陰のボスになりたくて!   作:若林布吉

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ようやく僕の出番だ

 

 気付けば、空は闇に染まっていた。その闇の中心では、渦巻く花弁のような何かがあり、禍々しい魔力を放っている。

 

「教団の掟に則り、証人は全て消させてもらう───殺戮の宴の始まりだ」

 

 男がそう言った途端、その花弁のような何かからどす黒い異形の塊が落ちてきた。その塊が大きく不快な産声を上げる。それら塊は、誰も見たことのない恐ろしい獣たちであり、凄まじい勢いで人々に襲いかかったのだった───

 

「おぉ! こういう展開か!」

 

 招待された多くの人々が悲鳴を上げ、逃げ惑う中で、僕は逆に歓喜の声を上げた。

 これならようやく、『陰の実力者』プレイができるぞ!

 というのも、さっきローズがドエムと戦っているときに抜け出そうとしたんだけど、姉さんに「トイレは駄目よ」と言われて何もできなかったんだ。

 

「何ニヤニヤしてんの! アンタは私の後ろにいなさい!」

 

 姉さんが剣を抜き放って構えながら言った。

 おっと、つい溢れ出る歓喜が顔に出てしまっていたようだ。ここはモブらしく、悲鳴でも上げているとしよう。

 

「わー、姉さん助けてー!」

「ちゃんと助けてあげるから、絶対に、絶対に私から離れちゃ駄目だからね」

「あなた、私の護衛でしょ……」

 

 その隣で、呆れたように呟くアレクシアも剣を抜いている。彼女は護衛される側なのでは?

 

「分かったよ!」

「よし!」

 

 というわけで、姉さんには悪いけど、僕はわちゃわちゃの中ではぐれたことにしようと思う。

 あとはタイミングだけだ。

 

□□□

 

 空から現れた異形の怪物たちが来賓客に襲い掛かる様をローズは見ていた。

 今は配置したローズ傘下の騎士たちが応戦しているが、敵の量が多く、その上練度不足でとても対応できているとは言い難かった。

 

「……仕方ありませんね」

 

 この手札を切るのは、王家の威信にも関わるので、できれば使いたくはなかった。

 だが、背に腹は代えられない。

 今、父に代わってこの国を守らなければいけないのは彼女なのだ。覚悟を決めよう。

 そう決心したローズは、予め取り決めていた合図を送る。

 その直後だ。パリーンと窓ガラスの割れる音が響いた。

 

「ヒャッハーッ! ようやく俺たちの出番だぞ、野郎共!」

 

 人々の悲鳴の中に、荒々しいげな男の声が響く。それから、窓ガラスを破って次々と会場に怪しい風体の男たちが入ってきていた。

 その誰もが薄汚く、手には得物を持っている。この惨劇の中にあって、それがむしろ小気味よいとばかりに笑う者もいた。

 有り体に言って、彼らは盗賊であり、一目でそれと分かる集団だった。

 

「さぁ、仕事だ仕事だ! がっつり稼ぐぞオラァ!」

 

 人数は五十人程か。いや、今も窓から入ってきており、外には更に待機しているはずだ。

 信じられない程巨大な組織である彼らは、オリアナ一帯の盗賊をまとめ上げていた。

 その盗賊集団のリーダーと思われる男が檄を飛ばせば、彼らは大いに盛り上がり、異形の獣たちに向けて走り出した。

 その勢いたるや、巨大な津波が獣たちを飲み込んでいるかのような錯覚を、ローズに覚えさせるほどであった。

 

「凄いですね……」

 

 今日のためにこれだけの人員を各地から集めてきたのだろう。

 その言葉は自然と漏れた。

 

「へっ、これでもまだ全員じゃねぇからな」

 

 呆けているローズに、先程のリーダーらしき男が声を掛けてきた。その声には些か以上に誇らしさが宿っていた。

 

「失礼。お名前を聞いてもよろしいでしょうか?」

「ザックだ」

「今回は手を貸していただきありがとうございます」

「はっ! 王族がこんなチンピラに頭を下げてもいいのかよ?」

 

 ザックはおどけたように肩を竦めてそう言った。

 

「ふふっ、それもそうですね」

 

 その気安さ故か、不思議とローズの口から笑みが零れる。そして、その笑みを自覚し、はたと奇妙な感覚を覚える。

 

「……私は、盗賊とはもっと野蛮で、卑劣な者たちなのだと思っていました」

 

 思い出すのは、ローズがまだ幼かった頃だ。

 ローズは昔、盗賊に拐われたことがあった。どうして、そんなことになったのかは覚えていないが、あの夜はとても心細く、怖い思いをしたことは覚えている。

 未だ小さかったローズにとって、大きな声で怒鳴り散らす男たちがどれほど恐ろしいかったかは言うまでもない。

 その幼き頃の記憶で、ローズは盗賊という存在に無意識的に先入観を持ち、忌避感を抱いていたのだが、その先入観が揺らぐのを感じる。

 

「……いつもはもっと野蛮で、卑劣なことをやってるさ。それより、例の話は本当だろうな?」

「はい。私が王位になった暁には、あなたたち全員を騎士として雇うと、このローズ・オリアナの名に誓いましょう」

「破ったら承知しねぇからな」

 

 ザックはそう言うと、異様で禍々しい魔力を放っている赤い髪の男に目を向ける。

 そうだ。魔物たちの対処はできたが、まだ一番危険な相手が残っているのだ。

 ローズは、改めて赤い髪の男に向き直る。

 

「ふむ、ローズ派が何か怪しい行動をしているとは聞いていたが、まさか野盗と手を組むとはな」

 

 彼は興味深いものを見たとばかりに笑い声を上げる。

 ローズ、リズ、リズの仲間、賊の頭領を前にしても、余裕の笑みである。それほどまでに、実力差があるというのだろうか。

 各々が得物を手に緊張感を高める中、男は辺りを見回している。

 

「どうやら、イプシロン嬢は来ていないようだな」

 

 一通り会場を見回した男が少し残念そうに言った。

 

「彼女とは久々に、楽しいダンスができたのだがな」

「───それは光栄ね、モードレッド卿?」

「───ッ!?」

 

 男───モードレッドの呟きに呼応するように、どこからか声がした。それは鈴の鳴るような美しい声で、ローズにも聞き覚えのあるものだった。

 そして、その声がしたと同時に、男の背中から血しぶきが上がる。

 モードレッドは呻くような声を上げ、よろめいた。

 

「ごきげんよう? モードレッド卿。あのときとは立場が逆みたいね」

「貴様……!」

 

 モードレッドが少し血色を悪くしながら、新しく現れた女を睨む。彼女は透き通るような水色の髪で、嘲るような笑みを浮かべていた。

 彼女が、イプシロンだろうか。

 両者の間に、今にも破裂しそうな緊張が走る。

 

「待ちなさい」

 

 と、そこでイプシロンの隣にいた金髪の女が待ったをかける。

 そう、隣にもう一人いたのだ。あまりに存在が自然すぎて、ローズは疎か、リズもザックも、モードレッドさえも気づいていなかったようだ。

 そして、彼女の声もローズは聞き覚えがあった。一体、どこで聞いたのだろうか。

 

「殺す前に色々聞きたいことがあるの。答えてくれるでしょう?」

「ふ、ハハハッ! イプシロン嬢が幹部クラスであるならば、それに命令できるのはそれより上位者ということだ。シャドウ自らこの場に現れるとはな。手間が省けるぞ」

 

 高笑いしたモードレッドが、『黒キ薔薇』へ向けて何かを投げ込んだ。

 すると、『黒キ薔薇』に膨大な魔力が集まっていくではないか。それは、吐き気を覚えるほどに強大で、そこでは黒い稲妻のような影が迸っていた。

 やがて、その闇空の中心から巨大な腕が現れた。

 

「そ、そんな……あれではまるで、魔人……?」

 

 巨大な腕からは血のような炎が滴り、次第にその全貌が露わになっていく。

 漆黒の巨体は鋼鉄のように引き締まり、長く太い腕には鋭い爪が伸びている。

 体全てを炎に包んだそれは、空を覆わんばかりの巨大な翼で、漆黒の空を羽ばたいた。

 

「見たか。これが、第四魔界の偉大なる王『ラグナロク』だ」

「ラグナロク……」

 

 ローズの心中に絶望の色が広がっていく。

 あれは、人知を超えた何かだ。とても、人の勝てる相手ではない。

 ローズの持つ細剣の先が小刻みに震える。いや、細剣だけではない。全身がまるで痙攣しているかのように、震えた。

 本能が、あの生物の視界に入ることを拒んでいるのだ。

 

「殲滅せよ、ラグナロク」

 

 モードレッドがそう言うと、ラグナロクは雄叫びを上げてこちらへ向かってきた。

 とても勝てる相手ではない。万に一つも勝ち目はない。

 だが、それでも、それは彼女が膝を折っていい理由にはならないのだ。

 震える足に活を入れ、ローズは細剣を構えた。

 オリアナ王国は彼女が守るのだ。彼との幸せな未来のためにも───

 

「一つ、あなたの勘違いを正しておきましょう」

「なに?」

 

 迫りくるラグナロクへ向けて、金髪の女が剣を振った。

 その剣は、目映いほどの光を纏っていて、途方もなく膨大な魔力を内包していることが見て取れる。

 対して、ラグナロクの方も異質な魔力を拳に宿し、剣とぶつかる。

 正真正銘、力と力のぶつかりが始まろうとしたそのとき───ラグナロクが吹き飛んだ。

 

「私は、シャドウではないわ」

「な、何が……ッ!?」

 

 建物を突き破り、遥か向こうへ消えたラグナロク。その後を呆然と見送る一行の元に、コツコツと無機質な足音が届いた。

 

「我が名はシャドウ。陰に潜み、陰を狩る者───現世に迷い込んだ異物を排除してやろう」

 




後一話か二話続きます。
ザックさんもweb版ではいて、書籍版ではいなくなってしまった人です。仲間の裏切りに遭っていないので、少し態度が悪いです。
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