陰のボスになりたくて!   作:若林布吉

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無理でした。


漁夫の利とシェリーの決意

 僕が十番倉庫に着いたときには、既に戦闘が始まっていたようだけど、どうやら間に合ったみたいで良かった。折角のメインイベント、それも封印されてたボスとの対決を逃すなんて、『陰の実力者』失格だろう。

 

「ふむ……」

 

 攻撃を受け、吹き飛んだサイのような怪物───ベヒモスが悠然と立ち上がる。デルタの"鉄塊"による攻撃をまともに受けても大してダメージを受けていないようだ。それに、既に切り落とされていた腕もいつの間にか復活している。

 僕の口元が自然と綻んだ。

 いや、別に僕は戦闘狂というわけではないんだけど、やっぱり最終決戦は盛り上げないと、ね。それにしても、燃えるコウモリの次は人みたいなサイか。この世界の動物は意外と凶暴なのかもしれない。

 

「デルタ」

 

 僕はやり過ぎないでよ、という意味を込めてデルタを見る。

 デルタは分かったのか、頷いた。ビクッと耳が動く。

 

「わうっ!?」

 

 直後、デルタはその場でジャンプし、空中で体を捻った。その残影を呑み込むように、大きな黒い影が移動する。

 

「むっ、先程のお返しをしようと思うたのだが……」

 

 ベヒモスは空を切った拳を開閉し、意外そうにそう漏らす。

 

「今ゾクって毛が立った!」

 

 デルタは空中での不安定な状態から体をよじり、着地する。そして、その着地からほぼノータイムで、地を蹴った。"鉄塊"を大きく振りかぶる。

 

「僕はしばらく後衛かな」

 

 まぁ、デルタと一緒に戦うことなんてほとんどないし、たまにはいいかもしれない。

 前衛は『特攻兵器』デルタに任せて、僕は高みの見物………じゃなかった。サポートと洒落込もう。そう、洒落込むのだ。

 

「デルター、美味しいところは残しといてね」

「がぁぁっ!!」

「あっ、これ聞いてないやつだ」

 

 仕方ない。上手く掠め取る方法を考えよう。

 

□□□

 

「ははっ、あれは……やばいね」

「そうね」

 

 ゼータは、吹き荒れる暴風のようなデルタとベヒモスの攻防を見て呟いた。いや、それを攻防と表現するのは些か語弊があるかもしれない。

 言うなれば暴力。デルタの"鉄塊"が一振りされる度に凄まじい風が吹き荒れ、ベヒモスは数メートル単位でノックバック受ける。一体あの細腕のどこに、あんな大きなものを振り回せる力が眠っているのだろう。

 対して、デルタはベヒモスが繰り出す攻撃は躱せないまでも──"鉄塊"が大振り過ぎて、重心が大きく動いているのだ──ほとんど受け切っていた。

 それでも、時折できる隙を狙ってベヒモスが一撃必殺の攻撃を叩き込もうとしている。だが、それを、シャドウがカバーに回ることで、完璧に防いでいた。

 しかし、一つだけ問題があった。それはベヒモスの圧倒的な回復能力であった。というのも、デルタの暴力的な攻撃をガードしたベヒモスの腕や脚は幾度となく破壊されていた。骨折、断裂、破裂、切断……。その種類は多岐に渡り、その数は数え切れないほどであった。それでも、あの怪物は、それら全てをゼータが瞬きする間に治している。

 まさに、人外の化け物と言えよう。

 つまり、お互いに決定打に欠けている状況だった。

 

「行くの?」

「えぇ。ここに私がいても、できることはないでしょうから。ニューに命令した通り周辺の封鎖と、あとはこの都市の教団の力を削ごうと思う」

 

 今まで共にその戦闘を見ていたガンマは、スライムソードをしまってそう言った。

 

「そっか」

「あなたは?」

「私は……ここに残るよ。今の状況でも、私にだってできることはあるだろうし、やらなきゃいけないこともあるから、ね」

「やらなきゃいけないこと……いえ、分かったわ」

 

 ガンマは何かを言いかけたが、ぐっと堪えるような表情を見せる。そして、何も言わずに立ち去った。

 

「さて……」

 

 ゼータは今も繰り広げられている戦闘を見る。

 

「漁夫の利ってわけじゃないけど、ワンちゃんには頑張ってもらいたいね」

「ぁ……」

「ん?」

 

 ゼータはピクピクッと周囲を探るように耳を動かす。この後の行動計画を練っていた彼女の耳に、何か音が聞こえたのだ。

 その音が何だったのかと思い、辺りを見回す。

 

「ぁ……」

「あっちか」

 

 戦闘の音に混じって、聞こえる"音"を彼女の耳は拾った。これは、人の声……?

 それに、その"音"がする場所は──

 

「……まだ生きてたんだ」

「……」

 

 ゼータは半身だけになってもまだ、息のある男──ペトスを見た。

 ペトスは、その虚ろな目をサングラス越しにゼータに向ける。

 

「流石はラウンズ……いや、『ディアボロスの雫』のおかげ、かな?」

「……」

「まったく、無様だね。自分で呼び出した存在に殺されて」

 

 ゼータが嘲笑混じりの声音で言うが、ペトスは何も言わない。いや、言えないのだろう。それが物理的に声が出ないのか、返す言葉がないのかは分からないが。

 

「ペトス、お前の名前を忘れたことはない。初めて会ったあの日から、私はずっとお前を殺したかった」

 

 遠くで、デルタの"鉄塊"とベヒモスの拳がぶつかる。その余波が随分離れたゼータの元まで届き、彼女の髪を揺らした。

 

「でも、それは叶わなかった」

 

 フンッとゼータは鼻を鳴らす。

 彼女の胸中に渦巻くのは何だろうか。

 怒りや憎悪、あるいは復讐心だろうか。

 

「叶わなかったけど──だけど、一つ吹っ切れた」

 

 いや、違う。それが答えでないことは、その表情は不満げというよりも、どこか満足した──言うなれば、やるべきタスクを一つ終えた者の顔を見れば分かることだろう。

 

「……どこで、間違え……たの、でしょうね」

 

 その表情を見たからか、途切れ途切れにペトスが呟いた。一言紡ぐ度に、口の端から血の泡が漏れ、彼の頬を伝う。彼はただ、上を見上げた。

 

「それは最初からだよ。お前には、主がいなかった。それが、お前の最大の間違い」

「主……シャドウ、か」

 

 ペトスはその名前を口に含むように、転がした。転がして、そして、僅かに口角を持ち上げる。

 

「私には、世界を滅ぼす罪を背負ってでも、やらなきゃいけないことがある。そのために、教団も潰す。それは、お前への復讐よりも大事なこと。そう、大事なんだ」

「ふっ、あの小娘が──」

 

 そこで彼の言葉は途切れた。もう二度と、その言葉の先が紡がれることはないだろう。

 

「バイバイ、私の過去。もう振り返らない」

 

 ゼータは目の前に横たわるそれから目を離す。

 過去の清算は終わった。あとは、どう未来を掴み取るかだ。未来の、主のためならゼータは何でもする。そう、どんなことでもやるのだ。

 

「あれは……」

 

 そう心に決めたゼータは、ふとここにはいないはずの人物を見つけた。

 

□□□

 

 シェリーが目を覚ましたとき、不思議な浮遊感があった。小刻みに振動があり、腹の辺りが圧迫されているようだ。

 誰かに運ばれている……?

 

「ニュー様、目が覚めたみたい」

「にゅー?」

 

 一体誰のことだ。そもそも、何故自分は運ばれているのだろう。

 シェリーは浮かんでくる記憶の断片を探る。

 確か、サーテライトに研究が終わったと伝えて、シェリーの家にアーティファクトを取りに帰ったのだ。それから、アーティファクトの魔力がどこに繋がっているかを辿って十番倉庫にやってきて──

 

「バーネットさん、気分は──」

「サーテライトさんは!?」

 

 脇に抱えられながらも、全身を使ってぐるっと周囲を見回す。

 何があったかは不明だが、何か良くないことが起こったのなら、彼女も脱出していなければならない。だが、ここにはボディスーツを着た一団と、数人の研究者らしき人々しかいない。一見して、彼女の姿はなかった。

 ジタバタと暴れたためか、抱えられていたシェリーは地面に落ちる。

 その様子を見たボディスーツの一団は互いに目配せをした。

 

「バーネットさん、まずは落ち着いてください。そして、よく、よく落ち着いて聞いてください」

 

 ブラウンの長い髪をした人物が宥めるように言う。

 

「まず、先程十番倉庫でアーティファクトの暴走による爆発がありました。我々はその救助に来たんです。それで、バーネットさんは助けられたのですが、我々が到着した時点でサーテライトさんの息は既にありませんでした」

「そんな……」

 

 はっとシェリーは息を呑む。だが、同時に違和感があった。この違和感はなんだろう?

 それに、この一団はなんだろう?

 勿論、学術都市にも魔剣士はいるし、消防などもいる。だが、ここまで黒ずくめの組織なんてあっただろうか。

 

「一先ず、安全なところに避難して──」

「アーティファクトの暴力は止まったんですか?」

「……はい。問題なく、別部隊が対応しています」

 

 シェリーはそう言った彼女の右腕を見る。

 

「ひっ……」

 

 彼女の右腕は、本来あり得ない方向にひしゃげていた。ヌメリとした液体が、そこから地面に落ちる。

 暗くてよく分からなかったが、彼女の額には尋常じゃない汗が吹き出ていた。

 ……何かがおかしい。あんな怪我は普通じゃない。

 恐らく、サーテライトが死んだというのは本当だろう。アーティファクトの暴走も事実かもしれない。

 だが、彼女たちは何かを隠している。そう、これは謀られている感覚だ。得体のしれない何かが、自分の知らないところで蠢動している気がする。

 

「ですから、バーネットさんは一旦安全な場所に移りましょう。ここはまだ危険かもしれませんから」

「……」

 

 ここで、彼女の提案を呑んだらどうなるだろう?

 科学者らしく、分からないことは分からないままに、目を瞑る。それが、一番楽な選択かもしれない。

 だが、それでは何も変わらないじゃないか。

 彼女の義父が死んだとき、彼女はその場にいなかった。義父の死を聞いたのは、もう全てが終わった後だった。

 

「……戻りましょう」

 

 シェリーは意を決し、言った。

 

「それはできません」

「でも、アーティファクトが暴走してるんでしたよね? でしたら、私も役に立てると思います!」

 

 はっきりと、きっぱりと、シェリーは言い切った。それは普段の彼女を知る者であれば、恐らく驚愕に値するだろう行動であった。

 対して、ブラウンの髪をした女は、そんなシェリーの様子に困ったような顔になる。どう言いくるめたものか、とその顔には書いてあるようだ。

 そうやって、場に沈黙が舞い降りる。じれったい時間が流れ、気まずい雰囲気を感じた。

 どうやって説得しようか。自分の普段の口下手を呪いつつ、シェリーはその天才的な頭脳をフル回転させる。

 だが、そんな空気を破ったのは女でもシェリーでもなかった。

 

「わ、きゃっ、ペぎゃっ!?」

 

 間抜け声の三段飛びのような悲鳴と、続いてドスッと鈍い音がした。見れば、新しく来たのだろうボディスーツの女が地面に突っ伏している。

 

「……」

 

 水を打ったような静寂が訪れる。

 それは先程の沈黙とはまた違った、気まずい雰囲気であった。

 

「こ、こほん」

 

 だが、女は何事もなかったかのように立ち上がり、軽く咳払いをする。つー、と鼻血が流れ出ていた。

 

「それでニュー、今の状況は?」

「ええっと……はい──」

 

 そして、それに追随するように、誰もそのことには突っ込まず、ニューと呼ばれた女が現状の報告をする。妙に手慣れたこの一体感はなんなのだろうか?

 

「──という状況でして」

「なるほど、分かったわ。とりあえず、あなたは治療をなさい」

「はい……そちらは大丈夫だったんですか?」

「えぇ、主さまが来てくださいましたから、あっちは問題ないでしょう。それよりも、私たちは被害を抑えつつ、教だ……いえ、予定通りに行動するわ」

「承知いたしました」

「あ、あの!」

 

 話が一段落ついただろうところで、シェリーは声を上げる。すると、新しく来た女はニューに目配せをする。ニューは一礼した後、数人を連れて離脱していった。

 

「なにかしら?」

「あの! 私、戻りたいんです!」

「それは、どうして?」

「さっきの人が言ってたんですけど、アーティファクトが暴走したんですよね? でしたら──」

「本当のことを言って頂戴」

「──えっ?」

 

 シェリーの言葉を遮って、女は真っ直ぐ彼女を見据えながら、ピシャリと言った。

 ドキッと心臓が跳ねる。

 

「あなたの戻りたいという言葉は、恐らく本心からの言葉でしょう。それは目を見れば分かるわ。そして、同時にあなたの目は少しだけ濁ってもいる。それは、建前を述べる者の目よ。あなたの、本音はなに?」

「……」

 

 シェリーは絶句した。こんな短い間の話で、ここまで理解してしまうなんて。この人は一体何者なのだろうか。

 女は口調こそ厳しいものではあったが、その実、表情は穏やかなものだった。それ故だろうか、普段ならたじろいでしまいそうところで、シェリーは一つ勇気を振り絞ってみる。

 

「……私は知りたいんです。隠されている真相を、埋もれている事実を。

 私の知らないところで、知らない内に、知らないことが起きていて、でも、私はそれに気付くことなく日々を過ごしていく。私はそれが嫌なんです。──もう、大事な人が既に死んでいたなんてことは嫌なんです」

 

 それはシェリーの偽らざる本心であった。彼女の胸には、未だに義父であるルスランの死による傷が残っている。だが、同時に大事に思える人たちができていた。

 その内の一人、サーテライトは既に死んでいると聞かされた。

 何故? 何故彼女は死んだのだ? そして、何故自分は生きているのだ?

 どうしようもないほどの違和感が胸に燻っている。これは、あの夜に、ルスランが死んだと聞かされたときに感じたものと似ている。

 現場に行けば何か分かるかもしれない。そんな思いがシェリーに芽生えていた。

 

「知りたい……そう。でも、その事実があなたの望むものではない可能性もあるわ。いえ、それ以上に知るというのは危険を伴うわ。不必要に、身を危険に晒すこともないでしょう?」

「ずっと蚊帳の外にいるくらいなら、死んだ方がマシです」

 

 キッと女の目を見る。彼女の持つその雰囲気に気圧され、視線を外してしまいたくなるが、ぐっと堪える。

 暫時、その状態のまま見つめ合う。

 

「……そう」

 

 やがて、女はため息を吐きながら、目を逸らした。シェリーは女から目を離さない。

 

「分かったわ。あなた、シェリーさんを連れていきなさい」

「えっ、私ですか?」

「あなた以外誰がいるのよ。彼女をここまで連れてきたのもあなたなんでしょう? 最後まで責任持ちなさい」

「分かりましたー」

「わっ!?」

 

 再び、シェリーは浮遊感を感じた。どうやら、担がれたようだ。

 

「く、苦しい……」

 

 絞り出すような声で呟くシェリーの前に、あの女が立つ。

 

「シェリー・バーネット。これ以上踏み込んだら、あなたはもう引き返すことはできない。いいわね?」

「も、勿論です!」

「そう。ならいいわ」

 

 彼女は今シェリーを抱える人物の耳元で何かを言う。内容はよく聞こえなかった。

 

「それじゃ、シェリーさん。掴まっててね」

「えっ、それってどういう……」

「よいしょっ!」

「わあぁぁっっ!?」

 

 だが、その内容について深く考える間もなく、強烈な圧迫感が腹を襲ってくる。何とか吐かないように耐えながら、シェリーは早く着いて! と祈る。

 その願いも虚しく、十番倉庫に着く頃には、大きなマーライオンの跡があったのはまた別の話だろう。

 

「ここまで、主さまは見越していらしたのかしら……」

 

 そんなことになると露も思わず、女──ガンマはそう呟いた。

 




というわけで、シェリーさんが十番倉庫まで来ました。
終わる終わる詐欺もいよいよ佳境! 次回こそ、ベヒモスをぶっ飛ばしましょう!
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