陰のボスになりたくて!   作:若林布吉

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二人の王女

 僕らはオリアナ王国の王都に着くと特に観光などはせずに、そのまま王城まで直行した。というか、街道封鎖とかされていて、気軽に観光とか言えるような雰囲気じゃなかったのだ。

 あんまり目立ちたくはないのだが、せいぜい外から見えないように、端で縮こまっているとしよう。

 そんなわけで王城に着いた僕らを出迎えたのは、ドエム公爵だった。ローズの婚約者であり、なんかゴジャースだった。

 

「ようこそ御出くださいました。アレクシア王女」

「此度はお招きいただき、ありがとうございます。ドエム公爵」

 

 なんだろう。二人とも笑ってるのに、空気が張り詰めてる気がする。

 ……よし、気のせいということにしよう。僕はモブだ。モブはモブらしく、モブ道を極めるべし。

 というわけで、空気になるべく気配を消し、ことの成り行きを見守る。

 

「予定より幾分早めに着いてしまいましたが、よろしかったでしょうか?」

「問題ありませんとも。さて、長旅でお疲れでしょう。部屋を用意させているので、どうぞそちらでお休みください」

「お心遣い、感謝いたします」

 

 ドエムの案内に、僕らはついていく。その後ろからは更に、護衛と思われる騎士たちも同行していた。

 

「ところで、ローズ王女はどうしていらっしゃいますか?」

「この時間だと、庭園を散歩している頃合いでしょう。よろしければ、芸術の国オリアナが誇る庭園を、後にご覧になられてみてはいかがですか?」

「えぇ、是非お願いします。できれば、()()に解説していただけると嬉しいのですが」

「……一応、聞いておきましょう」

 

 どうやら、話は一段落ついたようだ。

 と、そこで僕はあることに気付く。ドエムのポケットが不自然に盛り上がっているのだ。

 僕は誰にも視認できないほどの速さで、スリを敢行する。ポケットの中にあったのは、小さな箱だった。

 中身は指輪だ。少しだけ魔力が宿っていて、中々の値打ちものだ。

 ……これ、結婚指輪じゃないだろうか。うん。きっとそうだ。

 ローズ先輩の結婚式をぶち壊すわけにもいかないので、僕はそっと元に戻しておいた。

 

「おや、着いたようですな」

 

 丁度そのタイミングで、用意してた部屋とやらに到着したようだ。

 ドエムは一言、二言何か言って、立ち去る。

 

「嫌な男ね」

 

 ドエムが見えなくなってからアレクシアが、小さな声で呟いた。

 僕は最後まで何も喋らなかった。

 

□□□

 

 日も暮れて、夜。僕らは庭園にいた。

 

「お久しぶりですね。ローズ()()

「そうですね」

 

 どうやら、昼に言っていた通りドエムは話を通したようで、その日の夜にこうして時間が作られたのだ。

 見たところ、ローズに外傷などのようなものはなく、健康そうである。

 良かった。家庭内暴力とかなくて。

 いつものようにロールしている髪に、普段は見ないドレス姿だ。ドレスと言っても、式典で使うような華美なものではなく、私服のようなものだ。

 こうして見ると───

 

「こうして見ると、本物の王女みたいだ」

「ちょっ、アンタ何言ってんの!?」

 

 あ、アカン。声に出てた。

 姉さんが僕の頭を鷲掴みにして、頭を下げさせる。なんか骨がみしみし言ってて痛い。

 

「ふふっ、別に構いませんよ。私とシド君の仲ですから」

 

 一体どんな仲だと言うのだろう。友達?

 

「は、はぁ……」

 

 姉さんはよく分からないが、お咎めなしで良かったという顔だ。ほっと胸を撫で下ろした後、僕を一瞥し睨んだ。

 もう変なことするんじゃないわ、という声が聞こえてくるようだ。怖い怖い。

 

「さて、こんなところで話すのもあれですから、少しお庭の方を見て行きましょう」

 

 ローズはそう言って歩き出す。その横にはアレクシアが並んだ。

 

「素晴らしい庭園ですね。芸術の国が誇るというのは伊達ではないようです」

「お褒めいただきありがとうございます」

「あちらの花はなんと言うのでしょう?」

「あぁ、あれはですね───」

 

 二人が会話しながら進むのを、僕と姉さんは後ろからついていく。他にも、ローズの護衛もいるが、マルコの姿はない。彼は今、控え室で待機中だ。

 僕は、この二人の会話に少しだけ違和感を覚えた。別に普段の二人の関係を知っているわけではないけど、どことなく距離を感じる会話だ。その距離とは、ドエムとアレクシアの間にあった距離とも異なるもののように思える。

 まぁ、よく分かんないけど。

 

「───と、アーティファクトにより温度を一定に保っているのですよ」

「へぇ、それはすごいですね」

 

 今はどうやってこの花を育てているのかについて、ローズが話していた。アレクシアは感心したように、頻りに相づちを打っている。

 

「一通り見て回りましたが、いかがだったでしょうか?」

「とても良かったです。昼に見ればこそ、広がる花々に圧倒されたのでしょうが、月の下で輝く花もまた、神秘的であり格別に美しいものでありました」

「満足してくださったようで何よりです」

 

 ローズは微笑んだ。

 

「さて、長旅を終えた日に、こうして長時間外にいるというのもお辛いでしょう。つきましては、今から私の部屋でお茶でもどうですか?」

 

 その提案に、アレクシアが意味深に目を細める。

 いいな、それ。僕も意味深に目を細めておいた。

 

「お待ちを。ローズ様。もう夜も深いことですから……」

 

 そこで護衛の一人がローズに待ったをかける。

 しかし、ローズは申し訳無さそうな顔で食い下がる。

 

「久しぶりに会ったのですから、もう少し良いでしょう?」

「いや、しかし……」

「私は構いませんよ」

 

 アレクシアの援護で、護衛の人は頭を下げて退いた。

 なんか、今息がぴったりだった。

 

「それでは、私の部屋に参りましょうか」

「えぇ」

 

□□□

 

 ローズの部屋の前まで来て、結局入れたのはアレクシアと僕だけだった。姉さんと護衛は外で待機している。

 姉さんは「どうしてシドはいいの!?」と言っていたが、僕にもそれは分からない。

 だが、アレクシアが何かを囁くとやる気を出したようで、ローズに詰め寄っていた護衛たちを威圧していた。

 気配を探れば、今も扉の前で仁王立ちしていることが分かる。本当に何を言われたのだろう。

 

「どうぞ、お座りください」

 

 とまぁ、そんなわけでローズに促され、僕たちはソファに腰掛ける。すごいふかふかしてる。

 

「それで、何の話でしょうか。単刀直入に話していただけるのでしょう? ()()

 

 席に着くなり、アレクシアがそう切り出した。

 僕はここでの身の振り方を考える。どうすれば、モブっぽいか。

 自主的に話すのは勿論駄目だ。でもかと言って、何のリアクションも取らないのは?

 今この雰囲気は、明らかに大事な話をしますよ! というものだ。

 そんな話を聞いて、モブならどうする?

 当然、相応のリアクションをして然るべきだろう。

 

「はい、勿論です」

 

 ローズは首肯した。

 

「ですが、その前に───先程、父上……陛下が崩御なされました」

「なっ! それは……」

「……」

 

 ここで驚くべきだろうか? でも、何か前置きみたいな感じだったし、もっと重大な発表があるかもしれない。

 そう思い、ここは一旦スルーを選択する。

 

「申し訳ありませんが、まだ公にはされてませんので、口外はしないでいただきたいです」

「分かりました」

 

 僕も頷いておく。

 

「その死因については色々怪しいものがあるのですが……それは置いておきましよう。それで、結婚式と並行してドエム公爵は戴冠(たいかん)の儀も行うようです」

「随分と、早急ね。いえ、用意周到とでも言うべきかしら。まるで……」

 

 アレクシアはその先を口にはしなかった。何を言おうとしたのか、言っちゃまずいことなのだろう。

 

「さて、本題ですが」

 

 僅かに間が空いて、ローズがそう言った。

 

「その結婚式で私は───ドエム公爵を殺します」

「……」

「……」

 

 どうだ? 今か? 驚くべきはここなのか?

 アレクシアをちらりと見てみると、特に驚いた様子はない。すました顔だ。なら、ここは沈黙するのがいいのだろう。 

 まだチャンスはあるはずだ。

 ……それにしても、婚約者を殺すとは。やっぱり家庭内暴力とかあったのかな。

 

「……本当にやるのですか?」

「はい」

 

 ローズは力強く頷いた。

 

「勝算は?」

「既に、騎士団の一部はマーガレット……信頼できる部下の手によって掌握しています。当日の警備の大部分は彼らが行うことになっています」

「でも、恐らくドエム公爵は……」

 

 アレクシアは僕を見て、その先をいうのを躊躇った。それでも、ローズには伝わったようだ。

 何の話だろう。僕だけ置いてきぼりだ。

 ローズは淡々と答えた。

 

「向こうに伏せ札があるように、私にも伏せ札があります」

 

 ローズは、「私ではなくクララが用意したのですがね」と気まずそうに、恥ずかしそうに笑った。

 ……そろそろかな? この伏せ札が実は! みたいな展開でしょ、これ。

 

「自分では何も用意できませんでした」

「今の状況は、先輩の積み上げてきた人望故でしょう。適材適所で気に病む必要はありませんよ。……因みに、伏せ札とは?」

「……今は、言えません」

「そうですか。いえ、そうでしょうね」

 

 あれ、これ不味くない? なんか話が終わりそうな雰囲気なんだけど。

 と考えていたら、ローズが僕の方を見つめてきた。

 なにかな。何か重大な告白かな。よし、こい!

 

「……シド君は、どう思いますか?」

「どうって?」

「私が婚約者を殺すことについてです」

 

 うーん、家庭内暴力があったんだから、仕方ないんじゃないかな。僕は君の選択を否定しないさ。

 

「いいと思うよ」

「……! そうですか。ありがとうございます」

「うん? どういたしまして?」

 

 なんか感謝された。どうして? それより、重大な告白は?

 

「私たちに何かできることはありますか?」

「いいえ。むしろ、今後のためにもアレクシア王女は何もしないでいただきたいのです」

「……そういうことですか。分かりました」

 

 やばい。もう終わりそうな雰囲気が漂ってる。

 

「さて、私たちはそろそろ戻るとします」

「はい。長話に付き合ってくださり、ありがとうございます」

 

 そう言って、二人は立ち上がる。遅れて僕も立ち上がった。

 

 結局、僕は最初に立てた二つの誓いを守れなかったのだ。

 絶対に喋らないという誓いと、大げさに驚くという誓いだ。今にして思えば、相反するこれらを成し遂げるのは、モブ上級者であっても不可能だったのかもしれない。

 あるいは、僕のモブ熟練度が足りなかったのか。

 いずれにせよ、今日のところは僕の負けだった。完全敗北だ。

 部屋から出ると、扉の前に仁王立ちする姉さんの後ろ姿が見えた。なんか殺気を放ってる。

 姉さんはアレクシアが声を掛ければ、すぐに道を譲った。

 それから、ローズとアレクシアが少し話をして、与えられた部屋に戻ることになる。

 気落ちしながら歩いていた僕は、しかしその道中でふと閃いた。これは天啓かもしれない。

 ───婚約者殺すってことは、婚約破棄だよね。

 

「じゃあ、さっきの指輪貰ってもいいのでは?」

「あれ、シドは?」

 

 というわけで、僕は早速飛び出した。同時に魔力の粒子をばら撒く。

 ドエムの場所はすぐに分かった。城の最上階にある一室だ。誰かと一緒にいるみたい。

 僕は気配を消して忍び込む。

 

「……そうか。奴らは取り逃がしたか」

「はい。しかし、幹部と思われる者は現在1stチルドレンたちが追っています」

 

 なんか物騒な話だ。どうでもいいけど。

 

「ですが、一つ問題がありまして」

「なんだ?」

「まだ未確定の情報ではありますが、どうやら、彼の者は『トリツブシ伯爵』の屋敷に逃げ込んだようなのです」

「つまり、あの伯爵が匿っていると?」

「はい」

 

 ドエムが何か考えるように、宙に視線をやる。

 

「よし。ならば反乱を企ててるとして、消すとするか」

「よろしいのですか? 仮にも伯爵ですが」

「問題ない。どうせあと一代で潰れる家だ」

 

 ふむ。これはありかな。

 僕は指輪を抜き取りつつ、考えた。

 

「どうせ家が潰されちゃうなら、僕が貰ってももいいよね」

「誰だッ!」

 

 あっ、ヤバい。また声に出てたみたいだ。

 僕は陰に潜んで、その場から離れた。可哀想だから、箱は元の場所に戻しておいた。

 




マーガレットさんは書籍版に出てきたメイドで、クララはweb版に出てきたローズの妹です。トリツブシ伯爵は捏造です。
原作のweb版は七章(四巻相当)から話が分岐しています。そちらも面白いので、是非どうぞ。
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