陰のボスになりたくて!   作:若林布吉

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三分の一くらい説明に使ってしまった……。
学術都市の記述はほとんどないので、ほぼほぼ捏造となっております。


学術都市にて

 学術都市ラワガス。そこでは、世界中から様々な分野の研究者が集い、日夜研究に明け暮れている。

 その研究に参加する面々は誰もがその分野で名を馳せ、まさに第一人者と呼ばれる人々だ。その下で働く研究員もみな、一癖も二癖もあり、そして優秀だった。

 『世界の頭脳が集まる』とは、実しやか(まこと)に囁かれているが、実際間違ってはいない。ここには世界の叡智が結集されているといっても、過言ではないのだ。

 そんなラワガスは、どの国からも独立した中立都市───言わば、都市国家である。

 都市国家は大抵の場合、大きな権力者、とりわけ"王"と呼称される存在によって統治される。だが、ここラワガスでは、『七賢人』と呼ばれる者たちによる評議会が国の管理運営をしていた。

 その『七賢人』は慣習的に元研究者である者が多い。その影響か、国家規模で研究に対し、莫大な資金を投じる政策を行っている。それが、多くの優秀な研究者を呼び、国は発展し、発展して増えた資金を更に研究に注ぎ込む。そして更に研究が盛んになり……と正のスパイラルができていた。

 この現象が生み出す成果は目覚ましく、いつしか世界の最先端をひた走るようになっていたラワガスは、その恩恵を周辺国にも与えた。

 その結果、周辺国のどの国からも「あそこは泳がせておいた方がいい」と思われ、莫大な資金援助の下、永世中立国となった。

 これが、今のラワガスの現状である。

 

□□□

 

 シェリー・バーネットは、留学生としてラワガスに招待されていた。推薦者は、『七賢人』が一人、コーテン・ラブーだ。専攻はアーティファクトや、考古学だという。どうやら、シェリーの以前出した論文を見て、是非ラワガスに来て欲しいと思ったそうだ。

 ラワガスは、都市国家の中でもかなり大きな部類だ。街の規模だけで言えば、ミドガル王国の王都と同程度のサイズはある。その街全体を囲むように、円形状に城壁が立っている。

 そして、内側に入ってすぐに目に見えるのは、この街一番の商店街だ。大通りに沿ってまず露店が、更に奥に進むにつれきっちりと居を構えた店が立ち並んでいる。これは、どこの街でも大体同じだ。

 だが、本来は街の反対まで一直線で続くような商店街も、途中で途切れてしまう。

 というのも、そこにはまた大きな、二つ目の壁がそびえ立っているからだ。

 ぐるっと街全体を囲むのは"外壁"、更にその中心の重要な研究施設を囲むのは"内壁"と呼ばれる。大まかに言えば、"内壁"より外が居住区、内が研究区となっている。

 その研究区にある学校、『学術都市学園』がシェリーの通っている学校だった。

 

□□□

 

「えっと、この回路がここに接続して……いや、こっちに……? むぅ?」

 

 留学してから、小半年(こはんとし)。シェリーは研究に没頭する毎日を送っていた。

 

「精が出るね」

「あっ、ラブー教授。こんにちは」

「いいわ。そのまま座っていて」

 

 そう言って、ラブー教授───もとい、『七賢人』が一人、コーテン・ラブーは微笑んだ。

 明るい茶色の髪は長く肩口まで伸びていて、その髪を雑把に一括りにしている。柔和な印象を受ける顔は、年齢相応に老けていて、四角い眼鏡が彼女のトレードマークだ。この学園にいるほとんどの人と同じく、白衣を着たその姿は、これぞ研究者! といった風情を醸し出している。

 尚、少し汚れが目立つのは本人曰く「白衣は研究を終えるまで洗わないのよ。付いた汚れは誉れなんだから」だそうだ。確か今年で四十歳だと、言っていた。

 ラブー教授は小さなバスケットを抱え、シェリーの隣に座る。因みにここは、学園内のテラスだ。

 

「もう昼ですか」

「そうよ。昼ご飯はある?」

「うっ……」

「もう、いつも言ってるじゃない。食べるのも仕事の一つよ」

「気を付けてはいるのですが、何とも……」

 

 指摘されてようやく気付いたと言った具合に、ぐぅーっとシェリーの腹の虫が鳴る。

 

「ふふ、仕方ないわね。ほら」

「わっ、ありがとうございます」

 

 しょんぼりと肩を落とすシェリーの前に、白い包みが出される。何やらいい匂いだ。

 お礼を言って、中身を見るとフライとタルタルソースのサンドイッチが入っていた。

 

「これ、『まぐろなるど』の……?」

「そうよ。ちょっと真似して作ってみたの。美味しい?」

「ふぁい!(はい!)」

 

 パクパクモグモグとリスのように頬張りながら、シェリーは頷いた。その様子を見て、ラブー教授も自分の分を食べ始める。

 

「んー、少し酸味が足りないかしら」

「おえふぁいは、ほぉおいいえふ!(これくらいが、丁度いいです!)」

「そうかしら? 私は『まぐろなるど』のあの味が好きなのだけれど……」

 

 とは言いつつも、褒められて満更でもないラブーの口元は僅かに緩んでいる。

 それから十分程で、サンドイッチは食べ終えた。

 

「最近調子はどう?」

「順調です。後は魔力回路がどうなってるかが分かれば、あのアーティファクトの研究も一段落と言ったところです」

「そうなの。それは重畳(ちょうじょう)ね。ところで、クラスの方にはもう馴染めた?」

「うぐっ……ま、まぁ、一応は……?」

「その様子だと、上手く行っていないみたいね」

「うぅ……」

 

 シェリーは恥ずかしそうに肩を縮こませ、俯いた。

 

「別に責めてるわけではないのよ。ただやっぱり、ずっと一人で研究していてもどこかで必ず行き詰まってしまうから。今の内に仲間は見つけて置いた方がいいわよ」

「それはそうなんですが、話すきっかけや話題もなくて……」

「まったく、年頃の娘が集まれば話すべき話もあるでしょうに。……と言っても、ここじゃ無理か。なら、研究の話ならどう? 同じ分野の……いえ、違う分野の子と話すのよ」

「違う分野、ですか」

 

 ラブー教授は頷いた。

 

「良くも悪くも、同じ分野だと色々分かり過ぎちゃうのよ。誰だって、自分の研究の横取りはされたくないの」

「でも、それだと行き詰まっちゃったとき、どうしようもなくないですか?」

「あら、一つの視点ばかりから見続けても、同じ景色しか見えないのよ。いつも言っているでしょう? 研究は多角的にやりなさいって」

 

 ラブー教授はいたずらっぽくウィンクをして、立ち上がる。そのとき丁度、チャイムが鳴った。

 

「じゃ、私は講義があるから」

「色々ありがとうございます」

「いいのよ。推薦したのは私なんだから。面倒はしっかり見るわ」

 

 ひらひらと手を振りながら、ラブー教授は去っていく。シェリーはその後ろ姿に一礼をした。

 

□□□

 

「友達作り……友達作り……」

 

 夕刻。奇妙な念仏を唱えながら、シェリーは廊下を歩いていた。向かう先は教養の聖域、図書館。そこはまたの名を、"ぼっちの最後の砦(the last resort of loners )"という。

 ラブー教授と別れてから、シェリーの脳内の半分近くを"友達作り"という単語が占めていた。これでは、研究もままならない。

 何か良い手はないだろうか。

 

「あうっ……ごめんなさい」

 

 そうして、一つのことを考えるとき、深く集中できるのは彼女の武器だが、ときにそれは好ましくない結果をもたらすこともある。

 前が見えない程度には集中していたシェリーは、案の定誰かとぶつかってしまった。

 即座に謝る。これはミドガル王国にいたときから身に付けていた護身術だ。

 

「次からは気を付けなさい」

「はい……」

 

 女の声だった。透き通るようでいて、どこか絡みつくような印象を受ける声だ。

 シェリーは恐る恐るその顔を見てみた。

 最初に見えたのは、美しい金色で、短めの髪だった。ベリーショートよりは長い。少々癖っ毛なのか、ぴょんと跳ねた部分がある。

 次に見えたのは目だ。優しそうなラブー教授とは違い、ちょっと目つきが悪い。機嫌が悪いのか、睨まれてる? ……ぶつかったからか。

 それ以外の顔立ちは普通で、彼女もまた白衣に身を包んでいた。

 

「あら? あなた……」

「ひええっ! す、すみませんでした!!」

 

 一歩詰め寄られ、逃げるように一歩引いて、華麗な直角お辞儀。もはやそれは、熟練の技と言っても過言ではない。

 そんな彼女の奇行に、女は一瞬立ち止まるが、すぐに膝を折って、シェリーの顔を覗き込む。

 

「あなた、シェリー・バーネット?」

「へっ?」

 

 突然名前を呼ばれて、シェリーの肩がびくっと震える。

 何でバレてるの!? もしかして、私、目を付けられてるの!?

 と思ったかは定かではないが、とにかく、シェリーは間抜けな顔をして、頭を上げた。

 その顔を見て、女は「やっぱり」と呟く。

 

「あなた、ミドガル学術学園のシェリー・バーネットでしょう?」

「は、はい、そうですが……あなたは?」

「私は、サーテライト・プラネット。この学校の三回生で、年齢はあなたの一個上よ」

「は、はぁ……」

「そして、私も元々はあなたと同じミドガル学術学園に通っていたわ」

「……!」

 

 驚きにシェリーは目を見開いた。

 

「まぁ、あなたと違って、推薦状もなしにここに入ってきたのだけれど」

 

 そう言って、サーテライトはニカッと歯を見せ笑う。

 

「よろしく、シェリーさん」

「は、はい」

 

 そして、何がよろしくなのかは不明だが、差し出された手を握り、握手を交わしたのだった。

 




悪い虫はどこからでもやってくるんですよね。
学術都市はもう一話やります。
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