陰のボスになりたくて!   作:若林布吉

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すみません。だいぶ遅れました。
後半に一部グロテスクな表現があります。苦手な方は注意してください。


空中戦と前哨戦

「我が名はシャドウ。陰に潜み、陰を狩る者───現世に迷い込んだ異物を排除してやろう」

 

 ラグナロクが吹き飛ばされた後に、低い男の声が響いた。その声はどこか悲哀を帯びていて、静かな闘志を感じさせるものだった。

 

「貴様が、シャドウ……」

 

 モードレッドは震える声で呟いた。

 吹き飛ばされたラグナロクは遥か遠く、王都郊外まで行っていた。

 これが例の組織の主、シャドウの力だというのか。

 

「いや、そんなはずはない……」

 

 これは恐らく、何らかのアーティファクトを使っているのだろう。筋力を上げる能力か、魔力を上げる能力か、はたまた単に敵を吹き飛ばす能力か。

 いずれであっても、その負荷は相当なものだろう。

 

「ふっ……」

 

 そう一人思案していたモードレッドに、シャドウが赤い瞳を向ける。そして、溢した笑みは彼を見下ろすようなものだった。

 そのまま、シャドウは踵を返す。

 

「後は任せたぞ……」

「えぇ、任せて」

 

 金髪のエルフにそう告げて、シャドウは、飛んだ。そう飛んだのだ。

 空に一直線に伸びる黒はまるで影のようで、『黒キ薔薇』のそれよりも尚深かった。

 その黒い影の向かう先はラグナロクが飛ばされた方だ。

 

「わざわざ死にに行くなど、愚かな……」

「それはどうかしら? 私から見ると、一人で囲まれてるあなたの方が愚かに見えるわ」

「くっ……」

 

 モードレッドは唇を噛む。

 実際、先の奇襲で一太刀を浴びたモードレッドがいつもの力を出すことはできない。それに、会場内に配置した教団員も賊や黒マントが見えるばかりで、一人も残っていない。また、異形の獣たちも彼らに掃討されている。

 そういう意味では、完全にモードレッドがしてやられた形になり、彼が愚かであることを示していた。

 

「さて、あなたには色々聞きたいことがあるのだけれど、まずは、仲間の分を返させてもらいましょう。……イプシロンと、随分遊んでくれたみたいね?」

 

 キッと仮面の奥から睨む視線は冷たい。絶対零度を思わせるそれは、モードレッドの肝を冷やさせた。

 

「さぁ、時間はないわ。楽しく踊りましょう?」

 

□□□

 

 いやぁ、流石は異世界! こんな大きなコウモリがいるなんて。

 僕は意気揚々と飛び出した。というか、飛んだ。

 実はトリツブシ邸からの帰り道で、これまた天啓が舞い降りたんだ。飛んだ方が速くね? という風に。

 それでちょちょっと魔力を操作して、試してみたら意外といけた。

 それはそうと。

 

「君、魔王みたいでカッコいいね」

 

 ゆらりゆらりと僕と同じ高度まで上がってくる魔王(仮)に、僕は話しかける。

 返答はグガアァァ! という唸り声だった。

 うん。ちゃんと挨拶できるのは偉いね。

 

「魔王と『陰の実力者』の一騎討ち……あれ? 魔王を倒すのって勇者であって、『陰の実力者』じゃないのでは?」

 

 いやでも、『陰の実力者』に負けは許されない。対峙してしまった以上、僕は魔王(仮)を倒さなければならないのだ。

 

「あっ、そうだ。魔王じゃないことにしよう」

 

 それなら、何も矛盾は生まれない。それに、人生初の空中決戦なんだ。これを逃す必要はあるだろうか、いやない。

 

「というわけで、コウモリさん。そろそろ始めよう───」

 

 僕が言い終わらない内に、コウモリが腕を振り上げ突っ込んでくる。

 相当な速さではあるけど、動きが直線的過ぎる。僕は悠々と横に離脱して躱す。

 

「おっと。まだ調整が必要かな」

 

 しかし、その反動で少しだけバランスを崩してしまった。いくら僕でも流石に、この高さから落下すると、無傷では済まないだろう。硬くても衝撃波は内臓まで届くんだ。

 僕がそうして試行錯誤していると、コウモリが急旋回して突っ込んでくる。またそれか。

 僕はまたスライドして悠々と避けようとしたが、どうにも魔力が纏まらない。練った魔力が何かに邪魔されて霧散するのだ。『聖域』での感覚とは違う気がするけど……。

 

「あっ」

 

 と思っていたら、魔力が散らばったせいで、僕は落下してしまう。自然の法則に身を任せて、僕は落ちる。

 その直後、僕の元いた辺りを炎を纏った影が通り過ぎた。

 その光景を見て、僕は思う。

 

「あれ、これアリかも」

 

 空中は地上と違って全方位が空白だ。つまり、今までは敵の横を超高速で通って「後ろだ……」とかやってたんだ。でも、空なら華麗に回避して敵が見失った後に「後ろだ……」ができるというわけだ。

 

「よいしょっ」

 

 地面に向けて、魔力で作った風を放つ。その反動で僕の体は空へ弾丸のように飛ぶ。凄い慣性力がかかった。これがGというやつか。

 コウモリは飛んでくる僕へ向けて、謎の火の玉を放ってくる。数はいっぱいだ。

 僕はそれらをランダム機動を描きながら、回避していく。空はこんなに広いのに、まるで火の海みたいだ。

 うん、いいね、こういうの。

 絶対無理だろ! っていう弾幕を無傷で躱していく『陰の実力者』。かっこいい。

 コウモリはいい加減埒が明かないと思ったのか、僕目掛けて突っ込んでくる。

 

「ふん、ワンパターンだな。所詮は獣か」

 

 僕は悠々とそれを避けようとして、またしても魔力が乱されてしまう。

 それでさっきと同じようによろめく。

 でも、タネは分かった。あのコウモリはずっと魔力を撒き散らしながら飛んでいたんだ。魔力を制御できないから、無意味に溢れて、周囲に溜まった膨大な魔力は僕の魔力制御に反応して誤作動を起こしてたみたいだ。

 一体どれだけ魔力があるんだ。

 僕は一端それを避け、見極める。

 コウモリは返す刀で……いや、返す拳で腕を払った。

 ここだ!

 僕は圧縮した魔力で、一瞬で更に高高度へ移動する。それに気付いたのか、コウモリも即座に高度を上げようと魔力を練る。

 けど、高度が上がれば魔力制御は難しくなる。結局、僕の高度に達する前に、コウモリは減速する。それでも、上がろうともがく様を見て、「そろそろかな」と呟く。加えて「空で溺れた哀れなコウモリよ……」とも呟いておいた。

 

「後ろだ……」

 

 未だ上を見て必死に上昇し続けるコウモリの後ろを取る。すると、コウモリはピタリと動きを止めた。

 絶賛動いている最中に、背後を取れるのはいいね。地上だと大回りになるから、結構難しいんだ。 

 

「さて、そろそろ終わらせようかな」

 

 僕の周囲に魔力が集まる。圧縮されて、今にも破裂しそうなプレッシャーを辺りに放っている。

 コウモリは危険を感じたのか、即座に僕に背を向け逃げ出した。

 

「アイ・アム……」

 

 だが、もう間に合わない。

 青紫の魔力はコウモリをしっかりとロックオンしている。折角だから、今回はホーミング機能も付けておこう。

 

「───アトミック・シーカー」

 

 白い閃光が大空を包む。ホーミング機能なんていらないくらいに、光は空を満たしていた。

 そして、全てが蒸発した。

 

□□□

 

 ラグナロクが蒸発する様を、モードレッドは眺めていた。

 既に右足と右腕は無く、魔剣も水色の髪をしたエルフに奪われていた。次第に弱まる脈拍が、自らの死を告げているようだった。

 

「まさか……ラグナロクが……」

 

 もう逆らう力も、気力も彼には残っていなかった。最後の希望であるラグナロクも、今の光で滅されたのだ。教団員はもういない。打開の手段は全て失われた。

 

「向こうは終わったようね。……そろそろお話する気になったかしら?」

 

 金髪のエルフが、モードレッドの左足から剣を引き抜き言った。

 

「貴様らが言っていたことは大体合っている。これ以上言うことはない」

 

 力なく、弱々しい声音でモードレッドは言った。そこにラウンズとして誇りを持っていた彼はいない。

 コツコツとブーツの音がする。

 見れば、先程ラグナロクの方へ飛んでいった男───シャドウがいた。傷一つ負っていない。バケモノか。

 

「そう。なら、今楽にしてあげるわ」

 

 金髪エルフが剣を振り上げる。最早死は免れ得ない。

 だが、そこで少しだけ悪戯心が芽生える。どうせなら、今まで散々苦労をさせてきた教団に少しばかりの意趣返しをしよう。それに、仇なす彼らが慌てふためく様も見れたなら幸いだ。

 

「……教団は、魔人ディアボロスを復活させることが目的だ」

 

 ピタリと剣の動きが止まる。どうやら聞いてくれるようだ。

 

「既にお前らは封印されたディアボロスの肉体の内、二つを解放しているみたいだが……」

「既に? 二つ? 私たちが?」

「……残りの肉体の解放を、教団は───」

 

 だが、彼が最後まで言葉を紡ぐことはなかった。

 金髪のエルフが困惑した声を上げる中、モードレッドの首が舞う。

 

「いやぁ、流石にそこら辺全部話されるのは、困るんだよねぇ」

 

 そして、いつの間にやらモードレッドの亡骸の後ろに、男が立っていた。

 明るい茶色い髪に、黄色の瞳、焦げ茶の薄汚れたマントを纏った人間の男だ。二十代くらいだろうか。

 

「貴様、何者だ?」

 

 男は場にそぐわない快活な笑みを浮かべながら、一同に礼をする。

 

「初めまして皆さん。俺はナイツ・オブ・ラウンズ第一席、ディライト・ディープ───ディディと、そう呼んでくれ」

 

□□□

 

 アルファは咄嗟に距離を取る。それは本能的な行動だった。嫌な汗が背中を伝う。この感触は、生まれて初めてかもしれない。

 唐突に現れたこの男は、底が知れない。ヘラヘラと笑うその顔の裏に、何かおぞましいものが蠢いているようにも思える。

 そして何より、アルファは知覚できなかったのだ。モードレッドの首が飛ぶまで───いや、飛んだ後も、そこに誰かいることに気付かなかった。男が声を発して初めて気付いたのだ。

 

「貴様、何者だ?」

 

 シャドウが落ち着いた声で問うた。

 まるで焦っていないように見えるのは、彼には男が現れるところが見えていたからだろうか。

 

「初めまして皆さん。俺はナイツ・オブ・ラウンズ第一席、ディライト・ディープ───ディディと、そう呼んでくれ」

 

 そうして、大仰な動きでディディは礼をする。普段なら、この隙に切りかかっているところであったが、アルファは動けなかった。

 

「ディディ……ふむ。知らないな」

 

 アルファはシャドウのその言葉に驚く。まさか、彼でも把握していないとは。

 ゆっくりと彼は剣を抜く。

 

「ハハッ、ここで君と争う気はないよ。こっちも命は惜しいからね」

「ふむ……」

 

 ディディがそう言うと、シャドウは剣を収めた。

 それもアルファを驚かせた。今まで、教団を見逃したことはなかったのだ。

 ディディはそれを見て満足げに頷いた。

 

「まぁ、そんなわけだから、じゃあね。シャドウくん」

「……」

 

 そう言って、ディディは姿を消す。またしても、アルファには全く知覚できない。

 ふと、シャドウを見てみれば、彼は漆黒のロングコートを翻し、消えるところだった。

 こっちはしっかりと見える。シドになってクレアの近くまで行くのも分かった。

 

「一体どうなっているの……?」

 

 アルファの呟きは静かに木霊したのだった。




次回は、短めの後日談(一章のときみたいなやつ)を挟んで、幕間に行きます。今週の水か木曜には出したい所存です。
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