モブ的選抜大会
冬休みも終わり、新学期がやってきた。校門をくぐる生徒の間には、陰鬱としていて、けれど興奮した雰囲気が漂っている。
そんな彼らの多くが話題にするのは、一つはオリアナ王国での話だ。もう女王となり、この学園からもいなくなった女王ローズ・オリアナ。彼女の結婚式での勇姿は、冬休み中の彼らの元まで届いていた。そして、口々に彼女を褒め称えていたのだ。
そして、もう一つ。
彼らの口上に上るのは、『留学生』についての話だった。
曰く、ミドガル王国と学術都市の間で何らかの取り決めがなされた。
曰く、学術都市は研究に協力してくれる魔剣士を求めている。
曰く、行った者は生きては帰ってこれない……
などなど、好き勝手に噂が飛び交っていた。しかし、新たなるイベントに校内が微かに熱気に包まれているのは、疑いようのない事実だった。
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「というわけなんですよ!」
朝の電車の中。ジャガが鼻息荒く、血走った目で留学生についての話をしていた。
僕は大きめのあくびをしながら、その話を聞いていた。
「留学生か。まっ、俺たちには関係ない話だな」
ヒョロが朝ご飯を食べそびれたからと、さっき買ったパンを頬張る。カツサンドだ。中々いい匂いがする。
そんなヒョロに、ジャガは分かってないな、と言わんばかりに肩を竦めてみせた。
「分かってませんね、ヒョロ君」
いや、実際に言ってた。
「あにがあよ?」
「ヒョロ君。食べるか話すかはっきりしてください」
「……で、何が分かってないって? どうせ、成績優秀な奴が選ばれるんだろ?」
「ふふふ、そうとも限らないんですよ」
ジャガが気持ち悪い笑みを浮かべながら、一枚の紙を取り出す。
「ほら、これを見てください」
「えーと、なになに……『留学生は選抜大会で決定する。大会は希望者を成績別に分け行う』……ということは、つまり?」
「つまり、自分たちにもチャンスがあるんですよ!」
「なるほど! そういうことか!」
ヒョロが合点がいったとはがりに手を叩く。
「そういうことです! そんなわけで、ヒョロ君、シド君、希望届けを出しましょう!」
「えっ、僕は別に……」
「おっしゃ、そうだな! シド行くぞ! 白衣を着た美人を捕まえに!」
「だから、僕は……」
「そうですね! メガネ女子を探しにラワガスに行きましょう!」
「いや……」
「じゃあ、そういうことだから、お前の分も出しとくぞ」
「あー、うん。もういいや」
「よし……あれ? 俺のカツがない」
そんなわけで、僕は選抜大会にエントリーすることになったとさ。
中々いいカツだった。
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さて、本日は晴天。選抜大会日和だ。
僕は運動場に作られた簡素な闘技場に足を踏み入れ、周囲を見回す。
「頑張れよー」
「ファイトですよー」
そんなモブ声援が静かに響いていた。他に声援のようなものはなく、観客もちらほらといった感じだ。
まぁ、それも無理はないことなのだが。
というのも、僕が参加しているクラスは一番下なのだ。同時刻に一番上のクラスも試合をしているということもあり、こっちに見物人はほとんど来ていないのだった。
そんなわけで、今僕の前に相対するのはぱっとしない生徒だった。名前はアーベ・レージである。
肉体も、構えも、表情も何一つ魅力を感じさせることはない。見た目も、体重も、何もかもがオール平均で、逆に名前を覚えてしまったモブ中のモブ。ある意味、ネームドである人物だった。
「適当に負けよう」
僕は留学には興味はない。レポートとか色々面倒だし、その時間は訓練に回したいのだ。
だから、適当に戦ってさっさと負けよう。
ふっ、今こそ勝負だ。どちらがより、モブモブしいかを!
適当に剣を構え、試合開始の笛が鳴る。
直後、僕は走り出した。
「うわあぁぁぁっ!!」
間の抜けるような声を張り上げる。相手は咄嗟のことに動転して動けていないようだ。
……くっ! まさかこんな隙だらけの突撃にも反応しないとは! これが真正のモブの力……ッ!
「だが、まだ負けてはいないッ!」
僕は着地の瞬間に足首の力を抜く。そうすることで、着地の衝撃により自然と足を捻るのだ。
───これぞ、『モブ式奥義・
僕は右足首を有り得ない方向に曲げながら、盛大に地面に倒れ込む。そして、盛大に木の床に口付けをした。ついでに、ポケットから密かに出した血糊で額を赤く染めておく。
ふふっ、どうだ! これなら、流石のモブでも僕に負けはしまい!
僕は勝利を確信しながら、顔を上げた。
だが、目に映る光景に、僕の表情は強張った。
「なん……だと……!?」
アーベは倒れていた。どうしてかは分からないが、口から泡を吹いて白目を剥いていた。
一体何が起こったんだ、と僕は周囲を見回す。しかし、異常は見受けられない。
では何が……。
そうして、よくアーベを観察していた僕はその側に落ちている剣を見て悟った。
剣には、血が付いていたのだ。血糊ではない血が。
「まさか、自分の剣を……いやしかし、どうやって……」
一体どうすれば、自然に、自分に剣を突き立てられるのだ? どうやってもそれは不自然な行為であるはず……
「うわぁ、あいつドジだなぁ。相手がコケたのに驚いてコケるとかな」
「そうですね。しかも、その拍子に投げた剣が自分に当たるなんて、最早芸術ですよ」
「……」
ヒョロとジャガの会話を聞き、僕は合点がいった。そして同時に、認めなければならなかった。
この勝負は、僕の負けだということを……
結局、その後も勝ち続けた僕は留学生に選ばれてしまった。そこに至るまでの全ての試合が、涙必至の熱い戦いであった。
今回の大会で僕は学んだ。まだまだ、僕はモブプロたちには力が及ばないことを。だから、僕はこれからも鍛錬を続けよう。いつか、モブプロたちに並べるように……。
あっ、そうそう。余談だけど、ジャガとヒョロも留学生に選ばれたみたい。
ふっ、奴らもまだまだモブ度が足りないな……。
次回からはちゃんと学術都市に行きます