陰のボスになりたくて!   作:若林布吉

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大体合っているけど、結構間違っている仮説

 ゲーテ・モーノ伯爵は山のように積まれた資料や報告書を見て今日何度目かになるため息を吐いた。夜も深くなってくる頃、慢性的な寝不足で鈍い頭には、『ミツゴシ商会』の最高級コーヒーが一番しみる。

 すっかり冷たくなったコーヒーを一口啜る。

 

「冷めて尚この香り。流石はミツゴシだ」

 

 仕事に忙殺される中において、この味だけが彼の心のよりどころだった。

 何故彼がここまで仕事に追われているのかと言うと、『十三の夜剣』の長であるブラッド・ダクアイカン侯爵から直々に仕事を任されたからだ。あるいは、押し付けられたと言ってもいい。

 

「もうこの味が飲めなくなると思うと寂しいものだな……」

 

 『大商会連合』が完璧に模倣したと言って品を出回らせているが、イマイチこの香りを再現できていない。冷めると風味が飛んでしまうのだ。

 カップを置き、手近な紙を一枚手に取って眺める。長時間細かい文字を眺めていたせいで、目が横滑りするが思考は未だ健在だ。内容をほとんど入れないままに、ゲーテは思案する。

 今、彼の下に集まっている情報は全て『ミツゴシ商会』に関するものだ。伯爵であり、検察でもある彼は噂を上手く使った尤もらしい証拠を作って、『ミツゴシ商会』を有罪にしろと言われていた。噂とは大まかに言えば、あの商会が裏組織と結託して悪事をしているというものだ。

 

「裏組織か……やはり『無法都市』関連にするのが無難か。いくつかツテを使えば証拠もでっち上げられる」

「ふーん、なるほどね」

「……っ! 誰だッ!?」

 

 ゲーテは叫びながら周囲を見回す。だが、人影は見当たらない。

 当然だ。この部屋には誰もいないはずなのだから。そもそも、屋敷中に手練れの護衛や衛兵だちがいる。侵入できる者などいないはずなのだ。

 聞き間違いだったのだろうか。疲れ過ぎて幻聴を聞いたのかもしれない。

 そう納得したゲーテは、はたとおかしなことに気付いた。何故、あれだけ大きな叫び声を上げたのにも関わらず、外から護衛が顔を覗かせないのだろうか。扉のすぐ前にいるのだ。よもや聞こえなかったということもあるまい。

 もし、サボって眠ったりしていたのなら、『ミツゴシ商会』より先に断頭台の上に送ってやる。

 ゲーテがそんな益体のないことを考えていると、背後に気配を感じた。気配を感じたのに、振り向くのが躊躇われる。それほどのプレッシャーが、ゲーテに叩きつけられていた。

 

「これが偽造の証拠、ね」

 

 それは女の声だった。後ろでぺらりと紙の捲られる音がする。誰かがいるのは明らかだった。その姿を少しても見ようと、僅かに目を向けたときだった。

 突然、耳が熱を帯びる。熱い。熱すぎる。

 理解できない状況に、まずはその現況である耳に手を伸ばそうとしたとき、首筋を温かなものが流れた。

 それが何かを理解したくないゲーテは完全に硬直する。

 

「他に何か偽造したものはある?」

「い、いや、ない。それもまだ作っている最中だ」

「そ。これ命令したのは?」

「……ブラッド・ダクアイカンだ」

「そっか。じゃあそっちにもお邪魔しないとね」

 

 背後にいる人物が笑った気配がした。ゲーテは向こうが動くまで何もできない。それが分かっているからだろう。背後の人物は、余裕の雰囲気で鼻歌まで歌っている。

 

「それ、『ミツゴシ商会』のだね。好きなの?」

「……あぁ」

「良いの作るからね。彼女たちは」

「お前は一体何者なんだ?」

 

 誰にも気づかれることなく護衛を無力化するほどの手練れ。そんな存在が、表でも裏でも有名にならないはずがない。だが、ゲーテの脳裏にこんな芸当が、単独でできる者は見当たらなかった。

 

「さぁ。なんだと思う?」

「……あの噂は本当だったのか」

「あぁ、あれ。大体当たってる。私は違うけど」

 

 私は違うけど。その言葉の真意を考える前に、背後の人物は言った。

 

「君、こっちに付きなよ。『十三の夜剣』じゃなくて」

「何を言っている」

「いつまでも末席で仕事押し付けられるのは嫌でしょ? だからこっちに付きなよ」

「……こちらにどんなメリットがある?」

「今死なない」

 

 ぎゅっと心臓を握られている錯覚に陥る。腹の下が異様なほどに冷え込んだ。

 この状況で、最早答えは一つしかないだろう。だが、答える前に一つ確かめねばねらないことがある。

 

「そっちに何のメリットがある?」

「王国の中枢にツテが欲しい」

 

 背後の人物は考える素振りも、気負う素振りなく言った。

 だが、納得が行く部分もあった。裏の社会に生きる彼女にとって、表で使える駒が欲しいということだろう。

 しかし、その答えならその答えで、また疑問が生まれる。

 

「それなら、ダクアイカン侯爵を取り入った方が早いだろう」

「向上心がないのは使えない」

 

 さっぱりとした答えたった。要は、お互いを利害関係に置くことで、裏切らないようにしたということだ。

 

「……分かった。私はそっちに付くとしよう」

「ん。じゃ」

 

 ふと耳に触れられたかと思うと、気配が消えた。本当に突然に。

 そして、何よりも驚いたのが、耳が元通りになっていることだった。血は残っているが、痛みは疎か怪我をしたという事実までも女と一緒に霧散してしまったかのようだった。

 

「私はこれからどうなるのだ……」

 

 未来に対する不安と、それと同じくらいの期待がゲーテの心を占めた。

 窓から見える眠りについた街は、とても暗い闇に覆われていた。

 

□□□

 

「何が起こっているッ!?」

「ひぃっ」

 

 月丹が感情のままに拳を振り下ろすと、ドーンと凡そ木が奏でない音を立てて机が粉砕された。その破片がカーターの頬を撫で、赤い線が横一文字に書き足される。

 しばらく荒い息で固まっていた月丹は、何度か深呼吸をした後に無事だった椅子に座り直す。それを見て、ガーターはおっかなびっくりに報告を続けた。

 

「さ、先程も申し上げました通り、ブラッド・ダクアイカン侯爵が捕まりました」

「罪状は?」

「それが、かなりの数でして……順当にいけば、極刑は免れないと思います」

「検察はゲーテなのだろう? 何とかならんのか」

 

 月丹の問いに、ガーターは答えにくそうに口を歪める。

 

「流石にコネで何とかなる範囲を逸脱しています。それに、当のゲーテ・モーノ伯爵はかなりやる気のようでして」

「ちっ、こんなときに権力争いか」

 

 月丹はこめかみに手を当て、軽く揉む。現在の苛立ちは最高潮だ。ガーターの顔がどんどん青くなっていく

 

「夜剣は揺らいだとはいえ、まだ十二人残っている。例の件はどうなった?」

 

 その問いによって、ガーターの顔が青を通り越し白となる。血の気の失せたその顔は、死人と言われても誰も疑うまい。 

 

「いえ……夜剣のメンバーは謎の襲撃者により半壊しています。恐らく実行は困難かと」

「なんだと? 奴らの中には武闘派もいたはずだが」

「その武闘派がまとめて一掃されました。加えて、その事件の嫌疑もダクアイカン侯爵にかかっています」

「そんなことがあるわけ……」

 

 少なくとも、ダクアイカン侯爵にそれをするメリットはない。であるならば、これはダクアイカンに見せかけた第三者のがやったことだろう。

 だが、夜剣の武闘派をまとめて一掃できる勢力など、いるはすが──

 

「いや、いる」

「は、はい?」

 

 困惑顔のガーターを差し置いて、月丹は思考する。

 元々考えていた仮説。『ミツゴシ商会』は何らかの組織と繋がっているというものだ。月丹は、それが『無法都市』やベガルタの傭兵崩れなどだと思っていた。

 だが、彼らにここまでできる力はない。

 そこで、月丹にはある心当たりがあった。ここ最近急に台頭し始め、ラウンズや1stチルドレンを多数葬っている組織のことだ。直近では、オリアナ王国にも現れたらしいが……。

 その組織の確認がされたのは、大体二年前だ。そして、『ミツゴシ商会』が生まれたのも、二年前だ。

 ここに、何らかの繋がりを考えるのは飛躍しているだろうか。

 図らずも、月丹は今、教団が一丸となって倒そうとしている相手と戦っているのかもしれない。

 

「分かった」

「はぁ?」

「もういい。お前は下がれ」

「は、はい!」

 

 ようやく解放されると血色の戻り始めた顔でガーターは言い、魔剣士である月丹でも驚くスピードで退室していった。

 その光景を片隅に、月丹は今後の方針を考えるのだった。

 




ガーデンとミツゴシは繋がっていますが、夜剣を潰したのは彼女たちではありませんね。月丹の大体合ってるけど、結構違う思考でした。
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