陰のボスになりたくて!   作:若林布吉

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物語は知らないところで動いてる

 秋。授業も本格的に始まって、生活に日常というのもが戻って来たように思える今日この頃。

 夕日差し込む放課後の教室にて、アレクシア・ミドガルは深いため息を吐いた。

 

「はぁ……」

「だいぶお疲れだね」

 

 そんな彼女に声を掛ける少年がいた。黒い髪に黒い瞳、どこにでもいるような平凡な顔立ちをした少年だ。今はアレクシアから少し離れた位置に座り、何やら分厚い本を開いていた。

 アレクシアはその少年を一瞥し、

 

「はぁ……」

「僕の顔を見て、ため息吐くの止めてくれないかな?」

「あなたには、折角一人になれると思って入った部屋で、あなたと出会ってしまった者の気持ちは分からないでしょうね」

「まぁ、それはね。僕は僕には会えないわけだし」

 

 少年は本に目を向けたまま、軽く肩を竦める。

 

「でも、一人になるだけなら、自分の部屋に行けばいいんじゃない? 寮はすぐでしょ?」

「ここの机の方が大きいのよ」

 

 そう言う彼女の目の前には、様々な資料が所狭しと広げられていた。

 

「何してるの?」

「情報の整理よ……"教団"とある組織が活動したであろう場所のね」

「ふーん。ある組織、ね」

 

 少年は興味を失ったのか、それ以上喋ることはなかった。居心地の悪い静寂が訪れる。

 

「そういえば、お姉さん『無法都市』に行くんですってね」

「うん? ……そういえば、そんなこと言ってた気もするね」

「あまり心配してなさそうね」

「まぁ、姉さん強いし。そこらの魔剣士相手ならどうとでもなるよ。多分」

 

 そこには一種の信頼のようなものがある、ようにアレクシアには感じられた。

 ……姉様は『無法都市』に行くと言ったら、心配してくれるだろうか。

 

「予定通り行けば、秋休みが終わる頃にはこっちに戻ってくるわ」

「へー。やっぱり遠いの?」

「……それなりの距離はあるわ。貴族のピクニックって距離ではないのよ」

「自動車でもあれば楽なんだろうけど」

「そうね……自動車?」

「うん? あぁ! 車だよ、車」

 

 車───馬車とは言っていなかった気もするが……気のせいだろうか。

 まぁ、今はそこは大事ではないだろう。

 

「アレクシアはピクニックに行ったりするの?」

「……一応、これでも王族なのよ?」

「これは失敬。アレクシア王女と呼んだ方がいい?」

 

 アレクシアは首を振った。

 

「そういう意味じゃないわ。王族がそうホイホイ外出できるわけないじゃない、と言いたかったの」

「なるほど」

「べ、別に行ったことないわけじゃないのよ。ただ、護衛をぞろぞろ引き連れて行っても、とてもピクニックとは思えないってだけで」

「あー、確かに」

 

 少年はパタンと本を閉じて立ち上がる。

 

「帰るのかしら?」

「まぁね。邪魔しちゃ悪いし」

「それは今更よ」

「なら、早いこと退散しよう」

 

 そう言って、挨拶もなしに少年は教室を出ていく。コツコツと遠ざかる音がやけに大きく聞こえる。

 

 一人残されたアレクシアが帰ったのは、それから少ししてだった。

 

□□□

 

「遅くなってしまったわ……」

 

 薄暗い廊下を足早に抜けながら、アレクシアは呟いた。既に、ここら辺に人気はない。

 暗くて見にくい階段を一足飛びに下り、下駄箱で下履きに履き替えて、校庭へと出る。

 東の空からは大きな月が上り始めていた。そして、少し赤い。

 伝説の真偽は定かではないが、不気味である。

 

「早く帰りましょう……」

 

 月から視線を外し、歩き始めたそのときだった。

 

「アァァァッ!!」

「なにっ!?」

 

 影が迫った。獣のような影だ。

 咄嗟にアレクシアは鞘から剣を抜く。カランカランと鞘が音を立てて転がった。

 

「重い……ッ!」

 

 剣で受け止めた影は重かった。

 けれど、そこは魔剣士。魔力を込めて強引に振り払う。

 ゴロゴロと転がる影。

 否、それは影の塊などではない。

 月明かりに照らされて、その姿が見える。

 人の形をしている。そして、とても人とは思えない鋭い牙を持っていた。

 "グール"だ。

 元は人であったのだろう。しかし、今は体が青白く、瞳の色は赤い。

 もう、人ではないのだ。

 

「ウガァァーッ!!」

 

 一閃。

 闇を切り裂くそれは、"グール"を安々と両断した。

 

「その状態でもまだ、動くのね」

「ウぅぅ」

 

 上半身だけになっても動く"グール"を見下ろす。

 "グール"は何かを掴むように手を伸ばし、けれどすぐに力なく動かなくなる。

 風が吹いた。モワッと香る血の匂いが、絡みつくように鼻の奥に残る。

 その匂いを感じながら佇むアレクシア。

 その彼女に、またしても迫る影があった。

 

「どれだけいるのよ……」

 

 当然"グール"である。

 この学校の警備も杜撰になったものだ。後で責任者を締め上げなければなるまい。

 アレクシアが剣を構えたときだった。

 

「助太刀します!」

 

 その声と共に、横合いから剣閃が煌めいた。そして、あっさりと"グール"が上下に分かたれた。

 それを成した人物は、細剣に付いた血糊を飛ばし、鞘に納める。しっかりと死んでいることを確認すると、アレクシアの方へとやってきた。

 金髪ロールがふわりと揺れた。

 

「怪我はありませんか?」

「助太刀、ありがとうございます───ローズ先輩」

 

 アレクシアがそう言うと、金髪ロールの女生徒───ローズは微笑んだ。

 

「私などいなくとも、アレクシアさんなら大丈夫だったでしょう。既に一匹倒されているようですし」

「そんなことはありませんよ」

 

 二人は、朽ちた二匹の死体を見る。

 

「どうして学園内に現れたのでしょう……」

「さぁ、分かりません。後で責任者を締め上げますが……」

「とりあえず、今日は早めに寮に戻った方がいいでしょう」

「そうですね」

 

□□□

 

 二人は校門までの暗い夜道を歩いていた。等間隔にある街灯が道を照らすも、その輝きは十分ではないのだ。

 

「そういえば」

 

 しばらく世間話に花を咲かせていると、ふと思い出したようにアレクシアが言った。

 

「ご結婚、おめでとうございます」

「……ありがとうございます」

「式は冬頃でしたか?」

「その予定です」

「あまり、浮かない顔ですね」

「そんなことは、ありません。父が決めたことですから……」

 

 『ブシン祭』が終わり、オリアナ国王は無事に自国へと帰った。それからほとんど間を置かずして、ローズの婚約が発表されたのだ。

 相手は、宰相のドエム・ケツハットだそうだ。

 

「何か懸念でも?」

「懸念と言えば、そうですが……いえ、これは自国の問題ですので」

「そうですか」

 

 もうこの話題は口上に乗せたくないとばかりに、ローズは首を振った。

 

「アレクシアさんは、最近はかなり忙しそうですね」

「えぇ、まぁ。色々立て込んでおりまして……」

「それは───"教団"関連でしょうか?」

「───」

 

 どちらともなく、足が止まった。そして、向かい合う。

 周囲に人気はなく、シーンとした空虚な静けさが広がる。

 だが、そんな中においても際立って見える程に、静かな空間があった。

 

「……その言葉をどこで?」

「私はこれでも、一国の王女です。調べようと思えば、いくらでもやりようはあります」

「調べようと思えば?」

「はい……以前までの私はどうやら怠惰だったようです」

「そうですか」

 

 アレクシアは考える。

 ここで、彼女の協力を得られれば、今後大きな助けとなるかもしれない、と。

 しかし、同時にこうも思う。

 彼女は信頼できるのか、と。

 アレクシアは先の『ブシン祭』において、オリアナ国王に拝謁する機会があった。そのとき見たオリアナ国王は、とてもじゃないが、正気とは思えなかった。恐らく、操られているのだろう。

 では、ローズはどうか。

 ぱっと見、怪しいところは見当たらない。だが、まだ初期症状であり、大して表には表れないという可能性もある。

 もし、ローズが操られている状態で、協力関係を結べばどうなるか。

 それは言うまでもない。こちらの情報が向こうに筒抜けになる。

 やはり、ここは安全策で行くべきだろうか。

 

「……アレクシアさん」

「何でしょう?」

 

 ふと、ローズが語りかけるような口調でアレクシアのことを呼んだ。

 

「あなたはきっと、私のことをお疑いなのでしょう。それは我が王の現状を、そして我が婚約者を見てしまえば無理のないことです」

「……」

「確かに、客観的に見て、私は信用に値しません。裏切りを考慮に入れてしかるべきでしょう。あるいは、もう薬に心身が侵されているのやもしれませんから」

「……」

「しかしです。アレクシアさん、いえ王女。先程も申し上げましたが、私は一国の王女なのです」

「……」

「民を、国を守りたいその気持ちに嘘偽りはなく、それらのためならば父上を───国をも裏切る覚悟がございます」

「……国を守りたいのに、国を裏切るのですか?」

「必要とあらば」

 

 ローズがアレクシアから目を逸らさずに、力強く頷いた。

 その様子を見て、ストンとアレクシアの心内に落ちるものがあった。

 ───あぁ、この人も大切なもののために覚悟を決めているのだ、と。

 

「分かりました」

 

 アレクシアが手を差し伸べる。

 

「これからよろしくお願いします」

 

 アレクシアがにこりと微笑むと、ローズは一瞬呆けたような顔をするも、すぐに顔を引き締め、握手をした。

 

「こちらこそ」

 

 こうして、アレクシアとローズは協力関係を築いたのだった。

 

□□□

 

 秋休み。今日も今日とて図書館を使い、アレクシアは調べ物に邁進していた。

 いつもなら、隣にローズがいるのだが、今日はまだ来ていない。剣の修業でもしているのだろう。

 今アレクシアが調べているのは、ここらミドガル地方の大まかな歴史である。

 "教団"はかなり深くまで根を張っており、また、表舞台に一切出ないことから、相当昔から存在しているものと思われる。

 まだ正式名称すら分からず、学校の図書館程度にそんな詳細が載っているとは思えない。が、少しでも何か得るものがあるかもしれないと血眼になって情報収集をしていた。

 

「へぇー、ここら辺にはかなり手練れの人斬りがいたのね」

 

 今、アレクシアが見ている資料には『ミドガルの悪鬼』と呼ばれる存在について書かれていた。そして、その人斬りは最強とさえ呼ばれていたということも。

 ページを繰り、紡がれる文章はなんとも信じがたいおとぎ話ばかりだ。第一、一個大隊の魔剣士の首を一瞬で刎ねたとか、龍とタイマンで勝ったとか、あり得ない。そんな人間が存在するわけ……

 

「いやでも、シャドウなら……」

 

 脳裏に浮かんだ人物が、龍を両断する光景をイメージする。……ありかねない。

 

「まぁ、話半分と見ておきましょう」

 

 気を取り直し、ページを捲ると、『遠回りの賢者』について書いてあった。

 『遠回りの賢者』とは、賢者と付くように、類まれなる発想で、様々な画期的な道具を考案した者だ。

 そのどれもが、既存のパラダイムから逸脱し、人類の発展に大きく寄与したことは疑うべくもない。学校の黒板とチョークだって、彼の考案だ。

 だが、その頭に"遠回り"と付くのには理由があった。

 というのも、彼の賢者は、自身の考案したものの説明が全くできなかったのだ。どういう理論でそうなるのか、材料は何が必要か、どんな技術を使うのか。何一つとして説明できなかったという。

 それでも彼の賢者の考案した物品が発明されたのは、単に運が良かったというだけだろう。然るべき職人が、一歩先の技術の到達点を見て、研究する。その結果、本来よりは早い段階で技術が発展したのだ。

 そんな事情があるが故に、『遠回りの賢者』の知名度は低い。アレクシアも、今知ったばかりだ。

 

「えっと、『未完成考案記録』……?」

 

 大まかな人物紹介の後に、そんなものが載っていた。 

 後世の職人たちの参考にとでも思ったのだろう。

 

「冷たい空気を生み出し続ける"冷蔵庫"に、ゴミを吸い取り続ける"掃除機"、それから、セキユ? を燃やして動く"自動車"に……?」

 

 ふと、思考の片隅で何かがチラつく。これは何だろうか───

 

「アレクシアさん!」

 

 バタンと図書館の扉が開かれる。幾人かの生徒が「うるさいな」とその方を見たところ、みんな一様にギョっとした。

 

「司書長が、死にました。いえ───」

 

 そこには、呼吸を乱し、汗だくとなったローズ・オリアナがいたのだ。

 彼女は、肩で息をしながらも、つかつかとアレクシアの方へやってきて、小声で耳打ちをする。

 

「司書長が、殺されました」

 




ローズ=アレクシア同盟が成立しました。
補足ですが、原作での都市間の移動は馬車であり、アニメでは汽車を使っているので、自動車はまだ存在しないものとして本作では扱います。まぁ、石油も見つかったばかりですしね。
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