陰のボスになりたくて!   作:若林布吉

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次に繋がる幕間です。お仕事要素は少ない気がします。


幕間 ガンマのお仕事

「……以上が、今月の売り上げでございます」

「そうですか」

 

 ガンマはびっしりと数字と文字の書かれた書類から視線を落とす。

 

「これまた随分と、業績が伸びてるみたいね」

「はい」

 

 そこに記されていた数字は、先月の二倍近いものであった。普通、一月でそんなに数字が跳ね上がることはない。まして、こちらが何かをしたわけでもないのに。

 これではまるで……

 

「大商会連合の方は?」

「はい。だいぶ足並みが乱れてきたようで、現状は互いが互いの足を引っ張り合っている状態です」

 

 ということはやはり、大商会連合の客が『ミツゴシ商会』に流れているということなのだろう。

 

「急増の連合だから足並みが揃わなかった……? でも、教団がバックにいてそんなことが起こりうるのかしら……」

「一度、アルファ様に相談してみてはどうでしょう?」

「……そうね」

 

 向こうの動きに不明瞭なものが多過ぎる。『ミツゴシ商会』はガンマの管轄とはいえ、一度きっちり離し合っておくべきだろう。

 それはそうと。

 

「ところで、『無法都市』での主さまはどんな感じでした?」

「はい? どう、というと?」

「単刀直入に言えば……カッコ良かったですか?」

「……はい」

 

 それから、ガンマとニューはしばらく談笑をした。

 

□□□

 

「それで、今日はどうしたの? ガンマ」

 

 部屋に入り、軽い挨拶を交わして、早速とばかりにアルファはそう言った。挨拶の後に、世間話のような会話がないのに違和感を持つのは、普段から貴族や商人を相手にしてるからだろうか。

 

「大商会連合の件です。まずはこれを」

 

 それは先日ガンマも目を通した資料だ。昨月の売り上げと今月の売り上げ、その比較のデータが載っている。

 

「それとこちらも」

 

 こっちの資料には、『ミツゴシ商会』の出店地域とそれぞれの収益、何が売れているかなどが記載されていた。

 

「……随分と調子がいいようね。何かしたの?」

「いいえ、『ミツゴシ商会』は何もしてあません」

「『ミツゴシ商会』は、ね」

「はい」

 

 アルファが目で続きを促す。

 

「大商会連合の収益については目下調査中ではありますが、上がってきた報告によると、品不足により客が流出しているようです」

「品不足?」

「はい。ガーデンの者を使い"盗賊狩り"と並行して調査を行いましたところ、『ミツゴシ商会』関連でない馬車の襲撃された跡がいくつも見つかりました。恐らく、大商会連合のものと思われます」

「つまり、彼らは内部ゲバルトを起こしていると?」

「はい。そう思われます」

「そう……」

 

 アルファは顎に手を当て、何やら考え込む。

 

「大商会連合に何か大きな動きはあったの?」

「いえ、そのような報告はありません。ガーター商会は未だ健在ですし、その裏にいると思われる教団の者───月丹にも大きな動きはありません」

「……ガンマの考えが聞きたいわ」

「はい」

 

 ガンマはここに来るまでに考えていたことを語る。

 その内容をざっくり要約するなら、裏で大商会連合を操る月丹、あるいは、更にその上にいる者の身に何かがあったというものだ。

 そして、ここで言う何かとはつまり、殺害されたということである。

 

「……ですが、月丹が殺された程度でフェンリル派の操る大商会連合の手綱が手放されるとは思えません。とするとやはり……」

「フェンリル派のトップ、つまりフェンリル自身が討ち取られたと?」

「はい」

 

 これはあくまで推論であるが、その可能性は限りなく高いように思われた。

 だが、だとすれば何故殺されたか、という疑問が残る。

 長らくミドガル王国を支配してきたのはフェンリルだ。ゼノンの一件でしくじったとはいえ、教団に切り捨てられるような人物ではないだろう。

 しかし、同時にフェンリルを潰せる勢力がいるかと言われれば……『シャドーガーデン』でないとすれば、教団しかいないのだ。

 そもそも、あの『ミドガルの悪鬼』であるフェンリルを倒し得る者だって、数える程しかいないのだ。

 

「これは……教団じゃない別の勢力がいるかもしれないわ」

「アルファ様もそう思いますか?」

「だってそうでしょう。大商会連合が息を吹き替えしてきたこのタイミングで、教団がフェンリルを殺すとは思えない」

「逆に、このタイミングだから殺したということはないのでしょうか? つまり、フェンリル派と敵対する派閥が、足を引っ張ろうとした可能性です」

 

 アルファは少し考え、ゆるゆると首を振った。

 

「それはないわ。第一、それができるならもっと早くやっているでしょう」

「今までタイミングがなかった、あるいは最近になってその術を見つけた、とか」

「そこまで考えると、キリがないわね」

 

 はぁ、とアルファはため息を吐く。

 

「……お疲れですか?」

「いえ、大丈夫よ。ただ、またやることが増えてしまったようね」

「そのようです」

「でも」

 

 アルファは決意の固い眼差しでガンマを見る。いや、その瞳に映るのは、ガンマでない別の何かだろう。

 

「彼……シャドウに裏社会を明け渡す。それを阻む者には、決して容赦はしない」

「存じております」

 

 ガンマも、アルファのその様を見て決意を新たにしたときだった。

 

「がぅー! デルタはただいま戻ったのです!」

 

 騒がしい声とともに、バンと勢いよく開かれた。窓が。

 

「デルタ。入るときは窓からじゃなく、扉からといつも言ってるでしょう?」

「ご、ごめんなさいなのです……」

 

 アルファに怒られ、デルタはしゅんと尻尾を丸める。しかし、何を思い出したのかすぐにニパッと笑った。

 

「聞いてくださいアルファ様!」

「その前に報告があるでしょう?」

「帰り道で誰に会ったと思うっ!?」

「デルタ?」

「あぅ……分かったのです」

 

 また怒られてしゅんとなっている。ガンマの言うこともあれくらい素直に聞いてくれれば、もっと仕事も振れるのだが……。

 

「デルタはちゃんと黒いジャガを狩ったのです!」

「黒いジャガ……?」

「多分『黒き塔』のジャガーノートのことね。頼んでおいたのよ」

「ジャガーノート……あぁ、そういうことですか」

「えぇ」

「アルファ様! デルタちゃんとやった!」

 

 デルタは褒めて褒めて! とはがりに尻尾を振っている。

 

「はいはい。偉いわね、デルタ」

「ボスも褒めてくれる!?」

「彼なら褒めてくれるでしょうね」

「やった!!」

 

 かなり機嫌が良さそうだ。

 

「これでデルタがナンバー2になる日も……」

「あっ?」

「な、なんでもないのです……」

 

 何回目だろう。デルタの機嫌が急降下する。浮き沈みの激しいことだ。

 

「そういえば、さっき何を言いかけてたの?」

「あっそうです! 聞いてほしいのです! アルファ様!」

「何かあったの?」

「帰り道でボスに会った!」

「シャドウに? ……確か、彼も『無法都市』に行っていたわね。何か言ってた?」

「『赤は終わった……次は黒か』って言ってた!」

「赤は『赤き月』のことね。じゃあ黒は……?」

「違うのです!」

「違うって『赤き月』のこと?」

「それはわかんない! ボスが古い紙くれた!」

「紙?」

「これ!」

 

 デルタが口の中から折りたたまれた紙を出した。

 

「べちょべちょじゃない……なんで口の中に入れてるのよ……」

「むっ、ガンマ! お前には関係ないのです!」

「そんなことはないでしょう。主さまからの言葉なら、ガーデンに向けての可能性もありますから」

「何言ってるかわかんない! ガンマ、もっかいどっちが上かわからせた方がいいですか?」

「うっ……」

 

 ガンマの中で嫌な記憶が呼び起こされる。デルタに馬乗りにされている記憶だ。

 

「デルタ。その辺にしておきなさい」

「でもガンマが……」

「デルタ」

「あぅ……分かったのです」

 

 アルファがべちょべちょになった紙を広げ中を見る。

 デルタのことだ。どうせ失くさないようにと口の中に入れていたのだろう。

 

「これは……地図?」

「見たところ、王都周辺のものではありませんね」

「そうね……いえ、この地形見覚えがある気がするわね。どこだったかしら?」

「言われれば……」

 

 二人してうーんと首を捻るが中々思い出せない。確かに、ガンマにも心当たりがあるのだが……。

 

「これ、ボスの姉さん助けたところにそっくり!」

「クレア様の……」

「……あぁ、オルバがいたところね」

「───っ! そういえば、このような地形でしたね」

 

 あれは二年前の話だ。攫われたクレア・カゲノーを救うためにシャドウとガンマ以外の『七陰』で襲撃した場所そっくりであった。

 

「デルタお手柄よ」

「えっへん!」

 

 ガンマが地図をよく見てみると、何やら星印が付けられた場所があった。

 

「アルファ様」

「えぇ、ここに何かがあるのでしょうね」

「ガーデンを派遣しますか?」

「勿論」

「ではそのように」

 

 ガンマは礼をして、部屋を出る。

 後ろからはアルファとデルタの楽しそうな声が聞こえてきた。

 

□□□

 

「へー、主がそんなことをねぇ……」

「そうなのよ、ゼータ」

 

 翌日、ガンマが執務室で仕事をしていると、来客があった。

 ゼータだ。

 彼女は部屋の窓から音もなく侵入してきた。獣人は扉から入れない呪いにでもかかっているのだろうか。

 

「でもそうか。赤の次は黒、ね」

「何か分かる?」

 

 ガンマは主が呟いたという言葉の意味が分からず、仕事にも少々手がつかないでいた。何か、重大な見落としでもあるのではないだろうか、と心配だったのだ。

 

「普通に考えるなら、色に関係する何かを表してるんだと思うけど……」

「色……赤と黒で思い浮かぶのは『紅の塔』と『黒き塔』かしら」

「それはあるかもね。実際、"赤"、"黒"の順に落ちてるわけだし」

「でも、なんか釈然としないのよね」

「うーん……」

 

 ソファに寝転がりながら思案するゼータ。ピクピクと耳が動いている。

 とても静かな時が流れた。

 

「あっ」

 

 やがて、静寂を居心地悪く感じ始めた頃、何かを思いついたように、ゼータが声を上げた。

 

「何か分かったの?」

「確証はないけど……」

 

 ゼータは体を起こす。

 

「『黒キ薔薇』って知ってる?」

「一応は……確か、一夜にしてベガルタ兵十万を葬ったという伝説が残る存在、でしたよね」

「そう。実際どんなものかは分からないけど、実在してるのは間違いない」

「その『黒キ薔薇』が?」

 

 ゼータは「うーん」と考えるように視線を彷徨わせてから、「これは私の推測だけど」と前置きして、自身の考えを口にした。

 

「次に教団が動くのはオリアナ王国なんだと思う」

「オリアナ王国? 何か繋がりが……いえ、あるわ……」

 

 何を隠そう『黒キ薔薇』の伝説はオリアナ王国に残る伝説なのだ。滅びそうになったオリアナ王国が用いた手段、あるいは解き放った存在。それが『黒キ薔薇』なのだから。

 

「そして、今オリアナ王国では式典の準備がされている」

「なるほど……でも、結婚式で何を?」

「それは分からない。向こうにはイプシロンがいるはずだから、彼女に聞いてみた方がいいと思う」

「そうね……助かったわ、ゼータ」

「ふふん」

 

 礼を言うと、ゼータは得意げに喉を鳴らしてまたソファに寝転がる。

 

「そういえば、見たよ」

「見たって何を?」

「子どもが道端でお札のタワー作ってたのを」

「あぁ……」

 

 その報告はガンマの耳にも届いていた。大商会連合も信用創造により紙幣を発行していたのだが、取り付け騒ぎで信用崩壊したのだ。

 まだそれほど広まっていたわけでもないのに、信用崩壊したということは、それだけ向こうが弱っていたということだろう。

 その信用崩壊のせいで紙幣は紙くずへと姿を変え、今や子どものおもちゃとなっていた。

 

「ガンマの鮮やかなる手練手管で、大商会連合も大慌て! みんなそう言ってたよ」

「そんなこと、誰から聞いたのよ……」

「街の噂だよ」

 

 改めて言うが、ガンマは何もしていない。

 だが、その大商会連合関連で一つ思い出したことがあった。

 

「そういえばゼータ。最近怪しい組織とかない?」

「怪しいって、教団関連ってこと?」

「そうではなくってですね……」

 

 ガンマはアルファとの会話の一部をゼータに話した。要は、まだ見ぬ地下組織がいる可能性についてだ。

 

「あぁ……」

 

 それを話すと、心当たりがあるのかゼータは呻くような声を発した。

 

「何か分かる?」

「いや、ちょっと分かんないかな」

「そうですか」

「そうそう」

 

 会話も途切れ、二人の間に沈黙が訪れる。ガンマがペンを走らせる音だけが響いていた。

 

「さて、そろそろ行くよ」

「次はどこに?」

「ベガルタか、ラワガスかかな」

「ベガルタにはベータが向かってるわ」

「また? でもそっか。なら、ラワガスかな」

「面倒臭がらず、ちゃんと報告するのよ?」

「相分かったよ……じゃ、バイバイ」

 

 ひらひらと手を振って応えるゼータは、来たときと同じように窓から退出した。

 集中していたためか、それを気にも留めなかったガンマは、彼女の去り際の言葉を聞き逃すこととなる。

 

「まだ知られるわけにはいかないんだ。悪いねガンマ、みんな」

 

 金色の猫は溶けるように闇夜に消えたのだった。

 




シャドウ「赤(の塔から金を奪うの)は(失敗に)終わった……次は黒(き塔から)か」
大体ガンマが考えた通りでした。
次回からオリアナ王国編です!
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