僕は列車に揺られながら、流れ行く風景を眺めていた。特段景色が美しいということはないけれど、僕はこういった静かな時間が好きだった。
「───っと、シド君聞いてます?」
そんな僕の静かな時間は闖入者により、唐突に終わりを迎える。
「そうだぞ、シド。さっきからぼーっと外を見てやがって」
おっと、唐突に終わったわけではないようだ。
本当は聞いていなかったけど、ここは聞いてたことにしよう。
「外は見てたけど、話は聞いてたよ。アレの話でしょ?」
「そうです。アレの話ですよ」
一体どれの話なんだろう。
「やっぱアレだよね」
「おう、そうだな。アレだよな」
アレが何かはさっぱり分からないが、こういう中身のない話はモブっぽくて悪くない。
僕がそうやって一人頷いていると、何やら盛り上がったヒョロとジャガが声を揃えて言った。
「この留学で、彼女を作りますよ!」
「この留学で、彼女を作るぞ!」
うん。彼らは楽しそうだ。
そんなわけで、僕らの学術都市ラワガスへの旅路は続いた。
□□□
結局、ラワガスに着いたのは出発してから五日経ってからだった。走れば一日以内には着く距離だが、ああやってゆっくり行くのも悪くない。
到着した僕らは、まず"内壁"の内側まで案内され、大きな広場のような場所に通された。
ここは本当に何もなく、舗装すらされていないのだが、所々に黒い煤や、クレーターのような穴がある。恐らく、実験場か何かだろう。
そんな広場で僕らを迎い入れたのは、総勢百名はいようか、研究者の人達だった。
その中の一人、白衣を纏った小太りで、口元にチョビ髭の生えたおっさんが話し始める。
「えー、ようこそおいでくださいました───」
そんな一言から始まったのは、長い歓迎の挨拶だった。まるで校長の話のようだ。
僕はどうして人は歳を取ると話が長くなるのか不思議に思う。きっと、失った
僕は話すチョビ髭の輝かしきを見て、一人納得していた。
「シド君、シド君。話長くないですか?」
「そうだね」
「どうしてこう、年長者の話は長いのでしょうか」
今も話している彼は、そこまで年長ではないと思う。でも、髪はないんだ。いや、ありはするけど。
「それはそうと、自分かわいい子見つけましたよ。ほら、あっちの右端の……」
ジャガがそう言って、指さした方向には、金髪で髪の短い女性がいた。ちょっと姉さんに似て、目つきが悪い。
「あっ、おいジャガ。あれは俺が先に見つけてた人だ」
「いや、ヒョロ君。こういうのは、早い者勝ちですよ。早い者勝ちとはつまり、先にオッケーされた者勝ちということです」
「ほう? ジャガよ。まさかこの俺と張り合おうっていうのか?」
「ふふふ、まさかヒョロ君。この自分と女性の奪い合いをしようと言うんですか?」
不敵な笑みをうかべた二人は、そのまま見つめ合う。
「───えー、であるからして、長旅でお疲れでしょうが、まずは皆様方には魔力量の検査をしようかと思います」
そんな二人の喧嘩を他所に、どうやら挨拶も終わったようだ。
研究者の人達に連れられ、僕らは施設内へと入っていった。
□□□
施設内での検査はさっきのチョビ髭さんが言っていたように、魔力量の測定だけだった。
選抜大会を元に振り分けられたランクごとに測定が行われる。因みに、僕は一番下のDランクだ。
上のランクから順に測定が行われ、ようやく僕らの番が回って来た頃には、日が暮れ始めていた。僕らは三十人程しかいないのに、結構時間が掛かっている。
僕らが通されたそこは、何かの機器が大量にある一室だった。ぱっと見、イータのラボのようであるが、あそこまで洗練されていないように思える。
そこにいる疲れたような顔の研究員たちを見た隣のジャガはフンスと鼻を鳴らした。
「ふっ、シド君。見ていてください。僕の勇姿を!」
ジャガは検査の担当をしている白衣のお姉さんに話しかけ始めた。因みに、さっきの金髪の人とは違う人物である。
「こ、ここここんにちは!」
「はい、こんにちはー。どうぞおかけになってください」
「お、お姉さん綺麗ですね!」
「よく言われますー。はいこれ、腕に付けてください」
「こ、ここここの後、お、お茶とかどうでふか?」
「この後はデータの解析をしなきゃいけないんですよー。はい、そのまま動かないで」
「そ、そうですか」
お姉さんはだいぶ手強かったみたいだ。
ジャガよ。お前の勇姿は見届けた!
「と、僕の番か」
空いた席に通される。
「あっ」
「えっ?」
そこには、見覚えのある桃色の髪をした少女がいた。
「し、シド君ですか?」
「えっと、もしかしてシェリー先輩?」
そう、その桃色の髪の少女は、半年くらい前にここラワガスへ留学したシェリー・バーネットであった。
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測定も終わり、宿舎にも案内され、今日は自由時間と相成った。僕は散歩がてら居住区を探索することにした。こういう古い都市は、何か隠し部屋みたいなものがあるのが相場だしね。
因みに、ヒョロとジャガは爆沈したので今日は部屋に籠もるという。
「えっと、シド君?」
そうして、学生区をあらかた見終えたところで、シェリーに話しかけられた。
「なに? シェリー先輩」
「いえ、さっきはあまり話せなかったので」
シェリーはもじもじと指をこねている。半年前とあまり変わっていないようだ。
「さ、最近どうですか?」
「どうって……まぁ、ぼちぼちかな」
可もなく不可もない平坦な日々だ。ちょっと冬休み中に色々あったけど、最近は実力者プレイは御無沙汰なんだ。
本当はもっと、毎日わくわくできるようなことがあってもいいと思うんだけど。
「シェリー先輩は?」
「私は……私も、ぼちぼち、ですかね」
えへへ、とシェリーははにかんだ。
「こっちに来てからは毎日講義とかもありますが、ほとんど研究しかしてなくて……」
「へー、どんな研究?」
「えっと、魔力の運動に関するものなんですけど───」
そこから、シェリーは楽しそうに自分の研究している分野のことを話し出した。決して上手い言葉ではなかったけれど、彼女の研究に対する熱意のようなものは伝わってきた。
「なるほどね。ところで、この都市って何か面白いものとか、ところとかない?」
「面白いところ、ですか……」
「そうそう。遺物とか遺跡とか」
「遺物……」
シェリーは何かの言葉に反応して黙り込んでしまった。これは、もしや何か心当たりがあるのだろうか。
「シェリー先輩?」
「は、はいっ! 何でもありませんよっ!」
「いや、何も聞いてないけど」
まぁ、言いたくないなら無理には効かないさ。自分で探すというのも楽しみの一つだからね。
「まぁ、これからしばらく滞在するわけだし、よろしく」
「そ、そうですね! よろしくお願いします」
そうして、僕らは別れた。
□□□
「お邪魔するよ」
静かな部屋に、不意にそんな声が響く。
ガンマは眺めていた資料から目を上げて、窓から入ってきた闖入者を見る。
ゆらりと、金色の尻尾が揺れていた。
「ゼータ。いつもドアから入るように言われているでしょう?」
「別にいいでしょ? こっちからの方が入りやすいんだよ」
ご機嫌な風に鼻歌を歌うゼータはソファにどかっと座った。
「む? ワンちゃんの匂いがする」
「デルタも来てるのよ」
「うげっ! デルタもいるの……」
「そういうと思ったから、デルタとは会わせないようにしたのよ」
「ふーん、なるほど」
毛づくろいをしながら、ゼータはソファにマーキングしている。自分の匂いでデルタの匂いを消そうとしているのだろう。
「これは、またデルタが荒れるわね……」
本当に、もう少しだけガンマに対して丸くなってくれたら……。
「いえ、ありえない話ね」
「それで、ガンマ。今日はなんの用?」
一通りマーキングして納得がいったのか、ゼータは満足げに頷いた。ガンマは「いいえ」と首を振る。
「今日は顔合わせをしようと思っただけよ。幸い、今回はちゃんと報告書を出しているようだし」
「ははは、耳が痛いね。でもそっか」
ぴくぴくと耳を動かし、ゼータは立ち上がる。
「久しぶりに『七陰』で協力しての任務だし、昔を思い出すね」
「ゼータとは、そうですね。あなたはいつも一人で任務していますから」
「そうだね」
ゼータが窓に足を掛ける。どうやら、扉を使う気はないようだ。
「じゃ、また」
そう言って、闇に消えたゼータの姿を見てガンマはふうー、とため息を吐いた。
「本当に、彼女は裏切ってるのかしら……」
その呟きに応答する者は誰もいなかった。