陰のボスになりたくて!   作:若林布吉

36 / 96
作者の思いは全てタイトルに詰まっています。


タイトルを付けるのが難しいときってあるよね

「エルフの匂いがする」

 

 その声に僕は振り返る。すると、そこには色褪せた灰色のローブを着た人物がいた。青色の瞳が、フードの隙間から僕のことを見据えている。

 

「エルフの匂い?」

「そう。エルフの知り合いがいる?」

 

 その青色の瞳は、僕を探るように覗き込んでいる。

 

「エルフの友達なら、何人かいるよ」

「……エルフの友達?」

 

 僕の言葉に、アレクシアが首を傾げる。

 

「あなた、エルフの知り合いがいたの?」

「そうだよ。僕の実家の近くは森だからね」

 

 本当は関係ないけど、勘繰られると面倒だからね。

 僕は完全には嘘じゃない嘘を吐いた。真実の中にちょっぴり虚構を混ぜるのが、上手い嘘の吐き方だ。

 

「ふーん」

「話しているところすまないが、私はエルフを探している」

 

 ハスキーなヴォイスの彼女は、言葉通り申し訳なさそうに言った。

 

「そうなんだ」

「かわいい子だった」

「へー」

「心当たりはないか?」

「うーん、ないかな」

「私とよく似ているはずだ」

「そっか」

「私とよく似たエルフに心当たりはないか?」

「あのー……」

「心当たりあるか?」

「ローブで顔が見えないんだけど」

「……そうだった」

 

 ハスキーヴォイスな彼女は顔のローブをとって、素顔を曝した。 その顔は、アルファの親族と言われれば信じられるほどには、よく似ていた。

 だけど、僕は何も反応しなかった。

 いや、意識して何も反応しないようにしたんだ。

 

「……ちょっと心当たりはないかな」

「また嘘?」

「僕が嘘ばっか吐いてるみたいに言わないでほしいな」

 

 まぁ、間違ってはいないんだけどね。

 とりあえず、今度アルファに会ったら確認したほうがいいかもね。

 

「そうか……」

 

 ハスキーなヴォイスの彼女は残念そうに肩をすくめて、僕を見る。そして、自然な動作で剣を抜いた。殺気も予備動作もない完璧なる一撃。

 それでも、僕は反応しなかった。分かってる。これはあれでしょ。寸止めってやつ。

 

「うわっ」

 

 僕は当たるかどうかの絶妙なタイミングでバランスを崩す。どうせ当たりはしないけど、この方がモブっぽい。

 そのまま、僕は無様に尻餅をついた。

 

「なんて自然な剣……」

 

 アレクシアが呟いた。

 

「むむ?」

 

 エルフでハスキーなヴォイスの彼女は首を傾げた。

 

「間違えた。ごめん。もう少し強いかと思った」

 

 そして、僕に手を差し伸べる。僕はその手を掴み、弱々しく立ち上がった。

 

「君の名は?」

「し、シド・カゲノーです」

 

 少し怯えた風に、僕は言った。

 

「なんか胡散臭いわね……」

 

 失礼な。どこからどう見ても、純粋なモブだろうに。

 美人でエルフでハスキーなヴォイスの彼女は、僕の手を握ったまま離さない。

 

「あの……?」

「いい手だ。君はきっと強くなる」

 

 更に美しく微笑んだ。

 すごくアルファに似ている。

 

「私の名はベアトリクスだ」

「ベアトリクス!?」

 

 アレクシアが素っ頓狂な声を漏らす。見れば、目が真ん丸になっていた。

 

「知り合い?」

「そんな訳ないでしょ。むしろ知らないの? 『武神』ベアトリクスという名前を」

「あー、どっかで聞いたことがあるような気がしないでもない」

「あなたね……」

 

 アレクシアはやれやれと言いたげに、ため息を漏らす。それから、ベアトリクスの方へと向き直る。

 

「探している人がいるそうで」

「そうだ。何か知らないだろうか」

「生憎ながら、そのような人物に心当たりはありません」

「そうか……」

 

 アレクシアはコホンと咳払いをする。

 

「ですが、協力はしましょう。もし、探し人が王国内にいるのなら、必ずや見つけ出します」

「それはありがたい」

「なので、まずは姉様……アイリス王女に話を───」

「その必要はない」

「───通して騎士団を……えっ?」

 

 アレクシアは言葉を失ったようだ。口をパクパクと開閉させている。

 そんな彼女に気が付かないのか、ベアトリクスはそのまま続けた。

 

「実は、先日アイリス王女と会ったんだ。そのとき、協力は惜しまないと言ってくれた」

「へ、へぇー、そうなのですか」

 

 アレクシアの笑顔が微妙に引きつっている。口元に手を当て、おほほほとか言っていた。

 

「ま、まぁ、私も出来る限りのことはいたしましょう」

「よろしく頼む」

 

 何とも言えない微妙な雰囲気で、沈黙が舞い降りた。

 どうするんだ。この状況。

 僕はアレクシアの方を見る。……駄目だ。愛想笑いを浮かべるだけで、なんら動きそうにない。

 続いて、ベアトリクスの方を見る。……駄目だ。何やらまぐろサンドを頬張るばかりで、動きそうにない。

 こうなれば、僕の取るべき行動は一つだろう。

 僕は意を決して、手を上げた。

 

「トイレ行ってきます」

 

 僕は二人の反応を待たずして、その場から脱した。

 その後二人がどうなったのかは、僕は知らない。

 

 ……でも、あの『武神』ベアトリクスという人物は結構強いね。

 

□□□

 

 アイリスは特別席で、試合が始まるのを待っていた。

 

「もうすぐ試合が始まるというのに、あの子は何をしているのかしら……」

 

 トイレに行ったきり、戻ってこない妹を思い浮かべる。

 

「大丈夫ですか? アイリス様」

「えっ? えぇ、大丈夫です。少し、考え事をしていました」

 

 アイリスの隣に座るのは、クレア・カゲノーという魔剣士学園の生徒だ。学園での成績は優秀で、一応は男爵家の出ということもあり、一定の礼節も弁えている。

 そんな彼女には、いくつかの騎士団から勧誘があったようだが、今は『紅の騎士団』への加入がほとんど確定的に決まっていた。

 

「組織の拡充は急務、ね……」

 

 それは『聖地』リンドブルムから帰ってきたアレクシアが進言したことだった。

 出来るだけ信頼できて、なるべく優秀な人材を集めて『紅の騎士団』を強化するべきだ、と。

 

「それができたら苦労はないのよね……」

 

 人材もそうだが、騎士団の予算が通らないというのも大きな障壁だ。このままでは、まともに人員を増やすことすら覚束ない。

 

「はぁ……」

「気分が優れませんか? アイリス王女」

 

 アイリスの隣の席に、男が座った。そこは、シドという少年の席だ。

 

「その席は……」

「何か?」

 

 隣に座った男を見て、アイリスは出そうになった言葉を飲み込んだ。

 

「いいえ、何でもありません───ドエム殿」

 

 別に席は用意されているはずだが、ここで指摘しては、彼を遠ざけているように思われるかもしれない。それは国家間のいらぬ摩擦を生みかねない。

 シドには悪いが、ここは口を噤むが吉だろう。

 

「ご機嫌麗しゅう」

 

 ドエムは優雅に微笑むが、その目は笑っていなかった。

 

「アイリス様と観戦できるとは、夢のようですな」

「お戯れを。ドエム殿には婚約者がおられるではないですか」

「おや、まだ非公式なのですが……流石はアイリス様。お耳が早い」

 

 この男、ドエム・ケツハットにはあまり良い噂がない。それは、彼がミドガル王国へ訪問するに際し、色々調べ回ったグレンから聞いたことだ。

 元はしがない貴族であったにも関わらず、宰相まで登り詰めた経歴。そこに至るまでに、彼の周りでは不審死が相次いだという。その範囲は、競争相手となっていた大貴族から始まり、対抗勢力の貴族や従者、果てはその親族にまで及ぶ。

 更に、不確定ではあるが、相当数の平民、それも貧困に喘いでいた人々も姿をくらましている。まず借金などの形に使い潰されたのだろう。

 アイリスは、そんな彼に対する不信感はおくびにも出さなかった。

 

「オリアナ国王のお加減はまだ優れませんか」

「そうですね。本日も欠席されるそうです。ですが、明日は出席されるとのことですよ」

「そうなのですね。明日は丁度、ミドガル王も出席されます」

「それはそれは。奇遇ですな」

 

 ドエムはハハハと声を上げて笑うが、やはりその目には何の感情も宿ってはいなかった。

 

「……それで、アイリス様はこの試合をどう見られますかな」

 

 ドエムが会場を見て言った。

 今は折よく選手が入場してきたところだ。

 対戦カードは、ローズ・オリアナ対ギニュー・モリータだ。

 アイリスは一旦気持ちを切り替え、会場を見下ろす。

 

「順当に考えれば、ローズ殿と言いたいところですが……」

 

 アイリスはちらっと、ドエムを流し見る。

 

「何か懸念点でも?」

「……そうですね。あのギニューという人物は、予選で何人もの強者を打ち倒しています。あるいは、今大会のダークホースとなるかもしれません」

「そこまで言うとは。いやはや、試合が楽しみですな」

「……」

 

 薄い笑みを浮かべて、手を組むドエム。

 

「私の婚約者には、是非とも頑張っていただきたい」

 

 その瞳に一瞬、ギラリと怪しい光が灯るのを、アイリスは見逃さなかった。

 

□□□

 

 ローズは深く呼吸をし、『ブシン祭』本戦の場内へと足を踏み入れる。

 多くの歓声が入り乱れ、右を見ても、左を見ても人で埋め尽くされていた。

 一度、ローズが足を踏み入れれば、白鳥が水面から飛び立つが如く、どっと会場全体が湧き上がる。その盛り上がりが熱気を生み、うねりくねって熱狂となっていく。

 そんなある種一体感に包まれた会場で、ローズの心には深い影が差し込んでいた。

 

「さぁ、始まりました『ブシン祭』! 今年も古今東西、津々浦々! 国内からも国外からも、有名無名の実力者が揃いました!」

 

 魔力で増幅された司会の声が大きく響き渡る。その大きさに負けじと、観衆の盛り上がりも更に爆発した。

 

「さて、そんな『ブシン祭』の映えある第一試合はぁぁっ!!」

 

 そこで司会はぐっと溜めを作る。

 そこまで溜めなくとも、みんな知っているはずなのに。

 

「はぁぁっっ!!」

 

 まだ溜める。

 

「ぁぁぁっっっ!!」

 

 まだ溜める。

 もういいのではないだろうか。会場も静まり返っていた。

 

「───ローズ・オリアナ対ギニュー・モリータだぁーっ!!」

「「うぉぉ!!」」

 

 もう盛り上がれば何でもありなのだろうか。

 そう思いつつも、ローズはギニューと向き合った。

 

「それでは用意はいいですかー?」

 

 司会が元気に吠える。

 それにしても、不思議な人物だ。彼の、ギニュー・モリータという人物からは、全くと言っていい程、殺気を感じない。

 いや、殺気だけじゃない。その実力も全く分からなかった。

 言うなれば、自然。森に木が生えているかのように、そこに存在するのがもっともらしく思えるのだ。

 これは、油断ならない相手だ。

 

「……」

 

 ローズは全ての感情も、迷いも、葛藤も心の奥にしまい込む。

 そして、遥か上空、空の彼方へ飛び立つように集中する。あるいはそれは、深い海の底へと沈着するに等しい行為でもあった。

 いずれにせよ、頭に蔓延る(はびこる)雑念を排し、この戦いのみに気を向けたのだ。

 それは、そうしなければ勝てないことは疎か、かすり傷一つ付けられないとローズの本能が告げている証でもあった。

 

「それでは第一試合、ローズ・オリアナ対ギニュー・モリータ───始め!!」

 

 そして、試合が始まった。

 




ドエム関連は捏造です。
ローズ先輩に何があったのか。次回へ続く。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。