陰のボスになりたくて!   作:若林布吉

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ちょっと長くなりました。


役者は揃った

「この先にいるという話だったわね」

 

 先行していた部隊と合流したガンマは夜より暗い闇の中を進む。

 ここは十番倉庫と呼ばれる場所だ。

 種々のアーティファクトや資料、実験装置が雑多に、タワーのように積み上げられ、しかし、その一部は倒壊しており、足の踏み場もないと言えるような状態だった。

 そんな倉庫の最奥で、弱々しく差す淡い光があった。その光は壁にぽっかりと空いた穴から発せられていて、その周辺だけを照らしている。縦幅は二メートルといったところだろうか。

 また、その穴からは淡い光とともに、仄かな魔力も漏れ出ていた。その事実が、これがただの穴ではないことを証明しているようだった。

 恐らく、この先にゼータは入ったのだろう。

 

「……」

 

 手を伸ばし、穴に触れる。途端、その境界面に、僅かな魔力の揺らぎが生まれた。だが、その揺らぎも次第に薄れていき、やがて元の平静な状態へと戻る。それはまるで、水面にできた波紋が緩やかに消えていくかのようなものであった。

 

「ガンマ様。ここは私が先行します」

「……そうね。ニュー、お願いするわ」

「はい」

 

 意を決し、進もうとしたガンマの前にニューが出る。ガンマは運動音痴が祟って、戦闘能力はほとんどないのだ。

 彼女もそれを分かっているから、ニューに先頭を譲ったのだろう。

 いや、ならばそもそも彼女が実行部隊に入る必要はない。いつものように後方から指揮していればいいのだ。

 それをしない理由はただ一つ。

 

「私が見極めましょう───あなたが裏切っているのかどうかを」

 

 こうして、ガンマは白い穴に足を踏み入れた。

 

□□□

 

 視界が一気に目映い白に染まり、世界が色を失う。やがて現れた空間は、全ての色が抜け落ちたかのように真っ白な場所だった。

 そんな一面に広がる白の中に、いくつか異なる色を持ったものがある。その内の一つに、力なく横たわる金と黒色のシルエットを見つけた。周囲には、赤い斑点が飛び散っている。ガンマは息を呑んだ。

 

「ゼータっ!」

「ガンマ様!」

 

 咄嗟に走り出そうとしたガンマを、前にいたニューが止めた。

 こんなときに何を、とガンマが少し苛立たしげにニューの方を見る。だが、彼女はガンマを見ていなかった。

 何か異常事態だと察して、ガンマはその視線の先を辿る。その先には───

 

「ふむ。新たな客か」

 

 サイのような顔と目が合った。頭はサイ、体は四腕を持った人のようで、そこからは明らかに乖離した何かだ。鼻頭から生える角は禍々しく伸び、冬の湖畔を想起させるその黒い瞳には、光がない。

 その瞬間、ガンマの中に芽生えたのは何だろうか。恐怖か、焦燥感か、嫌悪か。

 そのどれでもある気がする。そのどれでもない気がする。

 ただ一つだけ、確かなことがあるとするならば、

 

「ガンマ様……」

「えぇ、あれは相当危険よ」

 

 まだ何一つ、その動きすら見ていないこの状況で本能が警鐘を鳴らしている。

 言い知れぬ悪寒。腹の底から湧き上がる吐き気。圧迫感。どれもほとんど経験したことのない感覚だ。

 そんな状況にあって、しかし、同時に血の高鳴りも感じていた。彼女の主が度々口にしている「血が騒ぐ……」とはこの感覚のことを言っていたのだろうか。

 遺伝子レベルでの、目前の存在に対する忌避感と敵意。これは一体なんなのだ。

 

「すまぬな。客人よ。まだ目覚めたばかりで力の加減が分からぬのだ。先の者より早く壊れないでくれたまえ」

「先の者……」

 

 ガンマが視線を軽くゼータに向けた途端、強い風が吹き抜け、何か不快な音が響いた。その音は喩えるなら、何か重いものを勢いよく土に叩きつけたような音で───

 

「ガンマ様ッ!」

「きゃっ!?」

 

 ガンマがそれを認識する前に、強く手を引かれる。軽く体勢を崩しながらも、力の方向に合わせられたのは、普段からデルタに振り回されているおかげだろう。物理的に、だが。

 

「何が……」

 

 大きく距離を取ったガンマは先程まで自分のいた場所を見る。

 そこには、ゼータと同じ様に転がるガーデンのメンバーと───サイのような悪魔の姿があった。

 

「ほう。あれを躱すとはな……」

 

 感心したように呟くサイの四本の手の内、二本が赤く染まっていた。

 ……二本?

 元々、ゼータの血で一本は赤く染まっていた。ということは、ゼータを殴った手とは違う手で攻撃してきたのか。

 ───ぽたりと、雫の落ちる音がする。

 いや、違う。

 ガンマはゆっくりと振り返る。そこには、ひしゃげた腕を抱え、肩で息をするニューの姿があった。

 

「に、ニューっ!?」

 

 即座に魔力を使って止血を試みるが、ここまでの重症だ。ほとんど後方の、それも矢面に立たないガンマでは治せそうにない。

 そうやって四苦八苦するガンマに向かって、ニューは首を振る。

 

「ここは一旦引きましょう」

「……そうね。私たちだけではどうしようもないわ」

 

 戦闘音痴とはいえ、ガンマだってそれなりに戦いを目にしてきたと思っている。主やアルファ、デルタ、その他『七陰』やナンバーズたち。彼、彼女らの戦いを目にしてきたガンマでさえ、目に追えない速さ。そして、スライムスーツの防御ですら容易く突破する破壊力。

 今現在の負傷したニューと自分、それと数人のガーデンメンバーで何とかなるような相手ではないだろう。

 あぁ、こんなときにデルタがいてくれれば……。

 ないものねだりだが、この最悪の状況。恨み言の一つでも言いたくなる。そもそも、今朝から見ていないが、どこに行っているのだろう。

 だが、撤退するにしても問題がある。一つは、倒れた仲間───ゼータも含めて───をどう回収するかだ。いや、仲間だけではない。見れば、ここにはシェリーや、生死不明の研究者の姿もある。

 彼女らはを運び出すには相応の人手と、時間が必要になる。

 もう一つは、どうやってあの怪物を足止めするかだ。こちらの最高戦力であるニューは、腕一本が完全に再起不能だ。意識を保っているのもやっとという様子で、もう少し血を流せば、ほんとうに昏倒しかねない。

 連れてきている構成員も精鋭揃いであるが、ナンバーズと比べても一段見劣りするのは事実だ。彼女らでは、束になっても勝てない。否、時間すら稼げないだろう。

 

「ふぅ……やるしかないわね」

「どうされるのですか?」

 

 ガンマは剣を抜く。通常の剣より更に長いそれはロングソードや、クレイモアのような大剣だった。

 

「ニュー、倒れている人の救出後、即時離脱をなさい」

「……ガンマ様はどうされるのでしょう?」

「殿を務めるわ」

「なっ」

 

 それを聞いたニューは驚いたように眉を上げる。

 

「そ、それなら、私が!」

「いいえ。今のあなたでは戦えないわ」

「そんなことはありません! 今でもガンマ様より───」

 

 そこまで口走り、ニューははっとした表情を見せる。彼女がこうして表情を崩すのは珍しい。

 

「も、申し訳ありません」

 

 ニューはガンマが戦えずに悩んでいることを知っていた。緊急時に咄嗟に出たとはいえ、越えては行けないラインを越してしまったのだと思っているのだろう。

 

「大丈夫よ」

 

 だが、ガンマは怒るでもなく、悲しむでもなく、安心させるように微笑みかけた。

 いつもなら、罪悪感や自己嫌悪が支配するところなのに、今のガンマの心は風の凪いだ海辺のように静かなものだった。

 

「ガンマ様……」

「可及的速やかに戦線の構築をしなさい。デルタは……勝手に来ると思うから。ゼータ他、倒れてる人の救出も頼むわ」

「承知、いたしました……」

 

 『最弱』のガンマは最弱であると同時に、ガーデンを代表する『七陰』でもある。

 確かに、戦略的観点から述べるのならば、ガンマが後退するのが正しい選択だろう。だが、彼女はそれを選ばない。

 なぜなら、彼女にだって意地があるからだ。死ぬと分かっている作戦に、どうして自らを慕って、付いてきてくれた部下を投入できようか。

 ガンマは、自分が弱いことを知っている。

 ガンマは、自分が至らないことを知っている。

 それでも、やらなければならないときがあるのだ。

 

「すみません。アルファ様。どうやら、一番抜けは私のようです」

 

 いつか、どこかでアルファが言っていたこと───「いつか、誰かが犠牲になる」という言葉。

 なるほど。それは今日、ガンマの元に訪れるらしい。

 魔力を込める。溢れんばかりの───否、必要以上の膨大な魔力が溢れ出す。それら魔力は、熱が放射するように、大気へと溶け出していく。

 

「ふん。もうよいのか? まだしばらくは待てるぞ?」

「必要ないわ」

 

 ガンマは後ろのニューを見やらない。恐らく、彼女はもう動き出しているだろう。

 ガンマは大上段に高々と剣を構える。

 その構えは何とも不格好であったが、全身を取り巻く魔力は過去最大級のものだ。故に、彼女の放つプレッシャーもまた、過去最大級のものになっていた。

 膨大な魔力を足に込め、地を蹴る。不器用な動きとは裏腹に、威力だけは絶大だ。

 故に、地面にはひびが入り、莫大な推進力を生んで、怪物めがけて突進する。

 

「シュシュシュシュッッ!」

 

 最早必要があるのかと疑いたくなる、意味不明な掛け声を上げ、怪物に迫った。対して、怪物は腰を低く落とし、迎撃の姿勢を見せる。

 常人が見れば一瞬。しかし、強者にとっては二、三手打てる時間を以て、ガンマは距離を踏み潰した。

 ここはもうあの腕の射程圏内だろう。

 案の定、怪物の腕に予備動作が見えた。

 ───来るっ!

 ガンマは剣を思いっきり振り下ろした。

 つんざくような風切り音が、ガンマの耳まで届く。剣と、拳が交錯した。

 赤い、花が咲く。

 

「ぺぎゃっ!?」

「ぬっ?」

 

 "地面から顔を起こした"ガンマは鼻血を流しながら、頭上に突き出されている腕を見上げた。

 ぽたりと、赤い液体が落ちて、彼女の額を濡らした。

 ……怪物の血も赤かったのか。

 

「クッ……クク、クククッ! 見事だ。人間よ」

 

 何がおかしいのか、怪物が笑い声を上げる。そして、長さが半分になった腕を下ろした。

 

「まさか、コケたと見せかけて我の攻撃を避けつつ、剣を投擲してくるとはな」

 

 機嫌良さそうに笑う怪物の声を聞き、ガンマはようやく我に返った。

 周囲を見てみれば、怪物のものだと思われる腕が落ちていた。

 徐々に動き出した思考が、直前までの出来事を整理し始める。

 ガンマは死を覚悟して突貫した。今までにないほど真剣だった。そして、大剣を振り下ろしたのだ。

 そこまではよかった。ブーンッと冗長な風切り音がする。その音と共に、重心が前方へブレた。その結果、前につんのめる形になり、ガンマは美しきダイブをしたのだ。

 その反動で手放してしまった大剣は回転しながら怪物目掛けて飛んでいく。膨大な魔力の籠もったそれは、奇跡的な軌道を描き、偶然にも怪物の突き出した腕に命中し、それを切断した。

 偶然と偶然の重なり合った奇跡。それが、ガンマが今生きている理由だった。

 顔が熱を帯びるのを感じる。

 

「そ、そう! これぞ、真・捨て身大車輪よ!」

「ククク、面白いな」

 

 ガンマは油断なく怪物を見据えつつ立ち上がる。もうニューたちの撤退は済んでいるのだろうか。後ろを振り返りたい気持ちはあるが、眼前のそれから目を離すのは、即刻死を招きかねない。

 故に、怪物から視線を離さず、ガンマは新たにスライムソードを生成する。

 

「───さて、そろそろ終わりにしようではないか」

「……」

 

 ピリッと肌を走る突き刺すような感覚。それまでの弛緩した雰囲気が嘘のように、怪物の纏うそれが変わる。

 今度は先程のような手───そもそも、あれは偶然の産物であるが───は通用しないだろう。

 ガンマは拙い構えで怪物に相対する。

 深く呼吸をして、集中力を高める。

 やけに静かな時間が流れた。

 まるで、スローモーションビデオを見ているかのように、ゆっくりと、怪物の腕から血が滴って───

 

「があぁぁぁッッ!!」

「む?」

 

 突然、横合いから黒い影が飛来した。黒い影は自身の大きさよりも尚大きい"鉄の塊"のような物体を振り回し、怪物へとぶち当てる。

 その衝撃で、怪物は吹き飛ばされた。

 

「おーい、デルター。そんなに張り切らなくてもいいよー」

 

 遅れて、どこか間の抜けた声が背後からする。

 その声が聞こえたとき、ガンマの胸の内から熱いものが込み上げてきた。

 ガンマは駆け出した。

 

「主さまっ!」

「わっ……ってガンマか。……あれ、血が付いてるけど、戦ってたの?」

「は、はい!」

「へぇー、ガンマがねぇ……」

 

 主はなにやらそう呟いて、遠い目をする。その瞳には何が見えているのだろう?

 

「さっきの無駄魔力はガンマだったか……」

「主さま?」

「うん? いや、何でもない。それより───」

 

 主はデルタによって吹き飛ばされた怪物を見る。そうだ。まだ戦いは終わっていないのだ。

 

「主さま。あの怪物の詳細は分かりませんが、身体能力が恐ろしいほど高く───」

「───ベヒモスだよ」

「えっ?」

 

 ガンマは唐突に掛けられた声の方を見る。

 そこには、顔を顰めて頭を押さえるゼータの姿があった。主が、あるいは自分で治療したのか───恐らく主と一緒に現れたということは、主に治してもらったのだろう───未だ髪や服に乾いた血が付いているが、目立った外傷はない。

 彼女が無事なのは嬉しいことだが、今はそれよりも彼女の口にした言葉の方が気になる。

 

「ゼータ、何か知ってるの?」

「ちょっとね。あっちに転がってるラウンズさんに聞いたんだ」

 

 ゼータは上体だけになって転がっている男を指す。

 

「ラウンズ……そう。彼はなんと?」

「ええっと確か……かつて、ディアボロスが暴れるよりも前に世界に災厄を齎した存在、ベヒモスの魂を、ディアボロスの右足に定着させた、って言ってたよ」

「ベヒモス……聞いたことないわね。それよりも」

「うん、そう。ディアボロスの一部を媒介にしているせいで、バカみたいな魔力を持ってる」

 

 それに加えて、これだけ感じる魔力が少ないということは、それだけ魔力制御も上手いということだ。

 

「……ふっ、所詮は過去の遺物の継ぎ接ぎだろう? 何も恐れることはない……」

「……っ!」

「それは……!」

 

 だが、主はあの超級の相手を前にしても、口元に笑みを湛え、事もなげにそう言って見せた。

 

「さぁ、ダンスの時間だ」

 

 主のロングコートがばさりと音を立てた。

 




実はこの話、何回か回数書き直しています。最初に書いたものだと本話の二倍近い文量あり、展開も気に入らなかったので、没にしました。
次回終わるかなぁ……。まだシェリーさんが眠ったままなんですが。
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