陰のボスになりたくて!   作:若林布吉

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今回はいつもより原作リスペクトです。


派手にやり過ぎないでよ

 寮の部屋に戻って明かりをつけると、薄い闇の中から一人の少女が浮かび上がった。

 アルファだ。少し成長したかな? ちょっと大人びたように見える。

 

「食べるでしょ?」

 

 アルファは『まぐろなるど』で販売されている肉厚まぐろのサンドを差し出す。

 僕はありがたくそれを受け取って、アルファにお礼を言う。

 

「うん。美味しいね」

「そう。新作よ。ガンマも喜ぶわね」

 

 アルファはそう言って微笑んだ。

 でも、どうしてガンマが?

 

「それにしても久しぶりだね、アルファ。ベータは?」

 

 ここ最近はベータが僕の補佐だった。

 僕は食べ終わったサンドの包みをゴミ箱へ投げる。けれど外れてしまい、包みは床に転がった。

 

「今は用事で出ているの。だから私が代わりに来たのよ」

 

 僕はブレザーを脱いでベッドの上に放り投げる。続いてネクタイも投げ捨てた。

 

「そこに水あるわ」

「ありがと」

 

 大きめのコップに入った水を僕は一気に飲み干した。

 その間にアルファは、僕の脱ぎ捨てたブレザーとネクタイをハンガーに掛ける。ついでに包みもゴミ箱に入れていた。

 

「例の件、想定してたよりも教団が早く動き始めたみたい」

「そっか」

 

 例の件……何のことかは分からないけど、かっこいいね。少ない言葉で分かり合う。うん。『陰の実力者』とその配下の会話っぽい。

 

「ガーデンは既に王都に集結している。今夜にでも動けるわ」

「段取りは任せるよ」

 

 アルファは優秀だ。彼女に任せておけば何かは分からないけど、最高の舞台を用意してくれるだろう。

 僕はその間に『陰の実力者』プレイのイメトレでもしよう。

 アルファははぁ、とため息を吐く。

 

「いいわ。あなたのサポートをするのが私たちの使命だもの」

 

 僕はゴロンとベッドに寝転がる。仰向け大の字だ。

 

「騎士団は使うの?」

「いいえ。教団が入り込んでるから」

 

 アルファはどこからかもう一つ、『まぐろなるど』の包みを出す。

 

「くれるの?」

「欲しいの?」

「貰えるなら」

 

 アルファは微かに笑みを浮かべてその包みを差し出す。

 僕はそれを受け取った。

 

「それ、私の分だから。後でご馳走して」

「悪いね。アルファの分も食べちゃって」

 

 そうは言いつつも、僕は遠慮なく食べる。

 

「あまり派手にやり過ぎないようにして」

「どうして?」

 

 アルファは開いている窓の縁に足をかけて振り返る。

 

「陰に潜み、陰から操る──まだ世界に私たちの存在を知られるわけにはいかないでしょ?」

「そういうことね」

 

 未だに僕の作った設定を守り続けてくれる彼女たちには感謝しかない。おかげで、僕の実力者プレイは捗るのだ。

 

「そう言えば、デルタが会いたがっていたわ」

「デルタ来てるの?」

 

 『特攻兵器デルタ』、またの名を『鉄砲玉デルタ』。おつむが残念な獣人少女だ。

 みんなに会えるのは同窓会みたいでいいんだけど、どうか真っ当に生きていてくれ。

 

「その内着くはずよ」

 

 アルファは微笑んだ。

 

「詳細は後で。ベータを送るわ。それじゃまたね」

 

 そう言って、アルファは窓からは飛び出した。後には記憶にあるささやかな香水の香りがだけが残った。

 

□□□

 

 目を覚ますとアレクシアは薄暗い部屋にいた。蝋燭一本の明かりしかなく、石造りの部屋。頑丈そうな扉が見える。

 

「最悪ね」

 

 アレクシアの四肢は台に拘束されていた。そして魔力が使えない。魔封の拘束具だろう。

 助けを待つよりほかはないと、アレクシアは思った。

 

「それより、何があったのかしら?」

 

 何か薬でも盛られたのだろうか。頭が少しぼっーとして、中々思考が纏まらなかった。

 けれど、自分が昏倒する直前の出来事をなんとか思い出す。

 シド・カゲノーという青年と別れた後、アレクシアは更衣室に向かったはずだ。そこで着替えが終わり、教室に行こうとしたところでゼノン・グリフィに声を掛けられた。

 少し話そうと言われたが、確か授業を理由に断ったと思う。しかし、そちらにも話は通してあると言われ、渋々ながら彼に付き合うことにしたのだ。

 通された部屋は学園の応接室だった。そこでアレクシアは、ゼノンが正式に婚約者になったことが告げられる。

 間に合わなかったか、と後悔はすれど、裏は取るべきだろうと思い立つ。

 アレクシアは席を立って退出しようとするが、ゼノンに呼び止められた。

 

『君はこれからしばらく、婚約の準備をすることになる』

『なにを馬鹿なことを──』

 

 そこで、アレクシアの意識は途絶えたのだ。

 

「あぁ、良かったわ」

 

 沸々と湧き立つ苛立ちとは裏腹に、口の端を吊り上げる。

 

「あいつのこと、頭がおかしいんじゃないかってずっと思ってたのよ。やっぱりおかしかったのね」

 

 そうして笑うアレクシアの耳に、じゃらっという音が入ってくる。鎖の音だ。

 

「誰かいるの?」

 

 アレクシアは音の方を見る。

 そこには黒いゴミのような塊があった。

 いや、正確にはそれは生物だった。微かに身じろぎするように動く。

 そして、その生物は顔を上げてアレクシアを見た。その赤い瞳と視線が合わさる。

 その生物の見た目はもう、人非ざる化け物だった。

 顔の各パーツはかろうじて判別できるが醜く爛れ、全身が歪に肥大化している。右腕は異常に長く大きく、逆に左腕は異常に細く短い。

 アレクシアは刺激をしないようにゆっくりと視線を外した。

 見られている。アレクシアはそう感じた。

 痛い程の静寂に包まれる。 

 けれど、それも長くは続かなかった。

 

「ようやく、ようやく手に入れた」

 

  正面の扉が開かれ、白衣の痩せこけた病人のような男が入ってくる。

 

「王族の血、王族の血があれば……!」

 

 アレクシアは男を観察し、内心でため息を吐いた。

 

「……早く救助は来ないかしら」

 

□□□

 

「時は満ちた……今宵は陰の世界……」

 

 ベータを出迎えたのはそんな言葉だった。

 シャドウは椅子に座り、足を組んでいる。無防備な背中、だがその背中が何より遠いことをベータは知っている。

 全てが最高峰である調度品の飾られた部屋。その光景にベータは圧倒される。

 そんな中でも、一際光るものがあった。 

 ──『モンクの叫び』

 幻の名画と言われるそれは、いくら財を積んでも手に入らないとされる。

 そんなものをどうやって手に入れたのだろう。

 尋ねようとしてベータははっと気が付く。そんなことは聞くまでもない。彼だから手に入れられたのだ。

 むしろ、彼以外に相応しい主など存在しないだろう。

 

「陰の世界。新月である今宵はまさに、我らに相応しい世界ですね」

 

 シャドウは何も言わずにグラスに口を付ける。何気なく飲んでいるそれも、酒に疎いベータが知っている程の一品だった。

 

「準備はいいか?」

 

 シャドウは威厳のある声音で言った。

 

「はい。全体指揮はガンマが、現場指揮はアルファ様が執り、私はその補佐を。イプシロンは後方を担当、先陣はデルタが切りますが、作戦開始は定刻通りに。部隊ごとの構成は──」

 

 ベータは作戦の詳細を語る。シャドウはそれを黙って聞いていた。

 

「──以上、計一七一名の構成員で作戦に当たります」

「一七一人?」

「──っ!」

 

 シャドウが疑問の声を上げた。少なかったのだろうか。

 ガーデンの戦闘力を考えれば申し分ないと思うものの、ベータはそれこそが思い違いだったことに気付く。

 今宵の主役はシャドウだ。主役を彩る脇役として、その数字はあまりにも少ない。

 ベータが謝罪を口にしようとする。

 

「申しわ……」

「そんなに増やしたの? いや、エキストラを雇ったのかな?」

「はっ……エキストラ?」

「いや、何でもない。こちらの話だ」

 

 ベータはそれ以上はなにも言わない。それは必要のないことだからだ。

 

「作戦目標は王都に複数ある教団のフェンリル派アジトです。襲撃と同時に……」

 

 ベータが作戦の詳細を語ろうとしたところでシャドウは立ち上がった。

 

「しゃ、シャドウ様?」

「我には行くべきところがある」

 

 シャドウはコートを翻し、振り返った。

 

「ついて来い、ベータ。レクイエムを奏でに行くぞ」

「は、はい!」

 

 鼻血の出そうになる鼻を押さえながら、ベータは返事する。

 月のない今夜は、ベータにとって素晴らしい夜になるだろう。

 




ガーデンの人数は前々から準備してたので50%増量中です。
アルファ様より『アイ・アム・アトミック』の使用制限がかけられました。シドくんは守れるのか

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