陰のボスになりたくて!   作:若林布吉

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いよいよ五章です! 本章は色々動きます!


五章 それぞれの道
『赤き月』の伝説


 『ブシン祭』も終わり、校舎の復興も終えたということで夏休みは終わりを告げた。

 そのことに嘆く者、悲しむ者、泣き崩れる者……は流石にいないが、誰しもが浮かない顔をして、登校していた。その顔には、「もう少し遅くなると思ったのに」と書かれているようだった。

 そんな敗残兵共の列に混じるのは、黒く長い髪に、キリッとした赤い瞳をした少女、クレア・カゲノーだ。彼女もまた、その端正な顔つきを歪ませ、難しい表情をしていた。

 

「はぁ……」

 

 もっとも、彼女は別段学校の再開を(かこ)っているわけではない。

 思い出すのは、『ブシン祭』でのことだ。

 

「まだまだ遠いわね……」

 

 クレアは、自分のことを強いと思っていた。今回の大会は、出場の機会にこそ恵まれなかったが、出場すればまず良いところまで行けると自負していた。そして、その考えは今も尚変わらない。

 現に"運さえ良ければ"、良いところまでいけるだろう。

 だが、きっと強敵と当たった時点で負ける。確信があった。

 正直、アイリス以外なら何とかなると思っていた。けれど、それは大いなる思い違いであった。

 アイリスも、アンネローゼも、ギニューも、遠かった。

 そう、彼らはあまりにも遠かったのだ。

 ローズだって、最後に見せたあの剣は凄まじいものだった。果たして、自分はあれを受けても立っていられるだろうか。

 ギニューに至っては、最早勝てるビジョンが思い浮かばなかった。アンネローゼも自分じゃ及ばない程の実力者だったのにも関わらず、ギニューに稚児をあしらうが如く一蹴されてしまった。

 遠目に見て、何をやっていたのかはあまり分からない。ただ、ギニューが驚異的な間合い管理をしていたことだけは分かった。

 結局、彼女は本気など出していなかった。

 

「いえ、精進よ。クレア・カゲノー」

 

 パンッと頬を叩く。それに何事かと幾人かの生徒が振り向くが、クレアと目を合わせるとすぐに顔を逸らしてしまった。

 

「ふん」

「クレア嬢」

 

 そんな反応に鼻を鳴らすクレアに、声が掛けられた。男の声だ。というか、この声は知っている。

 クレアは振り返る。

 

「これは、グレンジャー様。いかがなされましたか?」

「アイリス王女がお呼びです」

「アイリス王女が? ……いえ、分かりました」

 

 クレアはマルコに連れられ、校舎の中へと入っていった。

 

□□□

 

「どうぞ、お座りください」

「ありがとうございます」

 

 アイリスに勧められ、クレアは椅子に腰掛ける。

 ふかふかとしたイスで、体が沈んでいきそうだ。

 

「それで、話というのは?」

「……相変わらず単刀直入ですね」

 

 アイリスは苦笑する。

 

「すみません……」

「いえ、責めたわけではないのですよ。最近、調子はどうですか?」

「特に障りはありません。ただ……」

「ただ?」

「何と言うか、その───」

 

 クレアは先程考えていた不安を、歯切れ悪く、辿々しい言葉で説明する。

 そんなクレアの拙い話をアイリスは終始相槌を打ち、真剣に聞いた。

 

「……なるほど。つまり、今の自分に力が足りないと考えていると」

「はい」

「ですが、あなたはまだ若い。伸びしろは十分にあるでしょう」

「……そうですね」

 

 アイリスが顎に手を当て、少し考え込んだ。

 

「私も、彼女───アンネローゼには敗北を喫しました」

「───! あれは、剣に細工がされていて───」

 

 部屋の端にいたマルコが、慌てたように声を上げた。

 

「それでも、負けたということに変わりはありません」

「……はい」

 

 しかし、彼は頭を下げて、部屋の脇に戻る。

 

「そのアンネローゼすらも、容易く打ち倒したギニューは、やはり傑物の類いでしょう」

「……」

「何も、あそこまで強くなる必要はないのです。私たちは最強を目指しているわけではありません。守るためにいるのですから」

「……ならもし、ギニューが敵に回ってしまったら?」

「私が切ります」

 

 クレアは目を丸くして、アイリスを見た。その瞳に翳りはない。ただ真っ直ぐと、あるべき事実として固く信じている目だった。

 

「ふふっ、そう驚かなくても。別に、私は一人で戦うわけではありません。試合ではありませんから」

 

 チラッとアイリスは脇に控えるマルコを見た。

 

「私には、心強い味方もいますしね」

「……そうですね」

 

 自分は、その心強い味方の内に入っているのだろうか?

 ふと、クレアは疑問に思う。

 

「いいえ、違うわね」

 

 だが、即座にそれが愚問であることに思い至る。

 これは、相手がクレアをどう思うかではないのだ。

 逆だ。

 重要なのは、クレアが相手にどう思わせるかなのだ。

 問答無用で心強く思わせられる程、クレアが強くなればいい

 

「よし」

「どうやら、心の準備ができたようですね。いい顔です」

 

 ここにきて、ようやく今までの会話の意味を理解した。

 アイリスは、自分の悩みをとうに見抜いていて、その上で自分を元気付けようとしていたのだ。

 それを理解すると、途端顔が熱を帯びる。

 

「お手数をおかけしました」

「お気になさらなくともいいですよ」

 

 アイリスがふわりと微笑む。

 

「さて、あなたを呼んだ理由ですが……秋休みに、少々遠出をしていただきたいのです」

「遠出、ですか」

「えぇ。場所は『無法都市』です」

「『無法都市』……」

 

 それから、クレアは『無法都市』について聞いた。

 彼の都市には三人の支配者がいて……だとか。

 巨大なスラムみたいだけど、あなたなら大丈夫ね……だとか。

 魔剣士協会について……だとか。

 色々だ。

 

「……で、どうしてその『無法都市』に私が?」

「『赤き月』の伝説はご存知ですか?」

「一応は」

 

 どのくらい昔だったか。かなり昔の話だが、『血の女王』と呼ばれる存在がいた。『血の女王』は吸血鬼であった。

 色々あって、人族に追い込まれた吸血鬼たちだが、月が赤く染まったそのとき、その力が爆発した。

 その結果、一晩で周辺諸国を滅ぼしたという。

 結局どうなったかは知らないが……

 

「その『赤き月』の伝説がどうしたのですか?」

「……これは、グレンが掴んだ情報なのですが、近々、その『赤き月』が『無法都市』に現れるようなのです」

「私にどうしろと?」

「調査をしてほしいのです。既に、魔剣士協会を通して人員は送り込んでいますが、『紅の騎士団』の息のかかった者も送り込みたいのです」

「なるほど……それは私で良いのでしょうか?」

「是非、お願いします」

 

 クレアは一度大きく深呼吸をする。それから、アイリスの瞳をキッと見つめた。

 

「分かりました」

「……ありがとうございます」

 

 了承の意を表したクレアに、一瞬アイリスが呆けたような顔をした。

 

「私の顔に何か付いてますか?」

「いえ、そういうわけでは。すみません。ただ……」

「ただ?」

「これは失礼に当たるのかもしれないのですが、その、ギニュー・モリータに今の顔が似てるなぁ、と……」

「そうですか?」

 

 クレアは自分の顔に触れてみる。けれど、よく分からなかった。

 

「それだけです! 他意はありません!」

「はぁ……」

 

 アイリスは「こほん」と咳払いをする。

 

「それでは、先の件よろしくお願いいたします」

「はい。承知しました」

 

 その返答を聞いて、アイリスは微笑んだのだった。

 

□□□

 

「来たか……」

 

 ニューがその部屋に入ると、そんな声が掛けられた。すぐに膝を付いて、頭を垂れる。

 

「遅れて申し訳ございません」

 

 相変わらずの素晴らしい部屋だ。元貴族として多少なりとも目の肥えたニューとしては、目を奪われるものがあった。

 例えばあの絵だ。前に見たときはモンクの『叫び』が掛けてあったところには、今はゴーホの『アジサイ』が飾られている。世界に七枚しかない幻の『アジサイ』シリーズの一枚だ。

 他にも、あの……っと、今はそんなことをしている場合ではないのだった。

 

「『無法都市』で動きがありました」

「ふむ……『赤き月』か」

「はい。その関連でしょう」

 

 事前に、『赤き月』のことについては報告していた。そのときも、主はまるで全てを見通したかのように「ふむ……」と言ったきりだったのだ。

 恐らく、このことも想定済みだったに違いない。

 だが、いかに主が全てを知っていようと、報告を怠っていいことにはならない。

 

「既にベータ様は戻って来ており、準備が出来次第発つとのことです」

「ふむ……」

 

 ベータはベガルタに赴いていたが、『赤き月』の報告を受けて急遽戻ってきたのだ。

 

「ベータ様の補佐として、カッパとオミクロンも同行する予定です」

「ふ、む?」

「いかがなされましたか?」

「いや、何でもない」

 

 ニューはそれ以上のことは聞かない。

 「誰だそれ……?」と聞こえた気がしたが、よもや主が組織の人間を知らないはずはない。気のせいだろう。

 

「報告は以上で……」

「待て」

 

 ニューが報告を終えようとしたそのとき、主がそれを制止した。

 何か不十分、不明瞭な点があったのだろうか。それとも、何らかの粗相をしてしまったのだろうか。

 びくっとニューの肩が震えた。

 

「『無法都市』だったか?」

「『赤き月』関連でしたら、そうです」

「……我も行こう」

「えっ!」

 

 断罪覚悟の心地から一転、衝撃と共に微かな喜びが胸に広がる。

 この件は必ず成功する、と。

 だが、同時にある種の不安が去来する。

 自分たちの力が足りないから、主直々に来られるのではないか、と。

 できるならば、主の手を煩わせることなしに解決したい。

 そんなニューの思いとは裏腹に、答えは最初から一つしかないのだ。

 

「分かりました。そのように手配いたします」

「頼んだぞ……」

 

 こうして、報告を無事終えることができた。

 

 先程まで二人の人物がいた部屋には、もう誰の気配もなかった。

 




カッパはΚ、オミクロンはΟで、原作にはいません。また、出場予定もありません。ニューとかと同じ立場です。
尚、『無法都市』については深くはやりません。というのも、章題の通りに色んな視点をやるつもりなので。
その関係上、どうしても本章はシドくんの出番が少なくなります。というか、ほぼないです。そこら辺については、予めご了承ください。
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