陰のボスになりたくて!   作:若林布吉

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どうもお久しぶりです。
今回はリハビリも兼ねたシータ回でございます。
五ミリくらいは話が進みます。



外伝 星を見る角度

 シータの生まれは、エルフとしてはごくごく平凡なものであった。

 場所は深い森にある、小さな集落だ。さして難産などではなく、障害だって持っていない。家族も普通に親兄弟、姉妹がいて、実に良好な家庭環境だった。

 そんなシータは、今と同様昔から、どこかボケッとしていた。何を考えているのか。物心付いたときから、あるいはその前から、毎日ぼーっと何かを眺めていたのだ。

 それは例えば、木々が生い茂る森であったり、母が料理支度する姿であったり、はたまた地面に隊列を成すアリたちであったり。

 とかく、周囲からは不思議な子と評されていた。けれども、これまた不思議なことに彼女は可愛がられていた。

 そんな環境下で、すくすく育ったシータはいつしか空を見上げるようになった。

 朝も、昼も、夜も。

 何をするわけでもなく、飽くこともなく。

 ただ、じっと空を眺めていたのだ。

 そんな少女を、当然周囲は怪訝に思った。けれど、元々の性質故に、半ば放置されていた。

 

「なんで、君は空を見てるんだい?」

 

 そんな折、彼女に声を掛けた男がいた。

 シータが十一歳のときだ。

 明るい茶色い髪に、黄色の瞳、焦げ茶の薄汚れたマントを纏った人間の男。二十代くらいだろうか。この集落では見ない顔だ。

 シータがちらりと見れば、男はニヤリと笑みを浮かべた。

 

「……なんか、胡散臭い」

「おぉ! これは手厳しいねぇ……」

 

 額に手を当て、男がハハハと笑う。どちらかと言えば、「HAHAHA☆」だろうか。

 

「あなた、だれ?」

「俺? 俺はそうだなぁ……旅人、かな?」

「旅人?」

「そそ。世界中を旅してさ。見たいものを見て、食べたいものを食べて、行った先々で色んな奴と出会って、馬鹿騒ぎして」

「……」

「毎日がハッピーなんてことはないけど、それなりに楽しく過ごしてる」

「へぇ」

 

 男の方は見ずに、シータは答えた。

 太陽は西の空へと姿を消して行き、けれども、残光によって未だ鮮やかな朱色がそこには残っている。その些細な朱色の抵抗を押しのけるように、東の空から紺色の波がやってきた。

 それら二つの境は、丁度二人の真上に位置していた。大地と海の境界のように、儚く、脆く、互いが互いと混ざり合っている。

 

「ま、君はならない方がいいよ」

 

 その光景に目を奪われていたシータの耳に、そんな声が届いた。

 

「どうして?」

「……家族を、大事にするといい」

「……」

 

 男はそれしか言わなかった。

 

「さてと」

 

 男は立ち上がってパッパと土を払い落とす。払い落とされた土は、むわりとホコリになって、周囲に飛散した。

 

「ぺっ」

「あら、ごめんよう」

 

 その一部が口に入ったシータは、ぺっぺっとつばを吐いた。

 

「じゃ、俺はもう行くよ」

「……名前は?」

「俺の?」

 

 シータは頷いた。

 

「そうだねぇ……ディディ。一部地域で、そう呼ばれてる」

「ディディ? 変わった名前」

「そうかな? ……そうかもね」

 

 ディディはひょいっと肩を竦めた。

 

「君は?」

「……」

「そっ、言いたくないならいいよ。じゃね」

 

 ディディはそう言ってその場から離れた。

 シータは、ただ黙って空を眺めていた。

 

□□□

 

「でさでさぁ、そん時空からねぇ───」

 

 あれから、ディディは毎日のようにシータの顔を見に来た。勿論、ずっと一緒というわけではないが、シータを見つければ薄い笑みをたたえながら、彼は近付いてくるのだ。

 少し鬱陶しい。

 

「そんで、バァーッとね、雨が降って来たんだ。いや、ザァーッと、かな?」

 

 そして、彼はぼーっとするシータの隣に座り、色々な話をした。

 自分が旅をして龍から逃げる話、旅先で聞いた怖い話、知らない町の知らない女が可愛かった話等々。本当に種々様々で、時にはシータの興味を惹くものもあった。

 まぁ、鬱陶しいことに変わりはないのだが。

 

「どっちでもいい」

「んー、まっ、そうだね」

 

 因みに、今話しているのは、水がなくて困っていたら雨が降ってきたという話だ。

 

「いやぁー、あん時はホントに死ぬぅ! って思ったよ。それこそ、龍から逃げたときより覚悟した」

「……なんでそんなことになったの?」

「そんなことって?」

「水不足」

「ハハッ、なるほどね」

 

 ディディはペロリと自分の親指の腹を舐める。彼はよく、この動作をする。

 

「逃げてたんだよ」

「龍から?」

「うーん、それなら笑い話で済んだんだけどねぇ……」

「じゃあ、何から?」

 

 ディディは黙った。考え込むようにして、顎に手を当てている。

 ……思い出しているのだろうか。

 意外と、衝撃的な事柄の前後って忘れがちだというし……。

 いやでも、この話はそんな衝撃的だろうか。ちょっと水がないときに、雨が降ってきたというだけの話だ。

 

「……まぁ、いいか」

 

 シータは難しいことを考えるのは辞めて、空を見た。もう日は落ち、薄暮(はくぼ)特有の陰った空が見える。

 だが、陰ったからと言って、その魅力までもが失われたわけではない。

 むしろ、こうして闇が下りた頃こそ、もっとも空の輝ける時間なのだ。

 

「……」

 

 シータは空が好きだった。

 どうしてかは分からない。分からないから、好きに理由は必要ない、と結論づけた。細かいことはどうでもいいのだ。

 日がな一日中、シータは空を見ていた。ぼーっとして、何かを考えるときもあれば、心を無にするときもある。

 周囲は止めなかった。まだ子どもだからと。

 だから、シータは止めなかった。

 ずっと。ただ、ずっと。真上の空を眺めていたのだ。

 そうしている間は、シータの心は夕凪のように穏やかであった。

 ───最近シータがちょっと気にしていることも、忘れることができた。

 そんなことを考えていると、隣のディディは地面に寝転がった。

 

「そうだねぇ、龍ではなかったんだよ。あれはなんというかねぇ……」

 

 何とも難しそうな顔をしていた。

 

「……何の話だっけ?」

 

 だが、そんなディディの思案はシータの一言により吹き飛んだ。

 たった数分沈黙しただけで、彼女はもう話の内容を忘れていたのだ。

 いや、あるいはちょっとど忘れしているだけで、少し取っ掛かりを話せば思い出すかもしれない。

 ディディは「あー」と間抜けな声を発した後、

 

「雨が降ってきたって話に至る経緯の話だったんだけど……」

「───?」

「あーぁ、いや、いいよ。誰しも忘れることはあるさ」

 

 ディディは「よっ」と言って足を使い、勢いよく立ち上がった。

 それから、パパッと土を払う。慣れたものだ。

 

「ぺっ」

「おや、すまないね」

 

 そして、巻き上がる粉塵にシータがつばを吐くのも最早ルーティンだ。

 

「なんかごめん」

「んぅ? 何が?」

「話聞いてなかった」

「あぁ、それね。別にいいさ。つまらない話は右から左が世の常さ。全部まともに聞いてなんかいたら、道に迷っちゃう」

「……何の話?」

「いつか、分かるよ」

 

 ディディは肩を竦めて立ち去った。ひらひらと手を振る後ろ姿が印象的だった。

 

□□□

 

 それから、ディディを見ることはなくなった。もう行ってしまったのだろう。彼は旅人だから。

 多少寂しさは覚ゆれど、それ以上の感傷はない。いつか、こうなることは分かっていたし、元の状態に戻っただけなのだから。

 だが、シータはその日を境に部屋に閉じこもるようになった。親にも、兄弟にも何も言わずに、ただ拒絶するように、閉じこもったのだ。

 勿論、周囲は心配した。今までこんなことはなかったのだから。

 

「なぁ、少し話をしないか?」

「やだ」

「……」

 

 誰の言葉にも全く耳を貸さなかったのだ。

 しかし、ずっとこうしているわけにもいかない。故に、両親は意を決し、戸を蹴破った。

 そして目にしたのは───誰もいないがらんどうの部屋だった。

 

「ティーフ! ティーフどこだ!?」

 

 父は叫んだ。喉が枯れるまで、"ティーフ"と叫び続けた。その声は集落全域に届いたようで、ポツリポツリと周辺の人が様子を見に来た。

 母は泣いた。咽び、嗚咽し、ただただ静かに崩れて、泣いた。

 彼らが森へと探しに行かなかったのは、ともすれば悟っていたのかもしれない。

 何を?

 それを知ってしまえば、きっともう戻れない。もう"ティーフ"は戻らないけれど、それを知れば、もっと多くを捨てなければならない。

 そんな予感が二人にはあったのかもしれない。

 

 結局、シータは失踪したことになった。そのことについて、何故探しに行かないんだ! という声もあったが、シータの両親は断固として探しに行かなかった。

 それが、己にできる最後のことだと言わんばかりに。

 

□□□

 

 さて、少し話を戻そう。どこまで戻すのかと言えば、シータが失踪したその日までだ。

 その日は新月だった。真っ暗な大地を、細々と照らす星々。彼らは矮小で、されど美しく、そして力強い光を放っていた。

 

「……」

 

 真っ暗な部屋で、シータはぐったりと倒れていた。

 体の所々が黒く、腐りかけていて、ぜぇはぁと息が荒い。冷や汗が吹き出し、その瞼はほとんど開いていなかった。

 

「やぁ、苦しそうだね」

「……」

 

 シータはうっすらと目を開ける。ぼやけた視界の端には窓があり、そこに人影があった。

 

「……ディディ」

「おっ、覚えてたんだ。君のことだから、てっきり忘れられたと思ってたよ」

 

 ディディは手近なイスに座る。がたっと物音がした。

 

「おっと、あまり音を出すと家主さんを起こしちゃうね」

「何しに、来たの?」

「んぅー、まぁ、君の様子を見に来たんだ」

「旅に出たんじゃないの?」

「ホントはそのつもりだったんだけどねぇ……何となく気になったから戻ってきたんだ」

 

 カラカラとディディは笑い、ペロリと親指を舐める。その様子は、いつもの彼とあまり変わらなかった。

 そのことに、シータの心に少しだけゆとりができる。

 

「そんで、君のその症状、〈悪魔憑き〉だねぇ。うん。ちょっと俺には何ともできないかなぁ」

「何それ」

「君が英雄の末裔である証だよ」

 

 霞んだ視界では分からないが、きっと彼は肩を竦めていることだろう。

 

「昔は治療法があったんだけどねぇ。もう喪われてしまった。生憎と俺も治療はできない」

「……そ」

 

 元より、その覚悟がシータにはあった。あくまで直感ではあったが、この病が治らないことも、忌み嫌われることも、シータは分かっていた。

 ふぅー、と長いため息を吐く。思えば、ため息を吐くのは初めてかもしれない。

 

「ハハハ、ずいぶんと余裕だね」

「そう見える?」

「見える見える。案外、泣き叫ぶ君が見れるかなーとも思ったんだけど」

「趣味が悪い」

「あちゃー、手厳しいねぇ……まぁ、それはいいんだ。俺は君を助けに───いや、選択肢を与えに来たんだ」

 

 いつになく真面目くさった声音でディディは言った。それが可笑しくて、シータは吹き出した。

 

「ちょっ、人が真面目に話そうとしてるのに」

「……普段から、真面目にしてれば、笑わない」

「ちょっと納得いかないけど……」

 

 ディディはこほんと一つ咳払い。

 

「君には二つの選択肢がある。一つは、ここで死ぬ。なぁに、両親にバレるのが嫌なら、俺が死体を離れたところに埋めてやってもいい」

「もう一つは?」

「……ここより北の、ミドガル王国に行くんだ。そこに、〈悪魔憑き〉を治せる者がいる」

「さっき治らないって言ってた」

「何事にも、例外はある。ただ、こっちを選ぶなら、君は過酷な道を辿るだろう。あるいは、死んだ方が良かったとさえ思うかもね」

「でも助かる」

「そうだね」

 

 ディディは頷く。そして、静寂が訪れた。後は、自分で決めろということだ。

 シータは目を瞑り、考える。

 目の前は真っ暗になって、まるで夜のようだ。

 けれど、決定的に違うものがあった。それは───この闇の中には、光がないということだ。

 ふと、死ぬとはどんな感覚だろうと考えてみる。痛くて、苦しいのだろうか。それとも、虚脱していく感覚なのか。はたまた、特に何も感じないのか。

 そう考えながらも、シータは深く落ちていく感覚に囚われる。どこに落ちるのではない。何もない場所へ落ちていくのだ。

 このまま身を任せ、落ち続ければ……。

 シータには漠然とその行き先が分かった。分かった気がする。

 その場所には、きっと何もないのだ。音も、風も、雲も、空も、光も。何もないのだ。

 

「……」

 

 うっすらと目を開ける。未だ霞んだ視界には天井が映っている。

 その視界の端、窓の方には、ディディが立っていた。

 

「決まったみたいだね」

「……」

「"彼ら"もこっちに来てるみたいだし、行くなら早くした方がいい」

「……ん」

「健闘を祈るよ」

 

 窓の縁に足を掛け、今にも飛び出しそうなディディ。シータはむくりと起き上がり、その背中に言った。

 

「ありがとう」

「礼には及ばないさ。俺も楽しかったからね」

 

 そう言って、彼は闇の中へ消える。

 誰もいなくなった窓からは満点に輝く星々が見えたのだった。

 

□□□

 

 それから、腐り弱った体を引きずるように、彼女は飛び出した。

 当然、深く人の手が入らない森で、呪いに侵された少女が移動を続けるのは困難だった。

 入ってすぐに、シータは体力を使い果たして倒れ込んだ。

 けれど、彼女には確信があった。ここで眠ったならば、死んでしまうと。

 未来永劫に続く闇。何もないが故の虚無の闇。それはまさしく、寂しく明けない夜だ。シータにはきっと、そんな夜は耐えられない。

 それが嫌だから、それから逃げたいから、シータは立ち上がる。無理にでも、無茶をしてでも立ち上がる。

 

「はぁはぁ」

 

 それでも、限界はすぐに訪れた。バタンと、受け身すら取ることなく前向きにシータは倒れる。

 地面の湿った感触。香ってくる森の匂い。

 今まで気にも留めなかったそれら感覚が、途端に湧き出してくる。

 ───ここで終わり。

 そう思った。

 所詮足掻いても、子ども一人の力でできることはたかが知れている。発症直後ならいざ知らず、もうずいぶんと末期である。

 助かる見込みは、ない。

 シータは諦めた。どれだけあの"闇"が嫌でも、諦めた。

 だって。だってどうしろというのだ。何をすればいいというのだ。

 呼吸は乱れ、体に力は入らず、鉛かと思う程瞼が重い。

 これは、もう無理だ。

 涙はない。

 ただ一つだけ。

 一つだけでいいから。

 願いがある。

 

「空が……見たい」

「ほら、よいしょ」

「わっ……」

 

 シータが呟くのとほとんど同時に、シータの体が持ち上げられる。それから頭を支えられ、仰向けにされた。

 空はまだ暗い。だが、空の一部に白い光が差し込んでいる。黎明だ。

 

「とりあえず、治しとくね」

「治す……?」

 

 少年の声だった。どこか気の抜けたようで、優しそうな声だった。

 シータが疑問符を浮かべる間に、少年の手には何らかの力のようなものが溜まっていく。

 シータはそれの正体を知っている。───魔力だ。

 昔、怪我をして、長老に治してもらったときの感覚。それに似ている。

 

「よし、行くよ」

 

 額に触れられ、青紫色の光に体が包まれる。

 その光は温かく、力強く、神秘的だった。

 その神秘の力は、シータの淀んだ悪いものを打ち消していく。絡まった糸を解くように、スッキリと。

 

「はい終わり」

「……」

 

 少年の声に目を開ければ、やけに視界がクリーンだった。さっきまでは、重い瞼を無理に持ち上げていて暗かったというのに。

 体の方も、普通に戻っていた。最近感じていた倦怠感などは一切ない。何なら、力が溢れてくるようにさえ思える。

 

「ふっ、我の役目はここまでだ……」

 

 少年はそう言って立ち上がる。黒い髪に黒い瞳、黒いロングコートを着た少年だ。

 

「ま、待って」

 

 シータは慌てて呼び止める。

 さてしかし、次の言葉が思いつかない。

 ……まぁ、いいか。とりあえず名前でも聞いておこう。

 

「名前は、何、ですか?」

「我が名はシャドウ───」

 

 少年はバサッとロングコートを翻す。

 

「───陰に潜み、陰を狩る者だ」

「陰……」

「ちょっとシャドウ! 何回置いて行かないでって言えば分かるのよ!」

 

 そこに、更に一つの声が割り込んだ。

 見れば、黒いボディスーツに身を包む金色のエルフが現れた。

 

「ふむ、後は任せたぞ……とうっ!」

「あっ! ……もう」

 

 少年───いや、シャドウは闇の中へと消えた。

 金髪エルフはそれを見てため息を吐き、シータの方を見る。

 

「あなた、これからどうするの?」

「これから……」

 

 特に何も考えていない。集落に戻るか。道は分からないが……

 

「良ければ、私たちと一緒に来ないかしら?」

「……何するの?」

「一先ずは、『ディアボロス教団』の打倒。それが目標よ」

 

 正直このとき、彼女が何を言っているのかはよく分からなかった。

 シータにとって大事なのは一つだけだ。

 

「さっきの、シャドーは?」

「彼は私たちのトップ……ボスよ」

「ボス……」

 

 シータは、あの体が光に包まれているときに、確かに見たのだ。

 何もない闇。虚無の闇。その中に差し込む一筋の光を。

 明けないと思っていた夜に、唐突に陽が差し込んだのだ。まるで流星のような光であった。

 

「分かった。一緒に行く」

「そう。私は『七陰』第一席アルファ───」

 

 アルファは微笑んで言った。

 

「そして今日からあなたは、ナンバーズ1番シータ」

「シータ……」

「そう。……『シャドーガーデン』にようこそ」

 

 かくして、シータはシータとして、『シャドーガーデン』に入った。そこからデルタに馬乗りされたり、イータに怪しいドリンクを飲まされたりと色々あったが、無事仲間として認められた。

 

 そうやって、日々を過ごす中で、ぼーっと空を眺める機会は減っていった。

 けれども、それでいいのだ。目に見える光だけが、星ではないのだから。

 シータはずっと、空の星を見上げていた。

 でもこれからはずっと、見上げていくのだ。

 あの、暗闇を照らすただ一つの光明(ほし)を。

 

□□□

 

「シータ、行くよ」

「もう?」

「もう夜だから……準備はいい?」

「勿論。司書長はちゃんと始末しといた」

「そ。こっちも、イータが作ったアーティファクトは回収したから準備万端」

「……本当に行くの?」

「またそんなこと言って……」

「流石に二人じゃ大変」

「いえあの、私もいますが……」

「もう、うだうだ言ってないで。ほら」

 

 急かされて、シータは重い腰を上げる。

 眼下に広がるのは、もう一つの夜空だ。

 

「何考えてたの?」

「昔のこと」

「というと?」

「シャドーに会う前と、会ったとき」

「あぁ……」

 

 金色の尻尾を生やした彼女はポリポリと耳の裏を掻く。ゆらりと尻尾が踊った。

 

「感傷に浸るのは、この後にしてよ」

「分かってる。……元より、浸る感傷がない」

「そ」

 

 三人の人影は闇の中へと、消えていく。

 だが、その前に一度だけ振り向く少女がいた。彼女は眼下と頭上の星を一瞥し、すぐに見えなくなってしまった。

 




θに対応するアルファベットは"th"なんですね。そこから取って"ティーフ"です。
次回から五章突入です! 火曜日投稿予定です!
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