陰のボスになりたくて!   作:若林布吉

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真実を求めて

 さて、シェリーがサーテライト・プラネットと出会ってから五日ばかりが過ぎた。

 最初こそ、初々しいカップルのように、ぽつぽつとしか喋らなかった二人だが、五日も経って慣れてきたのか、それなりに話すようになっていた。

 

「へー、アーティファクトを使えば、そんなこともできるのね」

「えぇまぁ……実物はもうないので、どんなメカニズムかまでは分かりませんけど」

 

 今話題に上っているのは、シェリーが学術都市に来る前に研究していた『強欲の瞳』というアーティファクトのことだ。そのアーティファクトは、周囲から魔力を集め、溜め込むことができる。その溜め込んだ魔力を、対になる別のアーティファクトを用いることで自由に使える……だろうとシェリーは仮説を立てていた。

 そのことについて話すと、サーテライトは感心したように、眉を持ち上げた。

 

「もし本当に、そんなことができるのなら、魔術史に残る大発見ね」

「そんな……母の研究成果があってこそのものですから」

「そうかしら。あなたはもっと自信を持ってもいいと思うのだけど……」

 

 サーテライトはいつも、シェリーに向かってそう言っていた。

 自信を持て、あなたは凄いのだから、と。

 それを聞く度に、シェリーは否定した。シェリーには、自分が凄い人物にはとても思えなかったから。

 そうサーテライトに伝えると、彼女は難しい顔をして、「きっと、それがあなたに友達ができない原因でしょうね」ときっぱり言われた。少しショックだ。

 

「プラネットさんは───」

「サーテライトよ」

「───あっ、サーテライトさんは、研究の進捗はどうですか?」

「そうね……まだ、仮説の段階だから何とも」

 

 サーテライトは疲れた表情でゆるゆると首を振る。あんまり順調ではないようだ。

 

「一応、理論の方は粗方できていて、細かい調整とかは、後から実験を通してやっていくつもりなのだけど……如何せん、知り合いに魔剣士がいないのよねぇ。かと言って、警備の魔剣士を引っ張ってくるわけにもいかないし」

「大変そうですね」

 

 サーテライトの専門領域は、魔力学よりの応用魔力学だ。

 そもそも魔力学とは、魔力について理論的な仮説を立て、検証をする。実験室などの整った空間で、基本的な魔力の運動、変化法則を導き出したりするのだ。

 対して応用魔力学とは、そうして組み立てられた理論を元に、どのように実生活に活かすのかを主に研究している。勿論、基本的な魔力の法則について研究したりすることもあるが。

 サーテライトが今研究しているのは、『魔力圧縮に伴う放出エネルギー量の関係』だそうだ。要は、魔力は圧縮するとより大きなエネルギーを放出するという仮説を立てているらしい。実際、その理論を用いた試作品もいくつか完成しているという。

 細かい理論も聞いたが、シェリーにはちんぷんかんぷんだった。

 実際、証明にこそ至ってはいないものの、その法則はかなり昔から指摘されており、ほぼ確定的な予想という状態である。

 その予想の範疇、言わば仮説の上で、サーテライトは自身の研究を行っていた。もし、この予想が見当違いであれば、彼女の研究は何ら意味のないものだったということになる。

 

 

「さて、そろそろ戻るわ」

「あっ、はい」

 

 昼休憩の終わりを告げる鐘が鳴る。それを聞いたサーテライトは立ち上がって、講堂へと消えていった。

 シェリーも、自身の研究とは別に、午後に取っている講義がある。サーテライトの後を追うようにして、シェリーも講義へ消えた。

 

□□□

 

 教室に入ると、既に半数程度の席は埋まっていた。まだ全員ではないようだが、元々この講義を取るものもあまり多くない。

 シェリーは空いている適当な席に座った。

 こうして座っていると、途端周囲が騒がしく思えてくる。自分が話をしているときは、そうでもないのに……。

 けれど、それも仕方のないことだろう。今はまだ、講義前なのだから。

 ガラガラっと、引き戸を開けて教授が入ってくる。

 年の割にずいぶんと後退してしまった髪に、地味なメガネをした小太りの男だ。例に漏れず白衣を纏い、口元のちょび髭がトレードマークだ。

 名前は確か……いや、思い出せない。最初は"チ"から始まった気もするが……。

 

「げっ、チョビ髭もう来た」

「いつも遅刻するのに」

 

 隣の男子生徒二人がこそこそと話すのが聞こえた。そう、名前はチョビ髭だ! ……まぁ、そんなはずはない。恐らくあだ名だが、シェリーは彼の本名を知らなかった。初対面のときも名乗らなかったし、学内ではチョビ髭で通じるのだからやむを得まい。

 

「出席を取るぞー」

 

 などと言いつつ、チョビ髭は紙にレ点を付けていく。途中動きが止まったりするのは、恐らく無断欠席がいるからだろう。

 

「では、昨日の続きからだが───」

 

 そして、講義が始まった。講義というか、授業に近い。

 その内容は、歴史だ。それも、文献すらほとんど残っていないような、遠い昔のことだ。

 シェリーがこの講義を取ろうと思ったのには、理由がある。

 一つは、当時のことを知ることで、何かアーティファクトの解読にも繋がるものがあるかもしれない、と思ったからだ。ラブー教授も言っていたように、研究は多角的にやるべきなのだ。

 もう一つの理由は、ずばり"あの夜"の出来事だ。"あの夜"、燃え盛る校舎の前で、黒いロングコートを纏った男は言った。

───『罪の清算は済んだ』、『そして背負おう、全ての罪を』と。

 それが何を指すのかは今になっても、分からなかった。

 けれど、それはシェリーが何も知らないからだ。

 あの事件、父であるルスランの死は非常に悲しいものであった。悲しいが、同時に漠然とした違和感を覚えたのだ。

 直前の学園襲撃に、ルスランの死、謎の男の残した意味深な言葉。これらの存在が、あの事件には裏でもっと"大きな何か"が動いていることをシェリーに示しているように思えた。

 その"大きな何か"は、あるいはずっと昔から存在しているのではないか。理由があるわけでも根拠があるわけでもない。そんなある種科学者失格な思い込みが、シェリーに歴史の講義を取らせたのだ。

 まぁ、未だに収穫らしいものはないが。

 

 ともあれ、講義はまだまだ続く。シェリーは眠気眼を擦りながらも、真剣にその話を聞いていたのだった。

 

□□□

 

「教授に頼まれて、ちょっと十番倉庫まで器具を取りにいくのだけど、量が多いから手伝ってくれない?」

 

 放課後。講義が終わり、一旦帰ろうかと思っていたところ、サーテライトにそんなことを言われた。勿論、シェリーは二つ返事で了承した。

 

「何だか、薄暗いですね……」

 

 シェリーはランプを手に、やや怯えた様子で呟いた。

 

「この倉庫は日当たりが悪いし、普段から使われないから手入れもされてないのよね。その証拠に、ほら」

 

 サーテライトがしゃがんで足元を照らす。すると、今まさに自分たちの付けてきた足元がくっきりと付いていた。

 

「すごい埃ですね」

「えぇ。あまり長居はしたくないものね」

 

 そう言いつつ、サーテライトがガサゴソと自身の白衣のポケットを漁る。そして、ほいっと何かをシェリーに投げた。

 シェリーはそれをキャッチして、広げてみた。

 

「正方形の、布……? ハンカチですか」

 

 暗くて分かりにくいが、投げられたそれは赤い布だった。正方形で模様が描いてあり、ハンカチというには少しばかり大きい気もする。

 

「いえ、それはバンダナよ」

「バンダナですか」

 

 その布の正体がバンダナだと聞いたシェリーは、バンダナを三角に折って頭に装着する。さながら、三角巾のように。

 

「似合ってますか?」

「いえ、それはそう使うのではな───」

「似合ってませんか……」

「───!? ち、ちがっ……! 似合っているわっ!」

 

 サーテライトが慌てたように言うと、シェリーは嬉しそうに笑った。

 

「こほん」

 

 そこで一つ、サーテライトが咳払いをする。

 

「ここは埃が多いわ。普通に呼吸してるだけで体に悪いくらいには、ね。だから、そのバンダナで口元を覆うのよ」

 

 今まで暗かったせいもあり、よく見ていなかったが、そういうサーテライトも口と鼻を布で覆っていた。

 

「なるほど」

 

 あぁやって使えばいいのか。

 早速シェリーはバンダナで口元を覆う。

 

「息苦しいですね」

「それは仕方ないわ。早く行きましょう」

「はい」

 

 十番倉庫はかなり広い。聞くところによれば、百人は優に入れる大講堂よりも広いという。

 目指すのは、そんな十番倉庫最奥だ。そこには、危険過ぎて仕舞われ、そのまま忘れ去られたアーティファクトや特異な効果を持つアーティファクトが眠っている、らしい。

 そんな危険なものを、一体何に使うのだろうか。

 

「さて、ここね」

 

 と、考えている内にどうやら目的の場所まで来ていたようだ。

 サーテライトが手元のメモをランプで照らして、必要なものの名前を挙げていく。それらをシェリーは埃にまみれながらも、探して集めていた。

 そんな時だ。

 

「わっ!?」

「……ちょ、ちょっと大丈夫?」

「はい、何とか……」

 

 高く積み上げられたいくつもの箱たちが倒れて来たのだ。そして案の定と言うべきか、シェリーはその下敷きとなってしまう。

 サーテライトの助けも得て、何とかシェリーは箱の下から這い出る。それから、パパッと体に纏わりついた埃を落とした。

 

「酷い有り様ね」

「そうですね……とにかく、元に戻しておきましょうか」

 

 今の崩落の余波で、シェリーが下敷きになった場所以外でも、倒壊しているタワーがある。そのままにしておくわけにもいかないので、二人は手分けしてタワーの建設を開始した。

 シェリーがまず着手したのは、自身の上に倒れて来たタワーからだ。

 大体八割程建設し終えた頃だった。

 

「あれ、何か光ってる……?」

 

 大きさは両手で包み込めるくらいだろうか。あるいはもう少し大きい蓋の開いた木箱があった。その木箱の中からは、淡い薄色の光が漏れ出している。

 シェリーはその木箱を手に取り、中を見てみた。

 

「これって……」

「どうかしたの?」

「きゃっ! ……って、サーテライトさんですか。驚かさないでくださいよ」

「あなたが勝手に驚いたのでしょう……」

 

 サーテライトはやれやれとため息を吐く。

 

「で、それは?」

 

 それから、シェリーの手に握られた光る球体を指さした。

 

「落ちた衝撃で起動してしまったのだと思います───恐らく、アーティファクトです」

「ふーん、どんな効果が?」

「それはまだ分かりませんが……」

 

 しばらく無言で、二人はアーティファクトを眺める。

 ぱっと見はただの球体であるが、触ってみると細かい装飾が施されているのが分かる。内側から発せられる薄色の光は弱く、今にも消えてしまいそうだ。

 何に使うのだろうか。

 

「……この模様、古代文字じゃないかしら?」

「えっ?」

 

 ふと、サーテライトがそのように言った。シェリーが彼女の方を見てみると、彼女はアーティファクトを見ていなかった。

 では、どこを見ているのか。

 視線の先を辿ってみると……。

 

『汝、真実を知らむとすらば、───』

 

 壁に古代文字で、そのようなことが書いてあった。いや、正確に言うのであれば、壁に映し出されていたのだ。薄色の光によって。

 シェリーは試しに、手元のアーティファクトをクルクルと回転させてみる。

 すると、文字も一緒に回転した。そう、この古代文字は手元のアーティファクトから発せられた光によって映し出されていたのだ。

 そして、先程の文の続きも映し出される。

 

『───この封印を解き給え』

 

「この封印を、解き給え……?」

「このアーティファクトは、何らかの理由で封印されているということかしら?」

「そうなんでしょうか」

 

 シェリーはとりあえず、アーティファクトを木箱にしまい、蓋をした。学校のものだし、ここには危険なアーティファクトが多いというから、無闇矢鱈に触るまいと思ったのだ。

 蓋をするとやがて、薄色の光も消えた。

 

「ねぇ」

「はい?」

 

 そして、タワーの建材にしようとしたところで、サーテライトに声を掛けられた。

 

「このアーティファクト、ちょっと研究してみない?」

「えっでも、これは学校のものですし……」

「何なら、教授には私から申請しておくわ」

「教授の一存でアーティファクトの持ち出しとかできないと思いますけど……」

 

 正直、シェリーも少し気になっていた。

 好奇心をくすぐられないと言えば、嘘になる。そもそも、ここで好奇心がくすぐられないような人物は、この学術都市にはいない。よしんばいたとしても、きっと成功はしないだろう。

 ほんの僅かな良心だけが、今シェリーに待ったを掛けている状況だった。

 だからもし、大義名分やシェリーが納得できる理由があれば───

 

「大丈夫、その人『七賢人』だから」

「『七賢人』……?」

「そう。『七賢人』が一人、ケーキュウ・スキピオよ。彼なら、ある程度の融通も利くでしょう」

「ですが……」

 

 シェリーの心は揺れていた。微かな良心と、本能的な直感は「やめろ!」と叫んでいる。

 しかし、どうしようもなく湧き上がる好奇心は「やれ!」と言うのだ。

 そんな葛藤を抱えるシェリーに、サーテライトは更に続けた。

 

「あのアーティファクトに書いてあったでしょう? 『真実を知らむとすらば』って」

「……」

「あなた、何か知りたいことがあってここに来たのでしょう?」

「それは……」

 

 未だ悩むシェリーに、サーテライトは微笑んだ。

 

「この研究をすることで、あなたの知りたいことに、一歩近付けるかもしれない───いえ、近付けるわ」

 

 サーテライトは力強く断言した。

 どこかで、ギギっと金属音が鳴った気がした。それからまもなく、シェリーはその音の正体に気が付いた。

 

「は、い……分かりました」

 

 その金属音は、シェリーの心の天秤が傾く音だったのだ。

 

「ありがと。これから頑張りましょ」

 

 サーテライトが手を差し伸べる。シェリーはその手を握り、握手を交わす。

 

「はい……」

 

 その胸中に渦巻くのは、未知のアーティファクトに対する好奇心と、漠然とした少しばかりの不安だった。

 




シェリーさんは怪しいお姉さんに、怪しい研究に誘われてしまいました。
シェリーさんの話はここで一旦区切ります。次やるときは、学術都市編でしょう。
次回はまた別の話です。
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