陰のボスになりたくて!   作:若林布吉

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本当はシャドウが出るところまでやりたかったんですが……。
ゼータが出ると、どうしても気合いが入って長くなってしまいますね。なので、キリの良いところで切りました。


怨敵と強敵

「まったく、酷いね。ラウンズってやつは」

 

 ゼータは血を流し倒れる女を一瞥する。既に魂の抜けたその瞳には、微かに水滴が溜まり、何かしらの後悔を宿しているようだった。

 

「これはこれは、『七陰』の方ですか。よもや、こんなところまで入り込むとは」

「これも全ては主のおかげ。ずっと待ってたよ。お前たちがその魔力石を起動させるのを……光が導いてくれたのさ」

 

 顎をしゃくるようにして、ゼータは男の後ろにある魔力石を指す。未だ輝いているそれによって、二本の長い影が生まれていた。

 

「クククッ、そうですか。では、あなたと一緒にそのシャドウという人物も褒めて差し上げましょう」

「いらないよ───」

 

 ゼータは言い終わらない内に、持っていたチャクラムを投げる。緩い楕円を描くその軌道上には、眼前の男の首があった。

 男は、チャクラムの速さに反応できていないのか、全く動く素振りはない。そして、そのままチャクラムは男の首を通り過ぎた。

 

「チッ」

「おや? どうかいたしましたか?」

 

 しかし、男は何でもないかのように、とぼけてみせる。それから、ゆっくりと見せつけるように首を回した。

 

「幻覚? ……いや、あいつはあの女を確かに切ってた。つまり、実体はあるはず」

 

 先程、この男が部下である女を殺すところをゼータは目撃していた。実体なきものに、そんなことはできない。ゼータやアルファの使う霧だって、攻撃の際は実体化するのだ。

 であるならば、男の体はどこかにあるはずだ。巧妙に隠されているのだろう。

 ゼータの胸の奥で何かがざわめく。何だ? この感じは。

 

「さて、次は私から、と言いたいところですが、丁度いい機会です。実験に付き合っていただきましょう」

「実験?」

 

 僅かな情報も見逃さないとばかりに目を細め、重心を落とす。それと同時に、やはり何かがちらつく。何だ?

 そんなゼータを嘲るように、男は薄ら笑いを浮かべ、魔力石に手をかざす。

 途端、禍々しい───否、それよりももっとおぞましい、形容し難い何かが渦巻く。

 そして、その魔力の感覚をゼータは知っていた。いや、ゼータ以外でも『シャドーガーデン』に属する者ならば、誰しもが知っている感覚だろう。

 その感覚とはすなわち───魔力暴走だった。

 

「何が起こって……」

 

 全身の毛が逆立つようだ。尻尾はピンと張り、本能的に距離を空ける。

 そうして、無意識的な臨戦態勢を整えた彼女の姿は、皮肉なことだが、反りの合わないどこかの犬と通ずるものがあるのだった。

 

「まぁ、そんなに怯えなくても大丈夫ですよ。もう直分かりますから」

 

 そう言って、男は振り返る。ゼータに無防備な背中を晒しているが、今は攻撃する気にはなれない。

 というよりも、魔力石から目が離せないのだ。

 

「さぁ来なさい! 最古の災厄───『ベヒモス』!」

 

 男がそう宣言するや否や、巨大な雄叫びのように魔力の波が唸り、収束する。

 そこに現れたのは、全長は三メートル程だろうか。全身が漆黒に彩られた、カバのような頭と人の体を持った何かだ。四本ある腕を組み、悠然とこちらを見下ろしている。明らかに、この世の者ではない異形の存在だ。

 だが、そうであるにも関わらず、与えてくるプレッシャーがない。まるでそこに存在していないかのように、空虚な気配であり、それが酷く不気味であった。

 

「こ、これは……」

 

 ゼータはごくんと息を呑んだ。

 

「おや、存じ上げませんか? まぁ無理もないですね。……これはベヒモス。かつて、ディアボロスが暴れるよりも前に世界に災厄を齎した存在───の、魂をとある媒介に定着させたものです」

 

 そんな話はゼータも聞いたことがなかった。いや、そもそもディアボロス以前の伝承などほとんど残っていないのだ。その多くは、ディアボロスによって齎された災厄により消失してしまったのだから。

 だが、これで分かったことが一つある。シェリー・バーネットに研究させていたアーティファクトは、このベヒモスの封印を解くためのものだったのだろう。

 そう考えたゼータは、改めて男の言葉を反復し、首を傾げる。

 

「とある媒介……?」

 

 不思議な物言いだ。何か特別なものを媒介にしたというのだろうか。

 ゼータのその小さな呟きに、男はニヤッと嫌な笑みをこぼす。

 

「そう。その媒介とは───ディアボロスの右足ですよ」

「……っ!」

 

 驚きのあまり、表情が強張ったゼータを見て、男は気分をよくしたようだ。饒舌に、話す。

 

「クククッ、右足の封印を解くのはかなり骨が折れますからね。だから、封印されている右足にベヒモスの魂を定着させて、内側から破って貰えばいい。内と外からなら、如何に強固な封印でも、破るのは容易い」

「お前は、それがどういうことか分かってるのか?」

「分かっていますとも。かつての災厄と災厄、その夢の共演ですよ! ……さて」

 

 男は改まって直立し、優雅に一礼をする。それはとても丁寧なものではあったが、端々からこちらを小馬鹿にする態度が透けて見える。慇懃無礼というやつだ。

 

「私はラウンズ第十席……おっと、悪鬼が死んでくれたおかげで昇格していたんでしたね───ラウンズ第五席、ペトスと申します。以後お見知り置き───」

「お前か」

「はい?」

「……お前かぁぁぁッ!」

「なっ!?」

 

 "ペトス"という言葉を聞いた瞬間、ちりちりと記憶の奥で燻っていたそれが爆発する。そして一気に、鮮明な記憶が呼び起こされる。

 

□□□

 

 これは、〈悪魔憑き〉となったゼータを救うべく、彼女の父が旅立ったときの記憶だ。

 

『必ず見つけてくる。だから父を信じて待っていなさい』

『父様……ッ』

 

 そして、ひと月が過ぎた。

 

『穢れはどこだ?』

 

 同じ金豹族の男が問う。その横には誰かがいる。とても憎い誰かだ。

 父は縄に縛られ、跪いている。

 

『言わぬなら、全員火炙りにするが』

『言ったところで同じだろう? お前は私を嬲りたいだけだ』

 

 男が剣を抜く。

 父を膨大な魔力が包み、拘束が解ける。

 

『行けッ! 走れ!』

 

 彼女の母が掴む。走り出す。

 それが父の最期の姿だった。

 

 それから川を越えた。その途中で、追手を振り払うために母とは別れていた。

 母からはまだ小さな弟が託されていた。

 

『おやおや、こんなところにいましたか』

 

 気付けば、目の前に男がいた。薄い笑みを浮かべ、司祭服に身を包んでいるが、その手には血のついた鎖が握られている。その鎖の先端には分銅が付いていた。

 司祭は父の首を、続けて母の首を彼女に見せ、放り捨てる。

 

『さて、どちらが悪魔憑きかな?』

 

 そして、歩み寄ってくる。

 

『わ……私が悪魔憑きですッ、だからどうか、弟は……ッ』

『……心配しなくていい。悪魔憑きでない子供に用はない』

 

 司祭は弟の首を切り落とした。

 

□□□

 

 どうして忘れていたのだろう。あれだけ殺してやると叫んで、殺してやると誓って、殺してやると呪い続けていたというのに。

 そうだ。あのとき、あの司祭は確かに名乗っていたのだ。"ペトス"と。

 ようやく繋がった。全て繋がった。彼と対面してからずっと感じていた違和感。上手く噛み合わない感覚。

 その全てが、燻るゼータの情動を示していたのだ。

 

「お前がッ! 父様を! 母様を! 弟を! お前がぁぁぁぁッッ!」

 

 突然湧き上がる感情があった。これは、怒りだ。そう、これは怒りなのだ。

 ゼータは怒りのままに、突っ走り、ペトス目掛けて剣を薙いだ。

 しかし、

 

「届きませんよ。あなたの剣は」

「ぐっ……!」

 

 硬質な音が響いた。彼女の剣は硬い感触によって止められる。見れば、ベヒモスの腕が、二人の間に割って入っていた。

 

「絶対に、殺してやるッ」

 

 ゼータはそれにも構わず、ありったけの魔力を込める。腕ごとペトスを切ろうとしているのだ。

 

「殺してやる……ッ!」

 

 あの頃は非力だった。無力だった。戦えなかった。

 だから、殺された。親も、兄弟も、同胞も。全て、全て奪われたのだ。

 だが、今は違う。今は手元には、世界有数の実力が握られている。

 故に奪わせない。仲間を、組織を、主を、奪わせない。

 逆に、奪い返すのだ。彼らによって失われた時間を、命を、全て。

 そして、それを以て亡き故郷の者たちへの弔いとしよう。

 

「があぁぁッ!」

「随分と荒々しいですね」

 

 ペトスがパチンと指を鳴らす。すると、一瞬にしてベヒモスの腕が消える。

 今まで全開出力だったゼータの剣は、丁度車がスピンするのと同じように、空回る。

 そうしてできた隙に、ベヒモスの巨大な腕が薙ぎ払われ、ゼータの腹部に突き刺さる。

 

「ぐは……ッ!」

「流石に今のは効いたようですね」

 

 ペトスは、吹き飛ばされ地面に這いつくばるゼータを見下ろし、余裕の表情だ。

 かろうじて、急所を外したゼータは、痛む腹を押さえながら立ち上がる。

 今の一撃で、ゼータの思考はクリアになりつつあった。無闇矢鱈に吶喊しても勝ち目はないのだ。

 

「バカ犬じゃないんだから」

 

 それならばどうするか。

 解決策は未だ見つからないが、ふっとゼータは笑みをこぼす。

 

「なんでこんなときにあのワンちゃんが出てくるのやら」

 

 どうせなら、主の方が良かったのに。

 

「さて、私も暇ではないのでね。そろそろこの辺で終わりといたしましょうか───ベヒモス、やれ」

 

 ペトスがベヒモスにそう命じる。ゼータは剣を構えた。

 ベヒモスは一発一発が重いことは然ることながら、その速さも桁違いであった。威力は言うに及ばず、速さでも負けている可能性がある。

 ゼータの『あとみっく・もどき』ならばあるいは、致命傷となるかもしれないが、溜めの時間が必要だ。

 ならば、取れる行動は一つだろう。かつて主は言った。『塵も積もれば山となる』と。つまり、

 

「小細工も重ねれば戦術になる、はず」

 

 器用なゼータは何でもできる。一つのことを極めるのは難しいが、色々なことを上手くやるのは得意なのだ。

 すなわち、今まで溜め込んできた技術を全て出し切って的を絞らせない、猪口才で鬱陶しい戦い方もできるのだ。

 ゼータがそのように作戦を立てたときだった。

 何かが、高速でゼータの横を通り過ぎた。

 

「人風情が我に指図するでない。不愉快だ」

 

 振り返ると、ペトスの上半身だけが、地面に転がっていた。強い衝撃を受け、顔は疎か、上半身全てが潰れている。

 ゼータは改めて、それを為した存在に目をやる。

 ベヒモスはゆっくりと何かを確かめるように手を握ると、ゼータを見据える。

 

「ふむ……久々の現世だ。しばし、準備運動に付き合え」

 

 直後、ゼータは衝撃と共に、意識を失った。

 




前にあと二話と言いましたが、無理そうです。流石に、あと一話では終わりません。
因みに、原作でもペトス君はフェンリルの攻撃を謎の方法で防いでいましたね。その方法が不明だったので、本作では自由に実体と非実体を切り替えられるということにしました。多分アーティファクトのおかげですね。
よって、知覚外からの一撃は普通に喰らったようです。
ゼータの過去は是非書籍五巻をお読みください。

あと、後ほど今後についての活動報告を上げておきます。
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