱い議論が交わされた。

 その議論の末に、大勢を占めたのは様子見というものだった。それは、ギニューの経歴があまりにも不鮮明であったためだ。

 過去大会の出場記録なし、性別不明、出生不明。その剣も、ほとんどの観客には見ることすらできない。見れた者の話によれば、『凡人の剣』だ、あるいは新しい流派だなどと、情報が錯綜していた。

 そんな状況で、分かることから出されたマニアたちの主な見解は、その圧倒的な速さで押し切ったというものだった。その速さが、果たしてアイリス以下、『ブシン祭』本戦の(つわもの)に通用するか。それが主要な争点となり、結局答えは出ず、様子見ということに相成ったのだ。

 

 本戦は来週から始まる。誰もが、そのときを今か今かと待ち望んでいた。

 

□□□

 

 そんなこんなの今日この頃、僕は自分の部屋にて、恐ろしい姉さんにマウントを取られ、首を締められていた。

 

「アンタ、今私のこと馬鹿にしたでしょう」

「ま、まさか。親愛なる姉さんへの讃美歌を歌っていたとこだよ」

「親愛なる、ね」

 

 僕の首を締める力が強くなる。

 

「私が寮の前でアンタを待っているとき、何を考えていたか分かる?」

 

 窓から差す朱色の陽光のせいで、姉さんの顔に暗い陰ができる。

 そもそも、なんで僕はこんな状況に置かれているのだろう。僕は今日一日を振り返る。

 ……いや、振り返るまでもなかった。モブの一日は、山なし谷なしなのだ。語るまでのことはない。

 寮母さんに姉さんの到来を告げられた僕は、賭けに負けてすっからかんになったヒョロと街をほっつき歩いていたんだ。

 なんて素晴らしいモブライフなんだろう!

 それで、帰ってきたら姉さんに押し倒され、今に至るわけだ。

 

「今日はいい天気だなぁって」

「そんなわけないでしょ。馬鹿にしてるの?」

 

 そろそろ意識が飛んじゃいそうだ。何とか姉さんの気をそらさないと。

 ……いや、待て。それは割とアリかもしれない。

 

「もしかして、このまま落とされようとか考えてないわよね」

「あ、当たり前だよ」

「ならいいわ。それで、何の話だったかしら」

「姉さんが素晴らしいって話じゃなかった?」

「そうね。具体的にはどこがいい?」

「すごく目つきが悪い」

 

 更に強く首を締められる。

 

「目がすごく愛らしい」

「あとは?」

「気性が荒い」

 

 僕の腹に膝蹴りが入る。

 

「すごくお淑やか」

「そこまでほめなくてもいいわよ」

 

 姉さんはコホンと咳払いをする。

 

「……で、『ブシン祭』の話だったわね」

「あれ、そうだっ……いや、そうですね」

「アンタ、明日は必ず見に来なさい」

「えっ、今年は姉さん出ないでしよ?」

「……なに? 私と行くのは不満なの?」

「僕には用事が───」

 

 姉さんの鋭い視線が僕を睨む。

 

「───ないなんて素晴らしいね!」

「そう。それは良かったわ」

 

 機嫌良さそうに頷いた姉さんは、僕の拘束を解き、ポケットからチケットを一枚出した。

 

「これは?」

「『ブシン祭』の特別席よ。普通じゃ手に入らないんだから」

「僕は普通の席でいいんだけど……」

「いいから受け取りなさい」

 

 姉さんは乱暴に、僕の手にチケットを握らせた。

 

「じゃあ、明日迎えに来るわ」

 

 そして、僕の部屋から出て行った。

 

「はぁ疲れた」

 

 僕はそれを見届けて、ベッドに寝転がる。

 

「明日のイメトレでもしようかな」

 

 予想外の予定もできてしまったし、もう一度明日の行動計画を立てた方がいいだろう。

 僕は目を瞑り、イメトレを開始した。

 

□□□

 

 週が明けて『ブシン祭』本戦が始まった。

 僕は姉さんに連れられ、なんかゴージャスな扉の部屋へと通される。

 というか、明らかにここVIP席なんだけど。このチケットも、よく見れば金箔が貼られている。姉さんは一体どこで、これを手に入れたんだ。

 通された部屋に入った僕は、正直踵を返そうか迷った。

 ここにいるのは、どこかで見た覚えのある大貴族の皆様とそのご家族。学園の上位カースト勢はだいたいセットでいる。

 

「無礼のないようにね」

「分かった」

 

 僕は姉さんの影に隠れて空気になる決意を固める。陰に潜み、光明を欺くんだ。

 

「なんか良いね、今の」

「シッ! 静かに」

 

 姉さんが肘で僕をどつく。「言っただしょ」と口が動いた。

 

 それから、僕らがチケットに書かれた席の前に来たときだった。

 

「失礼します。アイリス王女」

「えっ?」

 

 僕らの席の隣にはなんと、この国の王女アイリス・ミドガル、その人が座っていたのだ。しかも、姉さんと顔見知りなようである。

 ……いや、それよりも驚くべきは、姉さんがまともに敬語を使えるということだろうか。

 

「痛っ」

「アンタも挨拶しなさい」

 

 姉さんに促され、僕は一歩前に出る。

 こんなとき、モブならばどうするだろうか。

 僕の明晰な頭脳は、その答えを直ちに導き出した。脳裏にちらつく、まるで仏のようなモブ友の姿が眩しい。

 

「こここ、こ、これは、アイリスおうにょ! 私はシド・カゲノーと申しまふっ。それでは、失礼いたしまふ」

「ちょっと、どこに行くのよ」

 

 はっ! つい本能的にこの場を辞そうとしてしまった。王族パワー恐るべし。

 

「すみません。彼は弟なんですが、見ての通り、少々変わり者でして……」

 

 噛み噛みの自己紹介をした弟に代わり、姉さんがその場を取り繕う。

 正直、ここからつまみ出されても文句の言えない完璧なモブを演じたわけだが、流石はアイリス王女。完璧な笑みを浮かべて対応した。

 

「そちらが、この前話されていた弟さんですね。大丈夫ですよ」

「あのー……姉さんとはどういったご関係で?」

「色々あって、卒業したら『紅の騎士団』に入団することになったのよ。この前言ったでしょ?」

「あぁ! そうだった!」

 

 あれ、そうだっけ? 姉さんの話は大体聞き流してるから分からない。

 

「ふふっ、とても仲がよろしいのですね」

「いや、そんなことは……」

「そうなんですよ」

 

 姉さんが、アイリス王女からは見えない位置で、僕の足を踏む。

 

「立ったままではなんですから、どうぞ座ってください」

「ありがとうございます」

 

 アイリス王女に促され、僕たちは椅子に座る。無駄にふかふかだった。

 

「あら姉様、そちらの方は?」

 

 と、丁度そのとき、また別の声が割って入る。

 誰か、は考えるまでもないだろう。この国に、アイリス・ミドガルをお姉様と呼ぶ存在は一人しかいないのだから。

 

「戻ったのね、アレクシア。こちらは『紅の騎士団』に入団予定のクレア・カゲノーさんと、その弟のシド君です」

「そうなんですか。……ごきげんよう」

 

 アレクシアはお淑やかな王女らしく、お辞儀をする。それが、彼女のイメージからズレているように、僕には感じられた。

 動きに不自然な点はないんだけど、なんとなくそう感じたのだ。

 アレクシアは姉さんを見定めるように眺めた後、席に座る。そのとき、一瞬だけ目が合った。

 

「姉様」

 

 アレクシアが首を振る。

 

「そうですか……」

 

 アイリス王女はそれを見て目を伏せた。

 

「どうしたんですか?」

「それは……」

 

 アイリス王女は言い淀む。

 あっ、これ聞いちゃいけないやつだ。

 

「えーっと、トイレに行ってきます」

 

 そういうときは、席を外すに限る。そのまま試合時刻まで、別の場所で観戦でもしていようかな。

 棚からぼたもち的に、この場から離れるチャンスを得た僕は立ち上がる。

 

「姉様、私もお手洗いに」

「試合までには戻ってくださいね」

「分かっています」

 

 アレクシアもお手洗いのようだ。

 二人で行く間柄でもないし、王女の隣を歩くモブなんて普通はいない。僕は気配を消して、誰にも気付かれないように、その場から離れる。

 

「待ちなさい」

「うん?」

 

 ただ留意すべきは、僕は気配を消しているだけであって、姿は消せないということだ。つまり、認識しにくいだけで、がっつり姿は見えている。

 僕はゆっくりと振り返った。

 

「トイレはそっちじゃないわよ」

「へ、へぇ……」

 

 結局、僕はアレクシアの後ろをついていくことになった。

 

□□□

 

「……」

 

 ゴージャスなVIPルームを出て、僕らは無機質な廊下を歩く。その廊下で、コツンコツンと不規則に、硬質な音が二つ響く。

 その内の一つ、前を行く足音が止まった。

 

「どうしたの? ここはトイレじゃないよ」

「分かってるわ」

 

 アレクシアは振り向いた。

 

「……あなた、クレアさんの弟だったのね」

「そうだね。あんまり嬉しくはないけど」

「その言葉、後でクレアさんに言っておくわ」

 

 それは……面倒なことになりそうだ。

 

「というのは冗談でね。僕は姉さんは好きだよ」

「口が歪んでいるわ」

「……僕は性根が歪んでいるから、口も歪むんだ」

「なるほどね」

 

 なんとか誤魔化せたようで何よりだ。僕はほっと胸を撫で下ろす。

 

「じゃあ、そんな性根が曲がったあなたに聞きたいことがあるんだけど」

「なに?」

「先日の『女神の試練』───あそこで、何があったの?」

 

 アレクシアは腕を組み、壁にもたれかかる。

 

「質問の意図が分からない」

「そのままの意味よ。シャドウ───あの黒ずくめの男ね───が現れたとき、何があったのかを聞いているのよ」

 

 廊下に設置された大枠の窓からは、沢山の光が注ぎ込まれている。しっかりとした造りの割に、今日が晴れということもあって、意外とここは明るい。

 そんな窓際に一羽の黒いカラスが降り立った。黒い影が大きく伸び、カラスはそのクリっとした瞳を怪しく光らせ、窓をつついていた。

 

「さぁね」

「あなたは近くで見ていたでしょう?」

「生憎、僕は気絶してたから。お腹に穴が空いていたわけだし」

 

 僕は肩を竦めてみせる。

 

「そんなわけで、僕は何も見てない」

 

 腕を組むアレクシアの視線が険しくなる。

 

「なら、『女神の試練』が始まったとき、違和感はなかった?」

「特に何も」

「嘘を吐いたり、隠し事をしたりするのはオススメしないわよ」

「嘘は言ってないし、隠し事はないから大丈夫」

 

 アレクシアは舌で唇を湿らす。僕は窓際の出っ張りに腰をかける。僕の影と、黒い影が重なった。

 

「それなら、どうして彼女が呼ばれたのかしら?」

「彼女?」

「えぇ。『災厄の魔女』アウロラ。とてもじゃないけど、あなたと釣り合う相手ではないわ」

 

 どうやら、ヴァイオレットさんの名前はアウロラと言うらしい。あのとき会った女性は彼女しかいないからね。多分そうなんだろう。『災厄の魔女』ってなんかカッコいいね。

 

「君も見ていたのなら、全く釣り合ってなかったのは知っているでしょ?」

 

 なんせ、一撃でやられたことになっているからね。

 

「そうね。一撃で気絶させられていたわね」

「そうだよ」

「───並の魔剣士なら、即死だったかもしれないけどね」

 

 僕らはしばし、無言で見つめ合う。

 

「運が良かったんだ」

「もう一度言うわ。何か隠しているなら、吐いた方が身のためよ」

「何回聞いたって、僕の答えは変わらないよ。だって、気絶してただけだからね」

「……そう。気絶して、運が良かった。そういうことね?」

「大体そう」

 

 僕は座っていた出っ張りから降りる。それに合わせて、黒いカラスは飛び去った。窓辺残るは、カラスの残した黒い羽根一枚だけだった。

 

「で、トイレはどっち?」

「……突き当たりを右よ」

 

 僕はアレクシアの指差す方を見る。かなり遠くに、壁が見えた。

 

「突き当たりってあそこ?」

「そうよ」

「なんか遠くない?」

「遠回りしていたもの」

「なるほどね」

 

 僕はアレクシアの前を通り過ぎる。もう彼女には、トイレに行く気はないようだ。

 この後はどう時間を潰そうか。僕が今後の計画を立て始めたときだった。

 

「───エルフの匂いがする」

 

 ハスキーな女性の声が、廊下に響いたのだった。

 




アレクシアが出ると話が重くなる不思議。
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