陰のボスになりたくて!   作:若林布吉

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ずっと裏で進んでたあれです。

〈追記〉
フェンリルの一人称を僕→俺に訂正しました。原作遵守です。


古より心から

 真っ白な空間には、三人の少女がいた。彼女たちは迷う素振りなども見せずに、淡々と前方へ進んでいる。

 ふと、先頭を行く獣人の少女が振り返った。それと同時に、何か輪っかのようなものが投擲(とうてき)される。

 その輪っかは綺麗な楕円を描き、その軌道上で赤い花を咲かせながら、獣人の少女の元へ戻ってきた。

 

「流石ゼータ」

「お見事です」

「ふふん」

 

 ゼータと呼ばれた少女は、赤い血溜まりに伏す死体には目もくれず、上機嫌に鼻を鳴らした。

 

「それにしても……」

 

 桃色の髪をした少女がその死体を眺める。どこか気だるげな雰囲気を纏った少女だ。

 

「どうしたの、シータ?」

「思ってたよりも、守備隊が少ない」

「あー、確かにね」

 

 その桃色の少女は名をシータという。シータはすぐに興味を失くしたのか、死体から視線を外した。

 

「となると、この先に何らかの罠がある可能性もありますね……」

 

 そう言ったのは、褐色の肌に、赤い髪をした少女だ。名前をニーナという。

 

「いや、そのはずはないよ。少なくとも、前回までの調査のときには、それらしいものは見当たらなかった」

「まぁ、行けば分かる」

「分かってからでは遅いと思うのですが……」

「何はともあれ、先には進まないと行けないからね。行くよ」

「ゼータ様がそう言うのでしたら」

 

 一行は更に進んで行く。道中、何度か襲撃を受けたが、遠ければゼータがチャクラムで処理し、近ければシータが首をへし折って何一つ滞りもなく、順調なものであった。

 だが、先頭を行くゼータの足がはたと止まった。

 

「ここら辺かな」

「何がですか?」

「もう道が分からない」

「えっ……」

 

 絶句した表情を浮かべ声を漏らしたのはシータかニーナか。あるいは、その両方だろうか。何とも言えない沈黙が訪れる。

 

「そんな顔しないでよ、ほら」

 

そう言ってゼータが懐から何かを取り出した。手の平サイズのものだ。

 

「それは……?」

「アーティファクト。イータに頼んで作って貰った。新品だよ」

「イータ様の……して、どのような効果があるのですか?」

「まぁ見てて」

 

 ゼータはアーティファクトに魔力を流し込む。すると、無数の光の粒子が現れ、四方八方へと飛んで行った。

 

「……何も起こらない」

「まぁまぁ、釣りと一緒。そう焦らないで」

 

 しばらく様子を見ていたシータが呟いた。しかし、クルクルと指でチャクラムを回しながら、ゼータは余裕の表情だ。

 それから少し経って、ばらばらと無秩序にアーティファクトから放たれていた光の粒子の挙動に変化が起こった。まるで、何かに誘われるように、光の粒子は指向性を持ち、ある方向へと流れ始めたのだ。

 やがて、その流れは放射状となり、そこから更に、どんどん絞られて直線状へと変わっていく。

 その一部始終を眺めていたゼータが、そこまでのある時点で「よし」と呟いた。

 

「行くよ」

「この先に?」

「そう」

「何があるの?」

「聞くまでもないでしょ。この領域で最も魔力強い魔力を内包した存在の元───『ディアボロスの右腕』のところだよ」

「───」

 

 その言葉を聞いて二人の顔が引き締まる。いや、二人だけでなくゼータ自身の表情も真剣なものに変わっていた。

 一行は、その光の粒子が導く方向へと歩いていく。

 

 そうして、やがて着いたのは大きな扉の前であった。その扉には無数の古代文字が刻まれていて、幾重にも太い鎖が巻かれていた。

 そして、『聖域』の最深部まで訪れたことのある者なら、みな一様な感想を持つことだろう。

 

「前にも見たことがある……」

 

 シータがポツリと呟いた。

 

「ふーん、どこで?」

「『聖域』で。全く同じ見た目」

「そのときはどうやって開けたの?」

「鎖を切って、こじ開けた。聖剣で」

「なるほどね」

 

 ゼータは少し面白そうに笑った。事の顛末は既にシータから聞いていたのだ。例えばそう、聖剣を隙間に差し込んで梃子(てこ)の原理を使ったり、そうしたら聖剣が半ばで折れてしまったりというようなことを。

 そして、その報告を聞いていたのはゼータだけではなかった。

 

「でも、聖剣ってシャドウ様が消し飛ばしたと思うのですが……」

 

 ニーナは不安そうに言った。その顔には、「これからどうすんだ」と書いてある。

 そんなニーナの不安げな表情とは対照的に、ゼータがニヤリと笑い、尻尾を揺らす。

 

「大丈夫。もう調査も済んでるから」

「いつの間に……」

「あとは倒すだけ」

「倒す、ですか?」

 

 疑問符を浮かべるニーナを尻目に、ゼータは扉に魔力を流し込む。

 そのときだった。

 

「……ん? シータ何してるの?」

 

 シータが墨の付いた筆を持って、扉の前にいた。

 

「記念に一筆書いとこうかなと思って」

「記念に、って……」

 

 ニーナが呆れたように呟いた。

 

「それでシータ、何て書くの?」

「今考えてる……『シータ参上』とか?」

「いいね、それ。隣に『ゼータ参上』も書いといて」

「了」

「あの、もう少し緊張感を……」

「『ニーナ参上』もいる?」

「……ではお願いします」

 

 そんなこんなで、無数の古代文字が書かれた扉には、墨で落書きが施された。因みに、景観に合うようにと暗号化された古代文字で書かれている。知識と気配りの無駄遣いだ。

 

「来るよ」

 

 シータが自身の書いた文字に満足げに頷いていた頃、ゼータは短くそう告げた。

 同時に扉は赤く輝き出して、空間に魔力回路が広がっていく。ギシギシと扉が音を立て、小刻みに震える。

 

「"彼女"は応えてくれるみたいだね」

「"彼女"……?」

「そう───」

 

 しかし、そんな変化が訪れても扉は開かなかった。

 だが、代わりにとでも言うべきか。魔力回路が扉の前で収束し、細い血管のような光で人の形を成していく。

 

「───英雄リリ」

 

 その光は次第に薄れて、そして消えた。

 後に残ったのは、獣人の女性だけだった。黄金の耳に、黄金の髪、黄金の尻尾を持って、猫のような瞳をしている女性だ。

 いや、彼女の容姿についてはもっと分かりやすい表現がある。

 ───そこには、ゼータによく似た獣人の女性が立っていた。

 

「初めまして。獣人の英雄さん」

「……」

 

 リリは何も答えない。その代わり、一瞬で姿がブレ、消えた。

 直後、目にも止まらぬ速さで、剣閃がゼータの首目掛けて飛来した。

 火花が散る。

 

「危ないゼータ」

「ありがと、シータ」

 

 その剣を止めたのは、横合いから軌道上へ割り込んできた漆黒の剣、スライムソードだった。

 

「ゼータ様、これは一体……」

 

 ニーナは今の状況が飲み込めていないようだった。

 

「"彼女"はリリ。獣人の英雄で、『ディアボロスの右腕』を切り落とし、この地に封印した者……の亡霊だよ」

「亡霊、ですか」

 

 ゼータは自身もスライムで剣を作り出す。

 

「そう。死して尚、この地に縛られ続ける亡霊。意識があるのかも怪しいね」

「私には生きているようにも見えますが……」

「獣人は何百年も生きられない。それこそ、どこぞのラウンズでもない限りは、ね」

 

 ゼータが一歩踏み出すと、"リリ"は大きく後ろへ跳んで距離を開けた。

 

「悪くない剣。でも、古い剣」

 

 スライムソードをしまったシータが言った。

 

「応えてくれてありがとう、英雄さん」

「───」

「でも悪いけど」

 

 ゼータの姿が掻き消える。そして、"リリ"の前に突如として出現する。一息に間合いを踏み潰したのだ。

 それは先程"リリ"が見せた踏み込みに近く、しかしより洗練されたものだった。

 "リリ"は抵抗しようと剣を持ち上げるが、遅い。

 

「───私たちはあなたとは違う道を行く。バイバイ英雄」

 

 心臓を貫かれた英雄は、ぐったりとゼータにもたれかかる。その体から出血はなく、体温も体重すらもなかった。

 その英雄の体に少しずつ亀裂が入っていく。命に遠いところから、ひび割れるように砕けていった。

 そんな中で、しかし、英雄は確かに笑ったのだ。ニヤリとでも、カラカラとでもなく、ともすれば気のせいだと思うような薄い笑みを浮かべたのだ。

 そして、一言だけ。

 

『幸運を』

「……」

 

 その言葉が現世に誕生するか否かというところで、英雄は完全に砕け散った。後に残る光の粒子も、次第に薄れ、消えた。

 

「あっ、開いた」

 

 シータが扉を押すと、重そうな音を立てつつも開いた。いつの間にか、あの太い鎖もなくなっている。

 

「ゼータ様大丈夫ですか?」

 

 "リリ"が消えてからぴくりとも動かないゼータに、心配そうにニーナが声をかける。

 

「……大丈夫。行こうか」

 

 そんなニーナをゼータは一瞥し、扉へ向き直る。ニーナからは自分と比べてもさして大きくない背中が見えていた。

 

「……はい」

 

 ニーナは一度目を伏せ、ゼータの後に続いたのだった。

 

「む?」

 

 そんな折、扉に手をかけこちらを見ていたシータが訝しげに眉を寄せた。

 

「───っ! ゼータ!」

「───ッ!?」

 

 直後、シータが叫ぶのと、ゼータがその場で身を捩って跳ぶのはほとんど同時であった。それから一瞬と経たずして、ゼータのいた位置を風切り音が通り過ぎた。

 

「へぇ、今のを躱すんだ」

 

 少年の声だった。しかし、確かに少年の声ではあったが、どこか空虚で空恐(そらおそ)ろしくも感じられる声だ。

 コツコツコツ。

 音がした。ブーツが硬い床に触れる音だ。

 ゼータはその音の方向を見た。

 

「君が『七陰』かな? 今まで姿を見せなかったことを考えると、ゼータか」

「……何者?」

 

 声に相応しく、まだ幼い容貌の少年がいた。白い髪に、未だあどけなさの残る顔。腰には剣を一本差していた。

 

「君は、ナンバーズのシータだね。『ゼロ』のシータと呼ばれてるんだっけ?」

「……シータはナンバーズの1番。ゼロじゃない」

「それより、どうして私とシータの名前を知ってるのかな?」

 

 重心を低く、警戒したままにゼータが問う。

 

「君たちは少し、俺たちのことを見くびりすぎなんじゃないの?」

「見くびり過ぎ?」

「そうだよ。一体誰が、千年にも渡ってミドガル王国を治めてきたと思ってるんだい?」

 

 少年は嫌らしい笑みを浮かべた。

 

「ナイツ・オブ・ラウンズが一人、フェンリル。それが俺の名前さ」

 




ようやくここまで来ました。一番書きたかった話です。
ウィクトーリアについては、無法都市の時点で仲間かどうか分からなかったので、今回はいません。
次回五章最終話、VSフェンリルです。お楽しみに!
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