ガンマは報告書に目を通すと、大きく天を仰いだ。
「ガンマどうした?」
「何でもないわ」
デルタはどこから持ってきたのか、謎の骨を噛んでいる。エルフであるガンマでは分からないが、どうやら骨に付いた肉の風味を楽しんでいるらしい。機嫌良さそうに尻尾を揺らしている。
「デルタ、あなたはもう王都に戻ってください」
「むっ、ガンマがデルタに指図するな!」
「これはアルファ様の命令よ」
「……分かったのです」
本当はアルファからそのような指示がなされたわけではないが、最早デルタがここにいても仕方ない。ガーデンの最強の剣である彼女を遊ばせておけるほど、今のガーデンには余裕は無い。
まだ一連の騒動は王都まで伝わっていないだろうが、アルファもきっと同じ判断を下すに違いない。
「ほら、早く行かないと怒られるわよ」
「うっ……! 早く行くのです!」
デルタは持っていた骨をバリッと噛み砕いて飲み込むと、窓を破って出て行った。そう、破って出て行ったのだ。
「……はぁ」
ガンマが二回手を叩くと、すぐにガーデンのメンバーが飛び散ったガラス片を片付け始める。
それを見たガンマは、報告書を持ってきたニューに目をやった。彼女は昨日の戦いで右腕に大きな怪我をしたはずだが、今はもう治っている。まだ少しリハビリが必要であるが、日常的な動作は問題ないようだ。
そんな彼女は今日の午後から早速仕事に復帰していた。
「ここに書いてあるのは本当ね?」
「はい。ガンマ様がシェリー・バーネットと共に派遣した者は、そのように証言しております」
「そう……裏付け調査は?」
「午前中は衛兵などがいてできなかったため、まだできておりませんが、変な騒ぎになっていないところを見ると……」
「確証は高いというわけね」
昨夜、十番倉庫の内部にて大規模な爆発があった。その爆発はそこら一体を吹き飛ばすほどの威力を秘めていたものの、普段から使われてないのと、ガーデンによる封鎖で被害は少なかった。
恐らくアーティファクトの暴走と公式には結論付けられるだろうそれを、誰がやったのかはガンマには容易に想像ができた。そもそも、あんなことができるのは、この世界には一人しかいない。
あの爆発はベヒモスを倒す上で必要だったのだろう。それは分かる。だが、十番倉庫含め、あの空間ごと丸々吹き飛んだことにより、失った手がかりは予想以上に多い。
いや、それでさえ、あるいは些細なものかもしれない。
今度は先程よりは低い角度で、ガンマは天を仰ぐ。そして、長いため息を吐いて立ち上がる。
「十番倉庫跡を中心に、継続して調査なさい」
「承知いたしました。それで、ガンマ様はどちらに?」
「ちょっと人に会いに行くわ」
「……そうですか」
ニューはその言葉だけで察したようで、何も言わず一礼した。
ガンマはローブを纏い、持っていた報告書を机に置いて部屋を出た。
置いていかれた報告書には一文、こう書かれていた。
──『ゼータ様、ディアボロスの右足ともに所在不明』。
□□□
シェリーはふぅ、と息を吐いてベッドに寝転がった。暗い部屋には、カーテンの隙間から淡い月光が差し込んでいて、一つの筋ができていた。その光の筋が彼女の枕元に落ちる。
ここは学術都市で彼女に与えられた自室である。
あの出来事から、既に丸一日が経過したが、まだ彼女の中で消化できているとは言い難かった。それは、あそこで見たものが今までの彼女が知っていた世界からは、到底想像できないものだったからだ。
シェリーには、シャドウの放った閃光以降の記憶がほとんどない。かろうじて覚えているのは、無我夢中でアーティファクトを起動させ、サイのような怪物を封じ込めたところまでだ。その後は、気づいたらこの部屋のベッドで寝ていた。今日は学校に行こうかとも思ったが、気力が湧かなかったのと、幸いなことに学校側の事情で講義が全て無しなったということもあり、シェリーは一日中引きこもっていた。
「サーテライトさん……」
シェリーは、先日失ってしまった友人の名前を呟いた。その言葉は暗い部屋に静かに木霊する。寝返りを一つ打つと、月明かりが丁度目に入ってきて目を細めた。淡く静かなその光は穏やかで、シェリーは月と目が合っているような錯覚に陥った。
サーテライトのことはガンマという少女から死んだと聞かされていた。あの空間に着いたときには、色々あって余裕がなかったのだが、せめてお別れぐらいは言いたかった。
シェリーは今一度、ふうと息を吐いた。
「失礼するわ」
「わっ!」
突然、窓が開いて黒い影が入ってきた。
シェリーは咄嗟に起き上がる。
「えっと……」
入ってきた人物は、その漆黒のフードを取る。月明かりに照らされて、藍色の長い髪と、エルフの特徴的な耳が見えた。
この顔には見覚えがある。
「ガンマさん、ですか?」
「そうよ。私の言ったことは忘れてないわよね?」
「はい」
彼女に、そして金色の獣人に、もう引き返せないと言われていた。
シェリーは背筋を伸ばして居住まいを正した。妙に喉の渇きを覚えるが、唾をごくりと呑んで紛らわす。
「私はどうなるのでしょう?」
もう引き返せない。その言葉にはいくつかの解釈ができるわけだが、シェリーはそれを自分が消されることと解釈していた。
ガンマのいる組織がどのようなものかは分かりかねるが、表に出ていないような情報を手に入れたシェリーは殺されても仕方がない。あるいは、ルスランやサーテライトもそういった裏の情報を得たために殺されたのではないだろうか。
「……それはただの妄想、か」
未だにシェリーの知らないところで何が起こっているのかは分からない。分からないが、その一端は見えてきた。そして、その一端だけでも計り知れないほど大きいということも、分かってきた。
知れば知るほど、そこが知れない。そんなどこか科学と似通ったものが、ここにはある気がする。
「あなたの質問に答える前に、一つ答えて」
「は、はい」
「あのとき、あなたが私に言った『知りたい』という気持ちに変わりはない?」
──知りたい。
そうだ。シェリーは知りたいのだ。
昨夜ガンマに言ったあの言葉に嘘はない。そして、その気持ちは揺るがない。
もう何も、知らないところで失わないために。手遅れになる前に、行動するために。
シェリーは、見えない未知の空白に立ち向かいたいのだ。
「……そう。変わってないみたいね」
「えっ?」
まだ何も言っていない。シェリーはきょとんと首を傾げた。
そんな彼女の呆けたような顔を見て、ガンマは相好を崩す。
「目を見れば分かるわ……さて。それではシェリー・バーネット」
「は、はい!」
「『シャドーガーデン』にようこそ。配属は追って伝えるけれど、一先ずは私の部下ということになるわ」
「は、はぁ……」
正直、配属とか言われても分からない。そもそも『シャドーガーデン』にようこそとはどういうことだ?
「えっと、つまり、私はガンマさんたちの仲間になるってことですか?」
「そうなるわね」
「なるほど! そういうことですか!」
配属というのは、どこかの研究室に所属するみたいなものだろうか。
一人合点のいったシェリーは満面の笑みを浮かべる。
「これから、よろしくお願いします!」
「……えぇ、よろしく」
ガンマは少し頭が痛いとばかりに頭に手をやるが、シェリーがそのことに気付くことはなかった。
この日、シェリー・バーネットは『シャドーガーデン』のメンバーとなった。
というわけで、シェリーさんはガーデンの一員となりました。まぁ、普通のメンバーではなく、イータと共に技術・研究職となるでしょう。
さて、これにて七章も終わりということで、事前に伝えていた通り(活動報告)、一月〜二月いっぱい活動を休止致します。三月くらいから活動を再開したいなぁと思っております。
それでは、良いお年を!