陰のボスになりたくて!   作:若林布吉

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裏切り

「ガンマ様、ゼータ様より言伝が来ました」

 

 ガンマが開店に関する雑務をこなしていると、ニューからそのような報告がされた。

 ガンマは、頭の中で組み立てつつあったルーナとしての今後の計画を一旦頭から追いやる。そして、即座に『七陰』のガンマに意識を切り替えた。

 

「そう。ゼータはなんて?」

「『敵のアジトを見つけた。今から乗り込む』だそうです」

「そう……ん? 今から乗り込む? 本当にゼータはそう言ったの?」

「……? はい。そうですが……」

 

 何がおかしいのだろうと首を傾げるニューを視界に収めつつ、ガンマは考える。

 昨晩、ゼータを見張らせていたガーデンメンバーによると、彼女は主と接触していたらしい。

 その際、教団のアジトの捜索に手間取っていることを話したのだろう。あるいは、着眼大局に優れ、叡智を司る主ならそれを既に見通していたかもしれない。その主が、何らかの助言をしたのだろう。

 それ自体はいい。それが主の決定なのだから。

 では、ガンマは何に引っかかっているのか。

 未だ思考の表層を漂いながら、ガンマは口を開く。

 

「ゼータは本当に、『潜入する』ではなく、『乗り込む』と言ったのですね?」

「は、はい」

 

 それは本当に些細なことだ。ともすれば、勘違いであり、考え過ぎである可能性も否めない。いや、その可能性の方が高いだろう。

 だが、ガンマには予感があった。

 長年『七陰』として、同じ主を支える同胞として、共に過ごしてきたからこそ感じる違和感があった。

 ───ゼータは何故、『乗り込む』と表現したのだろう?

 彼女はいつも、教団の内部に侵入するときは『潜入する』と言っていたのだ。それは、彼女が潜入という行為にプライドを持っているからであり、潜入するということが『シャドーガーデン』の、ひいては主の利益となるために果たせる役割だと自覚していたからである。

 その彼女が『潜入する』ではなく、『乗り込む』と言ったのだ。

 これではまるで───

 

「戦いに行くようだわ。まだ敵の戦力すらも知れてないというのに」

 

 これは考え過ぎなのだろうか。だが、どうにも拭えない違和感がある。一度疑い始めてしまえば、その疑念は底なし沼にハマったように、深くなっていく。

 本当に……本当に、彼女が裏切っているのだろうか?

 ガンマの眉間のしわが更に深くなった。

 

「それは考え過ぎなのではないでしょうか?」

「……そうね」

 

 そうだ。これはただの憶測。妄想の範疇を出得ない想像に過ぎない。

 妙な勘ぐりで、肝心の仲間を疑っていては、陣頭指揮などできようはずがないのだ。

 ガンマはそう自分を納得させる。

 

「変なこと言ってごめんなさいね。もう他に用はないかしら?」

「はい。緊急の案件は他にはありません」

「そう。それで、学術都市内にいる教団員の目星は付いたの?」

「大方は。ですが、『七賢人』を含め、都市の中枢に入り込んでいる者も多く、排除すれば混乱は避けられないでしょう」

「……件の彼女は?」

「まだ、分かりません。しかし、シェリー・バーネットはアーティファクトの解読をし終えたようです」

「それなら、そろそろ動くでしょうね」

 

 ガンマは目を瞑ってふぅー、と長い息を吐く。

 

「店舗準備には最低限だけ割いて、待機中の部隊にはいつでも出れるように用意させておいて」

「承知いたしました」

 

 頭を下げて退室するニューを尻目に、ガンマは立ち上がる。見下ろした学術都市の街並みは冷たい斜陽に照らされ、赤く染まっている。

 

「始まるわ……」

 

 そして、そっと呟いたのだった。

 

□□□

 

「うーん、ここら辺だと思うんだけど」

「ボスー、デルタはお腹が空いたのです」

「僕もだよ」

 

 結局、朝から魔力の気配がした付近を探していたのだけれど、その原因を見つけることはできなかった。もう薄明だ。流石に、ロングコートで一日中都市内を駆け回るのは目立つので、今は制服だ。

 僕の魔力粒子による探索と、デルタの嗅覚や直感での捜索。これで駄目なら、今回は縁がなかったと思うしかないか。

 そう僕が思ったときだった。

 

「───デルタ」

「ボス」

 

 僕らはどちらともなく立ち止まる。

 このとき、多分僕たちの思考は完全に一致していただろう。

 ごくんと喉が鳴る。ついでに腹の虫も鳴き出した。

 仄暗い闇に広がる白い煙が、まるで僕らを誘っているようだ。

 スンスンとデルタの鼻が鳴る。

 

「行こう」

 

 あぁ、学術都市はなんて危険なところなんだろう。

 僕らは爛々と淡い光を放つ屋台に吸われるように、引き寄せられた。

 

□□□

 

「ズズッ」

 

 懐かしい。とても懐かしい味だ。あっさりとしたスープが、中太麺によく絡み合っている。

 

「ズズッ」

「ボスっ! むぐぐっ……その『ズズッ!』ってやつどうやるんです!?」

「ズズッ」

 

 このチャーシューもいい。ちょっと臭みがあるんだけど、それもよく煮込まれていて気にならない。……何の肉だろう?

 思えば、こっちの世界に来てから中華は食べたことはなかった。前世のそれとは少し違うけれど、これはこれで良い味を出している。

 

「ボスー、もう一杯!」

「えっ、まだ食べるの?」

「食べるー!」

 

 デルタは店員のお姉さんにもう一杯追加を頼む。既に、デルタは五杯も平らげていた。

 

「デルタお金は?」

「むぐっ……ボス、『ズズッ!』ってやつどうやるんです?」

「唇と舌を上手く使って吸うんだよ。デルタお金はあるの?」

「ずぅっ……! わっ、できた! ボス! できた!」

「はいはい凄いね。デルタお金は?」

「ない!」

「ないの?」

「ない!」

「ないのか」

 

 なんということだ。それなら、一体誰がこのご飯代を払うんだ。今日は僕も、元々散歩するだけの予定だったから、財布を持っていないのに。

 さっさと六杯目を食べ終えたデルタが

更に追加を注文する。

 

「デルタは皿洗いしたことある?」

「前に全部割ってから、アルファ様に皿を洗うなって怒られた!」

「おう……」

「もう一杯!」

「ちょっと待てデルタ」

「うわわ、なんです?」

 

 ぐいっとデルタを引き寄せ、屋台のお姉さんに聞こえないように耳打ちをする。

 

「デルタいいかい? 今の僕らにはお金がない。これがどういうことか分かる?」

「分かんない!」

「しーっ! デルタ、声を小さく」

 

 僕は唇に人差し指を当て、静かにするように指示する。デルタはちゃんと理解したのか、両手で口元を覆って、こくんと頷いた。

 

「分かったのです」

「よし。じゃあ、さっきの続きだけれど、お店でお金を払わずに、商品だけ持ってたらどうなる?」

「うぅー、前にそれやったら、アルファ様にすごい怒られたのです。ガンマもめっちゃ怒ってた!」

「そう。それは悪いことなんだ。それで、今の僕らの状況は?」

「あっ……」

 

 流石に、アホの子デルタでも今の状況を察したらしい。珍しく、気まずそうな顔をしている。反省でもしているのだろうか。

 

「アルファ様に怒られる?」

 

 いや、デルタがそんなことするはずがなかった。どうやら前にやったときは、相当こっぴどくアルファに怒られたらしい。

 しおらしく耳が垂れ下がっている。

 

「大丈夫。こんなときには、あれをするんだ」

「あれ?」

 

 ふっ、こんなときのために鍛えていたモブ式奥義『土下座(モブタンブル・キッス2)』を使うときが来たな。

 僕は全てを悟ったかのような清々しい表情で立ち上がる。皿洗いで済めば御の字だろう。

 

「あのー」

「はい、何でしょうか?」

「支払いなんですけれども───」

「あっ、それなら結構です」

「───実は財布を掏られて……えっ? 払わなくていいの?」

「はい。お友達割引です」

「お友達?」

 

 僕は屋台のお姉さんの制服に刺繍されたロゴを見る。

 これ、見たことがあるぞ。というか、普通に『ミツゴシ商会』のものだ。

 ……また彼女たちは、僕の前世の知識を使って儲けているのか。まぁ、最早それは気にならないけど。

 なにはともあれ、無料だと言うのならありがたく、そうさせてもらおう。

 

「うん?」

 

 さぁデルタを連れて帰ろう思ったそのときだった。彼女はある一方向を見つめて固まっていたのだ。

 

「デルタ?」

「ボス、見つけたのです」

「見つけた? 何を?」

 

 デルタの纏う空気が鋭いものに変わる。ちらりと屋台のお姉さんを見ると、彼女は素知らぬ顔で食器の片付けをしていた。

 デルタの変化に気付いているだろうに、手慣れているのだろう。

 そう納得した僕も彼女の見る方向へ、視線をやった。

 暗い夜道は街灯で照らされていたが、特におかしな様子はない。

 

「いや……」

 

 周辺一帯にばら撒いていた魔力粒子に反応がある。その場所は───僕らが朝いた倉庫の付近だった。確か、十番倉庫という名前だ。

 大きな魔力反応だ。徐々に、徐々に大きくなっている。これは、イベントが始まるぞ!

 僕の口元が自然に綻んだ。

 

「始まったか……」

「ボス! 狩りに行くのです!」

「よし!」

 

 今度こそ! とばかりに僕はスライムスーツを纏った。

 

□□□

 

「クククッ、素晴らしい!」

 

 広く、殺風景な空間にはただ一つだけ、大きな水晶があった。その水晶は眩いほどに白く輝いている。だが、その純白の輝きとは裏腹に、放つ魔力は禍々しい。

 そして、その水晶を前に男は、柄にもなく大きな声を上げていた。両手を広げ、清々しいまでの高笑いをしている。

 

「全ては計画通りです。よくやってくれましたね、サーテライト?」

 

 男は水晶からは目を逸らさずに、近くにいた女に語りかける。かつてないほどに、ご機嫌な様子だった。

 

「随分ご機嫌ね」

「えぇ、そうですね。今はとても、気分がいい。これで、教団内での私の発言も無視できなくなるでしょう」

「おめでとうと、そう言った方がいいかしら?」

 

 今まで見たことのない男の様子を前に、女は気だるげな返事をする。いや、適当な相槌を打ったというべきだろう。

 ちらりと、女の視線が力なく横たわる少女の方へ移動する。

 

「───そういえば、あなたには褒美を与えていませんでしたね」

 

 女がしばらく少女のことを見ていると、不意に男はそんなことを言った。

 褒美を与えると、男はそう言ったのだ。

 普通なら喜ぶところなのだが、女はそれにはたと違和感を覚えた。

 

「褒美?」

「そうですよ」

 

 男の顔がこちらを向く。サングラス越しに目があった気がする。

 男の口が、いやに歪んだ。

 

「ここまでよく働いてくれましたね───というわけで、もうあなたは不要なので」

「は?」

 

 不思議な衝撃が女を襲う。意志に関係なく視線が回り、気が付けば地面に寝転がっていた。

 体に力が入らない。なのに、酷い寒さが襲ってくる。

 

「クククッ、私直々に手を下したのです。感謝してください?」

 

 上からそんな声が降り注ぐ。嫌な笑い声も降り注ぐ。

 だが、そんな声も遥か遠くに聞こえる。視界が徐々に暗くフェードアウトしていく。

 死ぬのか。自分は死ぬのだろうか。

 女の脳裏をそんな言葉が駆け巡る。

 死ぬのなら、死んでしまうのなら、自分の人生において一つだけ後悔がある。

 女は寝転がったままに、目線だけ動かす。首は動かない。

 そして、一瞬彷徨った視線は、倒れる少女の上で止まった。

 

「ごめんね……」

 

 女の口から、赤い血と一緒にそんな言葉が漏れた。

 その言葉の意味を、女が自分で理解する前に意識は闇へと溶け込んでいく。

 

「まったく、酷いね。ラウンズってやつは」

 

 最期の瞬間、そんな声が聞こえた気がしたが、もうそれは女には関係のないものだった。

 




あと二話で全部収まるのか!? まぁ、無理そうなら話数を増やすか、一話あたりの文字数を増やしましょう。

※以下本編には関係ない話です。虫が苦手な方は読まないことをオススメします。
先日、幸か不幸かカブトムシを食べる機会がありました。市販のカブトムシを、丸々一匹です。
他にも虫を食べたことはあるんですが、基本的にあまり美味しくありません。食べられるまずさというのでしょうか。
さて、カブトムシを食べた感想なんですが、はい。まずかったです。今までで一番まずかったです。車のタイヤを噛んでる気分でした。
あくまで個人の感想なので、好きな人は好きなのかもしれません。
以上、全く意味ない近況報告でした。
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