結婚式とは、どんなものなのだろうか。
人生一度のビッグイベントだから、きらびやかで美しいものなのだろうか。
あるいは、神に永遠の愛を誓うそれは神秘的で雅なものなのだろうか。
僕は思う。それも一つの形なのだろうけど、それは僕の好みには合わないと。僕はどちらかと言えば、派手にわちゃわちゃしてる方が好きなのだ。
そして、僕は今、そんなわちゃわちゃが起こるだろう式典会場に来ていた。
見れば、来賓客は普段通りの雰囲気だけれど、そこらを巡回してる衛兵にはちらほら緊張した面持ちの者がいる。顔を見ればそんなことは一発で分かる。どうやら、隊長クラスが多いようだ。
そして、そういった微かな心の揺らぎは知らぬ間に会場に伝播する。それは小さな揺らぎかもしれないけど、塵も積もれば山となるんだ。
この、何かが起こるぞ! という雰囲気は大好きだ。
さぁ、結婚式が始まるぞ!
□□□
「新婦、ローズ王女のご入場です」
その宣言と同時に、腰に剣を差し、鎧を着込んだローズが会場に入る。
すると、当然と言うべきか、周囲からは困惑によるどよめきが上がった。
「まさかここまで露骨に来るとはな」
その様子を眺めていたドエムは分かっていたことだが、一番面倒なシナリオに小さく舌打ちする。
裏での小細工であれば、教団の力もフルに使えて楽なのだ。よりにもよって、こんな公の場で行動を起こすなど、方々への説明が面倒だ。指輪の紛失で時間もないというのに。
そう時間がないのだ。
そのことが、ドエムに少なくない焦燥感を与え、ローズの行動に苛立ちを覚えさせた。
「これは王女、何のお戯れで?」
目の前までやってきたローズに、できるだけ落ち着いた様子で問いかける。ここで無闇矢鱈に苛立ちをぶちまけるわけには行かないのが辛いところだ。
「ドエム公爵。やはり私はあなたとは結婚できません」
「ほう。それは何故に?」
誰もが固唾を呑んで成り行きを見守っている。この前代未聞の事態に、思考が追い付いていないのかもしれない。
ちらりとドエムは来賓のアレクシアの方を見る。彼女はドエムを怪しんでいる節がある。まだ表立っては何もしてこないが、付け入る隙は与えると面倒なのだ。
そのアレクシアを見たドエムは僅かに違和感を覚える。
何だ? 何がおかしい?
ぱっと見不審なところはない。悠然と、これから起きることを見逃すまいとこちらを見ているのだ。何も、不審なところは見当たらない。
───否、それこそがおかしいのではないだろうか。
普通ならば、他の来賓のように困惑したり、呆然としたりするものなのだ。だのに、そうでないとすれば考えられることは一つ。
元々知っていたのだ。これが起こることを。
ここで問題なのは、一体いつそれを知ったのかだが……庭園で話したときだろう。庭園の散策後内密に話していたことは聞いている。
となれば、彼女も今回のローズの企てに一枚噛んでいるのだろうか。
ここまで考えて、ドエムは首を振る。
いや、それはないだろう、と。仮に噛んでいたとして、どう噛んでいるかは不明だが、下手すれば内政干渉一歩手前の行いとなるはずだ。わざわざこちらに有利になるような手札は渡さないだろうし、他国からの心象も悪くなる。
それということは、恐らく事前にこれが起こることを聞いていただけだと思われる。言わば、ローズの決意表明を聞いただけということだ。
ならば、ボロを出さないように気を付けていれば、今はアレクシアのことはあまり気にしなくていい。
「私は今日、あなたを断罪に来たのです」
と、そこでトリップしていたドエムの思考が現在に戻ってくる。
ドエムは、まるで何のことを言っているんだとばかりに驚いた顔をしてみせる。おどけていると言ってもいい。
大丈夫。証拠は残さないようにしてきた上、数日前にも教団の部下に怪しい種は全て取り除かせたのだ。つまり、ドエムを断罪できる証拠など何一つとしてないのだから。
「これはこれは。私は何をしたから断罪されるのでしょう?」
「恐喝、暗殺、買収……幾人かの貴族から証言を頂きました」
「ほう。それはとんだ極悪人のようですね。このドエム・ケツハットという者は」
ドエムはさも面白いジョークを聞いたかのように笑う。
「さて、先程証言と仰られていましたが、どうでしょう。それを示すものはございますか?」
「……ありません。ですが、再びこの場で証言して頂きましょう。幸いにして、この場にはほとんど全てのオリアナ貴族が揃っていますから」
「それは良いアイデアだ」
ドエムは向き直り、会場全体を見渡す。
「さて、この中に、このドエム・ケツハットにより恐喝や買収、その他道理に反する不利益を与えられた者はいるだろうか。いるならば、直ちに壇上まで来てその旨を話してくれたまえ」
その声は魔法を使ったわけでもなしに、会場の端まで響く。微かに木霊して、しかし、その音しか聞こえなかった。
つまり、誰も名乗りを上げなかったのだ。
それもそのはずで、裏切った貴族には既に目星は付けていたのだ。彼らにはこちら側に付くように色々な"説得"をしてみな快くこちらの陣営に来てくれたのだ。
「どうですかな? 王女」
ドエムは当然だと言わんばかりに、ローズに視線をやる。
だが、ローズはこれと言った反応を見せなかった。
「また、悪どいことをなさったようですね」
「……もうそれはいいでしょう、王女。それとも他にも何かあるのですか? 私を断罪できる証拠とやらが」
いや、あるはずはないのだ。先にも示した通り、物的証拠は全て部下に始末させた。あとは状況証拠か、証人による証言しかない。その証言も今しがた潰した上、状況証拠だけで断罪などできるはずがない。できるとすれば、魔女裁判くらいだ。
つまり、もうドエムを断罪することはできやしないのだ。
「あります」
だが、そんなドエムの予想に反して、ローズは力強くそう言った。瞳に宿る光は確かに燃えていた。
「そんなものあるわけ……」
「あります」
鼻で笑うドエムの言葉に被せるように言ったローズは、懐から何やら銀色の指輪を取り出した。
あれは、まさか───
「な、なぜお前がそれを!?」
「『契約の指輪』。この中には父様の遺言があります。是非、それを今日ご来場くださった皆様に聞いて頂きたいのです」
そう言って指に『契約の指輪』を嵌めると、白い光がその手を包んだ。その光は次第に空中へと舞い上がり、寄り集まって一つの形となっていく。
やがて光が収束すれば、そこに現れたのはオリアナ国王の姿───そのホログラムのようなものだった。
『皆がこの告白を聞く頃には、私はもうこの世にいないかもしれない』
そして、そのホログラムとなったオリアナ国王はここではないどこか虚空を見つめながら静かに、しかし、まるで生きているかのように語り出したのだ。
その内容は彼の国王の遺言であり、ドエムのここまでの悪行を審らかにするものであった。
曰く、ドエムは彼の食事か水かに中毒性の高い薬を混ぜている。
曰く、複数のドエムの背後には名前の明かせない巨大な組織が存在する。
曰く、既に何人もの貴族が買収、恐喝されドエムの軍門に下っている。
その他にもドエムの様々な悪事が事細かく語られた。
そして、それら全てを話し終えると、国王は穏やかに微笑んだ。
『私はこの国を守るために、最後まで戦うつもりだ。だがもし、私が敗れても心配はいらない。オリアナ王国の未来は、私が最も愛し、最も信頼する娘に託すのだから。たとえ何があっても彼女を信じてほしい。彼女なら必ずオリアナ王国を導いてくれるだろう───ローズよ。お前にオリアナ王国の未来を託す』
国王の最後の言葉は、ローズの方を見て言われた。まるでそこで生きているかのように向けられたその視線を受け、ローズは決意を新たに、力強く頷いていた。
「これが証拠です」
「こんなものはでたらめだっ! 誰がこんな茶番を信じるんだ!?」
対してドエムは想定外の事態に焦っていた。いや、焦るなんてものではない。背中に嫌な汗が流れ、腹の底が重く冷たい。
最早自分に未来がないことに気付いていて、だが、それを認めないとばかりに声を張り上げていたのだ。
「もういい衛兵! この女を捕らえろ!」
「……」
大声でドエムが命令するが、誰も動かない。勿論、この場にいる衛兵がローズ側に付いていることは知っている。だから、事前に教団員を紛れ込ませていたのだ。
その教団員すらも動かない。これはつまり───
「私を見捨てるというのか!?」
そんなことがあっていいのだろうか。否、あっていいはずがない。
「私がどれだけ組織に貢献してきたと思っている?!」
そうだ。そんなことがあっていいはずがない。
だというのに、そうであるはずなのに、どうして誰も動かないのだ。
「ドエム公爵。あなたを断罪します」
ローズが腰の剣を抜いた。
「お前がッ! お前のせいだッ!」
ドエムはこの言いしれぬ怒りをぶつけるために、剣を抜く。最早、教団の計画など頭になかった。
甲高い二つの音が響く。そして、無数の火花が舞った。
戦いは互角。いや、少しドエムが押していた。ローズは捌くのに精一杯で中々反撃に出れないでいた。
一方で、ドエムの剣はある種高みに上ったものであったが、その激情故かとても荒々しいものでもあった。
あまりにも高度なその戦いに誰もが呆然と眺めるしかなかった。
「クッ! 強い……!」
「私はラウンズになる男だッ! こんなところで躓くわけには───なっ!?」
だが、そんな戦いに割って入る者がいた。
漆黒のローブを纏ったその人物は、ドエムの乱暴な剣を受け流し、カウンターで横腹に蹴りを入れる。
「グッ……!」
その蹴りをまともに喰らったドエムが一度距離を離す。
「貴様は……」
「……」
とても小柄な人物であった。深く被ったフードからは藍色の髪が覗く。ぱっと見少年に見えなくもないが、微かに胸が膨らんでいることを思えば、女性なのだろう。
そして、ローズにはそのシルエットに見覚えがあった。
たとえ、普段見ないような服に身を包んでいても、見た瞬間分かった。
「リズさん……」
リズと呼ばれた彼女は、ちらりとローズを見るが何も答えない。
真っ直ぐドエムを見て鋭い殺意を叩きつけている。それはともすれば、ローズのよりも洗練されたものだった。
「あなたは一体……」
「ごめんなさい」
リズがぼそりと言った。
短い言葉だったが、やはり聞き覚えのある声だ。
ローズは彼女と話したいこともあるが、今はそれどころではないのだと思い至る。
そして、同時に不思議な気分であった。何の因果か、偶然友達になった彼女が自分のピンチに助けに来る。まるで小説のような出来事だ。
だが、とても心強い。
「もうー、先走らないでよー」
と、そこでもう一人乱入する声があった。これも女性の声だが、どこか緩く、緊張感に欠けたものであった。
「しっ! 私語厳禁」
「えっ? あー、そうだった」
何とも間抜けな会話だが、あの真面目なところが懐かしい。思えば、『ブシン祭』以来一度も会っていなかった。
「何人で来ようが、私に、勝てるものかッ! 私はラウンズになるんだ! ラウンズにィィッ!」
絶叫とも呼べるような醜い声を上げて、ドエムが走り出す。
乱暴に間合いが詰められるが、しかし速い。その速さから繰り出される一撃にはいかばかりの威力が含まれているのだろうか。
ローズでさえ受けるのがやっとであろう。
だが、そんな一撃をリズの仲間と思われる人物が軽々と受け流した。力の大きさはそのままに、向きだけを変えるという離れ業だ。
その勢いの、予期せぬベクトルにより体勢を崩したドエムの脇腹を、既に横に抜けていたリズが切り裂く。
ドバッと溢れる赤い血は、致命傷足り得るものだった。だが、何が彼を突き動かすのか、ドエムの戦意は衰えない。
剣を握り、声を上げながら、リズの方を睨んでいる。
と、そこでちらりとリズがローズの方を見る。
ほんの一瞬だったが、言いたいことは分かった。
そう、この決着を付けるべきはローズなのだ。
ローズは駆け出した。
「これで終わりです」
そして、完全にドエムの死角から、全力でドエムの胸に剣を突き刺す。突き刺して、手首を返した。
剣を伝って、赤い液体がローズの手元まで流れてきた。
「バカな……この私が……」
ドエムはただ
やがて彼は力なく倒れ伏す。
「終わったようですね……」
完全に事切れていることを確認したローズはリズの方を向く。
「リズさん……」
「私は、リズではない」
「では……」
───なんとお呼びすればいいでしょうか。
その言葉が何故か口から出なかった。あるいは、それを言ってしまえば、拒絶されてしまうかもしれない。
私とあなたは、住む世界が違うのだ、と。
そして、二度と彼女とは会えないかもしれないと、ローズの勘は告げていた。
それがローズには怖かった。友達を失うことを恐れ、言葉が出ないとは、なんと滑稽な話だろうか。いや、これは単にローズが臆病なだけだろう。
「あの───」
そんな臆病を振り払い、せめて名前だけでも聞こうと声を掛けたときに気が付いた。見れば、リズとその仲間もその方向を見ていた。
───コツコツと、ブーツの足音が鳴る。
それは、異質な空気を纏った赤い髪の男だった。
「ふっ、もう少し使えるやつだとは思っていたが、よもや小娘に負けるとはな」
ローズの中で激しく警鐘が鳴る。
この男はまずい。なにがかは分からないが、とにかくまずいのだ。
「さて、まずは仕事をしないといけない」
「仕事?」
「───鍵は継承された。ならば、いつでも解放できる」
そう言った男の周りに、粘着質で不快な魔力が渦巻く。そしていつしか、辺りは暗くなっていた。
太陽が雲に隠れたのだろうか。否、空に闇が広がっていたのだ。黒き闇が空を侵食する。その闇の中心で、花びらのような何かが蠢動していた。
「『黒キ薔薇』……」
隣のリズが呟く。
その言葉は、ローズも耳にしたことのあるものだった。
「教団の掟に則り、証人は全て消させてもらう───殺戮の宴の始まりだ」
男は口元に笑みをたたえて、そう言ったのだった。
ローズ先輩のお母さんは既にローズ陣営に保護されています。書くのが面倒だったとか、忘れていたとかの理由で出なかったわけではありません。ええ、本当に。